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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻 ー魁争奪編ー
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第五十九話 柔能く剛を制す

 桛木かせぎの妖気で溢れていた内裏に、別の妖気を感じ取った。

 直感的に〝彼女〟であると私は確信した。


 呆れるほどの好奇心が「見たい」と言っている。

 自分で自分に溜め息が出た。


「帝、外の様子を見て参ります。ここは安全です故、決して動かれませぬよう」

「相分かった。余も拓磨たくまらが心配だ、心してゆけ。雅章まさあき


 私は跪いて一礼すると、再び紫宸殿ししんでんへと向かった。




 どうやら華葉かようには、桜の花びらに体を分散させて空間移動する能力があるらしい。いつも突然現れるのはこの能力のせいであろう。こんなに鮮明に目にしたのは今日が初めてだが。

 しかもその上、何処で剥がれたか分からないが、式神擬態の護符がないため彼女自身からも妖気を惜しみなく放出している。


 まったく、少しは自分の置かれている立場も認識してほしいのだが、巨大な妖気を感じると落ち着いていられない性分なのは困ったものだ。蒼士そうしの顔に穴が空かなかっただけ良しとしよう。また美貌がどうとか言われては敵わぬ。


 華葉は一瞬私の脇腹に目をやると、苦虫を噛み潰したような顔をした。心力しんりょくによる回復治療で血は止めたが、それ以上は無駄な消費と思い処置しなかった。


「大丈夫か、拓磨。遅くなってすまない。門から中に入れてもらえなくてな」


 ここは内裏だ、本来なら下人は入ることを許されない空間である。華葉も例外ではなく、緊急時だからと言っても通してもらえなかったのだろう。しかし花びらとなれば容易かろう。もしかしてその能力は、切羽詰まった時に発揮されるものなのか。


「それにしても何だあの妖怪は、気持ち悪いが妖気は一丁前だな」

「……相変わらず口達者だな、華葉」


 気楽に会話をしているが、華葉には久しぶりに会う気がした。暁は日常茶飯事だが、彼女まで部屋に籠もるようになってしまったのだ。

 人になりたいと言われてどう接したら良いか私も分からないでいたが、変わらぬ彼女の鼻をくすぐる桜の香りに、やはりどこか安堵する自分がいる。


「貴様、妖怪か? 我が輩と同じ話し方をしているが、貴様も人間との融合体か」

「はぁ? 何だ、その〝ゆーごーたい〟とやらは。と言うか何で私が妖怪だと?」


 桛木の問いにとぼけているわけでもなく、華葉は顰め面でそう答えた。

 一方、私はその単語に悪寒を感じ、恐ろしい何かが体中を走った。これまで対峙した和邇ワニや、目の前の桛木に感じた違和感に対する答えのような気がしてならない。


 もしかして奴らがやろうとしていることは――。


「よく分からんが拓磨と()()()()()()の手当をしなければならぬのでな。お前と話している暇はない、私が相手だ」


 必死に理解しようと思考を巡らしていたのだが、華葉の突拍子もない言葉に現実に戻されて思わず転げそうになった。また妖術を使う気かこのお調子者は。

 とりあえず、擬態の護符がないことにも気づいていない彼女に、半ば呆れながらも私は華葉の背にそっとそれを貼り直した。


「お前が戦うのは最終手段だ。それより蒼士の心力を回復してやってくれ」

「な、何故だ!? 今ならこいつは気を失っていて好機ではないか」

「それでもいつ目覚めるか分からん。それに他の誰かが来るとも限らぬ」


 そう説得するのだが彼女は食い下がった。


「嫌だ、ならせめて拓磨の心力から回復させてくれ」

「駄目だ。お前の術は通常生成と同じ方法だ、私の心力の性質を変える可能性がある。今はまだ、そうするわけにはいか――っ」


 説明している間についに桛木が痺れを切らしたのか、残った右の角で突風を巻き起こして仕掛けてきた。咄嗟に華葉と距離を置き、奴の注目を自分に向かせる。


「お前の狙いは私であろう、来い!」

「しぶとい奴め、良かろう!!」


 左足を踏み込めば、脇腹に痛みが走る。だが動けなくはない。

 残された心力で奴を倒さねば、華葉に頼るしかなくなる。だがそれは避けたい。


 彼女の力に頼ってばかりでは、陰陽師としても男としても廃るというものだ。


「安曇式陰陽術、土流波渦どりゅうはか!」

「同じ手は食わぬと言っただろう。妖術、風鎌太刀カザカマノタチ!」


 桛木は己に目がけてきた土の攻撃を、風の刃にてなした。

 奴は五行にも理解があるらしく、五芒結星ごぼうけっせいを結ぶための術にも敏感に反応を示していた。土の術が効かなくなったら終わりではないか。


 それならば強化術を使うまで。


(ごん)よ、()の気を相生(そうしょう)せよ。安曇式陰陽術、鋼土波渦(こうどはか)ッ!!」


 波のように盛り上がる土石流に回転をかけ、金の気を纏わせて破壊力を上げる。

 風の刃物では簡単に切れぬはず。


「甘いッ! 妖術、清明風龍巻セイメイフウ リュウカン!!」


 桛木は私と蒼士を巻き込んだ術を、今度は自分を中心にして先ほどより小さめに発動させた。強烈な竜巻と金の気がぶつかり合って、放電するようなバチバチという衝撃音が鳴り響く。

 かなり心力を使って応戦したものの、奴の妖術の回転に阻まれて結局弾かれてしまった。二気混合でも届かぬか、やはり手強い。


「さっきの威勢はどうした、安曇拓磨。そろそろ心力切れか?」


 弱まった竜巻の中から、不敵に笑みを浮かべる桛木が現れて向かっ腹が立つ。悔しいがそのとおりだった。これ以上、土の術を繰り出しても勝てる気がしないのだ。

 根楼白槍こんろうはくそうも木の幹で不変ではあるが、土流波渦が効かぬ今、それを上回るとは思えぬ。心力にはまだ多少余裕はあるが……。


 ――待て、奴には五行の理解があるのだよな。

 それならば、逆に。


「傷口も開いて辛そうではないか、拓磨よ。いい加減もう楽になれ」


 過激な動きをしたせいで、脇腹からは再び血が流れ出てきていた。また平癒殿へいゆでんで世話になることになるのか?

