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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第二幕 開花 ~絢爛、咲き乱れの時~
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第四十話  お前の正体は

「クソ、また出遅れたではないか! 急ぐぞ、闇烏(やみがらす)


 強力な妖気を感じてから既に半刻(一時間)ほどが過ぎていた。普段なら気を察知した時点ですぐに現場に駆けつけるのが討伐班の務めであるが、こんな時に限って祈祷の任務が入っていた。それも投げ出すことは許されない上流貴族の依頼だ。

 僕ほどの力量であれば当然の任命であるが、それが裏目に出るとは何たる不覚!


「どうせ既に拓磨(たくま)が駆けつけ……何だ?」


 空の彼方、赤い点が弾丸のように飛んでいるのが見えた。と言うか、それはご丁寧にこちらへ向かって突進してきている。

 まさか隕石か? とも思ったが、次第にその姿は鮮明に目に映った。


 いやいやいや、あの赤はどう見ても。


「ば、馬鹿! 赤鳥、止ま――」

蒼士(そうし)殿ぉッ!』


 忠告も空しく、鬼の形相をした拓磨の式神・赤鳥と僕は、回避する間もなく真正面から衝突した。



 できるだけ、極限まで、引きつける。


 苦しそうな表情を浮かべながらも、華葉(かよう)は周りの陰陽師たちに(もく)の気を送った。

 彼らはその気を心力(しんりょく)に変え、余すことなく使い降り注ぐ岩の雨を阻止している。


 次第に和邇(ワニ)にも疲れが出てきたのか、もしくは妖力が限界に近づいているか、初見で見た時よりも技の勢いが僅かに減少しているように感じた。それを踏まえて、これが最後の勝機。

 岩の瓦礫と粉末が作る砂嵐の隙間から、私は目を閉じ()()()を探りながら頃合いを見計らっていた。今は夜ではないが、ここは都の中心部。どこかで必ずソレは使われているはずだ。


 研ぎ澄まされた感覚に、求めていたその灯が流れ込む。


『もう、いい加減小賢しいわ!!』


 なかなか進展しない戦いに痺れを切らしたのか、術を切り替えるために和邇が一瞬、雲母(うんも)乱石斧(らんせきふ)の術を解いた。

 ……ここだ!


「安曇式陰陽術、紅火旋風(こうかせんぷう)……!」

『何!?』


 掌握したの気を使った術の発言と共に、和邇の周囲を炎の渦が包囲した。白狼(はくろう)戦で使った業火幽壁(ごうかゆうへき)ほどの壮大さはないが、その代わり火壁よりも高温の炎を作り出すことができる。

 だが奴は突然己を囲んだ炎に驚きの声を上げたものの、それ以上動じる様子は見せなかった。


『無駄だ、こんな炎では我を焼き殺せぬぞ!』


 奴は紅火旋風と自分の間に蛇紋(じゃもん)葉脈壁(ようみゃくへき)を発動した。私が更に心力を上乗せして火力を上げると、炎は轟々と音を立てて燃え上がり、辺りの景色を揺らした。

 皆が固唾を飲んで見守る中、奴を守る岩の壁が赤く色づき始めたのを見極め、私は自身と華葉を守っていた結界壁(けっかいへき)を解いた。紅火旋風はまだ維持しながら、もう一枚の護符を取り出す。


