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第26話 メイドへの不信感

【7】最終試練


 エメが最下層に組み上げた宮殿は破壊されてしまったので、私は仮住まいとしてその宮殿の近くにテントを建てて暮らしていました。


 建物自体は見るも無惨な残骸とかしてはおりますが、環境自体はダンジョンの中とは思えないほどに快適です。


 川が流れ、太陽が差し込み、草木が茂り、風が吹き抜けます。


「これってどうなってるんだろ……」


 川のほとりに腰掛け、裸足を水につけながらそんなことをふと考えます。

 それまで気になっていなかったといえば嘘になりますが、実際どうなっているのかは少々疑問でした。


 そもそもダンジョンの中は溜まった魔素の関係で不思議なことが起きるとはいえ、いきなり極寒の地になったり、マグマが流れる階層が現れたりと地上の理屈では考えられない構造をしています。


 なので、この最下層が地上と変わらない構造をとっていても不思議ではあっても不思議ではないのです。


「太陽は……、んぅ……、よく見えない……」


 地上と違って雨が降らないので本当に空があるわけではなく、なんらかの仕組みで外の気候を再現しているのでしょうが、謎です。謎すぎます。


 そういったことはダンジョン研究家にお任せすると割り切ってしまえば話は早いのですが、今日は一日休息日にするとエメと約束してしまったので暇なのです。無駄に考える時間ばかりができてしまってどうしたものかーという感じなのです。


「上級冒険者の話によりますと、ダンジョンへの立ち入りが制限されているようです」

「へ?」


 今朝の出来事です。

 朝食のキノコを食べているとエメがそんなことを報告してきました。

 地上での一件以降、メイド姿のデッドバイスライムとの付き合い方は少しだけ改めることになり、私とエメは本当に飼い主とペットみたいな関係です。


「何やらダンジョン内で強力なモンスターを確認されたとかで、駆け出しを始めとした下級冒険者の挑戦は――、」「違う! そうじゃな、なくて……!」


 慌てて言ったのでキノコが喉に詰まりそうになったりと大変です。

 これだからモンスターは間が悪いと言われるのです。


「前々から気になってたけど、なんで、冒険者さんと仲良くなってるの……?」

「ご主人様を見習ったまででございますが」

「へ……?」


 モンスターの話は要領を得ません。

 これでどうして他の冒険者さんと意思疎通が出来ているのか疑問に思っていると、「ですから、ご主人様のようにピンチに陥っている冒険者共のところに現れて、颯爽とモンスターを退治して見せたら喜んで情報を、」「待って待って、待って……!」


 混乱です。大混乱です。


「そ、それ、私の真似っていうか、師匠の、真似……!」

「ああ、そうでございましたね。元はと言えばあの赤毛のお師匠様のテクニックでした」


 あっけらかんとエメは言ってのけますが、そのお師匠から直伝で教わった私ですら習得できていない「お友達の作り方」をスライムが……? この、超おバカなスライムが……???


「ご安心ください。私のご主人様はご主人様だけでございますので」

「そんなのは、心配、してない……!」


 むしろ私以外の誰かに懐いてくれたならそれはそれでラッキーです。

 このスライム、私が寝ていると知らないうちに布団に潜り込んできて体を包み込んだりするのです。


 私が寝ているのに、です……!


 本人の言い分的には「お風呂に入られないので、代わりに私が綺麗に差し上げようと思ったのです」とのことですが、それってつまり、私の服の中に入り込もうってしていたってことですし、気持ち悪くてたまりません!

 スライム風呂、最悪です……!


「お友達には、なって、ないんだよね……?」

「ええ、はい。なぜ私が下等な冒険者どもとお友達になる必要があるのでしょう?」


 これまたけろっと言ってのけます。

 下等な冒険者と言いますが、話を聞く分には上級冒険者のみなさんです。


 ギルド内の登録では私はまだ「駆け出し」ということになっていますから、先輩も先輩、二つ名を持っているかも知れない大先輩たちです……!


「エメは、……なんで、冒険者さんたちを助けてるのかな……?」


 そりゃ人助けはいいことです。


 しかし、ダンジョンの中で危険に陥ったり、死んだりすることはそう珍しいことではありませんし、そういう覚悟を持って私たち冒険者はダンジョンへと挑んでいます。

 私だって上級冒険者さんを助けることもありますが、それはたまたま通り掛かった時にピンチそうだった場合のみです。


 覚悟を持って冒険に挑んでいる方々を助けて回らなくてはならないとは思っていません!


