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第34話 粛清の輝き


 ギルド本部長に就任し、後身を育てることに心血を注いだのはこういう時のためでもあった。

 かつての戦友を二人、モンスター・パレードの余波で失うという経験は少なくとも私を弱くした。


 それまでは自ら前線に立ち、自らの力で活路を切り開くことしか考えてこなかった。

 何度も死地を潜り抜け、いつしか「死」というものに対す忌避感が薄れていたともいえよう。


 ――冒険者は死ぬ。いとも簡単に。


 だからこそ、自分も冒険の中で死んでも悔いはないと思っていた。

 そんな冒険の日々から離れ、ギルドマスターとして振る舞うようになっても、だ。

 ダンジョン探索から帰ってこない冒険者がいても、それは冒険者の運命として受け入れることができた。


 冒険者の死は、ただの一つの数でしかないと感覚が麻痺していたのだろう。

 死による別れが、実感として訪れたのは幼い娘を残して戦友が去ってからだ。

 最期を看取ることすら、叶わなかった。


 私が現場に駆けつけた時にはすでに二人は事切れ、スカル・デッド・ドラゴンの崩壊が始まっていた。

 街は半壊し、数多くの人が亡くなった。

 街を救った英雄は、数多くの戦死者、死傷者のうちに数えられる数字の一つでしかなかった。


 ――そんなわけがあるかッ……。


 まだ若かった私は自らに怒りをぶつけ、ダンジョンの異変にいち早く気付けるよう、各地のギルドに監視係と連絡網を引いた。

 二度と同じ過ちを繰り返さぬ為に。

 その力があったからというだけの理由で、尊い犠牲に数えられるだけの存在へとさせぬ為に。


 英雄などいらない。

 名誉ある死など、誰も望まない。


 私たちに必要なのは、ただ、帰るべき場所に帰り、迎えられるべき者に迎え入れてもらえるだけの、冒険の始まりと、終わりだけだ。

 そう、願って、この十年、経験と知識、人脈を積み重ねてきたというのに――、


「……この世の、終わりのようだな」


 ファルムンドの街を囲む城壁の上から見えた景色は、なんとも酷いものだ。


 森の木々を押し倒し、空を覆い尽くす闇が、迫ってきていた。

 長い冒険者人生でもこのような光景は見たことがない。


 文献にのみ語られるモンスター・カーニバル。


 想像以上の光景だった。

 アレに、人は太刀打ちできるのだろうか。


 ただ、濁流に飲み込まれ、流されるだけの木の葉に過ぎないのではないだろうか……?


 城壁の前には数多くの冒険者が集い、城壁の上でも大砲やバリスタの準備も整いつつある。


 ――だが、そんなもので、人間の力で、どうにかできるというのだろうか……?


 ダンジョンは、冒険者たちが挑み、栄光を勝ち取って戻ってくる場所である。

 それはひとえに、ダンジョンの中には秩序があり、モンスター・パレードという例外があるにしても、自然の摂理の上に成り立っているからに過ぎない。


 モンスターは人間に狩られ、魔素に還る。

 それがダンジョンの中での掟であり、繰り返されてきた歴史である。


 ならば、モンスター・カーニバルとは……?


 ダンジョンは、魔素の終息地であることを考えるならば、地上で発生するモンスター・カーニバルとは、一つの人の時代を終わらせ、地上に魔素を再分配させる黙示録の始まり、神による文明のリセットに近しいのではないだろうか――。


「マスター・べナスティア……?」

「……いや、大丈夫だ。皆に激の一つでも、飛ばすべきなのだろうがな……」


 下手に虚勢を張れば、状況が崩壊してしまう恐れすらあった。

 遠くから聞こえ始めた地響きと空を焼く翼の音が、ダンジョンに潜り慣れた冒険者たちの心すらも削り始めている。


 このままではいけない。

 このままでは、敗北は必至だ。

 そう、このままでは、この街は滅びる。


 この街だけでなく、おそらくはこの大陸の、殆どの村や街が――、「冒険者、諸君……」


 自然と、言葉は溢れ出てきた。


「冒険とは、常に死と隣り合わせである――……、だが、この地、この場所に生きるものたちにとっては、そうではない。生きることとは、明日を迎えるという事とは、当然の摂理であり、疑いようのない、未来なのだ……」


