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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第一幕 花芽 ~薄紅の花が開く時~
24/97

◇番外◇ 蒼士奮闘記

 ――おい、聞いたか? 安曇拓磨あずみのたくまがまた手柄を上げたそうだぞ。

 ――知っておる知っておる。月の妖術を使う恐ろしい妖怪を倒した上、例の龍の妖怪をも撃退したらしいな。

 ――あぁ、しかもあの五芒結星ごぼうけっせいをいとも簡単に使いこなしたと聞く。流石はたける様の息子殿だ。



 あーあーあー、五月蠅い五月蠅い五月蠅い。

 どいつもこいつも拓磨拓磨と口にしおって、他に話すことはないのか暇人どもが。


 医師くすしに「数日はご安静に」と言われ平癒殿へいゆでんの寝床で大人しく横になっているわけだが、大して聞きたくもない会話が外から流れてくることに、いい加減嫌気を感じていた。

 僕はいつまで寝ている必要があるのだ? 僕には負傷した時の記憶が曖昧にしか残っていないが、かなり危険な状況であったのは確かだ。

 心力しんりょくによる怪我の回復には限界があり、それ以降は本人の治癒力に頼る他ないのは承知しているが……医師からは〝いつまで〟という明確な説明はなかった。


 勿論、負傷するまでの経緯は覚えている。

 「強い妖力を持つ妖怪が現れた」と情報が入り、陰陽寮で束の間の休息を取っていた僕は急遽現場へ駆けつけた。その妖怪は白い山犬の姿をしており、体は大きく、血走った目は奴の内なる凶暴さを物語っていた。

 そして既に周りには、一足先に到着していた検非違使けびいしたちの何十人もの亡骸が転がっていたのだ。


 我々は仲間と共に直ぐに奴に立ち向かった。そして奴の攻撃を別の陰陽師が結界術で防ごうとした時、恐ろしい妖術を目にした。


 妖術・月光の御柱(みばしら)……月の光を柱状に降下させ、浴びた者は跡形もなく消え去る術だ。当然結界術など物ともせず、あの御柱にかかれば一巻の終わりということは明白であった。

 初めて見る妖術にこの僕ですら恐怖を感じたのだ、周りの下級陰陽師どもは完全に思考が停止していた。


 そこからは悪夢の始まりだ。妖術を恐れるあまり、まともな戦いも出来なくなった陰陽師など、奴の敵ではなかった。

 叩きなぶる、咬みちぎる、妖術の餌食になる……目の前で呆気なく散っていく命。充満する血の匂いに吐き気を覚え、今回ばかりは僕自身も死を覚悟した。


 だが僕は名も知らぬ陰陽師に助けられた。御柱を浴びる直前、一人の男に押し出され僕の代わりに犠牲になった者がいた。

 しかし僕は完全には逃れることはできておらず、膝下からつま先にかけて御柱の僅かな月光を浴びてしまったのだ。足を失いこそはしなかったものの、皮膚が火傷したように爛れ、悶絶するような激しい痛みに襲われた。


 そこからはあまりの激痛に気を失い記憶がない。

 医師の話によれば、陰陽頭おんみょうのかみの息子という肩書きが功を奏したのか、誰よりも優先的に救護されたようだ。最近の妖怪多出没で皆心力も僅かだというのに、数人の陰陽師によって僕の足は原形を留めるまでには再生された。

 まぁ、その多くは妖怪討伐には向かない祈祷専門の陰陽師たちであったが。


 そして足を包帯で何重にも巻かれ固定され、高熱に浮かされたこともあり意識が戻ったのは三日後。身動きの取れない生活を送りながら今に至る。


 ――長々と説明したが、大体のところはそんな感じだ。

 この僕があんな恥を晒すとは……。もう拓磨に「心力を使い果たして倒れた軟弱者」など小馬鹿にも出来なくなってしまった。


 嘉納蒼士かのうのそうし、一生の不覚なり。

 あぁっ、考えただけでも胸くそ悪い。


「おい、闇烏やみがらす。拓磨が五芒結星を使ったというのは本当か?」


 退屈を持て余しつつ、天井を見ながら僕は式神に問いかけた。

 こいつは戦闘には疎いが、情報収集には長けており右に出る者はいない。拓磨の赤鳥たちなどと違って愛想もへったくれもないが、長年嘉納家の代々陰陽師に仕える由緒ある式神だった。


