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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻 ー魁争奪編ー
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第四十八話 生なる桜

「……巫女?」

「はい、拓磨たくまの式神の正体です! 本人も認めましたので、間違いないでしょう」


 翌日。いつものように息子(蒼士)と共に寮へ出仕して、御頭おかしらの間で書類に目を通していた私の元に、今日の任務を確認し終えた蒼士そうしが鼻息も荒めに再び現れてそう言った。

 自宅では仕事の話を控えている故、この機会を待っていたのであろうが……我が息子ながら何を言っておるのだ、こやつは。


 と言うか、もう調査はいらぬと指示したのに、まだ探っておったとは。


「認めた……、あの華葉かようが?」

「えぇ、そうです。って、父上も華葉と面識がおありなのですか?」


 しまった、蒼士の中では私はまだ華葉に会っていないことになっている。

 だがこの手の失態ならどうにでもなる。この子は私を信じて疑うことはない。


「いや、私には情報が色々入ってくるものだから、想像ができているだけだ」

「なるほど。確かに父上に集まる情報量なら、もはや会ったも同然ですね」


 息子が単純で良かった。

 しかし自分のことを巫女と偽るとは、華葉も面倒な細工をしてくれたものよ。どうしてそうなったかは知らぬが、ここは蒼士に合わせるしかないだろう。


「ありがとう、やはり其方そなたは優秀だな。彼女が巫女と分かっただけで十分だ」


 まだこの子には、彼女が妖怪であると知られるわけにはいかぬのだ。

 今度こそ彼には彼女の調査を打ち切ってもらわねば。余計なことをされては困る。


「何を仰いますか父上。僕は彼女の力があれば、我が嘉納家は更に繁栄できると考えます。我々が未来永劫に続くためにも、彼女は嘉納の元へ迎えるべきです」


 私の願いを他所に、瞳を爛々と輝かせて蒼士は熱弁を繰り広げている。

 もはや嫌な予感しかしなかった。


「父上、僕は彼女を(正室)に迎え入れようと思います!」

「…………本気か?」

「はいっ!」


 阿呆か、お前は。上手いこと言って女にうつつを抜かした言い訳にするでないわ。

 盛大に溜め息を吐きたいところだが、本人を前に全力で堪えた。


 何度も言うが華葉は巫女ではない。紛うことなき妖怪である。妖怪を娶るなど返って嘉納の恥に……いや、待てよ。もしかしたらこれは使えるかもしれぬ。

 拓磨を取り巻く者たちの結束力は強固なものである。いずれはあの関係を崩さねばならぬ時が来るだろう。その時、この子の要素は恐らく役に立つ。


「其方が決めたなら止めぬ。邁進まいしんして参れ」

「はっ! ありがとうございます!」


 息子の純粋な気持ちすら私の計画に利用するとは。

 雷龍らいりゅうの言うとおり、私は既に冷酷な悪鬼あっきなのかもしれない。


「そうだ。待ちなさい、蒼士」


 意気揚々と任務へ出掛けようとする蒼士を呼び止めると、満面の笑顔で彼は振り返った。……楽しそうだな。


さきがけの試験の日程が決まった。六月二十日から七月四日までの十四日間だ」

「随分先ですね。六月の行事後、七夕までに決める算段ですか」


 朝廷では何かと行事が多い。いくら雷龍の脅威があると言え、祭祀が優先とされる風潮なのだから仕方あるまい。帝の認証がなければ魁を決めることはできない。

 こればかりは上の者たちに委ねるしか手はないのである。


「時間はある、それまでに十分精進することだ。期待しておるぞ、蒼士」

「御意」


 軽く頭を下げると、彼は再度この部屋から退室していった。




 暁が今日も平癒殿へいゆでんを訪れる頃には、私はすっかり桜の葉を調べきってしまった。


 時刻はまだ昼前。彼女があの大量の葉を持ち込んだのは、およそ丸一日前。

 どれだけ自分が暇を持て余しているのかが伺えて、苦笑するところである。


『どうでした? 華葉の気は見つかりましたか?』


 茶を注ぐ暁の声に、部屋の外へ向けていた視線を彼女へ戻した。

 相変わらず今日も天気は快晴である。


「……いや、その中には見当らなかった」

『そうですか』


 私の言葉に暁は残念がるわけでもなく、素っ気ない表情で茶を差し出した。

 一見すると華葉のことを嫌っているのかとも取れる態度だが、多分そうゆうわけではない。屋敷の様子を聞くと、楽しそうに三人の出来事を聞かせてくれるのである。


 嫌いではないが、何となくまだ壁一枚を置いているといったところか。

 しかしこれは暁自身の気持ちの問題であり、私がとやかく言って解決するものではないだろう。時間で解決するしかない。


「どうやら私の見解が間違っていたようだな。忘れてくれ」


 とりあえず私は暁にそう告げた。


 今朝、私が平癒殿で療養するのは今日までで良いという医師くすしからの通達を受けていた。ここを出れば任務に戻らねばならない。

 詰まるところ、調べる桜も時間も残されていないということだ。もはや華葉の桜の力は別の何かから影響を受けていると考えるしかない。


『……拓磨様はそれで良いのですか?』

「良いも何も、もう調べる桜はないのだからどうしようも……あ」


 茶をすすりながら私はあることを思い出した。

 この都には我々下級の者が立ち入れない場所がある。それは空を飛行する暁も例外ではない。


 帝の私的区域、内裏だ。

 当然その内部を目にしたことはないが、帝の住まいにも花見をするために桜はあるだろう。それにあの空間は神聖な場所とされており、華葉に対する何らかの力が働いている可能性は十分考えられる。調べてみる価値は大いにあるだろう。


