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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 下の巻 ー決戦編ー
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第六十二話 戻ってきた相棒

 暁がこの屋敷を飛び出して三日が経とうとしていた。

 当然、何度も近辺を探しに行っているが気配は一向に掴めなかった。そもそも彼女は鳥の式神なのだから、上空を飛行していればお手上げだ。それにいくら気の察知に長けていようと、感知できる範囲にも限度はある。


 雪音の妖術によって辺りは一面雪景色だ。どこかで凍えていないか、あるいは野鳥にでも襲われていないか。考えれば考えるほど不安は募るばかりだった。

 昨日の夜から私は部屋の中をうろつき周ったり、屋敷からも出たり入ったりを繰り返したりと常に忙しなく過ごしている。


『拓磨様……、少しは落ち着いてくださいまし』

「落ち着いてなどいられるかッ、こんなことは初めてだ」


 困り顔で見上げてくる雫に、私は思わず口調を荒げてしまった。

 彼女の表情が一瞬にして強ばり、悲しそうに俯いた。


『申し訳ございません、そもそも暁が出ていったのは私のせいですものね』

「拓磨、そんな言い方ないだろう。恐らく暁は私が嫌だったのだ、原因は私だ」


 そんな雫を庇うように、今度は華葉が自分を責め始めた。皆、暁のことが心配なのは同じ思いであるのに、雫に当たってしまったことを後悔した。苛ついたところで何も変わらないのは分かっているのに。


「いや、取り乱してすまない。全ての責任は私にある、だから雫も華葉も自分を責めないでくれ」

『このまま暁が戻らなかったら……。そうですわ、式神解除なら呼び戻せるのでは』


 思い出したように告げられた雫の提案は、暁の式神降臨術を一度解除し、再びこの場で召喚するという方法であった。

 確かにそれなら強制的に暁を戻すことができ、事態は一気に解決するだろう。しかし私はそれを飲むことはできなかった。


「雫も知っておろう、式神解除は暁が一番嫌がる処置だ。これ以上、彼女の機嫌を損ねたくはない。だから、それだけはできぬ」


 それでは余計に暁の反感を買うだけだ。彼女自身の意思で戻ってこねば意味がない。私の言葉に雫は小さく『そうですわね』と口にした。彼女が冷静さを失うとは余程の負い目を感じているようだ。このままでは私たちも精神の限界を超えてしまう。


「仕方ない。あまり頼みたくはなかったが、蒼士に闇烏やみがらすを借りて暁の捜索を――」

『私がどうかしましたか?』


 騒然としている空気の中に、呑気な聞き覚えのある声が混じった。

 私も雫も華葉も、耳を疑ってその声の主へと振り返る。


「暁……」


 そこにいたのは他の誰でもなく、人の姿の暁だった。多少疲れを感じさせる表情であるが、怪我をしているわけでもなく堂々とそこに立っていた。


『えっと、あの、拓磨様……――!』


 恐らくとりあえず言い訳をしようとしたのだろうが、暁はその先の声を失った。

 彼女が喋りだす前に、私が強く抱き寄せたからである。


「阿呆、心配したではないか! 何処に行っておったのだ!?」


 存在を確かめるように、ただ強く暁を抱擁した。式神には温もりはないが、そんなものなくとも私には暁からも雫からも、きちんと〝生〟を感じることができる。

 無事に帰ってきてくれた、今はそれだけでもう十分だった。


『……ごめんなさい、拓磨様』

「もう良い、よく戻ってくれた」


 私を抱き返す暁に呟くと、申し訳程度だったその力が強くなるのを感じた。

 そして雫も華葉も涙を浮かべながら、私と暁にそっと寄り添うのだった。



 久しぶりに皆で囲んだ食事を済ませ、私は今後について彼女たちと話し合いをすることにした。これは皆に伝えるべきと思い、機会を待っていたのだ。


「既に承知のとおり、私は帝より魁に任命された。魁とは単に、五気混合術の使用を認められているだけでなく、陰陽を極めた第一者として務めなければならぬ存在だ。よって今後は朝廷からの任務も請け負うことになろう」


 正直かなり面倒だが魁になると決めたのは私だ。それにこのまま私だけが討伐任務のみで済まされるのは許されないだろうと、遅かれ早かれ状況が変わることは覚悟はしていた。

 私と対面に囲んで座っている彼女たちは文句も言わず、真剣な顔をして聞いていた。私の身勝手で振り回しているのに、ありがたいことだ。


「しばらく忙しくなりそうだな、拓磨」

『ですが拓磨様。五気混合術は忠告したとおり、とても危険なものですわ。拓磨様の御身が心配です』


 雫がそう言うと私は彼女を見て頷いた。


「あぁ。だから私は魁になろうとも、この巻物に書かれている術を使うことはない。新たな妖怪が出てきた以上、()()という保証はできぬがな」


 私は帝から授かった巻物を畳の上にそっと置いた。

 これは歴代の陰陽師たちが編み出した、五気混合術をまとめた秘伝書である。恐らくこの存在を知っていたは、今の帝と父上の『安曇陰陽記』を読んだ我々のみであろう。雅章殿も先日の任命式で初めて知ったような顔だった。


