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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第二幕 開花 ~絢爛、咲き乱れの時~
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第三十四話 主犯者

 鮮やかな光を感じ、目を覚ます。

 昨晩の疲労が残っているのか、肩の倦怠感に軽く腕を回しながら御帳台(みちょうだい)(寝床)の天蓋(てんがい)を開くと、既に太陽が地平線から空へ出発した後だった。いつもは私の方が早く鍛錬を始めるが、今日は負けということか。

 寝る前には閉まっていたはずの御簾(みす)が開いている。夏が訪れたこともあり、寝殿に風を通すために雫が上げたのだろう。


 昨晩、(しゅ)の討伐任務から戻り雫を再召喚した後、数刻も経たないうちに眠りに就いた。体力の限界ではなく、精神的な疲労で寝落ちしてしまったらしい。


拓磨(たくま)様、おはようございます。粥を作りましたわ、お召し上がりになりますか?』


 背後からかけられた声に振り返ると、袖をたすき掛けでまとめた姿の雫が、いつもと変わらぬ笑顔で正座していた。


「あぁ、いただこう」


 そう答えると、雫はまた再びニッコリと微笑んだ。



 お盆を並べ雫と向かい合い、二人で軽食を囲む。本来式神に飲食は不要だが、飲食自体は可能で摂っても支障はない。彼女は私に付き合ってくれているだけである。

 ちなみに朝起きた後に口にするのは簡単な食事であり、朝食とは呼ばない。人によっては摂らない者もおり、昼の時間帯に摂る食事を我々は朝食という。


 他の二人はと言うと、暁には任務報告をするよう頼んであり、恐らく既に陰陽寮へ向かっている。華葉(かよう)はまだ就寝中であろう。普段なら共に食事するよう叩き起こすが、今日に限ってはそっとしておいている。

 暁が戻った際の報告によっては、私と彼女の運命は大きく変わるはずだ。もしこれが最後となるならば、ゆっくり休ませてやりたい。


「お前にはまだ詳細は話していないな、雫」

『えぇ、お話いただけますか? 私は常に覚悟をしておりますわ』


 その言葉を聞いて、私は箸を一旦膳の上に置いた。

 昨晩雫には詳しい説明もせずに床に就いてしまった。いつもなら暁が先に言ってしまうが、既に経緯を知っている彼女は機嫌を損ねて口を閉ざしていた。華葉に至っても責任を感じてかなり落ち込んでおり、恐らく大した話をしていないだろう。


 どの道、これはきちんと主から説明するべき事項だ。

 私は昨晩の出来事を雫に話し始めた。


 大納言邸にて美月(みづき)の呪討伐任務に当たった我々は、実際呪にかけられていたのは母親の方であると見破り、呪詛(じゅそ)返しを行い任務としては無事に果たした。

 だが討伐中、華葉が無意識と言えど妖術を使ってしまった。結果として美月を救えたが、自らを妖怪と明かしてしまったその代償は大きいものだ。


 真っ先に懸念すべきは、美月の母親に呪をかけた陰陽師(犯人)

 当然奴は全てを見ており、華葉の正体を知ったはずだ。


 我々にとって妖怪は全て討伐すべき存在、敵と手を組むなど処罰に値する。陰陽連に報告すれば、陰陽師としての資格を失い、罪人となるだろう。当然、華葉は討伐対象だ。


『……暁と華葉の元気がないはずですわ』

「暁とお前は消滅し、華葉は殺されるからな」


 だが望みはあった。残された手は犯人の口止めをすることにあり、幸いあの時点で相手の正体は掴んでいたのだ。それは途中、暁を放った成果だ。


 美月に呪の正体を探る術をかけた時、口から湧き出た魑魅魍魎(ちみもうりょう)を倒す中、私は微かな匂いを捉えた。それは初夏に咲き始め、桜のような薄紅色の花を咲かせる植物――笹由理(ササユリ)の香りであった。

 芳醇な香りで人気のある由理だが、屋敷に植える者は珍しい。恐らく犯人が術を飛ばす際に、その香りの強さ故に紛れてきたのだろう。そこで私は暁に庭で笹由理を育てている陰陽師の屋敷を探させた、というわけだ。


 しかし庭に生えた花の僅かな香りを感じられるとは、五感鍛錬の賜と言えど犬並の嗅覚……我ながら恐れ入る。


『では、その方の屋敷へ向かわれたのですか?』

「あぁ。呪は禁忌であり重罪……それを見過ごす条件を出せば、相手にも悪い話ではないから交渉の余地はある。真っ当な陰陽師としてはお互い失格だがな」


 相手は呪詛返しを食らい少なからず負傷をしている。その理由を述べなければならなくなるため、陰陽連へ報告をするにしても明朝以降であろうと踏んだ。第一、夜中に出仕したところで宿直(とのい)(夜間警備)の者ぐらいしかおらず意味がない。

