STAGE.- Level.000 Prologue
MMORPG『楽園の庭』
パソコンをメインにその他にも各種ゲーム機でサービスが展開されている、マルチプラットフォームの大人気ネットゲーム。
登録者は全世界で一億人を突破して、サービス開始から五年を経過した今も尚、アクティブユーザーが爆増し続けているモンスタータイトル。
漫画、アニメ、映画と数々のメディア展開で大成功を収めたこの人気タイトルは、特に若い世代で人気を博しており、学校の休み時間にそれらの話題で盛り上がる事もあるとかないとか。
そんな大人気ゲーム『楽園の庭』には仲の良いゲーム友達同士で結婚が出来るシステムがある。
現実で結婚するわけではなく、あくまでもゲーム内、ゲームのキャラクター同士の結婚ではあるが、それでも結婚は結婚。
特に何も考えずに仲の良い友達と結婚をする者もいれば、ゲームの中で一緒に冒険をしているうちに互いに惹かれ合い、現実と同じように相手の事を好きになった上で結婚をする者達もいる。
一昔前であればいざしらず、ネット恋愛が当たり前となった昨今ではネットで付き合い結婚に至るカップルも五万といる。
単純に、付き合うきっかけがマッチングアプリであるか、ネットゲームであるかの違いでしかない。
と言う訳で『楽園の庭』でゲーム内結婚をしてから、現実でも結婚するカップルも少なくはなく、そんな感じの今時珍しくもなんともない一組のネットカップルが、今日も今日とて『楽園の庭』にログインしていた。
人で溢れかえる街中から少し外れた草原のフィールド。
新緑の草花が絨毯のように敷き詰められた美しい草原には牛や狼が走っていて、生態系が息づくゲーム世界を美しく表現している。
そんな草原の片隅。
ポツンと一本だけ生えている大きな木の陰に、薄い青と白を基調とした可愛らしいファンシーな衣服にその身を包んだ女の子のキャラクターが立っていた。
セレナ:こんにちは!
キャラクターの表情を変えるエモート機能を使って笑顔になった女の子が口を動かすと、ゲーム画面の下にあるチャット欄にはキャラクター名と共に『こんにちは!』と言う文章が表示される。よくあるネットゲームのチャット欄。
そんな女の子に挨拶をされたのは、可愛らしい女の子のキャラクターとは真逆の黒を前面に押し出した、ぱっと見だとスーツ姿に見えなくもない燕尾服を纏った男性キャラクター。
マンダリナ:こんにちは、セレナ。珍しいな、昼間にログインしてるなんて
セレナ:うん! 今PT誘うのでチャットはそっちでー
マンダリナ:はいよ。いつもながら早いな
セレナ:昨日ログアウトしたのここだったから、待ってたらダリちゃん来るかなって
ダリちゃんと呼ばれた男性キャラクター。
マンダリナと言う名前の男性キャラクターを操作する中の人間は、ログインするや否やゲーム画面に表示されたセレナからのパーティーの招待通知を見て、僅かに口角を持ち上げる。
自分の事を慕ってくれる可愛らしい女性プレイヤーにご満悦なのか、ゲームから流れているBGMに合わせて軽く鼻歌まで奏でている様子。
マンダリナ:たまたま今日俺も休みだったから良かったけど、もし昼間にログインしなかったらずっと待ちぼうけだっただろ
セレナ:そうかもだけど、でもフレンドがログインしたら通知来るでしょう?
マンダリナ:あー、通知音なるよな
セレナ:うんうん! だから、誰か入って来るまで放置して勉強してるだけだから、あんまり待ってる感じしなかったかもー?
マンダリナ:あ、勉強しながら待ってたんだ? やっぱセレナは偉いなー
セレナ:そんな事ないよー!
マンダリナに褒められた事でセレナの中に居る人間も、無意識に口角をあげた。
勉強をするだけでこんな褒めてくれるなんて、やはりダリちゃんは良い人だ。
そんな事を呟いたセレナの中の人間は、二つあるPCモニターのうち、ゲーム画面が表示されていない方へと視線を移すと、そこに表示されていた小難しい英語が並んだ論文サイトを全て閉じた。
それにしても、本当に珍しい。
そうして、論文の検索サイトを閉じて、その代わりに『楽園の庭』の攻略サイトを開いたセレナの中の人は、溜息を吐くように軽く独り言を溢す。
セレナ:私もそうかもだけど、ダリちゃんもこの時間にログインするの珍しいよね?
