第五十四話 魁選抜・一次試験〔下〕
魁選抜の一次試験が始まって五日目。
私の出番は今日の二組目、つまり最終組での参加となっていた。
二日目に蒼士が他の受験者に怪我を負わせるという事態を招いたお陰で、雅章殿は朝廷から厳重注意を受け翌日より〝無意味に他者へ危害を加えることは禁ずる〟という規定項目が追加されたと聞いた。
蒼士は一応条件を満たしたため合格扱いとされたが、同じく厳しい忠告を受けていた。親子揃って説教を食らう様は見物だったであろうに、拝見できず実に残念だ。
ちなみに負傷した受験者たちは、幸い会場である紫宸殿の西南に位置する安福殿という殿舎には医師が控えており、直ぐに処置ができたため全員大事には至らなかったそうだ。
そもそもそれは内争に当たり、やってはならぬ暗黙の了解なのである。だからわざわざ規定する必要はないのだが、受かりたいばかりに暴走した蒼士も蒼士だ。子供でもあるまいに、最終的には華葉を手に入れるためなら人を殺めるのも惜しまないということか。そう思うと腸が煮えくり返りそうになる。
騒然とした二日目とは打って変わり、三日目と四日目は大した騒動が起きることもなく無事に済んだようだ。
そうして迎えた最終日。どうやら雅章殿は寮の受験生たちには私が受験することを一切明かしていないらしい。それも控え室も他の者とは別で用意される徹底ぶり。
これではまるで真打ち登場の扱いであり、私としては不本意だ。
こちらはそんなつもりはない。
「安曇拓磨殿、門まで集合願う」
お呼びがかかり私は置き畳から立ち上がると、その後へ続いた。
しかし後ろから衣の袖を引かれ、強制的に足を止められる。
『拓磨様』
私の動きを封じたのは共に連れてきた暁だった。
試験を受けることは今も雫と華葉には明かしておらず、今日も討伐任務と偽ってここへ来ている。そのため暁を屋敷に置いてきては不自然であり、必然的に従えたわけである。
ここ数十日は同じことを理由にして外出し、より過酷な鍛錬も積み重ねていた。心力は相生循環生成をすると最大値が膨大に増えるため、わざと消費量の多い術を連発して補う方法で上手く調整した。お陰で上限は増やさず質の良い心力を維持することができている。
『目的は桜の気、ですよね?』
私を見上げた不安に揺れる瞳に「そうだ」と返事をすれば良かったのだ。
簡単なことだったはずだ。――だが、できなかった。
「……行って参る」
そう一言残し暁の手を振り切ると、私は案内役の兵士の後へと続いた。
案内された先の門の前では、既に他の受験者四名が待機していた。その内の一人がこちらへ視線をやると、驚いたように目を見開いた。
「おい」と他の仲間たちに声をかけ、同じように私を見ては全員が顔を青くした。彼らはここでようやく私が受験することを知ったのである。
たじろぐ同僚たちを尻目に、素知らぬふりをするのは何とも気が重い。
だから特別は嫌だったのだ。
「最終組、入場せよ」
門の内側から聞き慣れた上官の声が聞こえると、再び兵士に連れられて中へと歩を進めた。各部署の責任者たちが控える幹部席から小さな歓声が沸くのが聞こえる。
雅章殿は我々を五角形の形に整列させると、今回の試験内容を聞かせた。どうやら今まで受けた者たちは口止めをされていたようで、ここにいる者の誰もが内容を聞くのは初めてだ。まぁ、予め内容の分かっている試験など意味がなかろうが。
一次試験は〝精神力の審査である〟と雅章殿は告げた。
なるほど、そちらの線から潰しにきたか。
「全員、簡易式神を一体出現させよ」
そう指示を受け、全員人形を手にすると心力を込めて式神を作り出した。童男童女、動物など姿形は様々だ。それを我々の外側で同じように五角形に整列させる。
恐らくこれは心力の安定性を見るものだ。あのお上の席に鎮座する方々は心力を感じることはできないであろうから、彼らのために具現化させたのであろう。
そうとすれば試験自体は〝想定外〟を演出してくるはずである。
「では、これより私が出現させる敵の襲撃から、その場より一歩も動かずに耐えよ。ただし今出現させた簡易式神は使用するのではなく、最後まで持続させることだ。術を使っても構わぬが、他の者を負傷させるのは反則とする」
最後の一文は誰かさんのせいで付け加えられたものであろう、雅章殿は少し苦々しい表情をしている。そして彼は小鬼の式神を三十体ほど出現させた。どの式神にもそれなりに雅章殿の心力が込められており手強そうだが、体の中に核である人形が薄ら見えていた。
目線の先に見える一本の木を見据えながら、私は小さく溜め息を吐いた。
……そうか。だが、ここまで来たら後には引けまい。
