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しょうがないは免罪符ではありません。

久々投稿、短編予定でしたが、長くなったのでわけます。

あいかわらず、誤字脱字多いと思います。読みにくかったらすいません。

よろしくお願いします。


「愛し合うお二人を引き裂いておきながら、いいご身分ですこと」


「しかもモーニングの時間が過ぎてますのに店に用意させるなんて、婚約と同じようにお金と権力をお使いになったのかしら?」


そんな声が聞こえて来たのは、この国で一番と言われている朝食をカフェのテラス席で食べている時でした。

こんなことなら、お話が終わるまで両親を待っていれば良かったですね。

でもこの時間に無理に用意してもらったのも本当の話なので、これより遅くなるとお昼の営業に影響が出ますし…。


そう思いながら、ナイフとフォークを置き口元を拭くと、給仕の者に目配せをして声の方に顔を向けます。


そちらには、お喋りをしていた二人の女性に守られるように、一人の女性が怯えたように立っております。

少し離れた所でこちらを伺っている十数人の女性は平民のようですが一様に私に冷たい視線を向けていますね。


私が何も言わずにいると、さらに二人は続けます。


「幼い頃から思いあっていたお二人なのに、ブレッドさまのお家が困窮した所を狙って無理やり婚約者になるなんて、恥ずかしいと思いませんの?」


「エミリアは身体が弱かったのに、その事がショックでさらに悪化したのですよ! それがフレッドさまの献身的な看病でこのたび回復出来たのです! そんなお二人を引き裂いたままであなたは何も感じないんですか?」


ここではそんな話になっているのですね。

だまって聞いている私に、先程の給仕が近づき一枚のメモを差し出します。

それに目をやると、私は立ち上がり席を離れます。


「いいの、私の身体が弱かったからしょうがないのよ」


「…健気、エミリアなんていい子!」


「それに比べてふてぶてしい態度!何かいいなさいよ、泥棒猫!!」


私の瞳は猫の瞳に例えられる事がありますが、泥棒猫と言われるのは初めての事です。いえ、前世では何度も言われ、書き込まれましたから懐かしいですね。


それにこの場で一番身分が高い私が許可をしていないのに、何を話せというのでしょう。


目の端にジンジャー伯爵家の馬車が止まるのが見えました。

中からシルバーブロンドの美丈夫が降り、垣根を越えて慌てたようにこちらに走ってきます。


「エミリア!大丈夫か!?」


守られ怯えていた女性に駆け寄るとすっぽりと抱きしめております。


「アルトさま!!」


エミリアと呼ばれた女性は涙を浮かべながら抱きしめかえしておりますが、泣く要素がどこにあったのでしょう?


周りの女性たちはそんな二人の姿に感嘆のため息をこぼしておりますね。テラス席と言うことで往来の人々も立ち止まり視線を向けておりますが、よろしいのでしょうか?

ここは国一番の朝食が食べられるカフェですよ。


そちらに会釈をすると、私は奥の個室へと向かいます。

往来では、何か指示を出してる様子が横目に映りました。


このカフェは貴族の方々も利用されるので、広めの個室がいくつかあります。その一つに案内をされ中に入ると、険しい顔をした私の両親とお兄様の姿がありました。


「ごめんなさいねサラ、こちらの話が長引いてそちらに行けず」


「ここまで声が聞こえて来たよ、すごいね」


お母様はすまなさそうに、お兄様は面白そうにそう話します。


「それにしても、テラス席にずかずかと外から人が入ってこれるなんて、ここの防犯はどうなっているんだい?」


部屋の隅ではカフェの責任者が申し訳なさそうに頭を下げています。


「給仕の何名かが私を睨んでいましたから、手引きがあったのでしょう。そもそも本日こちらを利用する事も内密だったのですから、どこからか情報が漏れていたのか、あるいは…」


「当事者自ら喋ってる可能性もあるね」


やれやれと言うジェスチャーをしながら兄が続けます。


「まぁそれももう、どうでもいいことだけど、どうせ…」


その時、ノックの音がして、


「ジンジャー伯爵家の皆様が来られました」


と告げられました。


開かれた扉からはジンジャー伯爵夫妻と、息子のアルト様が入って来られましたが、アルト様は先程のエミリア様をエスコートされております。


本日は大切な話があると呼び出され、私の家族は領地からわざわざ出向いて来たのですが、その場に…。


『元カノ連れて来るって!この世界でもこんな事ってあるのね!』

(元カノと言うより現在進行形のようですが)