マンダリナ:まあな。今日はたまたま休みでさ、特に何か予定があるわけでもなかったらログインすっかーって
セレナ:そうなんだ! 良かった、体調が悪くて休んでるとかじゃなくて
セレナの打った何気ないチャット。
それを見たマンダリナの中の人間は、両手で顔を覆いながら変な声を漏らしていた。
平日の休みと聞いて仮病やズル休みではなく、真っ先に体調の心配が頭に浮かぶなんて、なんと思いやりに溢れた子なのだろうか、と。
マンダリナ:俺の体調はいつも万全だけど、心配してくれてありがとな
セレナ:旦那様を心配するのは当たり前だからねー
マンダリナ:それ言い始めたら奥さんに心配かけてる俺はもう少し気を付けないとダメか
セレナ:ダリちゃんはいつも通りにしてくれればそれでいいよー!
可愛らしい衣服に身を包む女性キャラクターのセレナと、燕尾服に似たスーツを着こなすイケメン男子キャラクターのマンダリナがゲーム内で結婚をして、早くも半年が経過。
会える日もあれば会えない日もある。
お互いにゲームよりも現実を大切にしようと話している二人ではあるが、それでもログインが出来た時はいつも一緒に居る、そんな関係。
マンダリナ:リアルの話はお互い詮索しすぎないようにって事だけど、ぶっちゃけ今日はうちの学校が創立記念日でさ
セレナ:えー! 偶然だね! 私の学校も今日創立記念日なんだよね!
マンダリナ:おー、マジか。確かに偶然だなーってか、運命かもなw
セレナ:ね!
ゲーム画面でハートのエモートを飛ばしているセレナを見たマンダリナも、マンダリナに運命だと言われたセレナの中の人間も、どちらも思った。
やっぱり自分達には何処かで運命的な繋がりがあるのかもしれない、と。
わかっているのはお互いが高校生だと言う事。
互いに嘘を吐いていないとすればどちらも高校生であり、普段は学校行事を一生懸命頑張っている事。
そして、今分かったのは創立記念日が同じ学校と言う事。
互いにリアルを詮索しないように遊んでいたので、知っている事はとても少ないけど、それでも惹かれて止まないゲーム内のパートナー。
セレナ:あ! じゃあさじゃあさ
マンダリナ:なになに?
セレナ:自分たちの学校が創立何周年かだけ言い合いっ子しない?
マンダリナ:セレナがいいならそのくらいいよ
セレナの提案を受けたマンダリナの中の人は内心ウキウキである事を隠しつつ、彼女の提案に乗っかった。
もちろん、リアルを詮索するもりなんてない。
リアルなんて関係なくセレナの事を大切に想っていて、たとえこの先で彼女のリアル情報を知る事になってもならなくても、そんな事でセレナに対する気持ちが変わる事はない。
それでも、気になるものは気になる。
セレナ:じゃあ、11時11分になったらせーのでチャットしよっか!
マンダリナ:おっけおっけー
そして、そう考えるマンダリナと同じように、セレナもまた同じような事を考えていた。
気持ちの良い性格をしているマンダリナであれば、きっと良い友人関係を築ける。
出来る事ならオフ会と言うものをやってみて、ゲームだけではないリアルでも楽しく語り合えるような関係になれたら、それはどんなに素敵だろうかと。
そんな考えるセレナの中の人ではあったが、残念ながらそうもいかない事情がある。
セレナ:そろそろだから、せーのでいくよー!
マンダリナ:はいよ
きっと出会う事は無い。
高校や大学を卒業したら、或いはゲームを引退したら、もう二度と語り合う事はない。
セレナ:創立153周年を迎えた学校なんだよー!
マンダリナ:1877年で、ちょっと前に創立150周年を迎えたとこだよ
セレナ:え?
マンダリナ:お?
お互いにリアルを知られたくはない。
それでも、ほんの少しでもいいから本当の自分の事を知っていて欲しい。
そんな思いから始まった、ちょっとした暴露大会のはずだったのだが──。
セレナ:すごー! 私の学校も1877年創立なんだよね
マンダリナ:お互い結構古い学校通ってるんだなw
セレナ:ね! 本当に偶然じゃなくて運命感じちゃうよー
マンダリナ:だなー。つっても、うちは高校って言うか学園だからちょっと違うのかも
セレナ:へー? え? 学園って中高一貫とか?
