第27話 スライムの失態
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どういたしましょう。どういたしましょう? ご主人様は変なところで勘が鋭いので深層にお気づきになってしまわれるかも知れません。はたまた私のことをお怒りになるかも……?
「いっそのこと、適当なモンスターを倒させて、それをお持ち帰りいただくというのは……」
人間の世界の情勢は伝え聞く程度であまり詳しくないので、それで冒険者ギルドを騙せるのかちょっぴり不安です。
さて、実のところ、ご主人様に話した内容にはいくつか嘘を織り込ませていただいておりました。
ダンジョンに上級者しか立ち入れないようになった一件に、私は少しだけ、ほんの少しだけですが、関わっております。
単純な話、私はご主人様を独り占めしたいと考えています。
もちろん、あの不憫な身の上を聞けば幸せになって頂きたいですし、お友達と楽しくダンジョン攻略に挑んでいただくのも良いとは思うのですが、それとこれとは別の問題なのです。
――なので、私は以前、少しだけ上層階でイタズラをしておりました。
低級のモンスターたちを焚き付けて、モンスターパレードのようなものを引き起こしたり、私自身が「泥んこゴーレム」のフリをして駆け出し冒険者さんを襲ってみたり。
危うく何度かご主人様に討伐されかけたこともありますが、努力の甲斐あってか、「今のダンジョンはなんだか危ないっぽい」という判断を冒険者ギルドは下してくださったようです。
あのアルなんとかという元冒険者はそれなりに経験を積んできていたようですが、私の暗躍にまでは気が付かなかったのでしょう。
そもそも、同席していた私をモンスターと見抜けなかったのだから、目が節穴と言ってもよろしいでしょう。
いえ、もしかすると私の擬態が完璧すぎて、超一流の冒険者相手でも騙し通せるというだけなのかも知れませんが。――ええ、きっとそうです。そんな気がして来ました。
ご主人様のお師匠様に一発で見抜かれた時は少しだけショックを受けましたが、あの人はご主人様と同じように人外。人の理の外側に生きる人間だったというだけの話なのです。
「さて、で、どうしましょう……?」
うだうだ考えていたら第一階層にまで辿り着いてしまいました。
普段でしたらモンスター討伐に派遣されてきた上級冒険者を捕まえて情報を聞き出してみたり、ご主人様に使っていただけそうな装備や食料を奪ったりしているのですが、そういえば今日は一人も見かけておりません。
ご主人様が大主人を倒したあたりから潜ってくる冒険者の数が減ってはいましたが、全く見かけない、というのは奇妙です。
私は自分の本体をダンジョン内に残し、鎖を作り出した時の要領で分身を生み出します。
長い鎖で繋がれたもう一人の私。
意識を集中させればコアはダンジョン内に残したまま、ダンジョンの外を窺い知ることができます。
「さてはて、なんだか嫌な予感がするのですが、ご主人様のお手を煩わす事態に陥らなければ良いのですけども……」
メイド然とした振る舞いで地上の光が差し込む出口を抜け、入り口を囲むように組み上げられた神殿調の建築物を抜けて外へ出ると、そこには空一面、青空が広がっておりました。
ダンジョンの入り口は山の麓にあります。
背後に巨大な山脈を背負い、ぽっかりと地上に開いた地獄への大穴。
それがダンジョンです。
普段であれば、ダンジョンの入り口近くには冒険者たちが野営地を構え、次の冒険の準備をしているのですが、その姿も見えません。
「一体何が……」
周囲を見渡して、ほんの僅かに何かの羽ばたく音が耳に届きました。
いえ、正しくは私の体が、その空気の震えを感じ取ったというべきなのですが、なにぶんスライムですから。こういった空気の震えには敏感なのです。
「まさか――、」
ほぼ確信して私は振り返ります。
背後に背負う山脈。
ここより北には人の住まう地はなく、人界の果てとも呼ばれているそうです。
そしてその聳え立つ山脈の中腹。その空――。
うっすらと何かがこちらに向かって飛んできているのが分かります。
――いえ、何かが、ではありません、私にはもう分かっていました。
そして、それら、は群れをなして、です。
というのも、ここが地上である以上、空を飛べる生物は限られているのです。
鳥か、もしくは、あのモンスターです。
「ドラゴン・パレード……!」
大量のドラゴンが、真っ直ぐこのダンジョンを目指して飛んできていました。




