Level.099 フワフワとムラムラ
今現在、鹿謳院が持っているセレナの中の人に繋がる情報は、それほど多くはない。
たとえば、聖桜学園に所属する生徒であるとか。
それも高等部に所属している生徒で、統苑会の事情や学園事情にやたらと詳しい者。
知識量の深さから幼稚舎、或いは初等部から聖桜に通う純血の誰かである可能性が高いと言う事とか。
精々がその程度。
「雫は──いえ、一条さんと近衛君は普段一緒に居る事が多いのですか?」
「そう、ですね。それは学園であまり口にしたくない内容ですが、仕方ありません。しかし、どうでしょうか。最近は庶務の側に居る時間の方がずっと多いかと」
そしてその他には、多くの者が畏怖する近衛鋼鉄を“凄く優しい”と評する事とか。
雫ではなく一条さんと呼ばれた事で、近衛と一条家の話をされていると判断した一条は、表情から情報が読み取られないように全ての色をスッと消す。
「(セレナの中の者の条件と照らし合わせた場合、雫は悪くありません。不思議な感性をお持ちですが、天才肌──いえ、奇才と評すべきでしょうか。事実、会長選にて近衛派を蹴散らして私を会長の座に押し上げて下さったのは雫ですからね。対近衛鋼鉄に限定するなら、私よりもずっと頭が回る子です)」
「では、先日までの夏季休暇でもあまり一緒に居られなかったのですか?」
「基本的には自宅待機で、リモートで庶務の家庭教師を務めていましたが、何度かお声を掛けて頂いた事もありましたね。従者冥利に尽きます」
「学校ではそうは見えませんが、関係は良好なのですね」
「ええ、それはもちろん。鹿謳院様も学園では従者の方との接触を控えておりますように、私と主も学園での過度な接触は控えているに過ぎません」
「主従の関係は秘匿する事に意味がありますからね」
「仰る通りかと」
近衛の従者である一条がその身を潜めているように、鹿謳院にも学園内で彼女の行動を全面的に支援する従者が密かに存在するが、それを知っているのは近衛と一条くらい。
「(私の方に踏み込んで来たのは、これ以上は主従の話に首を突っ込まないで欲しいと言う意味でしょうか。まあ、何処に目があるともわかりませんからね。学園でする話でもありませんから、深堀するのは止めておきましょう)」
「(今日はやけに質問が多いように感じますが、何か聞きたい事があるのでしょうか。或いは、鋼鉄様の弱みを探られている? いえ、それは私が知りたい事でした。鋼鉄様には弱点らしい弱点が存在しないので、いざと言う時に脅せないのですよね)」
「あまり学園で話す事でもありませんが、もう一つだけお聞きしても宜しいでしょうか」
「どうぞ。答えられる質問であれば幸いです」
「そう難しい質問ではないので、警戒される必要はありませんよ」
「(セレナの中の方について知っている事と言えば、やはり──)」
『現実はちょっと重たい事もありますもんね。私は時々逃げたくなっちゃう事もあるので、ダリちゃんがいつも通りでいてくれるのがとても嬉しいです』
もう何ヵ月も前のチャット内容ではあるが、スーパーダーリンでは妻の言葉を忘れたりはしない。
「(──何かに悩まれている、と言う事。いえ、こちらに関しては雫とセレナが別人であったとしても関係はありませんね。もし雫が、何か逃げ出したくなるような重たい現実に直面しているとするならば、友として助けになりたいと思うのは普通の事です)」
上に立つ者としての義務。友としての務め。
一条に悩み事があるのであれば、それを解決したいと考える鹿謳院。
「(貴女に会いたいと願うこの感情が、自分勝手な欲である事は重々承知しております。それでも、何かに悩まれているのであれば力になってあげたいと、そう願う気持ちは間違いではないはずです。それで現実の貴女に嫌われたとしても、助けられるなら助けたい。私であれば、きっと力になれるはずです)」
セレナに会いたいと願う気持ちの中には色々な感情が渦巻いているようで、欲深い鹿謳院家の女らしく鹿謳院氷美佳も欲望に忠実に動いている。
「雫は最近、何か悩まれている事はありますか?」
「悩み、ですか? ……そう、ですね。どうでしょうか」
どんな質問が来るかと思えば、蓋を開ければ非常にアバウトな内容。
そんな訳で、思わぬ質問を受けた一条は顎に手を当てて首を傾げてしまう。
「(鹿謳院様にしては珍しい質問ですね。『最近どう?』と言った話出しをされるカスのような方々に通じる所がありますが……これは一体? 今は、明らかに悩み事を相談するような流れでは無かったように思いますが。いえ、この方は暑さに非常に弱いですからね。思考力が著しく低下している可能性も?)」
「(言いたいけど言えない、と言った所でしょうか。もし雫がセレナであるとすれば、美月を模倣している理由も気になります。単純に考えるとすれば、やはり憧れ? 雫は常に理路整然としている子ですから、自由に動き回る美月に憧れている、とか?)」
「そんなに悩まれなくても、答え辛い事であれば無理に話す必要はないですからね」
「それはもちろん、答えられない事を答える気はないのですが」
自分に関しての悩みなんて何も無い一条だが、鹿謳院の面子を保つ為にもとりあえず何かないかと考える。
「(ですが、雫の悩みとは実際にどのようなものでしょうか。考えられるとすれば、やはり近衛家と一条家の問題。夏の間も副会長の命令でコスプレをさせられていたようですからね。確かに、大変似合っておりましたが。だからと言って公衆の面前でゲームキャラクターの衣装を着るなど、ただの辱めでしかありません)」
実際には一条がノリノリで近衛が辱めを受けていたのだが、そんな内部事情を知る由もなく。
「副会長の扱いに何か不満があるとか、そう言う話であっても私であれば相談に乗りますよ」
一条が少しでも話し易くなるようにと、言い辛いであろう主に対する不満を吐き出させてあげようとしたのだが、それがいけなかったのかもしれない。
「ああ、そう言う事であればありますね。副会長への不満なら山ほどあります」
「やはり、そうですか。不満はありますよね」
「なんと、会長もお気付きでしたか」
「薄々ではありますが、さぞご不満がある事でしょうとは思っておりましたよ」
「流石の慧眼です。本来であれば副会長が気付くべき事なんですけどね」
あるはずの無い悩み事を発見した一条が溜息を吐き出せば、彼女が何か大きな悩みを抱えているに違いないと考えた鹿謳院は気合の籠った表情になる。
鹿謳院が余計な事を言ったせいで、思わぬ会話が成立してしまった。