 それは真っ平御免だと失笑しながら、私は最後の望みを掛けて再び護符を掲げた。


「安曇式陰陽術、紅火旋風こうかせんぷうッ!」


 高温を纏った炎の渦が桛木を包囲した。

 その瞬間は奴は驚きの表情をしていたが、次第に静かに笑い声を上げ始めた。


「くく、はははは! 血迷ったか、安曇拓磨。こんな炎で私の術に抵抗するとは、貴様はやはり大した陰陽師ではなかったようだな」


 こちらの思惑どおり奴は再度、清明風龍巻を発動させた。私の炎の渦を上書きするように、外側から巻き込んでかき消そうとしている。

 だがその思いとは裏腹に炎はどんどん火力を増し、猛炎となって奴へと迫った。


「……かかったな、桛木」

「何故だ! こんなのは有り得ぬ、炎に負けるなど……!」


 五行思想、相侮そうぶ

 どんなに不利な要素が相手でも、それを上回る力をかけて侮る関係。


 私は今、循環生成した心力の残りの全てを、あの炎にかけている。少量でも通常より加算された力を発揮する心力を、全てだ。更に奴が風を送れば送るほど、私の炎は酸素(空気)を得てより大きくなる。相乗効果で威力は百倍以上にも昇るだろう。

 陰陽師とは五行のみならず、その思想までを理解した者が高みを極められるのだ。それを知らぬお前に私が負けるはずがない。


 否、負けるわけにはいかない!


「おぉおおおおおお――っ!!」

「くそぉおおおおおおッ!!!」


 巨大化した炎は奴を飲み込み、その身体を真っ赤に染めて燃え上がらせた。

 ついに心力のほとんどを使い果たし、炎が消失すると同時に、私は膝から崩れ落ちた。濛々と立ち上る黒い煙の中に、直立したままの桛木の影が浮かび上がる。


 まだ立てる力があるか。往生際の悪い奴だ。

 残り少ない心力を絞り出し、何か術を繰り出そうとした時。


「嘉納式陰陽術……、寄種蓮きしょうれん


 弱々しい聞き覚えのある声がしたかと思うと、黒焦げになった桛木の周囲に蜂の巣のような形をした蓮の花托かたくが大量に生い茂り、一斉にその穴から種を放出した。

 すると桛木の頭上のあらゆる方向を覆った種から蔦が伸び、奴の身体を四方八方より貫通させて地面に括り付け、自由を奪ったのだ。


 見事だった。奴を捉えることに成功した。


「蒼士……! 身体は大丈夫か!?」

「大丈夫ではない……。お前ばかりに手柄を渡すものか、阿呆め」


 よろよろと揺らめく蒼士の身体を、背後で華葉が支えていた。どうやら心力が回復したことで意識も戻ったらしい。減らず口を叩く元気はあるようだな。

 ……華葉との距離が近いのは気になるが。


 ここで嫉妬をしている場合ではない。

 奴の息が途絶えるうちに、色々聞き出さねばならぬことがある。


「桛木、お前は誰の指示で動いている。雷龍ではないようだが」


 奴のか細い呼吸の音が聞こえており、まだ生きてはいると思うが答えはない。

 無言を貫く姿に溜め息を吐き、私は奴の正面に回って下から顔を覗いた。鋭い睨みを利かす目と視線が合う。


「おい、黙ってないで答えろ」


 そう口にした瞬間だった。

 何かが空から降ってきて、桛木の脳天から喉元を突き抜けた。


 それは氷で作られた長い槍だった。奴は大量の血を吐き、絶命した。

 私も、蒼士も、華葉も、その様を呆然と見つめている。


「おや、すまぬ。弟は役立たずが嫌いでの。お詫びに質問に答えてやろう、そのマヌケを焚きつけたのは我らじゃ」


 聞き覚えのない声が、桛木の命を絶った物を降らせた方向から聞こえる。

 同時に桛木を遙かに上回った恐ろしいほどの妖気が、身を震え上がらせた。咄嗟に空を見上げると、小さな二つの影が目に入った。


 それは、幼い子供の男女だった。左右に結わえた赤茶色の髪に、黒に金泊を散りばめたような瞳をした、完璧な人の姿だ。


「何なのだ、お前たちは!?」


 蒼士の問いかけに女児の方が薄ら笑みを浮かべた。


麿まろ雪音ゆきね、雪を司る妖怪」

「俺は氷雨ひさめ、氷を司る妖怪」

「雷龍様の一番配下、我らが姉弟きょうだいの力によって、この都を支配する……!」


 雪音と名乗った女児が右手を掲げると、猛烈な吹雪が巻き起こり都中を覆った。

 じきに赤く色づくはずであった景色が、辺り一面真っ白に染まってゆく。


 我々はただその光景を、黙って見ていることしかできなかった。


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