マンダリナ:そそ。中高って言う、幼稚舎から大学まで一貫してる感じで大学の方が古い感じかな。だから創立記念日は大学の方で、そっちに合わせて学園全体が休みになってる感じ
マンダリナのチャットを見たセレナの中の人は、PCモニターの前で思わず唾を飲んでしまった。
即ち、自分も正直に話すべきかどうか、と。
セレナ:実は私も同じ感じと言いますか。私の通っている学校も幼稚舎がありまして、大学の創立が1877年だったりー
マンダリナ:おー
セレナのチャットを見たマンダリナの中の人もまた、PCモニターの前で思わず真顔になっていた。
1877年創立の大学と言う時点でかなり絞れると言うか、今調べた限りそんな学校は片手の指よりも少ない。
そして、その中でも幼稚舎から大学までの一貫教育を施している学校となれば、それは。
セレナ:もしかしてなんだけど。私、ダリちゃんの学校しってるかもー……なんてw
マンダリナ:あー、俺もセレナの学校わかるかもしれん
セレナ:どうだろう? 違うかもだけど?
マンダリナ:だな、俺も日本の学校全部なんて知らないしなw
呑気にチャットを打ちながらもセレナとマンダリナの二人は確信していた。
もしかすると、自分と同じ学校じゃないか? と。
セレナ:じゃあ、良かったらなんだけど、せーので言っちゃわない?
マンダリナ:まー、そうな。もしかしたら違う学校って可能性もあるし正直興味あるかも
セレナ:じゃあ、せーのでいくよ?
マンダリナ:おっけ
これ以上リアルの詮索をしてはいけないと思いつつ、こんな事が有り得るのかと言う気持ちからブレーキが壊れてしまった二人。
そんな二人はそれこそ運命に導かれるように、無意識にチャットを続けた。
セレナ:私は聖桜学園って所に通ってますー
マンダリナ:俺は聖桜学園ってとこだけど、知ってる?
セレナ:わー、本当に運命感じちゃうね!
マンダリナ:マジか。え、マジで?w
セレナ:それで今日創立記念日が同じだったんだねー!
マンダリナ:そう言う事かーw
自分の通っている学校の名前を明かしてしまった二人は、その後もお互いに穏やかなチャットを送り合って、ゲーム上では平静を装っていた。
しかし、当たり前ではあるが平静でいられるわけがない。
果たしてそんな偶然が有り得るのか。
聖桜学園の生徒で、しかも同じ高等部に通う生徒?
もしかすると自分に見栄を張りたいセレナ(マンダリナ)が、嘘を吐いているのかもしれないのではないか?
そう思って冷静に考えた二人は、チャットの中にお互いを探るような質問をこっそりと織り交ぜていった。
生徒じゃなければ知らないようなマニアックな質問や、ひっかけ問題を始めとしたいくつかの質問をするマンダリナ。
適当に嘘を吐くなり誤魔化すなりすればいいのに、彼の質問に馬鹿正直に答えるセレナ。
二人のチャットは穏やかに続いていって──その結果、確信してしまう。
セレナ(マンダリナ)が間違いなく『聖桜学園』の生徒であると言う事を。
セレナ:学食美味しいですよね! 私あれ好きですよ、プリンアラモード!
マンダリナ:俺はあんましデザート系は食わないけど、でもボリュームあって安いから良いよな
そして、穏やかな雰囲気で続くゲームのチャットとは裏腹に、PCモニターの前にいる二人は驚きに顔を歪めながら思わず呟いていた。
「馬鹿な……っ!」
そう呟いたのは、可愛らしい衣服にその身を包んだ女性キャラクター『セレナ』の中の人間。
近衛鋼鉄と言う名の、聖桜学園に通う男子生徒。
「そんな、まさか……っ!」
そう呟いたのは、格好良いスーツを着こなしたイケメン男子キャラクター『マンダリナ』の中の人間。
鹿謳院氷美佳と言う名の、聖桜学園に通う女子生徒。
ネットゲーム。
それは、なりたい自分になれる場所。
なりたい自分になり、リアルとは違うキャラクターを演じる事が出来る夢のような世界。
だからそう、たとえばその世界では、男が女を演じて、女が男を演じるような事も出来てしまう。
それがネットゲーム。
数ある物語の中から、こちらの物語に目を通して頂きありがとうございます。
少しでも続きが気になった方は引き続きご一読下さい。
以下、STAGE予告。
大好きな妻、大切な夫が同じ学校に通う生徒であると判明した所で物語は開幕。
『探り愛』の最初の舞台は聖桜学園。
夫婦の中の人は、意外や意外にすぐ近くに……?
学園に君臨する二人の王が衝突しながら探り合う、最初のSTAGE。
それでは、運命の悪戯に翻弄される STAGE.Ⅰ
『合縁奇縁のセレナーデ』をお楽しみください!