 だから軽く後始末をした後、直ぐに犯人の屋敷に向かった。


 だが我々が乗り込んだ時には、奴は事切れていた。

 短刀が転がり、腹は切り裂かれ血まみれの姿……、自害と思われた。


『そんな……。己の罪に(さいな)まれ、でしょうか』

「それほどの小心者であれば、そもそも呪などに手は出さぬ。――操られていなければ、な」


 そう、そこには僅かに別の呪の気配が残されていた。つまり奴自身も何者かに操られていたのだ。恐らく奴の正体が私に割れたと察知し、先に口封じされたものと思われる。

 要は奴がその主犯となる人物に華葉のことを話していなければ、まだ陰陽連には知られていない可能性があるということ。


 私が陰陽師でなくなり、華葉は始末されるのか。

 このままの日常が続けられるのか。


 全ては暁が任務報告する際、陰陽連(むこう)が何を告げるかによる。


 今回ばかりは私が直々に任務報告することも考えたが、普段と違うことをすれば逆に怪しまれる危険もあり、結局まずは暁に任せて様子を見ることにした。以前に余計なことを口にして謹慎が伸びたことがあったが、同じ過ちを犯すほど幼稚ではない。

 もし華葉について知られているならば私が呼び出されるだろうし、なければそれで報告は終わりだ。


『それにしても、何故その方は操られ、大納言の妻(お方様)を呪にかけたのでしょう』


 雫は顎に指を当て眉を潜めた。確かに今回の任務での謎はそこだ。母親側は呪にかかる要因があったのだろうが、かけた側の意図は見えない。残念ながら残された呪からはそれ以上の追跡はできなかった。かなりの手の者だ。

 雷龍(らいりゅう)の出現から今回の件と言い、何か裏で厄介なものが動いている気がしてならない。まさか……いや、これは私のただの妄想だ。


 それより、解決すべきはもう一つある。


 暗転させた結界壁けっかいへきの外では様子も音も伺えず、大納言を始め外にいた者は中で何が起こったのか知らない。また彼らには気を察知する能力もない。

 故にあの屋敷内の人間で華葉が妖怪であると知ったのは、呪として対峙した美月と彼女を操っていた母親だけである。昨晩は二人とも気絶してしまったため、これから対処に向かうのだが、果たして二人は……美月は何と言うか。


 恐らく他言をすることはない。

 粗方、予測はできている。それを華葉は受け入れなければならない。


「取りあえず、暁の帰りを待とう。……雫、そろそろ華葉を起こしてきてくれ」

『承知しましたわ』


 食べ終わった軽食のお盆を持ち、雫は屋敷の奥へと向かった。



 昨晩は存分に楽しかった。


 あんなにも早く術者を特定されるとは……流石は都随一の陰陽師だ。念のため犯人()の屋敷に見張りの(式神)を置いて正解だった。

 偵察に来た暁の気配に気付けなければ、拓磨に先を越されていたところだ。あの子と接触すれば、私の正体が分かってしまうのも時間の問題。いずれ暴かれるにせよ、まだもう暫くは伏せておきたいのだ。


 生憎、元々彼には期待をしておらぬでな。昨晩の内に呪詛返しをされるであろうと思うておった。呪を二重がけにして目眩まししたようだが、そのような手に拓磨が引っかかるわけなかろう。

 一度は惑わせたとしても、次の瞬間には見破られるのが明白。まぁ由理の香りで正体が割れるとは想定外だが。


「とんでもない感覚を身につけたようだな、拓磨よ」


 其方そなたの力量を確認するために危険を冒して良かった。そのための方法ならば、何だって良かったのだ。人が死のうが知ったことではない。

 雷龍が現れて、お前は更に強くなるだろうと思っていた。だが今はまだ五感を磨いたにすぎないこと……慌てるな。あぁ、次は是非この目で確かめたい。


 しかし驚いたな、お前の式神が妖怪であったとは。

 私に始末される前、彼が必死になって話してくれたよ。


〝拓磨の新たな式神は妖怪です! それも相当の妖気を有しており、式神の気を纏わせ我々を欺いております! 私ならば更にあの男を探れます、ですから今一度……――!!〟


 駄目ではないか、優等生の其方がそんな悪さをしては。陰陽連に知られたらどうするつもりか。大切な式神(家族)を失っても良いと?

 あまりに可哀相だ。それにまだ陰陽師を辞めてもらっては困るのだよ、私が。


 案ずるな拓磨、これは暫く表に出さないであげよう。

 面白くなるのはこれからなのだ。


 だからそちらは上手くやっておくれよ。


「父上、拓磨の赤鳥が任務報告に来ております。通してもよろしいですか?」

「あぁ構わぬ。入れておくれ、蒼士(そうし)


 そう返事をすると、息子は一礼をして暁を迎えにいった。


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