 これに残りの心力を半分以上を込める。


「安曇式陰陽術、根楼水槍(こんろうすいそう)!!」


 既に一度見ている術が放たれたことに和邇は呆れたのか、岩の隙間から鼻で笑う声がした。


『何度やっても同じこと……!?』

「おぉおおおおおッ!!」


 水槍の先が届く直前、消失する炎。

 槍の切っ先が岩壁を砕き、露呈する和邇(ヤツ)の姿。

 それでも奴は余裕の表情だった。


 その慢心を裏切り、水槍は奴を四方から串刺しにした。

 紅火の高熱に当てられた岩の鱗を、水の気が急激に冷やしたことで脆弱化させ、今度こそ打ち砕いたのだ。


『ば、馬鹿な……』


 黒い溶岩のような血を吐き、和邇は倒れた。私は短時間で複数の術を繰り出した疲労感に、その場で片膝を付く。

 砂埃の霞が引き始め、暫しの静寂に包まれると、満身創痍であるはずの周りの者たちが一斉に歓喜の声を上げた。


「うおおおおお! ぃやったぁああ!!」

「やりましたね、拓磨殿!」


 そう満面の笑みを向けられて反射的に肩が跳ね上がった。見渡せば涙ぐんでいる者もいれば、陰陽師や検非違使(けびいし)などと構わず抱き合って喜んでいる者もいた。

 怪我人や家屋の損害はあるが、皆があらゆる手を尽くし死者は出ていないようだった。あれほどの妖気の持ち主を相手に好成績だと言っても良いだろう。


 しかし、たかが妖怪一匹にこの盛り上がりよう。

 下級の者たちが大げさな……と思っていた。


 ――少し前の私なら。


「あぁ、そうだな」


 お前たちが、必死に援護してくれた、お陰だ。


 ふぅと一息吐いたところで背後を振り返ると、虚ろな顔をした華葉がドサリと地面に倒れ込んだ。それに驚き慌てて彼女の元へ駆け寄り、その上半身を抱き起こした。

 顔色は悪く、息苦しそうにしている。かなり無茶をさせてしまったようだ。


「華葉、大丈夫か!?」

「拓磨……良かった、お前が無事、で――」


 弱々しい声を聞いた直後だった。


『ぐ……、妖術・流紋(りゅうもん)溶岩弾(ようがんだん)……ッ!!』

「――ッ!?」


 確実に討ったと思って油断していた。和邇の声が聞こえたと同時に、右肩に激痛が走ったのだ。飛んできた黒い液体と共に、赤い飛沫が華葉の衣服と地面を汚した。

 まさか、自分が吐いた血で妖術を……!?


「拓磨……ッ!」

「ぐぅっ……」


 華葉の悲痛な叫びに歓喜に沸いていた声が止み、周囲の者たちは完全に凍り付いていた。その光景が横転するのを見ながら、私は地面に突っ伏してしまった。肩から容赦なく体中の血液が抜けていくのが分かる。

 逆転して華葉は体を起して私を抱き、体を揺すっていた。マズい、流石にこの状態では動けない。それに私を含め他の者も殆ど心力切れ、華葉ももう限界であろう。


『こうなったら、貴様らも……道連れだぁ――――!!』


 和邇が叫んだ瞬間。

 花嵐が吹き荒れ、奴のものではない妖美な気が膨れ上がった。


 それからは一瞬にして事が過ぎた。

 妖気が現れた直後、誰の仕業か私以外の周囲の者たちを(いん)仕様の結界壁が包み込んだ。何故そんな現象が起きたのか、それに構う余地なく激昂した華葉が和邇に振り返ると、素早く立ち上がり、再度襲いかかる血液の術に手をかざし叫ぶ。


