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ヴァンパイアお嬢様の凱旋  作者: みゅにえ〜る
優しいお嬢さん
8/12

外出する時には武装は忘れずに、ですわ♪

エウロは耳を疑った。

国家の立て直しの条件にキリエが提示したのは、国家そのものだった。


「ほ…本気で仰られているのですか!」


エウロは激怒する。

キリエの目は先程までの謙遜に満ちた物では無く、下等生物を見る冷たい目だった。


「ええ。わたくしは本気ですわ。」


キリエは一歩前に出て、エウロを威圧する。


「わたくしがこの国を救うと言うのであれば、この国がわたくしの物であっても良いと思うんですの。」


「メシェドレウス殿、幾ら何でもそれは…」


「貴方が本当に国家を思っていると言うのなら、それ相応の覚悟を見せなさい。わたくし、キリエ・ラハドラ・メシェドレウスの力を行使したいと言うのなら、それ相応の対価を示しなさい?」


キリエは玉座と同じ床に立ち、エウロに視線を合わせる為に屈む。


「因みにもしそうなった、場合は貴方は国家の運営に回っていただきますわ。王冠の場所が変わるだけで、それ以外の事は全て貴方の望み通りにしてみせますわ。国民に黙っていたければわたくしも黙っていますし。」


キリエは目を細める。

瞳に宿る紅月の赤が凝縮され、より赤く輝いて見えた。


「貴方が本当に愛国者だと言うのなら、本当にこの国の事を思っていると言うのなら、覚悟を見せてくださいまし。」


元来、魔族との契約はそう言う物だった。

魂すら含めた自らの持てる全てを差し出し黄金の山を寄越せと願う契約者は、愚の骨頂として物語の中で描かれる。

決して魔族と取り決めを交わさぬ様。

そんな先人達の願いが、脈々と受け継がれた結果である。

しかしそれでも人は、時に全てを投げ打ってでも叶えたい願いを抱く生き物だった。


「分かった。」


エウロは呟く。

それを聞いたキリエは、満面の笑みを浮かべた。



〜〜〜



「ふぅ…ふぅ…家を建てるって大変だなぁ…」


小さな白いハンマーを振るいながら、シンは屋敷の立て直し作業に勤しんでいた。

そのハンマーは、叩いた物を本人の意思をそのまま反映した形に変形させる。

建築に必要な最低限の事はこれ一本で出来るので、労力と設計図さえあれば一人でも家の建造が可能だった。


「こんこんこん。シンー!ご主人様のお帰りですわよー!」


キリエは、かつて扉があった四角い穴をノックする。

それを聞いたシンは、主人の元までやってくる。


「お帰りなさい。ご主人様。」


「良い、シン。引っ越しますわよ。」


「え?もう新しい家ができたんですか?」


「ふっふっふ。違うわよ。」


キリエはシンを肩車し、空を飛ぶ。

人の身から魔法生物へと昇華していたシンは、生身での高所の飛行にも耐えられた。


「こっちって確かお城の方ですよね。」


「ええ。あそこがわたくし達の新居ですわよ。」


「…え?」


「今朝付けて、わたくしがこの国の君主に就任しましたの♪」


「えええええええええええ!?」


3本の塔を中心に機構が展開され、尖った屋根の上や突き出た部分に、赤や緑の点滅する電灯がある。

それは本物の城を見た事のない者が、見聞きした情報を元に、ビルを組み合わせてそれを再現しようとして出来た物に見えた。

キリエは最も高い塔の一番上にある開け放たれた窓から、シンを乗せたまま帰宅する。


「一先ず、此処がわたくし達の部屋になりましたわ。」


カーテン付きのベッド。

鉄製の丸机と、二つの椅子。

ある物はそれだけ。

此処が、この国の王の部屋だった。

キリエはまだその事を知らず、即席で用意された部屋だと思い込んでいた。


「え…エウロ王はどうなったんですか?」


「貴族街に大きな家を用意してあげましたの。空き家のまま放置されていた様ですので、持ち主を見つけ出して最後の金貨で買い取ってやりましたわ。あ、ちゃんと電気とガスと上下水道が通った奴ですわよ。」


キリエは棺を召喚し、ベッドの横の壁に立て掛ける。


「他の人達は?」


「彼、一国の王だと言うのに使用人が4人しか居ませんでしたの。皆エウロと一緒に出て行きましたわよ。」


棺が微かに開き、蝙蝠の翼の生えた紙束が飛んで来る。

紙には、この国を中心とした地図が描かれていた。


「ま、有事の際に適当に4、5軍叩けばそれで良いでしょう。」


キリエはそう言うと、布団に入る。

吸血鬼は元来夜行性。

昼間は眠っている物である。


「ご…ご主人様?」


「すぅ…すぅ…すぴぃ…」


寝つきが早いのは良く訓練された軍人の証だと、シンは昔教えられた事があった。

ただ、キリエの容姿からも言動からも雰囲気からも、軍人の要素はどこにも見当たらない。

しかし何故かシンは、眠るキリエを見て軍人という単語が思い当たった。


「…あ。」


シンは、キリエの腹の虫の鳴る音を聞いた。

キリエは気付かず眠っている。


(そうだ。この身体だったら…)