 あくまでも私はお友達を作るきっかけが欲しいだけなのです。


 そして一緒に冒険をしてくれる仲間になってもらうなら、まだ関係の出来上がっていないパーティに誘っていただいた方が馴染みやすいと思っているだけなのです。


 でも、このバカスライムのエメは違います。

 エメの言っていることをそのまま信じるのであれば、エメは他の冒険者さんと仲良くなりたいわけではないはずです。


 だったら、一体なぜ、なんのために……?


 エメは不思議そうに首を傾げるばかりで答えようとはしません。


「助けることに理由など、必要なのでしょうか……?」


 おっとー、何を言ってるんでしょうね。このモンスター。


「モンスター、だよね、エメ……」

「ええ、デッドバイスライムのエメちゃんです。エメというのはご主人様がつけてくださった名前です」


 最後の方はちょっぴり嬉し恥ずかしそうなの、意味不明です。


「なのに、エメは、冒険者さんたちを他のモンスターから助けるの……?」

「だって、放っておいたら死んでしまうじゃないですか」


 そうです。身の丈に合わない冒険は身を滅ぼします。

 冒険者はそういった死と隣り合わせの職業――、……いえ、生き物なのです。


「冒険者はっ……死ぬ、生き物なの……!」

「え、でもしかし……、ご主人様はご両親をモンスターに殺されて悲しんでおられたのでは……?」

「それは、……そうだけど……」

「ならば、私はご主人様の無念を晴らすべく冒険者どもを助けませんと」

「ん、ん、んんん……???」


 私なりに考えます。


 モンスターの考えは理解不能ですが、スキルの影響とはいえ調教下に置いているのですから出来る限り理解するのが務めだと思うのです。


「つまりエメは、私の為に、冒険者さんたちを助けに行ってるの……?」

「当たり前ではないですか。私は貴方様のメイドなのですよ?」


 わかりません。微塵も理解できませんでした。メイドって、一体何をする人たちのことでしたっけ……?


「と、とにかくっ……、助けてる、だけ……? お友達、とかには……、……なって、ないんだよね……?」

「当然です。なぜ私があのような弱者どもと友人になどならねばならないのでしょう?」


 一応はホッとします。


 いえ、そんなことにほっとしていてはいけない気がするのですが、とにもかくにも安心しました。

 もし仮にこの何を考えているのか分からないスライムと冒険者さんたちがお友達になっていたら、私はモンスター以下ということになってしまします。


 モンスターは人間と違ってバカです。

 ダンジョンの中に生まれて、力の赴くままに人間を襲う怪物たちです。


 そんなモンスターでも人間を助け、お友達になれるのに、同じ人間である私がいまだにお友達の一人も出来ていないともすれば、ショックで今日一日は寝込んでしまいそうです。


「あ、でも、ご主人様のための下僕は何名か確保してあります」

「へ」

「なんせダンジョン内では全てのものが魔素由来ですから、ご主人様の摂取されるものに関してはやはり地上由来の食材が良いかと思いまして」


 ええ、そうです。そうなのです。

 すっかり忘れていました。

 この今は廃墟というよりも廃材とかした宮殿といい、朝と夜に出される食事といい、地下であるこのダンジョンでは手に入らないものが色々あるのです……!


「もしかして、今、も……?」

「はい。上級冒険者であれば立ち入りは制限されていないそうなので、ついでで運び込んできていただいております」

「エメ、は……、正体とか、……なんて……?」

「ご主人様に仕える優秀なメイドと伝えておりますが?」

「そ、そう……」


 よかったと思います。正体を伝えていうことを聞かせているのでしたらそれはとても問題です!


 上級冒険者といえば冒険者の憧れ。

 私の憧れでもあります。

 そんな先輩冒険者さんたちがスライムに貢ぐ姿は見たくありませんし、想像もしたくありませんでした!