 桜妖術、一の()桜蕾妖受(おうらいようじゅ)――。

 相手の妖術を余すことなく包み込み、植物の蕾で埋め尽くす彼女の術。それは和邇が放った術のみならず、それを伝って奴の口内、および体中を覆い尽くす。


 流石に和邇は慌てふためきだしたが、時既に遅し。自分より巨大な妖気を前に、奴に成せることなど何もない。


『あが、あがが……』

「桜妖術、三の技! 桜花散舞(おうかさんぶ)ッ!!」


 二の術を飛ばしたが蕾は力強く一気に咲き誇り、かと思うと瞬く間に和邇の体を分解して霧散させ、花びらと共に舞い上がった。

 空へ吸収されていく薄紅色の結晶を、朦朧とする意識で見つめる。


 ――あぁ、何と美しい。


 花霞が消える頃、視界に再び華葉の姿が映った。私を抱き起こす彼女の目には、妖怪とは無縁であろう大粒の雫が溢れていた。


 先ほどまでの威勢は何処へやら、クシャクシャに顔を歪めて泣く華葉。

 呼吸は苦しく、身体も悲鳴を上げているのに、何故か笑いが込み上げてきた。


 必死に私の名前を連呼する華葉の頬を、肩の痛みに耐えつつ撫でる。

 それは想像以上に暖かく感じた。


「お前は綺麗だ、(やま)しい妖怪などではない」


 お前の妖術のように。この溢れる涙のように。

 私が好きなあの花のように、穢れのない存在だと伝えたい。


 彼女の琥珀の瞳が、大きく見開かれる。


「お前は、桜だ。華葉……――」

「……拓磨? ッおい、拓磨!」


 鼻を掠める春の香りを感じながら、私はそこで意識を手放した。




 沈み返った妖怪討伐の現場。二人を残しその周囲には、半球体状の黒い結界が数個並んでいる。それを発動したのはこの二人でも、中にいる陰陽師たちでもない。

 既にこの場に出現した妖怪の姿はないが、その妖怪より遙かに大きな妖気が場を包んでいた。


 横たわる男の傍らに、妖気に見合わぬ可憐な姿で泣きじゃくる女。止血をしようとしているのか、手が真っ赤に染まるのも構わず、貫かれた男の肩を必死に押さえていた。


 一人の背の高い男が二人に近づく。彼とて拓磨を死なせるわけにはいかなかった。

 気配に気づいた華葉は勢いよく振り返るが、その時には既に男は彼女の背後にしゃがんでおり、彼女の背にそっと触れていた。


 男は華葉に、式神擬態の護符を貼り直したのだ。


「こんにちは、華葉さん。初めましての方が良いかな?」

「誰だ、お前は!?」


 当然の如く華葉は酷く警戒したが、男は両手を挙げて無危害であることを示した。その表情は穏やかで、感じの良さそうな壮年だ。


「ご安心を、私はその子の保護者だよ。君とは色々話をしたいのだが、今は早く彼を手当しないと、流石にこのままでは死んでしまう」

「駄目だ、拓磨が死ぬなんて嫌だ! 早く助けてくれ」


 彼女の涙ながらの訴えに、男は「勿論」と微笑んだ。

 男は何枚か人形(ひとかた)を取り出すと、その全てを人間の式神に変えた。男の指示で式神たちは拓磨を担ぎ、何処かへ運ぼうとする。


「お前、陰陽師なのか……?」

「まあな。とりあえず拓磨君を引き取っていくよ、心配せずに彼の屋敷で待っておいで。君とは、またいずれ」


 そう言って男は扇を取り出すと、周囲の結界を切り開くように勢いよく横に素振りした。すると結界が破れ、中から他の陰陽師や検非違使たちが現れて一斉に前へ突っ伏した。どうやら全員、内側から結界を叩いていたらしい。

 その内の何人かの陰陽師が、男の姿を見つけるや否や、駆けつけてきて「雅章(まさあき)様!」と呼ぶのだ。


(雅章……? この男の顔、どこかで……)


 不思議そうに男の顔を覗く華葉に、雅章は微笑み返して丁寧に一礼すると、式神と拓磨を連れて陰陽寮へと向かった。

 華葉はその背中が見えなくなるまで、黙って一人見つめていた。



 さて、彼女が知らずに育てた蕾は、無事花開いた。

 花はどこで開いたのか、そしてこの先どう散りゆくのか。


 お楽しみは、まだまだこれから――。




【第二幕 開花 ~絢爛、咲き乱れの時~】


ご愛読くださる皆様、いつもありがとうござます。筆者の貴良です。


第二幕、無事に四十話で終わらせることができました。本作はアクションバトルが主体ですが、恋愛要素も二幕より色濃くなってきております。少しずつ縮まる二人の距離に、少しでも「きゅん」としていただければ嬉しいです。


次回、いよいよ最終幕の第三幕。ここからまだ怒濤の展開をしていく予定です。

果たして拓磨と華葉の運命は。雷龍は無事倒せるのか。乞うご期待ください!


お気に召しましたら、ご感想・ご評価・ランキング投票などお寄せいただけますと励みになります。

最後まで応援、どうぞよろしくお願いいたします。

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