「魁としての仕事は増えるが、私は私であることに変わりはない。だからお前たちも気を使わずに今までどおり接してくれ」


 私の言葉に、彼女たちは口を揃えて「はい」と返事をした。

 魁のことだけではない。倒さねばならぬ強敵も現れた。気使いはせずとも、気合いは入れねばならぬ。



 一通り話は済んだところでその場はお開きとなり、私は雫が出してくれた白湯を口にしながら一服をとっていた。暁が戻ってきたことで、ようやくの落ち着いた時間である。「何処に行っていた」だとか彼女に聞きたいことは山のようにあるが、問いただすことはしなかった。暁が話したくなった時に聞けば良いと思っている。


 外を眺めれば、懇々と降りしきる雪が黒焦げになった桜にも積もっていた。

 あの桜はもう咲くことはないが、都中の桜たちへの突然の気候変異の影響が心配である。これから豊作を迎えるはずだった作物なども懸念される。


 雪音・氷雨と名乗った妖怪たちはどう倒せば良いのであろう。彼らは自らを雪と氷を司る者と宣言していた。要はこの季節の操作は奴らにとって優位に立つためだと推測される。

 それよりももっと気になるのはあの二人の容姿である。過去戦ってきた和邇ワニは二足歩行し、桛木かせぎも下半身はほぼ人のもの。そしてあの二人に至っては人の姿そのものであったのだ。


 我々が知る妖怪はいつも異様な姿をしている生き物であった。

 それがどうだ、今や奴らは人間の姿に成りすまし始めている。


 奴らの狙いは〝人の姿を模す〟ことなのだろうか。もしあれが我々の中に溶け込めばとんと区別などつかない。陰陽師であれば気で察知できるが、一般人には分かるまい。私と共に暮らす華葉のように。


『悪いですが華葉、こちらを手伝ってくださいまし』

「分かった雫、今行く」


 家の世話をする二人の会話が寝殿に聞こえる。

 ――そういえば桛木は華葉に気になることを言っていた。


 〝我が輩と同じ話し方をしているが、貴様も人間との融合体か〟……聞き慣れすぎて気づかなかったが、確かに奴の言うとおり華葉の発声は、他の式神や妖怪とは少し異なっていた。

 式神や妖怪たちには声帯が存在しないため、声は口から発声しているのではなく、こちらの脳へ直接声を届けてくるのだ。だが華葉は我々と同じように、口から声を発声している。注意して聞き取らなければ分からない、ごく僅かな違いだ。


 桛木は自らのことを〝人間との融合体〟と言い表していた。そのままの意味として捉えれば、奴は人と融合したことであの姿を手に入れたと考えられる。同様にして雪音、氷雨も然り。それが事実であればとても恐ろしいことだが。


 ならば、華葉も元は人なのか?

 否、人であったとしても桜が何かしらの由来をもたらしているのは間違いない。


 仮に〝桜の化身〟だとして、何故()()なのだろうか。

 桜から派生したのであれば()()なのではないのか。


 生き物が妖怪に変異するのであれば、生気の変わりとして相当の妖気を与えなければ生きるのは難しい。だとしたら華葉も巨大な妖気を与えられた……?


 桜が。

 巨大な妖気を――。


 その瞬間、私の脳裏に一つの光景が浮かび上がる。


 雷龍が私に放つフリで作った雷光玉(らいこうぎょく)を、ある場所へ放り投げた。その先にあったものは雷の威力を受け、真っ黒に焦げてその生命を絶たれた。

 そう、正しく私の視線の先にある、あの母上の形見の桜である。


 あれだけ都中の桜を調べても、どの桜にも華葉の気は感じられなかった。

 何故ならもうその桜は()()()()()()からだったのか。


 まさか華葉。お前は……、お前の桜は。


「なぁ、拓磨。提案なのだが……」

「華葉。お前はまさか、母上の桜なのか?」


 急須を乗せたお盆を持って、何の気もなしに私に話しかけてきた華葉に、唐突にそう問いかけた。彼女は目を点にして固まっているが、私はそれに構わず続けた。


「お前は雷龍の妖気を得て生まれた、母上の桜の妖怪。……違うか?」


 もう一度静かに問いかけた。

 しかし彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。


「すまない。そう言われても、何も思い出せない」

「そうか……。私こそ急に変なことを言って、すまなかった」


 私は華葉にそう詫びると、再び視線を庭の桜へと戻した。

 彼女の正体があの桜であってほしかったのは、まだあの桜に生きていてほしいという、私個人の切なる願いだったのかもしれない。


 あの桜が恋しいばかりに華葉に押しつけるとは、何と自分勝手な。

 そう心の中で自嘲し、杯に残った白湯を飲み干した。


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