 だが問題はどう潜入するかだ。帯刀すら許されないほど、厳重に警戒が敷かれている場所である。内裏内に友人でもいない限り、私が招かれるのは難しい。


 知り合いで唯一それができるのは陰陽頭おんみょうのかみだが、奴に頼むのは論外だ。


『調べてない桜なら、もう一本ありますよ。拓磨様』


 悶々と悩む私に暁のそんな言葉が耳に入った。

 どこの桜だ? と問いかけると、彼女は少し口にし辛そうに続けた。


『拓磨様のお屋敷の、お母様の桜です』


 それを聞いた途端、美しい桜の姿が脳裏に浮かんで消え、胸がキリリと痛んだ。

 あぁ、確かに私の屋敷にもある。……否、〝あった〟と言うべきか。


「気にする必要はない、あれは調べなくて良い。既にもう生きてはおらぬ」

『そんな、まだ調べてみないと――』

「調べたさ、これまでも何度も」


 雷龍の襲撃を受けてから、僅かな可能性を信じて、あの桜から気を探った。いずれまた芽吹くのでは、と何度も。だが結局あの桜から気を感じることはなかった。

 華葉に力を与えている桜があるとすれば、それは今も()()()()()桜だ。既に生気を失った桜を調べたところで意味はない。勿論、あの桜の生命力を諦めたわけではないが、今は〝死んでいる〟と言わざるを得ない状況だ。


 とは言えいずれにせよ私は、あの桜を植え替えるつもりは今もない。多分この先もその思いは変わらぬ。あれが母上の形見であることに違いはないのだから。


『分かってますけど……、悲しいじゃないですか』

「伏せっても仕方なかろう。それより内裏に潜入する方法を考えねば」


 気を落とす暁を諭して、ひとまず頭の中を内裏の桜に戻す。今なによりも可能性があるのはそちらである。

 そんな時、平癒殿に雅章殿(あの男)が再び姿を現した。


「やぁ、拓磨。調子はどうだい?」


 相変わらず涼しい顔をしてのご登場である。

 条件反射で奴を睨みつけるのだが、全く通用しないのが更に腹が立つ。調子はどうも何も、お前には全て報告が入るのだから知っておろうが。


「おや、不機嫌そうだね」

「そんなことはない気のせいであろう、それで何かご用で?」


 いつもどおり端的に用件を聞き出すと、雅章殿は苦笑した。


「そんなに目くじらを立てないでおくれよ。一応、君に知らせておこうと思って」


 私と雅章殿の間に挟まれて暁はオロオロしていた。彼女には申し訳ないと思いながらも、私は無言でこの男の言葉の続きを待つ。


「魁の試験日程が決まった、六月二十日から七月四日だ。それまでに君がもし、その気になれば――」

「な・り・ま・せ・ぬ」


 即答で返すと雅章殿はまた寂しそうに「だよねぇ」と呟いて肩を落とした。この男はどうしても私に試験に参加をさせたいらしい。

 何か思惑があるのか? 蒼士が取れば魁も陰陽頭も嘉納が占めてご満悦だろうに。策略があるとすれば尚更、奴の手の内に嵌まるわけにはいかない。既に華葉の正体とて奴の手中にあるのだから。


 しかし私は、その魁のことでこの男に聞いておきたいことがある。

 ……否、確かめねばならぬ。


「邪魔したね、拓磨。明日からまた任務を頼むよ」

「待ってくれ。一つだけ尋ねたいことがある」


 呼び止められた雅章殿は不思議そうな表情で振り返った。


「魁の解禁を、帝は本当に承知されたのか?」


 そう告げた途端に、あの男の顔色が少し曇る。

 微笑んではいるものの、冷たい空気が流れるのを感じた。


「どうゆう意味かな? 当然であろう、幹部の者を含め満場一致のご決断だ」

「それはそれは、失礼」


 そう言って頭を軽く下げると、雅章殿は怪訝な顔をするものの平癒殿を後にした。

 なるほど。〝幹部の者〟を含め満場一致、か。


(幹部全員に〝都の安泰〟を求められれば、帝も承諾せざるを得ぬな)


 魁を停止した真の理由を知る者は、帝を除いて他にはいない。

 もし仮に、魁解禁の議題の席で()()()しゅを使い〝賛成〟に同意するよう操ったとするならば。


 それは、帝を除く幹部全員が対象者……ということである。


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