私の職業②
先週述べた通りで、私の最初の仕事は紳士服を販売する仕事でした。元々、中学時代は学ランが制服で、それが嫌でわざわざブレザーにネクタイの高校を選んだくらいです。スーツにワイシャツとネクタイをバシッと決めて、おしゃれにコーディネートするのが、私の『大人な男性』の理想像でした。単純な少年時代です。
流行りの色柄を使った何百着のスーツ、色とりどりのネクタイにワイシャツ、好きな物着れるし、楽しい仕事でした。ただし、数字が無ければ。。。
接客販売と言っても、『売ってなんぼ』の世界ですので、あれこれ試行錯誤しながらお客様にスーツを売り、そのコーディネートをおススメし、個人予算を追いかけて給料を稼ぐ。これがけっこうストレスで、どんだけいい成績を残しても、日付をまたいで1日になった途端、ゼロからのスタートになります。これを1年間に12回繰り返します。
いつしか、『月末症候群』なんて言葉が社内で流行りました。それに加えて、当時はパワハラに対する意識も認識も希薄でしたので、数字を達成できなければ、やる気がない、努力がない、しまいにはお前は役立たずだと罵られ、数字が取れても単月で終わればまぐれだなと言われ、予算が達成出来たりできなかったりすると、お前はムラがありすぎると言われ、達成し続ければ、取って当たり前、昨年の数字と代わっていないなどなど、何かアラを見付けられては罵られ、もっと数字を取れ、もっと工夫を知ろと言われ続けます。
出口の見えない無限地獄ですね。
また、私のいた会社には当時『役職定年』という規則があって、店長にならなければ40歳で役職を解かれ、契約社員になると言うものがありました。その規則ができた時、私はまだ20代前半でしたので、10年以上先のことなんか考えている余裕もなく、『そーなんだ。』くらいにしか思っていませんでした。
ひたすら数字を追い求め、副主任から主任になり、やがて店舗まで任されるようにはなりましたが、相変わらず数字は作らなければいけないですし、むしろ主任時代までのように自分の数字だけ気にしていればいいわけでもなく、自分の数字を取りながら店の数字を残し、そのために部下やパートさんの育成もする。仕事は何倍にも忙しくなりました。
加えて、今だとなんでそんな会社にいたのか不思議なくらいですが、サービス残業なんて当たり前で、年間900時間の残業をただ働きしていました。そもそも、8時に出社して、掃除して朝礼して、10時に開店、20時閉店後は売上の締めや商品整理やら数字の報告やらで、21時半くらいに帰る毎日、それでいて勤怠はタイムカードに手書き、それをPCに打ち込みますが、なぜか出勤時間の計算は9時半から、残業時間は20時間を頭打ちに、いくら打ち込んでも計算されないシステムを使っていました。
そして、ようやく30歳になる歳になって、40歳で契約社員になると言うのが重大な問題ではないかと考えるようになりました。40歳と言えばまだまだ働き盛りですし、その時に子供は高校生と中学生です。それから進学などますますお金が必要になる時に契約社員になって給料も減額される。それでいて残業代もロクに出ず、有給休暇なんて退職する人しか使えない会社、そんな地獄が見えるような未来に向かうわけにはいきませんでした。
私はすぐに退職願を提出し、その後も経験を活かして営業の会社に勤めました。しかし、ホワイト企業なあんてホントにあるのかと疑いたくなるくらい、次のメディア関係の営業会社も、その次の不動産賃貸会社も真っ黒で、特に不動産会社は酷く、残業手当の概念すらない会社で、売り上げが悪ければ罰金まであるような会社でした。
嫁いわく、この不動産会社勤務の時が一番お金なかったそうです(ホントごめんね!)。しかも、年間休日は40日もなく、出社こそ9時半でゆっくり目でしたが、毎日残業で終電かそれに近い電車でしか帰れませんでした。何度か仕事中に倒れたこともありましたが、ブラックにいるとなぜかそれがブラックだと感じることができず、『40日連続勤務してるおれ、スゲー。』とか『正月休み中に会社行って売上作っておくおれ、かっけー。』とか思っちゃうんですから末期の病気より始末が悪い。
また、ギャンブルみたいなもので、契約が取れて成績がいい時の給料は70万とか行くこともありましたが、数字が悪くて罰金喰らうと13万(総支給額!)とか、アルバイト以下の給料になっちゃいます。いい時はちょこっと、あとはほとんど低空飛行。そんな給料体系で、いい時を知っちゃってるからまたなんとかして取ってやろうと思っちゃう。うん。ギャンブルですね。私、パチンコとか賭け事は全くしない人間ですが、仕事でギャンブルしてました。あはは。(もう笑うしかない。)
ただ、いろいろなお部屋を見ることができるのは面白かったですし、お客様に接客をして、契約が取れてお礼を言われたり、入居後にお部屋の住み心地などのメールをいただくとすごく嬉しかったです。その反面、契約直前に連絡が取れなくなる人もいれば、賃貸物件なのに入居後に勝手にリフォーム入れた人もいて、大問題になったこともありました。母子家庭一家そろって風俗勤務で入居審査に苦労したり、実は部屋で大型犬を飼うためだけに賃貸を借りて問題になった人とか、いろんな人が見れて勉強にはなりました。
紳士服の会社はスーツが好きだったから、次のメディア営業の会社は好きなプロ野球球団を扱っていたから、それに長く働けそうだったから、不動産会社は何となく不動産系なら長く働けそう。そんなことを考えて失敗しました。
この章で何をお伝えしたいかをまとめると、みなさんには2つのことを覚えておいてほしいです。一つ目は、仕事を選ぶときは自分が何をしたいのかをしっかりと見極めること。『なんとなく』とか『○○が好きだから』とか、浅い気持ちだけで決めると後悔します。
何か明確に、『これをやるんだ。』という信念を持って欲しいと思います。
もう一つは、ブラックな習慣が当たり前にならないこと。令和になっていろいろ働き方が変わって、若いみなさんの方がアンテナ高いかもしれませんが、黒いところにいると自分もいつの間にか染まってしまって、『どれだけブラックか。』なんてのが誇れるステータスになっちゃったりします。これ、本当に危険です。今は会社情報がいろいろ調べられるから、自分が行こうとしている会社は良く調べた方がいいですね。
決して黒に染まるなよ! とお伝えしておきます。