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第33話 モンスター・カーニバル

【8】モンスター・カーニバル


「大丈夫ですか、ご主人様……?」

「ん、んぅ……」


 目の前が真っ暗です。

 真っ暗で、ぬめぬめしました。


「エメ……?」

「はい、エメでございます」


 腕を伸ばすとぐにょーんとぬめりが伸びて、少し視界が明るくなりました。


「んぅ……?」


 しばらくするとぬめりが移動し、体の自由が効くようになります。

 どうやら私はエメに包まれていたようです。


「一体、なに、が……?」

「ダンジョンが爆発しました」

「ダンジョンが、ばく、はつ……?」


 真顔でエメがいうので冗談かと思って見回してみると、あたり一面酷い有様でした。


 いえ、元々ドラゴンの死体やら大穴やらで酷い有様だったのはそうなのですが、今度はそう言ったものが一切綺麗さっぱりなくなり、ただ抉れた荒野だけが広がっています。


「いったい、なに、が……」

「ダンジョンが、爆発しました」

「だからなんで……!」


 ダンジョンがあった場所は最もひどく損傷し、後ろに聳え立っていた山々が崩れ落ち、元の形がわからない程です。

 ……ていうか、ダンジョンがなくなっています。


「へぇえええ……!?」


 最悪です。これではお友達作戦が実行できません。


「あだ、あだだ……。いってぇー……」

「師匠!?」


 そうです、師匠です!

 師匠は、……「師匠……」「おう。無事で何よりだ」師匠は、血だらけでした。

 元々血だらけだったのはそうなのですけど、今の師匠は自分の血で、血だらけでした。


「だ、大丈夫ですか……!? 今治療を……!」

「あー、いい、いい。唾つけときゃ治る」

「でも……!」


 傷を癒す力のあるスライムを纏おうとする私を師匠はズタボロの手で制します。


「それより、モンスター・カーニバルだ。削れるだけ削ったが、結構な数が流れていきやがった」

「モンスター・カーニバル……?」


 本で読んだことがあります。ダンジョンの復讐だとか、暴走だとか。


「大昔、国を滅ぼしたとかいう……」

「ああ、それだ。いやぁ……、まいったまいった。こーいうのは求めてねーんだよなぁ……?」


 師匠は悪態をつきながら座り込みます。

 これほどにまで疲弊した師匠は初めて見ました。


「モンスターは、ファルムンドの街を飲み込む。んで、そのまんま大陸の半分ぐらいは破壊し尽くされるだろうよ」

「なんで……!?」


 おかしいです。そんなのって普通じゃありません……!


「ヘタル。いいか、よく聞け。おそらくは他の冒険者連中も動き出しているだろうし、聖女や双剣、神葬のおっさんもモンスター討伐には出るだろうがなんたって数が数だ。大陸中に広がっちまったら手が回り切らん」


 その光景を想像してぞっとします。


 普段はダンジョンという箱庭の中に押し留められているモンスターは一度地上に出るととんでも無い被害を齎すとは聞いていましたが、師匠がおっしゃるには「このままだとまた国が滅ぶ」のだそうです。


 大変です。

 そんなことになったらお友達とダンジョン攻略どころの話ではありません……!


「だから、ヘタル。お前が止めろ」

「で、でも、どうやって……」


 そんな一大事、師匠でも止めきれなかったというのに私にどうにかできるとは思えません……!


「いいか。よく聞け。連中はまず、一番近場のファルムンドの街を襲う。その後、四方に広がっていくはずだ。だから、お前がまとめて叩け」

「で、でもっ……」

「大丈夫、今からでもお前なら追いつける。あのドラゴンの翼でひとっ飛びだ。街を守れ」

「あぅ……」


 いつだって師匠は私に弱音を許させてはくれません。

 いつだって背中を押して、前へと進ませようとします。


「しっぱい、したら……」

「ヘタルっ……!」

「っ……」


 突然伸びてきた手に、驚いて身を竦めてしまいました。

 師匠には「攻撃には反撃を」「手が出てきたら切り落とせ」と教わっているのに、どうしても自分よりも強い相手にはまだ怯えてしまいます。


「……大丈夫だ。お前なら、大丈夫だ」


 師匠は、ゆっくりと私の頭を撫でてくれました。

 まるでお母さんみたいに、お父さんみたいに。


 そうです。師匠は、師匠はお父さんお母さん以外で初めて私を認めてくれた大人でした。すごい人でした。お父さんとお母さんに負けないぐらい、すごい人なのでしたっ……。

 そんなすごい人に認められて、それでも出来ないだなんて、私は言っちゃいけない気がします。


 いいえ、きっと言ってはいけないんですっ……。

 それが、師匠に戦い方を教わった私の責任なのです……!


「ぅっ……、あっ……」


 怖いやら嬉しいやらで涙が滲みます。

 ぎゅっと握った指先が、震えます。


「行ってこい」

「……は、いっ……!」


 絞り出すようにして応え、私はデッドバイドラゴンの翼で飛び上がりました。

 向かう先はファルムンド。

 方角を定め、一気に加速します。


 眼下に、モンスターによって破壊された森が、川が、私が生まれ育った村が、流れていきました。

 泣き叫ぶ子供や、頭を抱える男性の姿も見えました。

 胸の奥がぎゅっと締め付けられます。


 お父さんとお母さんは、これと戦ったのです。


 十年前、ダンジョンから溢れ出たモンスター・パレードを止めるためにファルムンドの街へと向かい、戦ったのです……。


「今度は、私の、番だっ……」


 一人、自分に言い聞かせます。

 今度は、私が、みんなを守るんだ……!

 翼に力を集中させ、さらに加速して私は街へと向かいます。



 お父さんとお母さんのように、街を、守るために……!


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