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妖かし桜が散るまでに  ~人嫌いの陰陽師と、人を愛した妖怪  作者: 貴良 一葉
第一幕 花芽 ~薄紅の花が開く時~
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第十七話 暁の膝枕

 優しく、誰かに頬を撫でられている感触がする。


 頭は不思議な浮遊感があり、そこで自分の体は横になっているのだと気がついた。

 どれくらい時間が経ったのだろう、山犬の妖怪を倒してから私は確か眠りに落ちたのだ。そしてその直前、とても温かいものに包まれていた気がする。


 この優しい感触はその時のものなのだろうか。しかし眠る前に感じたものとは何かが違う気がした。

 何だ? 必死に記憶を遡ろうとして、無意識に眉間に皺が寄った。


『……拓磨たくま様?』


 頬を撫でていた者の手が止まり、そう声を発した。

 瞬間、頭の中で「違う」と思った。


 声も、〝気〟も、匂いも、違う。

 〝彼女〟ではない。


「……暁、か」


 ゆっくりと目を開いた先に、私を見下ろす暁の顔があった。

 あぁ、今回は心力しんりょくを使い果たすことはなかったのだと安心したと同時に、浮遊感の正体は暁の膝枕であることを理解した。


 式神は接触が可能な実体であるものの、精霊である故、生身ではないので体温を感じることはない。その式神に膝枕をされていたので不思議な感覚があったのだ。

 別段驚くことでもないが、何故暁に膝枕されているのかは不明であった。無論、そういった嗜好が私にある筈もない。


『酷いお怪我でしたので、援護で到着した陰陽師様に手当てしていただきました。痛みますか?』

「いや、大丈夫だ。どれくらい眠っていた?」


 私の問いに暁は『三十分ほどです』と答えた。


 体を起こすと私たちはまだ妖怪と対峙した一角で休んでおり、辺りを手当に当たる者たちが慌ただしく走り回っていた。

 私が作り出した炎の壁は流石に消えていたが、その名残が円形にくっきりと黒い筋を残している。


 暁が言う通り私は肩から腹部にかけて包帯が巻かれていた。陰陽師が治療したと言うのだから、傷をある程度は心力で塞いでくれたのだろう。

 痛みはするが耐えられぬほどではなかった。


「よくこれだけの心力を残す者がいたな」

『え、えぇ。……あの、拓磨様。どうして、』


 暁が何か言いかけたが、それは別の者が私を呼ぶ声にかき消されてしまった。その者は私の姿を見つけ駆け寄ってきて嬉しそうに微笑んだ。

 それは私をここへ案内したあの陰陽師の男だった。


「拓磨殿、目が覚めましたか。いやー、其方の新しい式神は凄いですね。どうやってあのような術を覚えさせたのですか?」


 男は目を爛々と輝かせ興味津々で尋ねてきた。


 確かこの男も妖怪の月光妖術で重傷を負っていた筈だが、私と同じく心力で処置されたのか右腕を固定するように吊っているものの、かなり元気そうである。

 何より奴からは初対面の時よりもみなぎる心力を感じた。


 不思議に思い男が視線を送る方向へ目を向けると、あの妖怪の娘が何やら横たわる人物に手をかざしていた。

 暫くすると横たわる人物はゆっくり状態を起こし、手を握ったり腕を回したりといった仕草を行っていた。


 服装からしてあの者も恐らく陰陽師だ。とすれば彼女が何をしているのか容易に見当がつく。

 前にぬえとの戦いで見せた心力回復の術を施して回っているのだ。つまり私の傷を治癒したであろう陰陽師もまず彼女に心力回復して貰ったのであろう。


 そして目の前のこの男もその一人という訳だ。


「式神は術を使えないとされておりますが、流石は拓磨殿です。それも心力を回復させる術とは考えましたな」


 式神の気と同じように感じる術をかけているとは言え、ここにいる誰もがあの娘を妖怪だとは思うまい。妖怪が陰陽師を救うなど通常では断じて有り得ないのだから。