私は表面上は綺麗な笑みを浮かべながら、前世を思い浮かべるのでした。



◇ ◇ ◇



私が、前世を思い出したのは今から十年前、屋敷のメイドたちが休憩室でお喋りの花を咲かせているのを偶然聞いてしまった時でした。


「ダンの所にダンが前に付き合ってた女性から手紙が来てさー」


ダンと言うのはメイドのリセがお付き合いしている男性です。


「何々?より戻したいとかそんなの?」


「それが、違うのよ!『新しくお付き合いする人が出来ましたので、あなたもお幸せに。あなたよりも私を大事にしてくれる人です』みたいな内容でさ~」


「何それ?笑 そんな報告いる?」


笑いながらそう話すメイドたちの声を聞きながら、


『この世界でも、面倒くさい元カノっているんだなぁ』


と自然に思った私は、そこから


『えっ?この世界?この世界って何?元カノ?元カノって!?』


と、次々と前世の事を思い出し、三日三晩寝込んでしまったのであります。


休憩室の外で『ゴン!』と何かが倒れる音がして見てみると、私が倒れていたもので、屋敷の者たちは大層慌てたらしいです。


その寝込んでる間に地球と言う星の日本と言う国で生きていた紗良と言う女性であった前世を夢に見ました。


記憶の最後は26歳くらい、その当事お付き合いしていた男性から、

「絵美から連絡あってまた騒いでる!様子みてくるからもうちょい待ってて」

と連絡が来たので、待ち合わせ場所のカフェで時間を潰していた所に突っ込んで来た車の衝撃を感じた所で終わっています。


彼氏が来たらすぐにわかるように、通りが見える窓際の席にいてたのが悪かったのでしょう。

そもそもあの時点で2時間待ち。時間潰しに持って来たミステリー小説は3冊目でした。

帰ってもよかったのですが、どうしてもその日のうちにしたい話があったので、待ってたんですよね……


職場の先輩だった彼とは、わたしが新人の頃に仕事で大きな失敗をしてしまい落ち込んでいた時に励まされた事がきっかけで距離が縮まりました。

中学高校大学と女子校育ちバイトの経験も知り合いのお子さんの家庭教師ぐらいしか経験がなかった当時の私を


「新人がミスするのはしょうがない」


と明るく励まし食事に誘ってくれた彼にコロッといってしまったのです。

その励ましも今思えばあれですけど…


その後彼から告白され、ごくごく普通のお付き合いが始まりました。 


ただこの彼、とにかくモテる人で、大学の時にはミスターコンテストで優勝するほど外見が整った人でした。


自分もその顔にやられた所もあるので、それはまぁいいのですが、そんなモテる彼の元カノたちの存在にその頃の私は疲れていたのです。



◇ ◇ ◇



【元カノ1 大学時代のAさん】


まずは、大学の時の元カノAさん。

彼女は彼と同じ大学でミスコンの優勝者でした。2人はとにかくお似合いで、その頃の仲間たちにとっては卒業しても2人は青春の象徴か何かだったのでしょう。


『みんな彼氏や彼女連れてくるから』


と連れ出された当時の仲間たちとの、バーベキューや飲み会、はたまたスキー旅行まで。


別れて数年たってもその2人を囃し立てる周囲に、まんざらでもなさそうな2人。

なんなら私のことを邪魔だと言う目でみてくる仲間たち。


「ごめんな~ あいつらいつまでたってもあんなんで、みんな就職して世間の荒波にもまれてるからあの頃が懐かしいんだよ、しょうがないやつらなんだよ」


と抱擁力のあるふわっとした笑顔ですまなさそうに謝る彼に何も言えませんでした。

なんだかんだいってもAさんと何かあるわけでもありませんだし。


どこからが浮気?と言われればグレーなんでしょうけど。


そのAさん、大学中に夢をかなえるためとかなんとかで留学することになり彼と別れたらしいです。


『私は器用じゃないからあなたも夢も同時にこの両手にかかえられない』


お互い嫌いで別れたわけではなかったみたいです。


まぁ留学先で現地の舞台俳優かなにかの恋人が出来たのは両手にかかえる余裕が出来たのでしょうね。


帰国後は雑誌やテレビに顔を出すお仕事をしながら、SNSでそれなりのフォロワー数をもつインフルエンサーになられていました。


その頃の私はSNSなど見ないし、流行りには疎かったので、最初に紹介された時に思った反応を返せなくて嫌な顔をされました。


その後なんとか、操作を覚え彼女の投稿をたまに見るのですが。


《こんな秋の夜はあの時決めた道を戻りたくなる》

左手の薬指にはまった指輪とともに


あの指輪の片割れ彼の部屋でみましたね。


《今より2人でいた時の笑顔の方が輝いてたと思うのは私の願望かな?》

綺麗な満月の写真とともに


社会人と大学生では違うでしょうね。


《気のおけない仲間たちと!》


ジョッキを握った彼の手が乾杯のたくさんの手の中に入ってますね。


平日の夜によくこれだけ集まりましたね。みなさん社会人なのに。

なるほど、Aさんはイベント等で土日の方が忙しいんですね。それにみなさん合わせてると…


普段は明るく、でも恋愛はみんなと同じように不器用なところが若い女の子たちの共感を得たのでしょうね。

彼女のつぶやきにはたくさんのいいねや励ましのコメントがついていました。

たまに今カノの私に対する悪口も書かれてて、これはあの仲間のうちの誰かでしょうか?私は泥棒猫らしいです。


でもあくまでAさんは彼を特定することは書きませんからね、見る人によれば留学先で付き合っていた彼のことだと思うでしょうし。


あとで知ったのですが「におわせ」って言うんですね。


だんだんと仲間との集まりにも一緒に参加するのをやめたのですが、彼には不服だったみたいです、自分の仲間を大事にしてくれない彼女(わたし)


仲間たちの態度や言動には『しょうがない』って言うのに。




【元カノ2 近所の年上Bさん】



彼女は小さい頃から家族ぐるみで付き合いのあった彼より3つ上の女性でした。

彼が中学生の時の初めての彼女らしいです。


自称『彼の姉』


いや、彼も「B姉ちゃん」といつも呼んでたので自称ではないでしょうか?


「こいつのことは弟としか見れないし向こうも私のこと口のうるさい姉貴ぐらいにしか思ってないよ、恋愛感情?そんなのお互いもう(ヾノ・∀・`)ナイナイ、」


こちらは何も言ってないのに、そんな説明をされました。


そもそもなぜ私は引き合わされてるのでしょうか?


今日は

『家族にあってみる?』

と言われたのを楽しみに、彼の家にお邪魔したはずなのに…


あっ、付き合い長くてもう娘のようなものなんですね。彼の家業のお手伝いもしていると…


「小さい頃の話聞きたかったらなんでも聞いて!なんならおねしょの…」


「もうB姉ちゃんやめろよ」


慌てた彼が彼女の口を塞ぎます。


「ごめんな~ B姉ちゃんいつまでも俺のこと手のかかる弟だと思ってるみたいでさ〜 しょうがないんだよ、俺も子ども扱いされたくないんだけど」


いや、姉弟じゃないですよね。


自称お姉ちゃんは、その場で交換させられたメッセージアプリにちょこちょこ私と2人での食事のお誘いを入れて来ます。


「あいつの彼女なら、私の妹も同然!」


いいえ違います。


そして、私の知らない彼の小さい頃の話を聞いていないのに話してきます。


「今ではスマートだけど、中学生の頃はデートに誘うのにも空回りしててさ~」


「これ、5歳の頃、観覧車が高くて泣いた写真、かわいいでしょ~」


それにしても彼の周りの人は平日の飲み会が普通なんでしょうか?

