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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第三幕 散舞 ~散れども終わらざりし時~ 上の巻 ー魁争奪編ー
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第四十一話 和邇討伐を経て

 平安京、内裏。

 帝の御殿・清涼殿(せいりょうでん)にて、各部門を統括する上流貴族たちが軒並み顔を揃え、物々しい空気に包まれていた。


 対面側の御簾みすの向こうには当然、帝の姿もある。

 貴族たちは暫くざわついていたが、最後の出席者である私がそこへ姿を現すとピタリとその声は静まった。


 その中には先日拓磨がしゅ討伐を行った大納言殿の姿もある。拓磨が真面目に其方そなたの奥方の秘密を守り、ここにいられて良かったですなぁ。……と言ってやりたいところだが、私は善良な陰陽頭おんみょうのかみ。ここはぐっと我慢する。

 大納言殿も私だけには報告が上がることを知っているだろうから、心中穏やかではなかろうな。チラチラとこちらを見てきておるのが可笑しくてたまらない。


 そんな中を涼しい顔で颯爽と歩き、帝の前へ腰を下ろして頭を垂れた。


「遅いぞ、陰陽頭よ。此度(こたび)は大切な朝廷定例議会であるぞ。遅刻は許さぬ」

「は、ご無礼いたしました。いささか緊急事態がございまして」


 重々しく申し上げると、帝はすぐに反応を示した。


「何事か。やむを得ん、其方から報告を申せ」

「御意。実は、我が陰陽連の陰陽師、安曇拓磨(あずみのたくま)が妖怪討伐にて重傷を負いました。既に医師(くすし)と陰陽師の治療を受けており、恐らく命に別状はないかと存じますが、まだ意識は戻りませぬ」


 それを聞いた貴族たちは、再び一斉に騒ぎ始めた。拓磨の腕は内裏でも有名だ。その彼が重傷を負ったとあれば、相手はそれ相当の妖怪であるということなど、権力馬鹿の上流貴族(こやつら)にも分かるであろう。

 ……おっと、これは失言。


「なんと……。すると今回の雷龍(らいりゅう)の一件は、やはりただ事ではないということか」


 この定期的に開かれる議会では勿論だが、重要事項は都度全て帝へ報告される。

 当然のことながら雷龍に関する情報もその対象だ。奴の出現以降、通常の妖怪にも力が増していることも帝は認識している。


「仰せの通りです。そして今回の議会にて、私は一つの提案を帝と皆様にご承認いただきたい」


 ゆっくりと面を上げ、御簾の向こうで一瞬震えたであろう帝を見据えた。

 案の定、帝は恐る恐る用件を問う。


 私は誰にも分からぬよう、ニヤリと口角を上げた。


「陰陽第一者の位、〝(さきがけ)〟の解禁でございます」




 目覚めると、いつかとまた同じ天井があった。

 陰陽寮、平癒殿へいゆでん。どうやら私は再びここへ運ばれてしまったらしい。


 右肩に鈍痛が走るが、動けないわけではなかった。とは言え長く眠っていたのか、力が上手く入らず、体を起すことはできない。

 和邇ワニの妖術に貫かれた右肩には、包帯を巻かれる処置がされていた。不覚を取り、短期間で二度も寮に運ばれるとは情けない。


 あれからどれくらいの時間が経ったのか。

 それにあの後、一体どうなってここに来たのか。


『拓磨様……!』


 仰向けで寝ている足元の方から、足早に駆けて一人の女性が姿を現した。彼女がここにいるのは不思議だが、それでも見慣れたその姿に安堵する自分がいる。


「暁……」

『お身体はもう大丈夫ですか? 五日も目を覚まさないので、とても心配しました。でも、良かったです……』


 涙目になりながら、それでも暁は嬉しそうに微笑んだ。水や白粥といった食料と、手ぬぐいが乗った盆を手にしている。なるほど、どうやら彼女が付きっきりで看病をしてくれていたようだ。

 彼女がいるということは、心力しんりょくはまだ十分保有しているらしい。五日という間も気の収集をしていないのに、クソ親父が記した相生そうしょう収集とは恐ろしいほどの効果を出している。


「私はどうやってここに来た?」


 とりあえず頭の中を整理するために、私は暁に尋ねた。

 彼女はその場に腰を下ろし、手にしていた盆を床に置いて正座した。


雅章まさあき様のお力で、あの方の式神に運ばれて参りました。出血が酷かったので雅章様が心力で止血なさり、あとは医師の方々が治療してくださいました』


 雅章殿が……?

