第二十三話 心力を作る方法
〝多量の心力を消費しながら、多量の心力を作り上げる〟
そう告げて中庭のド真ん中を陣取った私の後に、華葉・暁・雫の三人娘が続いてやってきた。
その様子を後ろ目で確認しながら、ふぅと小さく溜め息を吐きつつ空を見上げる。
雷龍の一戦後、早朝の修行をしながらずっと考えていた。どうやったら奴に勝てるのか、どうすればもっと強くなれるのか。
雷龍の妖力は桁違いだ。何らかの理由で父上から奪った心力の分が減っていたとしても、今の私が持つ心力では到底敵うものではない。それは先日の戦闘でも嫌というほど思い知ったところだ。
勿論、修行を続ければ自ずと心力は上がっていくだろうが、それはごく僅かな量だ。どれだけ毎日修行を重ねても急激に増える代物ではない。
そして、それ以前に。
『拓磨様。心力を消費しながら作るとは、どうゆうことですの?』
空を見上げたまま動かない私の背に、雫が問いかけた。
「雷龍を倒すには心力を増やすだけじゃ駄目だ。いくら増えたところで、奴と戦っている間に使い切ってしまえば終わりだからな。戦いながら作ることが必須なのだ」
奴を倒せるくらいの心力量にするには、日頃の修行では途方もない時間がかかってしまう。その前にこちらがやられてしまうのは明白だ。
とすれば、あとは〝使い切らないように〟するしかない。
『心力を使いながら、作る……? え? そんなこと出来るんですか?』
「誰しも日頃から常に心力を消費しているものだ。式神を動かしていたり、屋敷に結界を張ったりしているからな。その上で修行を行っているのだから、出来なくはないだろう」
暁の問いに答えると、彼女は感心したような抜けた表情を浮かべた。
簡単に答えたが、実際やるとなるとかなり厄介だ。例えるなら、飯を作りながら食うようなもの。余程の食い意地を張っている奴はさて置き、普通であれば「作る」と「食う」の動作を分けるはずだ。
仮に少量であればその作業は造作ないであろうが、大食いが大量に飯を作りながらとなると一気に困難となる。そして私は行うべきは正にそれだ。
……いかん。飯に例えたばかりに、私が食い意地を張っているようではないか。
「それで、どうやってやると言うのだ? 雷龍は待ってくれぬぞ。我々は何をすれば良い、拓磨」
華葉に急かされ軽く咳払いをした。全く、何故妖怪である彼女の方がしっかりしているのか。
私はクルリと彼女たちの方を振り返った。実のところ格好つけてここに立ったものの、これと言って確たる方法が分かっているわけではない。恐らくはそんな方法を誰も知りはしない、前代未聞の挑戦なのだ。
思い当たる方法をシラミ潰しに実践し、自らの力で探していくしかない。
「これから私は、まず手始めに五芒結星を発動させ、その中で心力を作ることを試みる」
五芒結星自体が心力を大きく消費する術だ。式神の維持、結界の維持、五芒結星の発動。これほどの消費の中で心力を作る精神統一を行ってみれば、あるいは何か成果でも課題でも見えてくるかも知れぬ。
時間がない今だからこそ、とにかく色々やってみることだ。大丈夫、私にはこうして目の前に力を貸してくれる家族がいる。
「華葉。お前には私が心力を作ることに失敗した場合、お前のあの術で私に心力を送ってほしいのだが、頼めるか?」
「なるほど、拓磨の心力を切らさないように見張れ。……ということだな? 安心しろ、拓磨のためなら何でもやる」
華葉のあの心力回復術は、今回の修行には欠かせない力だ。結界は兎も角としても、暁と雫を消すわけにはいかないからな。この無謀とも言えるやり方が試せるのも、彼女の存在は大きく心強い。
「雫には、父上が残した書物で調べてほしいことがある」
『尊様の、ですか』
意外な頼み事をされた雫は、少し目を見開いた。これまで私は、私を含め母上の書物を読み漁らせていたものの、父上の書物に手をつけることはあまりなかったからだ。