残業続きで、早く帰って明日に備えたいのに。今日は約束があるから頑張って定時に終わらせてたけど、私の表情死んでたみたいです。


『私といても紗良ちゃん楽しくなさそうなの…』


「B姉ちゃん、紗良のこと本当の妹のように可愛がってくれてるんだから」


彼は不服そうです。

姉ちゃんが妹を振り回すのは「しょうがない」らしいです。


私の兄姉はもっと気を使ってくれますけどね。

私の知らない話を延々としませんし。

私に兄姉がいることも彼は知らないかもしれないですけど…


あっそうそうこう言うの「マウント」って言うらしいですね。



【元カノ3 自称妹もいるんですけど聞きたいですか?】



自称妹、高校の時の2つ下の彼女Cさん。


()()ストーカー被害にあっていた彼女を助けたことで数年前に再会したらしいです。


『お兄ちゃん助けて』


たびたびデート中にかかってくる電話。


残業中の夜遅くにもかかってきたことがありましたね。


『誰かにつけられてるみたいで…』


「犯罪にまきこまれてるかもしれない!」


と抜け出そうとする彼に同僚が


「それおまえがいかないといけない事か?」


と聞きかえしましたが、


「俺しか守れないからしょうがない」


と正義感を振りかざしでフロアを出ていきました。

残されたみなさんのなんともいえない顔を今でも思い出します。


彼女はニコニコ定時上がりのお仕事をしていたはずです。

危ないならこんな時間に出歩かなければよかったのに。


『あいつはすぐ変な男につかまるから俺が兄として見極めてやらないとしょうがないんだよ』


とよくわからないダブルデートをさせられた事もありますね。


確かに私の兄も、よく『会わせろ見極めてやる』といってましたが、

彼はCさんのお兄ちゃんではないんですけどね。


Cさんは「元カレが別れたあとも自分のことを一番好き」だと思っている女らしいです。



◇ ◇ ◇



「…サラ…サラ」


お兄様の呼びかけにハッと意識を戻します。


そうでした、婚約者のアルトさまが腕にエミリアさんをぶら下げで入室したところでしたね。


私の家族はあきれた顔をしておりますが、そんなわけで私は婚約者が元カノと腕を組みながら入室してきてもちっとも驚きません。


青春時代の距離感そのままに、家族の距離で、兄に甘える妹のように

、現れる人を知っていますからね。


こっそり勝ち誇ったようにこちらを見る眼も、何度も見て来ました。


だから動揺なんていたしませんわ。

おかけになって…あぁもうかけられてますね。


「エミリアは身体が弱いから」


ジンジャー伯爵夫妻も微笑ましそうにそんなお二人を見守っています。

なんだか部屋の温度が下がった気がしてブルッと震えましたが気の所為ですかね?

初夏とはいえ、涼しい日もありますし。


「このたびの息子アルトとサラ嬢の婚約を解消していただきたい」


挨拶も無しに上からものを言うようにジンジャー伯爵が話はじめました。


お部屋の温度、また下がりましたね。


身体の弱い彼女のために暖をいれてもらいましょうか?



◇ ◇ ◇



ジンジャー伯爵家のアルト様とソルト伯爵家の私サラの婚約が結ばれたのは今から3年前、アルト様が15歳、私が12歳の時でした。


海にも面し、この国のハブ都市として栄えるソルト領とその隣にありソルト領からの道を通らないといけない山と森林に囲まれたジンジャー領。


隣接領として昔から付き合いのあったジンジャー家からの婚約の打診でしたが、ソルト家として良と頷けるほどの旨みはありませんでした。

なにより家族から溺愛されていた私は、

「結婚しなくてもいい、サラはずっと家にいて」

と物心付く前から言われていたので、政略結婚をさせるつもりは家族になく、断りを入れようとしていました。


それに待ったをかけたのは私自身です。


5歳の時に前世を思い出した私は、ホテル業界で働いていた前世の知識をいかし、ソルト領を一大リゾート地として発展させるべく父や兄のお手伝いをしていました。


ソルト家というだけあり、領地にある塩湖の周りに貴族向けの別荘地を作り、海が見える高台には白いヴィラをたてましょう。


海洋訓練ができる騎士団の駐屯地も整え治安も守ってもらいます。


この国にはなかった新婚旅行も普及させましょう。

オリーブに似た木のハート型の葉っぱを持ち帰ると幸せになりますよ。

岬には二人で鳴らす鐘も必要ですね。


そんなこんなで、今までも主要都市であったソルト伯爵領は数年で劇的な発展をとげたのです。


そんな中、私にはどうしても遂げたい夢がありました。


そう、それは温泉!!


大好きな隠れ家の温泉宿!


しかし、ソルト領には温泉はありません、いえ、この国では聞いたことがありませんでした。


ゆっくり足を伸ばせる湯船を作ってくれたお父様には感謝ですが、温泉! その夢はあきらめられません。


そんな中、隣接するジンジャー領でたびたびおこる異臭騒ぎの報告を耳にしました。


その匂いは『卵のくさったような』匂いがするらしいです。


少しわがままを言い、二つの領地を結ぶ街道の件でジンジャー領を訪れるお父様について行った私は確信しました!