 必然的に正体を知るのは私と暁のみになる訳だが、その立場から目に映るこの光景はとても不思議なものだった。


 私とて今回もあの妖怪の娘に、山犬の妖術に巻き込まれそうになるのを救われた。

 彼女は屋敷に置いてきている筈なのに、妖怪討伐の現場に突然現れては窮地を救っていくのだ。


 そう、そして私はあの娘の腕に抱かれ眠りに……。


 それが頭に過ぎった瞬間、無表情で黙々と作業している彼女の横顔を眺めていたが、急に顔に熱が集まった。


 馬鹿な、〝抱かれた〟など表現が悪い。

 相手は妖怪だぞ? あれは支えられただけだ。


『拓磨様、お顔が赤いです。熱でもあるのでは……それとも、やはりあの子と何か?』


 私の様子に暁は腕に絡みついてきた。

 顔を覗き込んでくるが彼女は何故か涙目だ。


 〝やはり〟ということは、暁はあの光景を目にしたらしい。

 しかしそれで私が暁に膝枕されていた理由がようやく分かった。あれは妖怪の娘に妬いた反動であろう。


 式神が主に忠実であるのは当然だが、昔から甘えたがりな暁は私が他の女性と接すると嫉妬するのだ。

 元々他人に接すること自体あまりない故、その境遇に合うのは滅多にはないが、その時々ですらやきもちを妬かれる。


 まぁ、私も大事な式神が他の陰陽師に懐くと想像すると気分が悪いし、それと同じだろう。


「変な勘違いをするな、あるわけないだろう。走り回った上に術を使いすぎて、疲れただけだ」


 額を指で小突いてやると、暁はそこを押さえて照れくさそうに笑った。ほんの少しのことで怒ったり笑ったり、女性というものは本当によく分からない。

 私もあの娘に心力回復を施してもらおうと思っていたが、これはもう少し後に回した方が良さそうだ。それまでは自力で何とかするしかあるまい。


 すっかり上機嫌になった暁が更に抱きついてきたので、調子に乗るなと引き剥がしていると、それを見ていた陰陽師の男がクスクスと笑い声を上げた。

 ここが野外だということを忘れて戯れていた私も私だが、こう露骨に笑われると腹は立つもので。


「……何だ」

「あぁっ! 失礼。決して冷やかしたのではなく、仲睦まじいなと羨ましく思って。私の式神は仕事熱心だが、それ以外は構ってくれぬので」


 少々睨みつけると男は肩を振るわせて弁明を始めた。

 というかこの男、いつまでここにいる気だ?


「まだ私に何か用か? 望み通りあの妖怪は退治した。お前は早く寮に戻ってちゃんと治療を受けろ」


 そう一層すると飛び上がるように男は背筋を伸ばして直立し、威勢の良い返事をして走り去っていった。

 全く、元気だけは良いようだが、陰陽連の連中はあんな奴ばかりなのだろうか? 


 普段は関っても陰陽頭おんみょうのかみ蒼士そうしぐらいだから分からぬ。次第に遠くなっていく男の背中を眺めながら、私は小さく溜め息を吐いた。



 それにしても「退治した」などとはよく言ったものだ。

 自分で放った言葉に少々心が痛む。


 あれは父上の式神だった。凶悪な妖怪と化していたのは事実だが、幼少共に過ごした家族を私はこの手で殺したのだ。

 その罪悪感だけはどうしても心の底に残っている。


 何故父上の式神が妖怪になったのかなど、雷龍らいりゅうの仕業の他に考えられぬであろう。

 どんな手を使ったか知らぬが、奴は正常な者を闇に落とす能力に長けている。


 今後もそのような妖怪が出てくることを、覚悟せねばということか――。

 そう警戒した矢先のことだった。


 まだ後始末に周りが手間取っている最中だと言うのに、周囲の空気が揺れる気配がした。

 何だ? と思うより早く、空から降ってきた妖気に反射的に陰陽術の鋼鐵結界こうてつけっかいを自分と暁の周囲に巡らせた。


 予想は的中し、直後に地面を電撃が走りまだ残っていた数人が悲鳴を上げたのだ。

 これは……奴だ。


 見据えた先に現れた雷龍を、私は無言で見上げるのだった。


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