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[壱]華葉の想い(第五十九話 柔能く剛を制す)

 拓磨を助けるつもりで飛び出してきたのに、私はまた心力の回復しかさせてもらえないらしい。しかも相手が拓磨ならまだしも、今一番会いたくない奴・最上位の蒼士の心力だ。

 私は一応まだ拓磨の式神となっているし、彼の命令に逆らうわけにはいかぬので、とりあえずは言うことを聞くが。


 心底不服に思いながら、気を失っている蒼士の頭を膝に乗せ、周囲の木々から力を拝借して、心力として蒼士の身体に送り始めた。


 拓磨は今、気持ち悪い顔をした角妖怪と交戦中である。

 彼もまた脇腹に酷い傷を負っているというのに、無茶をする。


「んっ……」


 気絶していても腕の傷が痛むのか、蒼士が小さく呻き声を上げた。

 生憎だが私には治療をする力はない。


 眉を潜める蒼士の顔を眺めながら、私は心力を送り続けた。この男からは心力はほとんど感じず、あの妖怪との戦いがいかに壮絶であったかが伺える。

 いつもは猿のように甲高い声を上げ、横柄な態度で絡んでくる蒼士だが、こうして傷だらけになっているのを見ると、こいつも立派な陰陽師なのだなと見直した。


 その立派な陰陽師様は、どうやら私を正室にしたいらしい。


 正室とは婚姻関係を結んだ女のことであると、拓磨に教わった。男が好いた女のところに通って、女がそれを了承すれば結ばれるらしい。そうすれば二人は生涯を共に過ごすのだとか。


 だからつまり、蒼士が私のことを好き……ということだよな?

 何故そうなったのかは、毛頭に見当がつかない。

 しかしその証拠に、この男は私に文を寄越している。


 好き、という感情は最近知った。美月のような友達に対するものではない。

 相手のことを思うと心が温かくなり、幸せな気持ちになるのだ。


 蒼士がそれを私に感じてくれているのは、気持ち悪いが半分で、嬉しいが半分。

 ……いや、やっぱり気持ち悪いか。まぁ、どっちでもいいや。


 悪いな、蒼士。


「私が好きなのは、この先もずっと拓磨だけだ」


 心力の充填を完了し、少し表情を緩ませた蒼士へ静かに話しかける。

 眠るように深い呼吸をしていて、まだ意識が戻っていないのを良いことに、私は懐に入れてあったこの男から受け取った文を、奴の懐に忍ばせた。


「だからすまないが、この文はやはり受け取れない」


 そう、きっぱりと言い放った。


 拓磨が角妖怪に火の術を仕掛け始めていた。とてつもない心力を感じる。恐らくはあの術で決めようとしているのだ。

 妖怪は竜巻で応戦しようとするものの、火は小さくなるどころか見る見る大きくなっていく。凄い……圧倒的な強さだ。


 その時、蒼士が私の膝から体を起した。私と同じように唖然とした顔をして拓磨の術を見ているが、いつから起きていたのか。さっきの話、もしかして聞いていたとか言うまいな。そう思うと一気に背中に寒気が走った。


 幸い蒼士は何も言わず、拓磨の術を受けてもなお立っている妖怪に対して、術で応戦し始めた。どうやら聞いていなかったと思われる。

 後で懐に入っている文に気づいたら驚くだろう。できればその時の表情を拝みたいところだが、流石にそれは無理だしな。


 でも。


 ―― おぼつかな 君知るらめや 音もなく うつろう春花の結ぶ心を ――

(知らぬであろう 音もなく散る春花のように ひっそりと貴女を想ってるなど)


 お前の文は嬉しかったし、私に恋を教えてくれるきっかけを作ってくれた。それには正直、感謝をしているのだ。お前には口が裂けても言わぬがな。


「気持ちだけ受け取っておくぞ、蒼士。……ありがとうな」


 拓磨の元へ走り出した青年の背に向かって、私はそう礼を言った。


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