『硫黄の匂い!!』


そんな時に舞い込んだ婚約の打診。


しぶる家族をなだめつつ、ジンジャー領の観光事業を任せてもらうことを条件に二つの家の婚約が結ばれたのです。


それに、ね


前世の恋愛を思い出した私は、契約結婚に安らぎを求めていたのかもしれません。

恋愛感情でやきもきするよりは、あちらからの頼みですし契約と言う形をとった方が不誠実なことはされないのでは無いかと。


もちろん結婚するからには愛情をもって生活を送るつもりでした。


なのに…



◇ ◇ ◇



お父様は特に了承もしていませんが、ジンジャー伯爵は婚約解消後のジンジャー領の取り決めについて都合のいい話を一方的にされています。



もともと、ジンジャー領は他より暖かい気候を利用した一大農産地でした、思えば地熱で土地が暖かかったのでしょう。


そこを三年前から観光地にするべく一心不乱に頑張りました。


すべては温泉のため!


まずは有能な魔法士の方に、


(あっ、この世界には魔法があるのです)


地脈を調べ温泉を掘り当ててもらいました。


そこの土地は大きな森を挟み侯爵家の領地と隣接する、ソルト領の中心地から離れたほぼほぼ僻地で、農地としても利用されていませんでした。


そちらを開発するとともに、森に街道をひきます。隣の侯爵家にはソルト領に向かう街道使用料を下げることで協力を得ています。


日本では時間のかかる開発工事ですが、こちらはお金があれば魔法士を雇いあっと言う間に完成します。


かかったお金ですか?

ジンジャー領の何年か分の税収ぐらいですよ? 

お隣の侯爵家も随分協力していただけましたし。


街道に沿って宿場町も作りました。


温泉街だけでなく農地も開発し、宿泊施設に提供する野菜も作ってもらいます。

温泉を利用したビニルハウスも普及させ、一年中安定した供給が出来るようにしました。


古傷にも効く効能を試してもらい、騎士団の保養施設を作り、ついでに街道を守ってもらいます。

少ないとはいえ獣も出る森です、討伐はいい訓練になったみたいです。

狩った獣も買い取り、無駄なく宿泊施設に提供します。


雇用も増えました。


領都と結ぶ道も整備しましたから、そちらからもたくさんの領民が新しい仕事を求めてやってきました。


仕事の指導にはソルト領から有能な人材を期間限定で雇い、指導にあたってもらいます。


ソルト領は貴族も来られるリゾート地、どこの施設でも一流のスタッフがお迎えします。

サービスに不評がある施設はソルト領ではやっていけません。


有能な人材が数年いなくなっても大丈夫なように人材育成もばっちりです。


私も、腰まであるストレートの髪を一括りにして、動きやすいパンツスタイルで建設現場に育成現場にと馬を走らせ頑張りました。


合間には、お母様と王都でのお茶会に積極的に参加して、温泉水を利用した化粧水をすすめたり、オープンすればこちらで頂ける料理を披露したりして口コミを広げていきます。


もともとお綺麗なお母様は温泉を利用するようになってから10歳ほど若返ったようにさらに美貌に磨きをかけています。


お茶会に参加された方々が羨望の眼差しで眺めておられますので、


「こちら、オープンしてからしか販売しないのですが特別に…」


と小声でそっと、オープン前あたりに使い切る量の試供品をお渡ししておきます。


「お気に召されたらぜひ現地でお求めになってくださいね、温泉はこの化粧水の何倍もの効果がありますしぜひ」


その場にいた女性全員の眼が光ったのがわかりました。


そうして事業開始から約一年後にオープンした温泉リゾートは噂が噂を呼び、さらに一年後には、王家の方々が保養に来られるほどになり、領都よりも発展するようになりました。


ご利用になられた王子妃様がその後ご懐妊されたことで、子宝の湯としての噂も広がっています。

あの方の手に触れた事があるのですが、とても冷たかったのですよね。冷え性だったのかもしれません。

湯船につかる習慣もこの国にはありませんだし。


そして三年目、侯爵領とつなぐ二つ目の街道も新しく敷き、交通の便が良くなると、訪れる人々はさらに増えています。


逗留地として家督を子どもに継いだ方々が長期間滞在して下さったのも良かったですね。


婚約してまる三年になりますが、税収も跳ね上がり、婚約前まで困窮していた領だとは思えないほどです。


婚約と言えば、その間に婚約者のアルト様と顔を合わせたことはありませんだね。

小柄で可愛らしいふわふわ髪の女性と温泉三昧だと言う噂を教えてくださる()()()女性には何度か突撃されましたが。


アルト様の好みは小柄でふわふわした髪の少しタレ目で胸の大きな女性らしいです。教えて下さるあなたも同じタイプですね。私と正反対ですが。


結婚した後で私が傷ついたらダメだと親切心で教えてくれているみたいです。


ふんふん、アルト様は一緒に温泉三昧をしていり女性が本命なんですね?

幼馴染で大切にしているからあなたは身を引いたと、でもアルト様の悩みの相談にはまだ乗ってらっしゃると…

昨日も来られてたのですね。


鎖骨のあたりに虫刺されの跡がありますよ、何処で相談に乗ってらっしゃるのですかね?


結婚したらアルト様を支えて上げて欲しいと、どこからの目線なんでしょうか?

もちろんそのつもりですし、この地の発展を見て何も思わないのでしょうか?


なるほど、すべてジンジャー家の手柄なのですね。私は毎日温泉リゾートでフラフラと遊びまわっている、そんなイメージなんですね。


毎日温泉につかって、美味しい料理を食べるだけのいい身分、昨日あなたに相談しに来られた方がそう言ってたと。


そうですか


最近、忙しく各施設のサービス内容を見廻っている私に向けられる私への視線が厳しいのはそのせいなんでしょうか?


文句ばかりの我儘女、そうですね、指導を終え、一定数の人員を残してソルト領のスタッフが引き上げてから、少しずつ悪い評判も耳に入りますからね。


なにしろ、貴族どころか王家も利用するのですから厳しく言わなければいけませんよね?


親切な方は、まだ親切に色々教えてくださっていますが、今日も忙しいのでそろそろ失礼いたします。


「ほんと我儘で人の話を聞かない遊んでるだけの女、アルトの言う通り」


聞こえてますよ?