前までは、魔力の多い場所には近付きも出来なかった。

その頃は広い世界を眺めながら、いつか行ってみたい、いつかやってみたいと、叶わぬ願望を募らせるだけだった。

今がきっとその時だと、シンはそう確信した。


(あれが、この国が貧しい理由…)


シンは窓の外を眺める。

死に掛けの都の向こう側に、広大な森が広がっている。

断絶の森と呼ばれるこの森は、この国を10世紀もの間外界の戦火から守り続けた。

ただ技術の発展と共に、その天然の防壁も力を失いつつある。


「…ん?」


シンは、自身の隣に赤色の剣が立てかけられている事に気付く。

紛れも無くそれは、【紅剣シャルロテ】だった。


「アムニーズ…出掛けるのでしたら…武装は忘れずに…ですわ…」


キリエはどうやら寝ぼけて召喚したらしかった。


「ありがとうございます。」


シンはシャルロテを持つと、窓から飛び降りる。

高さは30m。


「っとっとっと…」


シンは問題無く着地した。

素足である為音も立たない。

スキルを持つ者は基本的に、魔力に耐えうる為に強靭な肉体を持っている。


(この剣、凄く軽い…羽みたいだ。)


城の正門から一直線に続く、この国で最も大きく太い道。

かつては最も栄えている道でもあったが、今は放置された金属製のゴミ、二度と付かない電灯、睨み合う錆だらけのシャッターしか無い。


(これだったら…)


シンはシャルロテを手の中でくるりと回すと、大通りを突っ走って行った。

この国を囲う森はかつて洞窟に発生した大型ダンジョンに由来する物で、常人にとっては大変危険な獣達が住み着いている。

どんなに武装を固めても、常人だけでは森を抜ける事は出来ない。

しかし、少しでもダンジョン攻略能力のあるスキル持ち達にとっては違った。

彼らの前では、うろつく獣はミートシチューの食材に同じ。

元になった大型ダンジョンはとても難易度の低い物で、“侵食”が発生してしまったのも、その見つけにくい立地が原因だった。

スキル持ちと言うのは、例え脛に傷のある者でも基本的には歓迎される。

故に、スキル持ちだけが森を抜けて、好きな国に亡命できる環境にあったのだ。


(あ。[ビッグベア]だ。地面を嗅いで、餌を探してるのかな。)


深い森の中。

シンは木陰に潜み、右手に剣を構え、左手で小石を握り締める。


(と言う事は、近くに[大猪]も居るかも。)


シンは、熊に向けて小石を投げる。

空腹で気が立っていた茶色い熊は直ぐに立ち上がり、直ぐにシンの居場所を突き止める。

熊が咆哮を挙げると、木々をなぎ倒して大きな猪が熊の隣に現れる。


(よし。この場所のこいつらは、同時にエンカウントする事で有名なんだ。)


シンはイノシシを見据える。

[大猪]の肉はこの辺りで取れる中で最も上質な食材だと言われていた。

イノシシが、地面を足で擦る。

突進の予備動作だ。


(傷付けすぎると、血で肉の質が悪くなる。普通は、細剣は狩には不向きな武器だ。)


シャルロテをくるりと手の中で回すと、シンはその鋒をイノシシに向ける。


(でも、この剣なら。)


イノシシは赤いエフェクトを撒き散らし、《突進》する。

シンは剣の位置を調整し、身構える。

停止を知らぬ大猪は、シンに突撃する。


(やっぱりだ。)


シンの剣が、猪の額に深々と突き刺さる。

綿菓子に爪楊枝を刺した時の様に、一切の手応えが無かった。

引き抜く時も、素振りの様に何も感じない。

即死したイノシシは、静かに倒れる。

相方を失った大熊は、二足状態になりながらも数歩後退する。


「大丈夫。一瞬で終わるから。」


シンは軽く跳躍し、熊の頭をはねる。

身も骨も、一切の反発無く真っ直ぐと切断される。


「さてと…」


シンは仕留めた獲物を持ち上げようとする。

力が足りず、持ち上がらない。


「ぜえ…ぜえ…どうしよう…」


「あの…」


その時、森の奥から声がする。

そよ風の様に優しい声である。


「その…えっと…お困りでしょうか?」


岩陰から、黄緑色の長い髪と深緑色の瞳の美しい少女が顔を出す。

年は18歳。

頭には、左右で大きさの異なる角が生えている。


「はい…仕留めた獲物が思ったより重くて…」


シンは恥ずかしげに答える。

それを聞いた少女は、恐る恐る岩陰から残りの体を曝け出す。

分厚い巨大な翼。

緑色の毛を持った、イヌ科の獣を模した籠手を履いた様に見える右手。

たわわな胸部には、草を編んで作った簡単な胸当てを装備している。

下半身は巨大な百足になっており、継ぎ目から生える6本の巨大な蜘蛛足は折りたたまれていた。

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