 私は語る。語り掛ける。

 日常をダンジョンの中に求める冒険者達に、地上ではなく、地下に日々の繰り返しを求めてしまう、愚かな、挑戦者たちに。


「諸君らの、戻ってくる場所を、帰りを待つものたちの住まう場所を、どうか、守ってほしい――。……これはギルドマスターとしての願いではなく、かつて諸君らと同じように地下に潜り、戦友と肩を並べたものとしての願いだ」


 失われてしまったものを、取り戻すことはできない。

 残された私たちに出来ることはただ一つ、残されたものたちの為に、明日を掴み取る事だけだ――。


「街を守れ! 隣人を守れ!! 諸君らの健闘に期待する!!!」


 返答は、大地を震わせる大歓声となった。

 そして冒険者たちは戦場へと向かう。

 地平線を埋めつく、モンスターの軍団に向かって、巨大なドラゴンの群れに、今、蟻の突撃とも呼べる抵抗が始ま、



「……なんだ、あれは……?」



 誰かが、天を指差した。


 地上の冒険者たちも自分たちの向かう先に浮かぶその小さな影に気づき、足を止めていた。



 黒い、巨大な翼を生やした、――悪魔が浮いていた。



 はるか上空に浮かび、後ろ姿しか見えないそれは、腕を掲げる。

 掲げた腕に、ドラゴンの姿が重なって見えた。


 その小さな影を取り巻くように、サーペントドラゴンの影が、重なるようにしてコカトリス、フレアゴーレム、金色武者、クラーケン、金獅子、スカル・デーモン、デッドバイドラゴン……。


 次から次へと浮かび上がる幾重ものモンスターの影が収束し、眩い光が暗転し、黒の光りを放つ。

 世界の景色が、反転する。

 一瞬の静寂が、世界を切り裂いた。


 ――悪魔から放たれた光は、地平線を吹き飛ばし、余波は我々の街を襲って嵐が巻き起こる。


 嵐が静まり、土埃が消え失せ、視界が確保できた時――、……そこには一面の青空と、消滅したモンスターたちの放つ、魔素の輝きだけが地平線の遥か彼方まで、残るばかりであった。


 静寂の後、戸惑いと、それを打ち消すほどの喝采が上がった。

 モンスターを葬った悪魔の姿は消え失せ、ファルムンドの街は、世界は、そうして救われたのである。


 誰が言い始めたのかは不明だが、のちにこの奇跡は「ファルムンドの粛清」と呼ばれるようになり、空に現れたのはファルムンドダンジョンに住まう大主人であり、モンスター・カーニバルを勝手に行った部下たちを粛清したのだと囁かれるようになるのだが、真偽は不明だ。


 事態の収束を確認すべく、ギルドから調査隊を派遣し、一週間ののちにはダンジョン内の安全も確認された。

 一時的に山脈の崩壊によってダンジョンの入り口は塞がれたようだったが、これも何者かによって再発掘され、いつの間にか木造造りの宮殿のような入り口が出来上がっていた。


 これもまた、ファルムンドダンジョンの大主人による粛清説を裏付けることになるのだが――、「お前たちは、どう思う?」


 私は業務が一応の収束を見せたことで、戦友たちの墓前で報告を行なっていた。

 彼らが愛娘と共に過ごした街は再び半壊することになったのだが、ギルドから人手を出して復興にあたっている。


 もののついでと、廃墟当然だった彼ら夫妻の家も修繕させるつもりだ。

 唯一、気がかりな点と言えば、あれからヘタルの姿を見ていないことだが――……、まぁ、その心配はいらないのだろう。


 戦友たちの墓前には、黒い睡蓮の花と宝石のような花弁を携えた花が添えられているのだから。



次回、エピローグ。

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