◇ ◇ ◇


【元カノ4 会社の同僚Dさん】


彼女は彼の同期入社の女性でした、その年に同じ部署に配属されたのは彼を含め男2、女2の計4人で、部署が変わって離れてもその4人の結束力は強いらしです。

うち2人が職場結婚をしたのもあり、残った2人で飲みに行くことも多かったみたいですね。同期ならではの相談も多いんですね。


「あいつと付き合うと大変じゃない?」


訳知り顔でそう話しかけて来たのはプロジェクト打ち上げの食事会の時でした。


遠くで女性に囲まれている彼に目線を向けながら、さらに話は続きます。


「優しいから、頼ってくる人を切れないんだよね」


彼女はそう言って、元カノの話をします。

あなたも、元カノですけどね?


「相談したりで心の弱いところを見せるのは私だけと思っていても、元カノにみせる優しさに耐えられなかった」


今でも良い相談相手らしいです。


『あいつが本音で相談できる同僚は同期の俺しかいないからしょうがないんだよ』


結婚した同期の女性、まだバリバリ働いていますよ?

よく話してるのも見ますけど。


あっ、「におわせ」や「マウント」について教えてくれたのも彼女でした。私が傷つくといけないかららしいです。


「あんな元カノたち気にしちゃだめよ、あいつが大事にしてるのは紗良ちゃんだけなんだから!」


Dさんも「におわせ」「マウント」「元カレが別れたあとも自分のことを一番好き」だと思っている女ですね。


そして最後に



【元カノ5 メンヘラEさん】



彼女は私が前世で亡くなった時に彼が会いに行っていた絵美さん。

私の前に付き合っていた女性です。


彼がどこにいるのか、誰といるのか、束縛が激しく、連絡が取れないと死を仄めかすらしいです。


「付き合い始めはあんな感じじゃなかったんだけどな」


多分ですけど、そうなった原因は元カノさんたちでは?


加減を間違えて彼女が病院に運ばれ、あちらの家族からの申し出で別れたらしいですが、気持ちの波があるらしく、思い出したように彼に連絡が来るらしいです。


「不安にさせた原因が俺だからしょうがないんだよ」


下手に返信をするからいけないんじゃないかな?


あの日も、「わたしなんか、誰にも心配されない」

とかなんとか連絡が来て、私との約束に遅刻したんですよね。

車が突っ込んで来る時にこちらに歩いてくる彼を遠くに見ました。


せめて、急いで来てくれたら店を出ていたかもしれないですけどね。



さっさと別れろと常に言っていたお兄ちゃんお姉ちゃん、いつも心配はかりかけていたお父さんお母さん。本当にごめんなさい。


さっさと別れれば良かったと思います。


それでも私は彼の…



◇ ◇ ◇



「それではこちらに印を」


気付いた時には婚約解消の手続きは終わっておりました。


先ほどまで冷え冷えとしていたお部屋も暖かくなり、お父様たちもにこやかにアルト様とエミリアさんの婚約をお祝いしております。


「来る途中で見たけれど、君たちの純愛は歌劇になって大盛況らしいね」


「そうなんですぅ、恥ずかしいからやめてっていったんですけど、みんながぜひにって!」


お父様に話しかける許可なく顔の前で両手を振りながらそうはしゃぐエミリアさんの姿を両親もお兄様も微笑んで見ています。


それも、三年前より2倍くらいふくよかになったジンジャー伯爵夫妻による婚約解消のプレゼンのおかげでしょうか?


資金援助を目的として申し込まれた婚約でしたが、この三年で借金をかえしてもあまりあるほどの利益を、ジンジャー伯爵の手腕で得たそうです、そこには何よりも現地に足を運び、働く人々の不満解消に一役かった、嫡男アルト様の力が大きかったとかなんとか。

我儘を言う私への不満も多かったと遠回しに言ってますね。


あっ、にこやかだったお兄様の笑顔が一瞬虚無顔になりました。


ソルト家が派遣した人員がほぼ撤退したここ数ヶ月はその前年度の一年分を超える利益を得たので、いかにジンジャー家の経営が素晴らしいか。


ただ、技術提供や開発をしてくれた事には感謝している、なので、私の領民への態度は不問とし、婚約解消後は温泉リゾートに出入りしないことで手を打とう、令嬢も悪評が広がるのは困るだろう、と


あっ、お父様まで虚無顔に、一瞬でしたね。今はもう笑顔に戻っています。


「残っているソルト領のスタッフはすべて引き上げて欲しい」


「もちろんです、申し訳ない、今日付けですべて引き上げさせよう」


お父様は申し訳なさそうにそう言って、その場で書類を書き上げ、お互いの印を押していました。


今日はもとから、婚約を解消するつもりだったのでしょう、王都より、文官の方も来られていたので、色々な手続きが現在進行形でポンポンとすんでいきます。


ただ、その文官が宰相様だと言うことにジンジャー伯爵家は気づいておられないのでしょうか?


20代とお若くしての就任でしたし、就任した半年前はジンジャー伯爵は、『我が領こそ王都』とかおかしなことを言って、こちらに出向くのが当然と言う態度でしたので、情報か伝わっていないのかも知れません。


若い文官だと馬鹿にした、横柄な態度が先ほどから見受けられますが大丈夫でしょうか?


温泉を掘り当てていただいた、有能な魔法士の方も同席されています。婚約解消に伴う諸処の利権の再契約等に契約魔法をかけるためらしいです。

確か筆頭魔法士でお忙しいのでは?

