◇番外◇ あかね色の山鳥 ~前編~
こちらは番外編になります。
一話で終わらすつもりが、二話分の文字数になってしまい仕方なく分断しました。
本編には関係な……くもない裏話です。チョイ出ししています。
興味がありましたら、是非、ごゆっくりと。
〝暁〟
暗がりの夕暮れとは異なり、太陽の光を帯びた茜色の空が美しい夜明けを指す。
その名を自らの式神に付けたのは、勿論主人である私だ。
彼女との出会いは……そう、私が十の歳になった時だ。気の取り入れ方にも慣れ、心力もそこそこ貯めることができるようになってきた頃である。
十歳といえば思春期が訪れ反抗期に突入する年頃だが、例外なく私もそうであった。父上の指導を拒否して一人で修行に明け暮れ、よく中庭で飲まず食わずと不眠の中、気の取り入れに没頭したものだ。
それは陰陽の修行というよりはまるで僧侶の千日回峰行のようであり、今思えば子供がすることではないと自分でも思う。
優しい母上に心配させるのは心外であったが、父上への対抗心が勝ってしまった。しかし幼心に母の愛情が恋しくなると、密かに精神を桜の木に集中させ癒やしを求めた。
そしてこの頃、父上に最も強く反発していたのは「式神」についてだった。
式神は陰陽師に使役させる鬼神である。召喚方法は様々だが、我々の多くは「精霊召喚術」を用いていた。人型の紙に精霊を召喚し、式神として具現化させる手法である。
精霊を召喚するにはその元となる「媒体」が必要なのだが……。
「拓磨よ、いい加減式神を召喚せぬか」
「お断りします、僕に式神など不要です。命を弄ぶような真似などできません」
母上の教えで自然に触れ合い、生ける物を愛でるようになってから式神の存在に疑問を抱くようになってしまったのだ。
精霊とは肉体を持たない霊、つまり生き物の魂である。その精霊を呼び出すには、精霊化した肉体を媒体にして術をかける必要があった。成仏するはずだった魂を陰陽師の勝手な都合で再び現に縛り付けるなど……冒涜以外の何でもない。
式神召喚は心力を習得した新米が最初に使う陰陽術だ。そして式神は陰陽師を補佐する大切な存在でもある。それを拒否されてしまったのだから、父上も困惑したに違いない。時折頭を抱えては、母上に愚痴を溢す姿が見受けられた。
「式神がいらぬとは……あやつ一人でこれからどうやっていくと言うのだ」
「まぁまぁ、焦っても仕方ありません。それより尊様、そろそろお出かけにならないと」
父上は陰陽頭だ。本来は寮に駐在すべきだが、私と母上のために毎日屋敷との間を往復していた。私にとっては煩わしいことこの上なかったが。
息子に不安を覚えながらも、職務を控える父上は渋々母上に見送られ屋敷を後にした。その間も私は黙々と座禅を組み、全精神を気に集中させていた。
そうしてこの日もいつものように朝から晩、夜中までと時刻はあっという間に過ぎていった。そして東の空が茜色に輝き、太陽が地平線から再び顔を出す頃、突如頭上高く烏の鳴き声が響き渡った。
こんな早朝に何だ? と流石に気になって視線を上げると、二羽の烏が一羽の別の鳥に固執して威嚇していたのだ。別の鳥の正体は、その特徴的な長い尾から直ぐに分かった。
「山鳥……何故こんな平地に」
山鳥はその名の如く主に山に生息する鳥であり、平地ではあまり見かけることがない。山へ帰るところなのか、それにしたって何故烏の攻撃に遭っているのか。
そんなことを思っている間に、あれよあれよと二羽の烏に追い詰められた山鳥は高度を下げていった。元々長距離飛行には向いていない鳥だ、あんなに攻撃されては飛び続けるのは困難だ。
気がつくと私は屋敷を飛び出し、墜落していく山鳥たちを全力で追いかけていた。当然子供の足では追いつかず、落ちた方向は分かっていたがその場所までは分からなかった。精神統一の修行に明け暮れ運動は随分とご無沙汰だった私は息が切れ、不安も合わさって心臓が激しい脈を打った。
兎に角、早く助けねば……! という焦る気持ちを落ち着かせ、全神経を周囲に集中させる。烏と共に落ちたのだ、まだ奴らも一緒に近くにいる筈。
「そっちか!」
修行の甲斐あってか烏の気を捉えると、私はその方向へ足を向けた。その先で視界に飛び込んできたのは、予測通り山鳥に群がる烏たちの姿。武器も何も所持していなかったが、丸腰で私はその輪の中へ跳び込んだ。
「お前ら止めろー!」
山鳥を庇うように間に入り込んだが、代わりに私が烏の嘴や翼などの攻撃を受けることになった。それでも私はその場から離れなかった。私の影に入った山鳥は深く傷ついており瀕死の状態だ。烏の縄張りにでも入ったのだろうか、それにしても酷く執着されている。
反撃しようにもまだ陰陽術は使えない。しかし深い怒りに駆られた私は、無意識に子供とは思えぬ強い気を解き放ったらしい。恐怖すら感じる気の高圧感を受けた烏は一転、攻撃を止め高く舞い上がり、凄まじい速さで飛び去っていった。
一難は去ったがまだ重大なことが残っている。私は直ぐに山鳥へ目を向けた。
「おい、しっかりしろ! おい!」
声をかけるが反応がない。美しい赤褐色の羽根も自慢であろう長い尾も無惨で、毟られたのか地肌が見えているところもあり、血が滲んでいた。私自身も傷だらけだったが、そんなことはどうでも良かった。
ただ空しいことに、私にはこの山鳥を見守ること以外為す術がなかった。回復術を使えるわけでもなく、治療ができる訳でもなく、弱っていくのを見ているだけの自分。情けなくて悔しくて、気がつくと涙が溢れていた。
その時背後から物音が聞こえて、息の細い山鳥を優しくも力強く抱きかかえた私は、その様子を緊張の面持ちで伺った。また先ほどの烏が戻ってきたのだろうか。
すると姿を現したのは、意外にもよく知った者だった。
「拓磨、其方だったのか……」
「……父上」
張り詰めた糸が切れたように座り込み、その人物を見上げた。
そして父上も同じように、呆気に取られた表情で私を見下ろした。