 普段は用事のある時のみにしか召喚していないが、今は身の回りの世話や退屈しのぎにこうして側に置いている。

 ……というか、心力の無駄な消費をしないためにもそうするのが普通なのだ。


『本当だ。五芒結星に妖怪を封じ、妖怪自身の月光妖術を浴びせて討伐したようだ』


 ほら、しゃべりもこのような振る舞いだ。

 愛想など無縁であろう? 別にこちらも求めてはおらぬがな。


 〝五芒結星〟……基準となる五つの地点に五行の気を取り込んだ印を刻み、「五芒星」と呼ばれる星形にその点を結び、中心で敵を閉じ込める結界術。

 同じ結界でも己を守るためでなく、相手の動きを封じるのが大きな違いだ。


 本来であれば五行の気全てを使用した術は禁じられているが、陰陽師共通使用であるこの術だけは、攻撃目的ではないことから認められていた。


 あいつはこの五芒結星を使い、例の妖怪を倒したという。

 一度に五行全ての気を意識するのは容易なことではない。成功すれば強力な術だが大抵は妖怪を前に集中力に欠け失敗する。更に水・火・木・土はあらゆる場所に存在するが、土の中に僅かにある金の気を捉えるのは厄介だ。

 言っておくが、刀などの人間の手が加わった金には心力に変える気は発生しない。


 そして全ての気を把握できたとしても、結星を発生させる心力が残っていなければ意味がない。

 要するにこの術を使いこなすには、爆発的な集中力と絶大な心力が必要なのだ。


『卑屈になることはない。蒼士殿も五芒結星は取得しておられるではないか』

「当たり前だ、奴に使えて僕に使えぬわけなかろう。だが……生憎、実戦ではまだ使ったことはない」


 悔しいが、妖怪と対峙する局面で集中力を発揮する自信はまだ、ない。


 そんなもの使わなくとも妖怪を封じる方法はあるし、今回は相手が悪かっただけだ。たまには奴にも華を持たせてやらねば、可愛そうだしな。

 僕は優しいから見せ場を作ってやっただけのこと。


 ……そうさ、僕だってその気になれば、五芒結星ぐらい。


『そう言えば今回の手柄で、拓磨殿の討伐謹慎は解除されたようだな』


 闇烏の報告に僕は「へぇ」と応えた。

 僕は奴などいなくとも事足りておるが、周りの討伐部隊が悲鳴を上げておるから、人手の復活に奴らは喜ぶであろう。


「ま、僕は奴がいない間に成果を存分に上げたからな。多少猶予を与えてならねばな」


 我々陰陽師は、任務に対する成果で評価の点を稼ぎ、その評価点に応じて昇格や給料に換算される。

 この数日、肉体的にもかなり酷使したが評価点もそれなりに稼いだはずだ。あまりに差が開いては奴も面白くないだろうから、丁度僕はまだ療養中だし、暫くは奴に譲ってやる。


 しかし何故か闇烏はバツが悪そうな顔して口籠もった。


『あー……それなのであるが、蒼士殿』

「何だ、何か不都合でもあるか? 案ずるな、復帰すればすぐ奴に追いつく」


 自信満々の僕に対し、闇烏は小さく溜め息を吐いた。

 この時僕はまだ、とんでもない勘違いをしていることを知らなかったのだ。


『いや、蒼士殿。拓磨殿はほぼ全ての任務が妖怪討伐であるのはご存じであろう』


 何を今更? と思ったが僕は素直に彼の話を聞いた。


「拓磨はそれしか出来ぬからな、対人が苦手とは恐れ入るわ。……で、それがどうした」

『蒼士殿は、拓磨殿が一日に何体の妖怪を討伐しておられるかご存じか?』


 この時点でこんな質問をしてくること自体に嫌な予感がしたが、負けず嫌いな僕は気づかぬ振りをした。後悔するのは他でもない僕自身だと分かりきったことなのに。


「さあな、個人評価を公開する仕組みはないからな。せいぜい二、三体が限界だろう」


 並の陰陽師なら一体の討伐でも大変なことなのだ。ここ数日多忙を極めた僕でさえ五体が最大だ。

 しかし闇烏は『いいや』と否定の言葉を口にした。


『最低でも、十体だ』


 …………。

 ……はぁ!?


「じゅ、十だと!?」


 予想もしなかった数に思わず声が裏返った。

 嘘としか思えぬ。いやそれ以前に、どれだけ妖怪がいるんだこの都は!?


 と言うことは、奴の評価は僕より遙かに上で、この数日の数では多少の差を縮めたに過ぎない。全身の力が一気に抜けていく気がした。

 悔しい、奴はいつも僕の一歩先を行く。嘉納はもう安曇には勝てないのか? 父上に貢献は出来ないのか?


 否、僕は諦めない。


「……闇烏」


 寝返りを打ち、背を向けてしまった僕に、闇烏は申し訳なさそうな控えめの返事をした。


「案ずるなと言ったであろう。これから一日に十五体討伐すればいいだけのこと。だからお前は心配せずに、僕に期待して待ってろ」


 僅かな間の後、今度は少し嬉しそうな返事が聞こえた。

 それに満足した僕はしばしの眠りに就くことにした。まずは今は体を治すことに専念せねば何も始まらぬのだから。


 僕は負けない。負けるつもりもない。最後に笑うのは嘉納家だ。

 精々今のうちに楽しんでおくが良い、安曇拓磨。



 春風の暖かさの中に、じんわりと新緑の匂いを感じた。

 ――夏も、近い。

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