だが考えてみれば、あの男が莫大な心力を有したには、何か特別な方法があったはずなのだ。あのクソ親父の力を借りるのは不本意だが、今は手段を選んでいる場合ではない。
父上が書物に残した根拠などもないが、調べてみる価値は十分ある。
『心力についての書物ですね。承知しましたわ』
『拓磨様! 私は、私は?』
雫の横で暁が今か今かとピョコピョコ飛び跳ねていた。
やる気満々のようだが、彼女には地味な担当しか残されておらず、正直かなり言いづらい。
「暁は焚き火の番と、妖気の監視をしてくれ」
『え……えぇー!?』
案の定、仕事内容を聞いた彼女はうな垂れてしまった。
しかしこれは重要なことだ。五芒結星には五つの気が不可欠。夜でもない限り近くには松明などの火の気がなく、地味に火を焚き続けるしか方法がない。
そして妖気は、五芒結星で集中している間、恐らく私は五行以外の気まで把握出来なくなるであろうから、妖怪の出現に気付けない状況になる。雑魚妖怪なら他の陰陽師に任せれば良いが、鵺や白狼並の妖怪が出ないとも限らない。そこに私が出陣しないのはかなり不自然だ。
暁であれば私よりも、遠く僅かな妖気にも気付くことが出来る。地味であるが彼女にしか出来ないのだ。
『あーかーつーき。何ですの、その態度は。ご命令ですわよ』
『うぅ、……分かりました。謹んでお受けします』
雫に諭され、暁は渋々承諾した。
早速彼女たちは持ち場に付き、離れた一角から暁が作った焚き火の炎が上がったところで、全ての準備は整った。初めから上手くいくとは思ってないが、それでも期待と不安が交錯する。
まず予め〝金〟の気を探った。今は戦闘の場ではない、焦る必要はない。
右側、正面、左側……。――――捉えた。
「始めるぞ」
一の点、青木。
二の点、黄土。
三の点、黒水。
四の点、赤火。
五の点、白金。
五行点、掌握。
「急々如律令、五芒結星……!」
私の周りを、赤白い光の星が囲った。
◇
「……心力を回復する式神? 拓磨がですか!?」
その頃、陰陽寮・御頭の間では些か裏返った僕の声が響き渡っていた。
月光妖怪との戦いで負った傷もようやく完治し、身体も動かせるようになった僕は、闇烏から父上の呼び出しを聞きここへ向かったわけだが。
そこで父上から聞かされた言葉に、僕は心底驚いてしまったのだ。
「蒼士、声が大きいよ」
「し、失礼。しかし、そんな報告これまで一度も。……おい闇烏、お前の仕事は情報収集であろう!」
闇烏をキツく睨みつけると、彼はバツが悪そうに震え上がった。ところが父上に「まぁまぁ」と宥めるように押さえられてしまい、僕は再び父上に視線を戻した。
「闇烏を叱りつけるな。私が彼を口止めさせておったのだ、許せ」
そんな話を聞けば、お前は身体に無理してでも拓磨に追いつこうとするだろう? と言われると、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
恥ずかしいが父上の言うとおりだ。相手が拓磨のこととなると直ぐに頭に血が昇ってしまう、僕の性分を理解した父上の判断は正しい。僕の身体を心配したその優しさに、ただ感謝をするばかりだ。
「ですが妙ですね。式神には術が使えないとされておりますが」
「そう、それなのだ。このところ拓磨は屋敷の結界も強化しており、彼の心力を持たなければ入れなくなっておる」
心力を回復する式神……。そう言えば前に、鵺との戦いで奴は急激に心力を回復したことがあったが、あれもその式神の力なのだろうか。
あの時そんな式神の姿はなかったと思うが。むしろ、別の妖気を感じた覚えがある。
いずれにせよ、屋敷に父上の使いも入れぬとは。
拓磨、何を隠している?
「調べてくれようか? 蒼士」
「御意」
僕は父上に一礼し、闇烏と共にその場を立ち去った。