この方に魔法をかけていただけたら確実でしょうが。


騎士団の方も来られてますね。


「今後も街道を守っていただきたい」


「もちろんです、あの温泉は騎士団にとっても宝のようなもの、()()()()()()()は守らせていただきます」


契約成立です。


「それにしてもいくら王家直轄の騎士団といえども、こんな若い者を寄越すとは、我がジンジャー家を蔑ろにしておるのでは?」


「いや、申し訳ない、騎士団もなかなか忙しくて」


「それもわかるが…しょうがない獣の買取価格を下げることで手を打とう、そちらの団長に伝えてくれ」


「わかりました、確実に伝えましょう」


目の前では騎士団長自らそう応えています。


辺境伯の次男が歴代最年少で騎士団長に就任したのを、ジンジャー伯爵は知らないのでしょうか?


それにしても、忙しいはずの団長自らこんな所に来て騎士団の方は大丈夫なのでしょうか?

そう言えば今までも王都から馬車で一日かかるところを馬を走らせ半日たらずでよく来られてましたね。


療養に来られている騎士団の方々が「やすまらない」と、駐屯されてる方々も「獣の討伐よりも大変」とよくぼやいてましたね。


そこまでして、温泉を気に入っていただけたのですね。

この先も温泉を守るのは大事ですものね。


街道が繋がった隣接の侯爵家の方も来られています。


「ええ、()()()()()()()()()()()()()()こちらの街道の管理は任せて下さい」


「よろしくな、それにしても手続きは問題ないとして、息子を寄越すなんて侯爵は何をしているんだ、筆頭侯爵家とは言え学生の頃からあいつはいつも俺を馬鹿にして、それももう時間の問題だ、これだけの発展、陞爵(しょうしゃく)は間違いないだろう、侯爵に伝えてくれそちらの街道の使用料を減らすならこの温泉を今まで通り使わせてやろうと」


「わかりました、侯爵に確実に伝えておきます」


爵位を継いだ若い侯爵がそう言いながら、契約書に印を押しています。


あの印を使えるのは侯爵本人のみなのに気づいていないのでしょうか?


前侯爵夫妻は、爵位を譲って早々、長期間こちらに滞在されてますよ?


「ソルト領との街道はどうする?」


お父様がそう口をひらきます。


「王都までは新しい街道を使った方が早く行く、そちらの道はもういらないんだけどな、それでも一度は婚約て結びついた縁だ、通行料を今までの2倍払っていただけるのなら今まで通りに利用していただいてかまわない」


「…えっそんな…」


そこで口を挟んだのはエミリアさんです。


その場にいる人々に潤んだ瞳を向け、悲しそうに続けます。


「さっきもテラスでサラさんにすごくすごく睨まれてすごくすごく怖かったんです。私が療養していた温泉にも何度も来られて、そのたびに、『いつまで温泉に浸かってるんだ』って怒られたしいつもすごくすごく怖かったんです」


すごくが大渋滞。


「エミリアはいつも顔が赤くて立ちくらみをするほど身体が弱いから療養していたのに、温泉に入るななど、そちらはあちこちの温泉を渡り歩いて遊んでいたというのに、全部自分のものだとでも思っていたのか?」


湯あたりの症状が出ていたので注意していたのに…危ないですよ?脱水症状。

温泉の中でいちゃつくのもあまり褒められませんし、貴賓室の貸し切り客が横柄だと何度クレームが来て足を運んだことか。

今は利用する人がいないので、全館お二人の貸し切り状態、先ほどのお友達もただで泊めてあげているらしいですね。『領主の息子から金をとるのか?』ともちろん自分たちも払わず。


契約で婚約から三年間の今日までは施設管理や賃金の保障はソルト家がしていたからそちらも潰れませんでしたけどね。


ここ数ヶ月、ジンジャー家に経営が移ってからはその辺ごちゃごちゃになってましたね。

施設の管理にどれくらいかかるかもわかってなく、従業員の給料もあげ、『今まではソルト家が私腹を肥やしていた』なんて言われてましたね。

それでも十分な支払いはしていたのですが?


この先、同じだけの賃金、どこから出すつもりでしょう?


『そもそも我が家の取り分が3割なのもおかしかったのだ、何もしていないそちらが7割などと」


我が家の取り分は1割でしたよ。


国に納める税金に管理費用、売り上げすべてが手元に入るわけないのに、わかってないんでしょうか?


『本当に申し訳ない』


管理をジンジャー家に移す時にお父様はそう言ってましたけれど。


「だからぁ~ サラさんのお家とぉ 道がつながってるって思うと

すごくすごく怖いんです」


エミリアさんは涙を浮かべながら周囲を見ます。


そういえば、切れ者の宰相様、ミステリアスな筆頭魔法士様、若獅子のような騎士団長様、若き侯爵様、それに氷の貴公子と呼ばれるお兄様。この場には見目麗しい方々が勢揃いしてますね。


みなさんお兄様の同級生で、幼い頃から我が家にもよく来られていましたので私は免疫がありますが、エミリアさんは目がハートになっております。

確かにアルト様もお顔は整っていらっしゃいますが、あくまでジンジャー領の中ではの話です、三年前までは領民の発育はよくありませんだしね。そんな中でも贅沢している領主の一家の発育が良いのは当たり前でだったのでしょう。その程度です。


「そうか、可哀想に、それならばしょうがない。そう言うことなので、ソルト領との街道は封鎖させていただくことにする。それにともない…」


「いや、みなまで言わなないでくれ、もちろんこちらの非なのはわかっている。本日我が領民が引き上げたあと即効封鎖しよう、もちろん費用はすべて我が家が負担しよう」


被せ気味にお父様がそう告げます。


「おじさまありがとうございますぅ、エミリアすごくすごく嬉しいです、おじさまならまた温泉に来てもらっても歓迎しますよ」


あっ、ここまで冷静に表情崩さなかったお母様まで一瞬虚無顔にっ!