 ……いえ、でも、はい。


 スライムと伝えていないだけで、メイド姿の美女に鼻の下を伸ばしているとしたらそれはそれで最悪です。


「ち、ちなみに皆さんはどういう感じに、エメに、接してるの……?」

「一言で言えば犬ですね」

「犬!?」

「鞭打てば泣いて喜んでくださいます。――ああ、そういえば先日、『名前はエメと申します』と名乗ったら感激のあまり失神されておりましたね。あまりにも下品だったので放置して参りました」

「へ、へぇ……?」


 なんだか私の憧れが穢された気がします。

 最悪です。やっぱりモンスターとは仲良くなれる気がしません。


「ま、まぁ……、エメ、が、あまり人間に近づくの、よくない、かもね……」

「そうですねぇ……。そのうち正体がバレないとも限りませんし、ご心配いただき、ありがとうございます」


 ぺこり、と綺麗なお辞儀で返され、まさか「自分より先にお友達を作られたくないだけ」だなんて口が裂けても言えません。


 モンスター相手に意地を張っても仕方ないのですが、やっぱりこの一線だけは譲ってはいけないというか、負けてはいけないラインだと思います。


 力づくで消滅させて有耶無耶にしよう物なら、それこそ本当の敗北です。

 こうなったらこのスライムよりも先に絶対お友達を作って見せようと誓いました。


「――ということで、当分は駆け出し冒険者もいらっしゃらないと思いますので、お休みにしてはいかがですか?」

「うーん……、で、でも、そんなに強いモンスターが現れたの、ならっ……、討伐しちゃった方がいいんじゃ……」


 そうです! 私が倒してしまえばダンジョンにかけられているとかいう規制も解かれて、再び駆け出し冒険者さんたちがダンジョンに挑めるようになります。


「分かりました。では、ご主人様はここでお休みください」

「なんで……?」

「ダンジョンは広いのですよ? そのようなモンスターが何処にいるか分からない状態で探し回ったとしても疲れるだけでございます。私が、探して参ります」

「で、でも、私が行った方が早い……」

「早い遅いの問題ではございません! 人間には休息が必要になると伺ったことがあります。人である以上、戦い続けることはできず、蓄積した疲労は過ちを生みます。そのことを、ご主人様は誰よりもご理解していただけているものと存じますが?」


 ぞっとする物言いでした。

 スライムの癖に、言葉で私の嫌なところをついてきます。


「私は、ご主人様にご両親のような目にあって欲しくはないのです。ご理解いただけますと、幸いです」

「エメ……」


 エメの言いたいことは分かります。

 私にも、それぐらいはさすがに理解できました。


「心配、しすぎだと思うけどな……」

「心配しすぎる程度でちょうど良いのです」


 曰く、私は私が思っているよりも無謀なのだと言います。

 確かに指摘されてみれば心当たりがないというわけでもありませんでした。


 実際にソロでダンジョンに潜って師匠に助けられなければ死んでいましたし、いくら師匠の教えとはいえ一人で潜り続けているのもちょっとやりすぎてるかなー、という気はしています。

 師匠も師匠で教えがスパルタすぎるのかも知れません。

 もし仮に、私が誰かの師匠になったもう少しだけ優しくしようと思います!


 そうっ、たとえば自分より少し強いだけのモンスターに挑んでもらって、危なくなったら助けに入る、みたいな。そういう感じに。


「わかっ、た……。エメのこと、待ってる」

「はい。心してお待ちいただければと思います。私の手で処分できるような相手でしたら倒してしまっておきますので」

「う、うん……?」


 モンスターがモンスターと縄張り争いするというのはあまり聞いたことがありませんが、そういうこともあるのでしょうか……?


 まぁ、私としてはダンジョンに平穏が戻って来てくれればそれで良いので頷いておきます。


 デッドバイスライムなら死ぬことはあっても消滅することはないでしょうし、仮に消滅しても所詮はモンスターです。私は別にそれでもいいとすら思ったり思わなかったり。



「……それにしても、遅いなぁ……」


 そう。

 あれからもう随分と時間が経っているのです。

 太陽のような何かはすでに傾き始めています。

 夕暮れです。もうすぐ夜です。


「様子、見に行った方がいい、かな……」


 心配しているわけではありません。気になっているだけです。


 私はテントの中に戻ると外してあった冒険者用の装備一式を身につけ、家から持ってきた両親の写真に「行ってきます」とだけ言い残して上階へと続く通路へ向けて出発しました。


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