何より、これ以上あの男に全てを好きにされるわけにはいかぬ。
「では、始め!」
その一声で小鬼の式神が一斉に飛びかかり、他の受験者は先手必勝と言わんばかりに各々得意の術を発言した。
しかしその僅か数刻前、我々の周りを真っ黒な世界が囲い込んだ。
結界壁、陰仕様だ。それもほぼ暗闇に近いものである。
やはり仕掛けてきたか。
「何だ!? 何も見えないぞ!」
「小鬼はどこだ、これでは術をどこに……っ!? ぐはっ!」
周りの同僚たちは突然閉ざされた視界に、雅章殿の思惑どおり早速戸惑い始めていた。誰でも急に視覚を奪われれば混乱に陥るもの。ここで慌てて術を振りまいて無駄に心力を消費してしまっては、結果的に外の簡易式神は消滅するだろう。
だが躊躇すれば小鬼からの攻撃を食らい、この場から動かざるを得ない。小心者であれば視界が閉ざされた時点で既に逃げ惑っているであろう。
心力の気配を感じるあたり、この場に立っているのは私のみか。
その中から〝雅章殿の心力〟だけを汲み取る。二体ほど自分に接近していたが、瞬時に簡単な結界を張ったために無傷。
そう。この試験は冷静になれば、結界を張ってやり過ごせる単純なものだ。
だがそれだけでは面白くなかろう。私も己の力を見せねばならぬのでな。
「安曇式陰陽術――」
今、全ての小鬼の居場所を把握した。
しばらくして結界壁が解かれ視界が明るくなった。
陰仕様の結界壁は中の様子が見えないため、外の者たちは今初めて状況を知るわけだが、彼らはその光景を目にすると唖然としていた。
監督役である雅章殿も、上手く状況が掴めていないようである。
「これは……」
彼らが驚くのも無理はない。
雅章殿が出現させた小鬼で満たされていたはずの結界内は、全く違う式神によって制圧されていたのだ。規定どおり負傷者はいないものの、受験者たちはその新たな式神によって拘束されているのである。……私以外の者、は。
造作ないことだ。まず雅章殿の心力を認識し、小鬼の核である人形を根楼白槍にて突き全て撃破。代わりに私が新たに作った五十体の簡易式神で他の受験者の動きを封じたまでのこと。
傷つけなければ良いのであろう? という視線を雅章殿に向ければ、彼は苦笑して肩を落とした。恐らく雅章殿は全ての小鬼が倒されたことは感じ取っていたであろうが、私が逆に制圧するまでは読んでいなかったはずだ。
「そこまで。最終組、合格者は安曇拓磨、一名とする」
高らかに宣言された雅章殿の声に、再び幹部席から歓声が沸く。
涼しさの顔を見せ始めた夏風に、先ほど見た青い葉の木が揺れていた。
あれは華葉の桜ではない。それを承知の上で、私は試験を通過した。
◇
「ほう……。ではやはり安曇拓磨は、一枚上手なのであるな?」
「はい。私の出した小鬼の式神を的確に討ったのみならず、更に自ら大量の式神を作り出し内部を制圧した。あの一瞬で全てを冷静に判断する精神力が備わっているのは勿論、とんでもない心力の使い手です」
一次試験終了後、清涼殿にて帝を含む幹部との会合が開かれた。今回の試験を振り返って解説をすると共に、二次試験の内容を打ち合わせするためである。
一次試験の合格者は五十名中、たったの六名であった。その殆どが討伐任務を担う者たちだが、拓磨が教えた五感鍛錬の修行を行った者が暗闇に慣れたお陰で、一人だけ合格を勝ち取っていたのは意外だった。
しかし観衆の度肝を抜いたのは、やはり拓磨であろう。蒼士の強行と対照的に彼は穏やかな対処を見せ、評価は上々。
そうなると当然、蒼士の行動は余計に悪目立ちするもので。
「それにしても其方の息子には呆れたぞ。威勢が良いのは結構だが、自制できぬようでは困る。余の前で暴挙に及ぶなど次はないと思え」
「申し訳ございませぬ、肝に銘じたいと存じまする」
蒼士の阿呆め、また怒られたではないか。腹の中で毒突きながら私は帝に深々と頭を下げた。しかし蒼士の行動は私にも予想外だったのだ。
そんなに華葉を正室に迎えたいのか。嘉納のためが優先ではないのは気に入らぬが、野心が空回りしていては意味がない。
予想外は拓磨もだ。試験を受けるのは内裏に入る必要があっただけで、真面目に取り組むとは思っていなかった。だが特に何をする素振りもなく、試験も余裕で突破している。彼は本当に魁になるつもりなのか。
蒼士が魁になるのを阻止するためとも考えられるが、その程度で行動する性分ではない。
もしかして阻止したいのは、華葉を正室にされることか?
拓磨も華葉に惚れているとすれば。……いや、あの子は彼女が妖怪だと承知しているだろうに。
妖怪、華葉。
面白い存在だ。益々君のことが知りたくなったよ。