「今日、来ていただいたみなさんも、ぜひっ利用しに来て下さいねっ、未来の伯爵夫人として歓迎しますっ」


胸の前で握りこぶしをかわいく作って、「がんばるぞ~」と呟きながらそんなことを言っています。


「エミリアがかわいいのはしょうがないがみなさん惚れないで下さいよ〜」


「もうやだぁアルトさまったら!」


いけない、お二人を題材にした歌劇を観た時以上の眠気が…



コホンッ



宰相さまの咳払いで夢の世界よりもどって来ました。


「未来の伯爵夫人…それなら、せっかく今日は手続きが出来る私がいるんですから、婚約の手続き…いやもう婚姻の手続きをしてはいかがですか?」


「えっ、嬉しいっ!エミリア、お嫁さんになってもいいですか?」


上目遣いで、アルト様ではなく美麗集団にそう問いかけるのはなぜでしょう?


みなさんも残念そうな顔をしているので、エミリアさんはまんざらでもなさそうですよ。


「そうと決まればエミリアの両親もこちらに呼ぼう。化粧水の件で話があるから別室で待たしてあるんだ」


ほどなくして、現れたエミリアさんの両親はその場で快諾して、お二人の婚姻が結ばれました。


そこにちょうどお祝いのケーキが運ばれて来ました。


さすが、ソルト領から派遣した料理長、先ほどいただいた国一番の朝食も申し分ないほど美味しかったですし、このケーキの細工も素晴らしいです。

このカフェだけでなく、この地一帯で提供される料理の管理をしていただいています。

本当なら魔法士になれるくらいの炎と水と氷魔法の使い手なのに、夢であった料理人の道に進んだ異色の経歴をもっておられます。


温度管理も素晴らしく、ソルト領で捕れた魚介を自ら仕入れ、氷魔法で品質保持しながら運搬する手腕はさすがです。


そんな料理長のことを睨むジンジャー伯爵夫妻。


「この料理人も今日連れ帰ってくれるんでしょうね?」


「自分は料理せずに、偉そうに指示ばかりしているらしいじゃないか、それなのに今日はどこかの一介の令嬢の我儘に付き合い時間外に朝食を提供するなど好き勝ってして」


どこかの一介の令嬢の我儘? 誰のことかしら?

私はこのカフェのオーナーですよ。


前世で世界一の朝食を出すホテルに泊まったことを忘れられない私が、温泉と同じだけ力を入れて取り組んだこのカフェ。


新鮮な果物や野菜を使った、ジャムやコンフィチュール。美味しい焼き立てパン。


都市として発展しすぎて、農地をあまりもたないソルト領ではいくら運搬技術があれど、朝採り新鮮野菜などそうそういただけませんからね。


このカフェだけはソルト領のスタッフが残ると言ってくれたのですが、後任を育てないといけませんし、少しずつスタッフの入れ替えがありました。


それでも国一番の名誉を守るために料理長は残ってくれていたのですがね。


「わかりました、この地で提供する料理のレシピはもうすべて公開してあるはずです、もう二度とこちらの料理に口出ししないように契約書を作りましょう」


「お前もそれでいいな?」


ジンジャー伯爵が一緒にケーキを運んできた、副料理長にそう聞きます。


「ええ、料理長には料理人からの不満も多かったです。レシピを公開と言えど誰でも作れるような料理ですよ?むしろいなくなった方がみんなの創作意欲もわくってもんだ」


「…そこまで…申し訳ない、料理長も今日連れて帰ろう」


お父様と料理長が契約書に印とサインをし、魔法士様が契約魔法をかけました。


「そうそう!」


ケーキがまだ口に残っているのに、エミリアさんのお母さまが話はじめます。

指には大きな宝石が一つ二つ……十五!?

指の数より多いです。


「温泉水の化粧水だけど!」


王都のお茶会で披露した化粧水は口コミが広がり、外交の場で王妃様がすすめたこともあり、他国へも輸出が広がっております。


工場制手工業と言うのでしょうか?

夫をなくした婦人を中心に雇用をし、住み込みで製造のお仕事をしてもらっています。

毎日温泉水を扱い、十分な賃金をもらうことで、みなさん身も心も元気になり、再婚する方も増えたようです。


こちらの管理はジンジャー領で一番の商家である、エミリアさんのご実家にお願いしておりました。

もともと、山と森に囲まれ、他領に行く力がこの商家にしかなかったようで、ほぼ独占状態らしかったです。


温泉水化粧水を皮切りに温泉リゾートでの土産ものなんかにもかかわり、この二年で随分儲けたみたいですね。

人気のお土産の温泉まんじゅう、先ほどの料理長監修ですよ?

チョコレートも。


ジンジャー家がエミリアさんの家との婚約を喜んでいるのはそんな事情もあったのでしょう。まだまだ力は領主にあるとは言え、他国と取り引きのある商家。しかもこの領のお金を他領に流したくない。そんな心がうかがい知れます。


「あの化粧水、夫を亡くした御婦人たちが一生懸命作ったのに、この瓶に印刷されているあなたを模した絵!瓶の色もどなたかの髪のように陰気なダークブラウン! 形もどなたかの体型のようなストンとした面白みのない形!自分は作業しないのに、たびたび来られてるので仕事がしにくいなんて不満が従業員に溜まっておりましたよ! それなのに自分の手柄のようなこの瓶! 今回私、エミリアの肌のように透き通った、それでいてコロンとかわいい形の瓶を作りましたの、なので」


「わかりました、申し訳ない、どうぞお好きなようにして下さい。もちろん化粧水業務からも全面撤退いたしましょう」


またしても、被せ気味のお父様。


「あら、そう? でもね~ 作り方を知っているあなたが真似して他で売られると困るのよね~」


「そこまで気がまわらなくて申し訳ない、それならサラが同じ化粧水を作らないように契約をしよう。サラもそれでいいな? 内容についても何があっても一切他にもらさないように」


お父様の勢いにおされ、私は頷きます。


「かわいい私みたいな瓶は真似しても許してあげますよ~」


「エミリアはまるで聖女だな」


「「「「「「ソウデスネー」」」」」」


大変です、美麗集団がbot化しています!