 普段あの男は寮内に在中しており、現場に姿を見せることは滅多にない。司令塔が席にいなくては組織を動かせぬであろう。そのような者がなぜ庶民たちの住み所などにいたのだろうか。偶然にしては不自然だ。


 否、あの場に雅章殿がいたということは。


華葉かよう……。華葉はどうなった!?」


 私のすぐ傍には華葉がいた。ならば雅章殿は華葉に会ったのではないのか。

 それだけならばまだしも、彼女は妖術を使って和邇を討伐していた。


 ――待て。落ち着け、良く思い出せ。


 あの時、周りには他の陰陽師や検非違使けびいしたちもいた。だが彼らは華葉が妖術を使う様子は見ていないだろう。

 何故ならば彼らを覆っていた結界壁けっかいへきが、一瞬にして全ていん仕様に反転したからだ。意識が遠のく中で私は確かにそれを目にしたのだが、そんなこと彼らがわざわざする理由はない。


 あれは……あの者たちの目から、華葉を隠すためのものだ。

 それをやったのは恐らく――。


『華葉は雅章様に引き取られる拓磨様を見送った後、屋敷に帰しました。あの場にいても呆然としていて足手まといなだけですので』


 私は暁の淡々とした答えを聞き、私の思考は一旦止まった。それは明らかに彼女自身もその場にいた物言いだった。確か暁は朝からこの陰陽寮へ代理報告をしに来ていたはずだ。その後現場に来た姿を私は見ていない。

 いよいよ何が何だか分からなくなってきた。当の暁はまたふて腐れたように顔を伏せている。華葉とは仲直りをしたと思っていたが、また機嫌を損ねたのだろうか?


 一先ず何があったのか詳細を尋ねようとした時だった。


「たぁ~~~くぅ~~~まぁ~~~~……」


 呪いのような声が、再び足元から聞こえた。

 また面倒くさい奴がやってきたようだ。もう既に思考が破裂しそうなのだから、今は勘弁してほしいのだが。


「貴様、一体式神にどんな教育をしているのだ!?」


 大層な足音を立てて平癒殿に乗り込んできた奴は、怪我人を前にして大きな声を張り上げた。しかし呆れながらも奴の顔を見た私は、思わず拍子抜けしてしまった。

 額に傷の手当をした形跡があったのである。


蒼士そうし……その額はどうした」

「どうしたも何もあるか! そこの貴様の赤鳥が僕に突っ込んできたのだ! とんでもない飛行をしおって、僕の美貌に傷が残ったらどうしてくれるのか!?」


 どうもしない。


 ……という言葉を飲み込んで、その後も罵詈雑言を並べる奴の声に耳を塞ぎながら、私は暁の顔を見た。誰かに突っ込むなどと、暁がそんな危険な飛行をするとは到底思えない。

 彼女は罰が悪そうに顔を背けている。これは、まさか。


「――のであろうが、絶対に負けぬからな!?」


 残念ながら全く聞いていなかったが、どうせ任務を奪うとかそんな内容だろう。

 兎に角このややこしい男を追い出さなければ、話は進まなさそうだ。


「あぁ分かったから、もう出ていってくれ。お前の声は傷に障る」

「何だとぅ!?」


 頭から煙が出そうな蒼士を、暁に目配せして何とか追い出させた。いつか華葉が奴のことを〝猿〟と言っていたが、(あなが)ち間違った例えではないと思う。


 再び平癒殿に静寂が訪れる。

 気まずい様子で私の傍に戻ってくる暁に、単刀直入に尋ねた。


「暁、蒼士を止めたのだな?」


 図星。という言葉が似合うほど、彼女は肩を大きく揺らした。


『べ、別にそうゆうわけでは』

「隠す必要なかろう。お前は寮から戻る途中で、和邇の妖気に気づいたはずだ。当然お前もそこに向かうが、その時に空から蒼士の姿を見つけたのであろう?」


 暁の妖気探知能力であれば、和邇の大きな妖気に気づくのは必至。空から向かえばそこに私と華葉の姿、そして遅れて討伐へ向かう蒼士の姿を見たのであろう。

 周りにいる陰陽師はさて置いても、蒼士なら華葉と共に戦えば彼女の正体に気づかないわけがない。華葉が式神でなく、妖怪であるということに。


 つまり暁は、華葉に蒼士を近づけさせないために、敢えて自ら突っ込んだのだ。


『だって……華葉は、家族です、から』


 照れくさそうに呟く暁。

 どうやら、私の心配は無用であったらしい。


 ならば華葉を屋敷へ帰したのも、雅章殿や他の陰陽師たちから守るためであろう。なんだかんだ言っても、暁も華葉を大切な家族と認識してくれていたのだ。

 嬉しく思った私は暁の手を握り礼を言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。


『じゃ、じゃあ私は一度屋敷に戻りますねっ。拓磨様が目覚めたと教えなければ』

「お前はその連絡役もしているのか。世話かけてすまないな」


 照れを隠すようにそそくさと山鳥の姿になり、今にも飛び立とうとする暁を私は呼び止めた。


「皆に伝えておけ。……雅章殿には注意しろ、と」


 暁は首を傾げたが、小さく頷くと空へ舞い上がっていった。


 そう、これはあくまで私の推測。

 だがあの時、結界壁を陰仕様にしたのは、恐らく雅章殿だ。


 それをあの男がする必要はただ一つ。



 ――陰陽頭・嘉納雅章は、華葉が妖怪であると知っている。


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