第25話 私たちは双子のデッドバイドラゴン!
【間話】
デッドバイドラゴンに生まれて、私たち双子は最強の存在だと自惚れていたのも今はもう遠く昔の話のように思えます。
スカル・デーモン様など始まりに過ぎなかったのです。
あの辛気臭い娘といい、世界には強さのベクトルがおかしな方向に壊れている人間が存在することを、身をもって知りました。
ドラゴンの卵はとても頑丈です。
通常のモンスターは卵を産みません。
ダンジョンによって誕生させられるものだからです。
――ですが私たち、ドラゴン種は転生を繰り返すことで強さを蓄えていく特質があり、幼体の間、体を守るために殻はとても分厚くなっているのです。
殻の中から、外の様子を窺い知ることは割と困難です。
僅かに聞こえてくる音だけを頼りに、自分の身に何が起きているのかを察するほかありません。
そして、私たちはその日、自分たちに何が起きているのかを直観的に悟ったのです。
ええ、はい。初めての経験ではありましたが、ぼうぼうと火が燃え、バチバチと焚き木が弾ける音。ぐつぐつと液体が沸騰し、パキパキと殻の表面が悲鳴を上げます。
私たち双子を包み込んでいる魔素は少しずつ温度を上げ、お尻が、背中が、頭の後ろが火傷しそうになってきます。
火傷、どころで済まないであろうことはすぐにわかりました。
私たちは、茹でられていたのです。
「「 殺す気かぁ!? 」」
初めて、双子で声が揃った瞬間かも知れません。
転生後の一言目としてはなかなかに物騒なものであったことも自覚しています。
しかし、その直後、それまで茹で上がっていた体は反転して急激に冷やされることになりました。
私たちの裸体を、猛吹雪が打ちつけていたのです。
「お。まさか自分たちから出てくるとはな」
その赤毛の人間は何食わぬ顔でガチガチと震える私たちを笑います。
片割れを見れば人間の姿をしていました。
自分の手を見やれば、人間のそれでした。
ドラゴンとして転生したはずなのに人間の形を取ってしまっていたようです。どうりで寒いわけです。おそらくは私たちを倒したあの娘の印象が強過ぎて引っ張られたのでしょうが、慌ててドラゴンの姿に戻ろうとしても体がガチガチ震えて上手くいきません。
初めて味わう極寒の地。
魔素の操作がうまく機能せず、私たちは片割れと身を寄せ合い、肌を触れ合わせて体温を共有する他ありませんでした。
「こ、ここは、」「な、なんですか……」
吹雪く風に世界は遮られ、見えるのは焚き火と、テント。
そして薄手の外套一枚を纏っただけの赤毛の女です。
あの娘に倒されたあと、卵の状態でこの女の声が聞こえたような気がしましたが、戦闘の疲労で片割れ共々、深く眠ってしまっていました。
どこかに運ばれているのは分かりましたが、ここは、ダンジョンの外、なのでしょうか……?
「霊龍山。ドラゴンどもの墓場だ」
「ひ、」
「は、」
その名を聞いたことはありませんが、同種たちの墓場と聞いて幸せな妄想を出来るものなどおりません。
あの娘の元から、私たちを、この赤毛の女が救い出したという希望的観測はあまりにも荒唐無稽でしょう。
「や、やるのですかごらぁっ」
「ま、負けないのですよ、ごらぁっ」
ドラゴンらしく炎の一つでも吐いてやろうと息を合わせたのですが、出たのは「ぷすー」というどうにも情けない煙が二つ。
しかも大きく息を吐き出した反動で肺が冷え、ますます体温が下がってガチガチ震え合います。
なんと人間の体は貧弱にできているのでしょう……!
そして、なぜこの赤毛の人間は平気そうに笑っているのでしょうか……?
「ま、まさか悪魔……!」
「ま、まさか赤鬼……!」
そしてまさか、その合いの子……!?
私たち双子は死を覚悟しました。
ここがダンジョンの外であれば、ここで死んだ場合、おそらく転生は叶いません。
体が崩壊し、散り散りになった魔素は世界に還元されていきます。
詳しいことは分かりませんが、そういったことは生まれながらに知識として授かっていました。
モンスターとしての在り方。
モンスターとしての役割。
そういったものと同時に知っていたことです。
「安心しろ、煮て食おうって腹づもりじゃないからさ」
「嘘つき」
「嘘つくな」
私たちの背後には先ほどまで煮えたぎっていた鍋が転がっています。
一緒に味付け用の香味料まで転がっているので、絶対に食べようとしていたに違いありません!
「殺す」
「殺す!」
二人して構えを取りましたが、すぐに寒さに負けてお互いを抱き合いました。
寒過ぎます……!
「絶対殺してやるです……」
「そのうち殺してやるです……!」
「ああ、いいぞ殺せるもんなら殺してみろ。むしろ今すぐかかって来い。ほら、ほら」
「くぅ……」
「悔しいです……」
「悔しいのです……!」
本当にこの赤毛ムカつきやがります。
人をおちょくるにしてもいい加減にして欲しいです。
「ま、そのままじゃ動けないだろうから、ほら」
「毛布なのです!」
「もふもふなのです!」
赤毛がテントの中から暖かな毛布を私たちに与えてくれました。
それを纏って焚き火にあたれば、殺意がほんの僅かに緩みます。
ええ、はいっ。本当に僅かですが緩みますのです……!
「体が動くようになったら魔素で服を作れ。そしたら訓練開始だ」
「訓練、なのです……?」
「何を、訓練するのです……?」
なんだかとても嫌な予感がします。
モンスターとしての野生の勘が「この女はヤバいやつだ」と全力で警戒を叫んでいやがりました。
「お前たち二人さ。双子のデッドバイドラゴン。私は、お前たちを史上最強のデッドバイドラゴンに育てるためにここに連れてきた」
ゴウっと吹雪が吹き抜けて行きやがりました。
寒さとは別の感情によって私たちはお互いに大きく震え上がります。
ええ、知っています。この感覚は最強たる私たちが本来知るはずのなかった「恐怖」という感情なのです。
「安心しろ。私は魔素操作に慣れている。死んでも卵に作り替えてやるから思う存分かかってこい」
そういって拳を掌に叩きつけ、とてもではありませんが人間の発しているとは思えないほどの闘気を燃え上がらせます。
ここは霊龍山。
ドラゴンたちの、墓場。
「最悪なのです……」
「いっそ殺せー、なのです……」
片割れと手を繋ぎ、私たちは自らの運命を呪います。
それから私たちが日々訓練という名の死闘を日々繰り広げさせられる相手が、人間最強の剣聖と呼ばれる存在であったと知るのはもう少し後の話です。
そうだとわかっていれば、最初から逃げの一手だったのに、もっと早く教えて欲しかった、というのが本音でした。
……まぁ、女が最初に名乗って、剣聖だと知っていたとしても、きっと結末は変わらず、逃げたところで私たちは捉えられて引きずって連れ戻され、何度も殺されるハメになったのでしょうが。
とほほ、……なのです。