「聖女みたいなエミリアだから惚れるのはしょうがないが、俺のものだからな!」


「もう、アルトったら! でも王都のパーティーではダンスを踊ってあげてもいいですよ」


コテンと首をかしげて伝えております。


「エミリアは優しいな~」


「「「「「ソウデスネー」」」」」


みなさん、帰ってきてください。


そもそも化粧水自体は作る過程はそんなに難しくないので、働くすべての人が作り方を知っております。それよりも大変なのは…


契約書にサインをしながら考えているとお父様が口を開きます。


「それにしても、『作り方を知っている』ですか…それなら、ジンジャー伯爵も、温泉施設についてサラが色々知っているのは心配じゃないですか?」


「おっ、そうだな~、まぁ国ひろしといえど、このような温泉が湧き出るのは我が領のみ、真似など出来ぬがな。念には念を入れるのもよかろう」


「では、こちらの温泉の仕組みについて、サラは()()()伝えられないと、そう契約を結びましょう」


私はそちらにもしぶしぶサインをします。


「なんなら、こちらの領の温泉について、この領以外のだれも手をつけられないと契約を結びましょうか? そうすれば王家といえども利権などに口を出せなくなりますよ」


隣から宰相様が口を挟みます。

bot解除したんですね。


「それは助かる! 若いのになかなかやるじゃないか! なんなら我が屋敷で雇ってやろうか?」


「申し訳ないです、宰相がうるさいのでそれは出来ません、残念ですが」


「そうか、みた所独身らしいし、姪の婿にどうかとも思ったのだが、気が変わったらまた連絡をよこしなさい」


「ワカリマシタ」


あれ、またbotに。

残りの美麗集団がニヤニヤしてますね。


そうして、諸処の契約が結ばれ、話し合いはお開きになりました。


残っていた有能なソルト領のスタッフにより、いつの間にか豪華な婚礼衣装が用意されており、


「せめてのも詫びだ」


と言うお父様の言葉に遠慮なく袖を通し、姿を整えられた二人は、これまたいつの間にか熱められた領民の前に姿を現して、沢山の祝福の言葉をいただいておりました。


いつかこのカフェで、ウェディングが行われるようにと設計しておりましたが、

第一号の夫婦は先ほどまで私の婚約者であった領主の息子のアルト様とエミリアさんでした。


ソルト伯爵(お父様)により用意された食べきれないほどの食事が振る舞われ、宴は夜ふけまで続いたらしいです。


その影で、わざと豪華さを隠した馬車の一行が列を成してソルト領へと向かいました。

そして最後の一台がソルト領についたのを見届けると、二つの領を結ぶ街道は閉鎖されたのです。


その街道を大きな岩で塞いだのは、コック帽をかぶった料理人だったとか。


領民たちは新たな門出を迎えた二人に夢中で、その馬車の一行を目にしたのは新郎のアルト様だけだったらしいです。


「まっ、あれだけ領民に嫌がらせしてたらあぁなるのもしょうがないし、あんな背の高い女愛せなくてもしょうがないよな」


そう呟くと、横にいる背が低くてふわふわしたかわいい嫁に、にっこりと笑顔をみせるのでした。


そして、その後ジンジャー領は…



◇ ◇ ◇



一晩たった翌朝、少し寝坊して起きていくと、



「「「「さぁ、これで俺たちにも権利が出来たはずだ!」」」」


感情が戻った美麗集団がお兄様に詰め寄っておりました。


「忘れているようだけど、その権利は僕にもあるんだよ?」


悔しそうに他の四人がお兄様をみます。


何の話をしているのでしょう?



「地脈を利用して温泉を見つけたのでコツを掴んだんだ、それで調べると時間がたてば黄色くなるんだけど、温泉に似た成分のものを見つけた。僕の家の領地にあるよ」


「含よう素泉ですね!」


「それなら、辺境にある鉱山の近くでは、茶色く濁る湯があって、そちら痛みなどに効くらしい、辺境の騎士たちには知る人ぞ知るだったらしいが、灯台下暗しとはこのことか」


「含鉄泉!!」


「侯爵領にも、泡がプツプツと出る泉があってね、動物たちが利用していたのでもしかしてと調べたら」


「まさかの炭酸水素塩泉!」


「私は仕事上王都を離れられませんが、調べると王城の裏に、無色透明だけれど、温水が湧き出ました。あまり刺激はなく、でも肌がすべすべになるそうです。もう王家の許可を得ています、温泉公園にしていいそうですよ」


「もしかして単純温泉!?」


「「「「なので」」」」


「私と」「「僕と」」「俺と」「「「「婚約してください」」」」


えっ!?


いきなりこの国に源泉が新しく見つかった話を聞いたと思ったら

なんの話でしょう?


ギギギと首を動かしお兄様の方を見ます。


「サラには言ってなかったんだけど、うちの領でも温泉が見つかったんだ、塩味があったので気が付かなかったんだけど、温泉だったよ」


「…塩化物泉まで」


「だからサラはお嫁になんて行かなくてもいいんだ、ずっとこの領で僕の手伝いをしておくれ、なんなら僕と結婚して欲しい」


お兄様…


血が繋がっていないので本当は義理の兄。

子どもがなかなか出来なかったので遠縁から養子に入ったお兄様。


まさかの一度の婚約の申込みに、湯あたりしたような目眩を感じ、私は意識を失ったのでした。



そんな私が倒れる前に思ったのは。


「ジンジャー=アルト、『しょうがない』『しょうがない』って言ってたけど、あなたの名前、生姜(ジンジャー)有る(アルト)って、しょうがあるじゃん!その名前どうよ!」


とどうでもいいけど、昨日、突っ込みたくてしょうがなかった事でした。





ざまぁパート(前世・今世)はまた後日。

前世の元カレの名前当てれたらすごい!


◇ ◇ ◇

お父様の本音


「(いや、そこまであなた達の頭が悪いとは、わからなかった、)申し訳ない」


謝罪の言葉はほぼほぼ含みあり。


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