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ヴァンパイアお嬢様の凱旋  作者: みゅにえ〜る
優しいお嬢さん
9/12

落ち着いて下さいまし!

「うわあああああああああ!」


シンは叫ぶ。


「ひゃあああああああああ!」


少女も同じくらいの声量で叫ぶ。


「はぁ…はぁ…」


「はー…はー…」


その後二人は落ち着く。


「その、ごめんなさい。急に叫んでしまって。」


「いえいえ。慣れっこといえば慣れっこですので…」


少女の右手に、青白いオーラが纏わる。

オーラは一つの塊となって少女から離れ、シンの目の前に霊体の馬を形成する。

少女は馬の上にシンの獲物を乗せると、何処からか取り出した草の糸で括り付ける。


「その、もし宜しければ使って下さい…」


少女は霊体の馬に、草木で出来た鞍を乗せる。


「え、良いんですか?」


「はい。誰かと会話が成立するのが久し振りで、その、凄く楽しかったので。」


少女はシンを抱き上げると、そっと鞍の上に乗せる。


「ありがとうございます!何とお返しすれば良いか…」


「いえいえ、お気になさらずに。」


シンは、ついでで狩った熊をあげようと思ったが、振り返るとそこにはもう異形の少女は居なかった。


(あんな生き物見た事無い。精霊?でなければ、変異した魔物かな。何だろう…)


シンが帰ろうと思った瞬間、馬は城に向けて駆け出した。



〜〜〜



「…ん?」


キリエは、言い知れぬ違和感で眼を覚ます。

体の一部が何処か遠くにある様な、そんな感覚である。


「もしや…わたくし、またおね召しちゃったのかしら…」


キリエは顔を赤くしながら、神器を呼び出す。

【死銃メシェドラ】は現れたが、そこには【紅剣シャルロテ】の影も形も無かった。


「ああああまずいですわまずいですわまずいですわ!あれは素人が扱える代物じゃ…」


キリエの部屋のドアが開く。

微かに血の匂いを帯びたシンが帰ってきた。


「ただいま戻りました。少し、夕飯の用意を…」


シンの手には、シャルロテが輝いている。


「あと、私の名前はアムニーズじゃ無くてシンですよ。」


「遅かったですわ…」


キリエはベッドから飛び起き、シンの両肩に手を乗せる。


「何人ですの?」


「え?」


「それで何人斬ったんですの?」


「えっと、[ビッグベア]と[大猪]を一頭づつ…」


それを聞いたキリエは、シンに抱き着く。


「ああ良かった。殺戮衝動には駆られずに済んだのですわね。ああ、本当に良かった。」


「もしかして私、何かやっちゃいましたか?」


「良い、シン。とても危険ですので、わたくしが呼び出した物には極力触らないで下さいまし。良いですわね?」


「はい。その、ごめんなさい。」


「良いんですのよ。何事も起きなかった訳ですし。」


キリエは大切な召使いの頭を撫でながら、思慮に耽る。


(だとするならば、シンにこってりとこべりついた、この禍々しい魔力は一体…)


「シン。行きか帰りに、誰かと会いました?何か、呪詛系魔法を使う術者かモンスターに。」


「特に…あ、そう言えば森の奥で、見たことの無い生き物に出会いました。」


「見た事の無い生き物?」


「はい。一見すると女の人みたいなんですけど。ツノが生えてて、下半身が百足と蜘蛛みたいになってて、手は狼みたいで、でも凄く親切で優しい方でした。ああ、あとご主人様のよりも大きな翼が生えていました。」


「???」


キリエは、シンの話した情報を脳内で組み立てる。

出来上がったのは、にわかに存在するとは思えない、珍妙な姿をした何かだった。


(考えられる可能性としては[キマイラ]ですが…親切で優しい?あの年がら年中体の中で喧嘩し続けているだけの畜生が?)


