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第31話 モンスターを超える怪物


 師匠曰く、モンスターとの戦いは常に己との戦いだそうです。


 ダンジョンでは不測の事態が常に起こり、モンスターは冒険者の都合など御構い無しに襲ってくるから、自分が限界だと感じたその一歩先へ踏み出せるようにならなければ一流の冒険者とは呼べず、一流の冒険者になることが叶わなければ、いつかはダンジョンへと飲み込まれるのが冒険者の運命なのだそうです。


 ――だから、


「私は、師匠に……!」


 憧れています。尊敬しています。

 だからこそ、師匠のようになりたいと思うし、師匠のような力が欲しいと思ったのです。

 正面から、モンスターをたたき伏せ、己の道を突き進むカッコイイ力が。


 でも、私は師匠のようにはなれませんでした。


 師匠のように駆け出し冒険者さんの元へ颯爽と駆けつけ、モンスターを倒してカッコよく「大丈夫だったかい?」なんて言えませんでした。


 私にできたのはただ一人で黙々とダンジョンに潜り続け、ただひたすらに師匠の教えを守り、一撃でモンスターを倒し続けること。


「正面から、カッコよく打ち破るなんて、やっぱり師匠には敵いませんね……?」


 私は、師匠の足元に突き立てた小太刀を引き抜きます。

 私を見下ろす師匠の目は見開かれておりました。


「驚いて、いるのですか……?」


 少し意外で、私の方が驚いてしまったのでそう問いかけたのですが、師匠はすぐに笑みを作って返します。


「ああッ……! 予想以上だ!」


 次の瞬間、確殺の小太刀で急所を貫かれたスカル・ドラゴンは崩壊を始めます。

 モンスターは魔素の塊です。

 その魔素を司る「コア」と呼ばれる部分を破壊されれば、たとえ心臓を持たぬモンスターでも確実に葬ることができます。

 これは師匠に最初に教わったことでした。


「お前は私の予想を遥かに超えるモンスターになった!」


 師匠は落下しながら私に喜びを伝えてくださいます……!

 師匠が落ちていきます。

 私はデッドバイドラゴンの力を纏い、なんだか嬉しそうな師匠を眺めて頷きました。


「……はいっ?」

 ――何の、話ですか……???


 さて、勝負はつきました。

 地上に向かってゆっくり降下しながら、師匠の姿を探します。

 あと、師匠に言われたことが気になります。


 私がモンスター……?

 私は人間です。モンスターではありません。


「ふふふ、さすがはお師匠様ですね。ご主人様が最強モンスターであることをオミ抜きになるとは」

「違う、よ……?」


 あと、いつまでも服の中にいるの、やめて欲しいです。

 体にまとわりつかれているのが流石に鬱陶しくなってきたので、指先でつまみ上げてぐにゅーっんと引っ張りますが、意外にこのスライム抵抗してきます。


「はー、なー、れー、てー」

「いー、やー、でー、すー」


 ぐににーぐにょにょーん。となかなかに人に見せられない格好ですが、地面に足がついたので一気に引っ張り上げて引き剥がします。


「あんっ」


 エメが変な声を出してぐにゃんっと私の服の下から出てきます。

 纏っているデッドバイドラゴンの指先で摘まれてぶらんぶらんしています。

 こうしてみると本当にスライムです。

 いえ、普段からスライムスライムしているのですが、人の形を真似ていないとただのスライムです。


「もう……、次したら、許さないから……」

「ふっ、ふふっ……、お許しにならなかったら、一体何をされてしまうのでしょう……?」

「…………」

「ぁああああああ!?」


 さすがにちょっとお仕置きが必要だと思ったのでぐるんぐるん振り回してやります。


 スライムなのでぐにょーーーーーんと伸びて最後は薙ぎ倒されていた木にぶつかってべちゃん! といい音を立てて止まりました。物理無効化でダメージはないでしょうがいい気味です。


「それにしても凄まじい光景ですね」


 ずるずると普段のメイドの形を取り戻しつつエメが言います。

 確かに私が倒したドラゴンであたり一面酷い有様です。


 その上、ダンジョンには再び大穴が開いていました。覗き込むと結構、……ていうか、また最下層まで穴が空いている気がします。


「こ、これ……、また立ち入り禁止、とかに、なるんじゃ……」

「十中八九なるでしょうね」

「あぅ……」


 本末転倒です。

 私がダンジョンに潜む意味が失われつつあります。

 なんとか隠蔽して無かったことにできないかと頭を捻ります。

 デッドバイスライム・スタイルで消化すれば消すこともできるでしょうが、ドラゴンの死体はモンスターの中でも特別だと聞きますし、果たして――、「ひっ……!?」


 どーっん! と突然、積み上がっていたドラゴンの死体が吹っ飛びます。


 反射的にスライム・スタイルで身を守りながら振り返ると全身血だらけの師匠でした。


「いやぁー、まいったまいった。まさか囮に囮を重ねてくるタァ、思わなかったよ!」


 たぶん、師匠の血ではありません。

 落ちた衝撃でドラゴンの死体の中に突っ込み、汚れただけでしょう。


「んじゃまぁ、本番と行こうか……!」


 師匠が拳を構えます。

 その後ろでは大量のドラゴンが未だ羽ばたいていました。


「限界の、一歩その先へって奴だ!」

「ぇえー……」


 正直言って師匠と戦っても師匠が喜ぶだけでお友達ができるわけではありませんし、これ以上派手に物を壊すとダンジョン事態が封印される恐れすらあります。


 それだけは絶対に避けなくてはなりません……!


「し、師匠っ……、きょ、今日はこれぐらいにして……」

「ぁああ? 私はまだ何もしてないだろう?」

「で、ですがっ……」


 ああ、もうだめです。こうなった師匠は脳筋なのでいうことを聞いてくれません。

 師匠が満足するまで付き合うしかないか――と、諦め、私は再びデッドバイドラゴンスタイルを展開するのですが、「ご主人様!」「へ」


 ――突然、後ろからエメに抱きつかれ、次の瞬間には世界が暗転していました。


 ダンジョンが、爆発したのでした。

次章、最終章。

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