「頭は何個ありましたの?」


「多分一つか二つありました。喋っていたのは人間型の頭です。」


「成る程…」


キリエの翼が、数度はためく。


「少し、わたくしも会いに行ってきますわ。」


その口調があまりにも冷たかったので、シンは思わず困惑する。


「え?」


「優しさでつけ入ろうとしているだけの魔物なのか、本物の良き者なのかを見定めたいですの。」


「本当に良い人なんですって!私が獲物が重くて困ってたら、馬まで貸してくれましたし!」


「その程度の善行なら、詐欺師でも盗賊でも出来ますわ。」


キリエは翼を広げ、窓の前まで移動する。


(あの魔力には、並々ならない悪意が混じっていましたの。絶対にまともな存在では無いですわ。)


「シン。貴女は少し純粋過ぎますの。誰かを本当に“良い人”と断言する時は、その誰かの本質を完璧に理解してからにしなさい。」


キリエは微かに振り返り、シンに流し目を投げ掛ける。

その瞳は、月光を反射し輝く血溜まりの様に、淡い光をたたえている。


「勿論、わたくしも含めてですわ。一度抱かれた程度で好意を抱く様な、安い女にはならないで下さいまし。」


キリエはそう言い残すと、窓から外界に躍り出る。

一人残されたシンは、去り際に自身に向けられた流し目を噛み締めていた。

その目はとても美しく、しかし何処か冷たく、そしてとても寂しそうだった。



〜〜〜



(確かに大きいですが、別に危険な環境と言う訳では無し。魔物の気配もしますが、恐らくわたくしの気配で逃げ出してしまっていますわね。)


キリエは見上げる。

森の至る所に、両手のひら大の大きさのオレンジ色の卵型の果実、【エメルの実】がたわわに実っていた。

名前の由来は古代語で“甘い卵”を意味する単語から来ており、食用果実の中ではメジャーな物だった。


(一個でもスキルを持っていれば、暮らせるくらいには平和な場所ですわね。)


キリエは尾を伸ばし、熟したエメルの実を一つ落とす。


「はむ。」


しっとりとした柔らかい果肉を噛む毎に、口の中に天然のジュースが広がる。

甘く、下の奥には僅かに酸味が乗り、鼻からは清涼感のある果実の香りが抜ける。


(【エメル酒】も良いですが、やっぱりそのまま食べても美味しいですわ。)


キリエは果実を完食すると、中にあったアーモンド型の種を適当に放り投げる。

1年もすればまた此処に新たな木が生まれ、10年後にはその木の木陰で、誰かが果実を食べている事だろう。


「…!」


不意にキリエは可能な限り尾を縮め、臨戦態勢に入る。

左手には銃、右手には剣も携えて。


「その剣…貴女があの子の主人ですか?」


百足型の下半身が、木々の間を縫っている。

少女が、キリエを睨んでいた。


「やっぱり、シンの言葉に誤りはなかった様ですわね。」


シンは少女の容姿をまじまじと見つめる。

その体は無数の魔物が縫合されて出来たかの様にも見えたが、違和感は無かった。


「あんな子供に狩りをさせるなんて…恥を知りなさい!魔族!」


少女は、大きな図体からは想像もつかない程の速度でキリエに這い寄る。

キリエはそれを見ると、武装を解除した。


「…?私を舐めないで!」


少女は、獣型の腕をキリエに振り下ろされる。

キリエはそれを、左手で受け止める。


「私は聖セトグラス共和国第七聖騎士団、神の鞭、副団長!チシャ・カダーラ!」


チシャのか細い左手が、キリエの首に伸びる。

キリエはその手首を右手で掴み、ついでにチシャの首に尾を巻き付ける。


「チシャですのね。覚えましたわ。」


チシャの蜘蛛足が、キリエの尾を掴む。

8本の足が別々の方向にキリエの尾を引っ張ったが、キリエの体で最も硬い部位の尾が千切れる事は無かった。


「少し話がしたいですので、少し、」


キリエは、チシャを背後に投げ飛ばす。


「…!」


「落ち着いて下さいまし!」

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