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ヴァンパイアお嬢様の凱旋  作者: みゅにえ〜る
優しいお嬢さん
7/12

翼人組手ですの!

キリエは徐に、パーティ会場から出て行った。

会場と外を繋ぐ暗い廊下を駆け足で進み、普段なら大の大人二人掛かりで開ける大扉を片手で開け、キリエは城を脱出する。


「はぁ…はぁ…」


キリエの眼前には、夜闇に沈む閑静な住宅街が広がっている。

名義上は高級住宅街である。

キリエが一度羽ばたくと、彼女の体はドゥーンハイドの城よりも高くに飛ぶ。


「!」


高級住宅街とそれ以外の場所を隔てる柵の向こう側は、火の海だった。

体が炎で出来た龍が何体も上空を飛んでおり、まだ火の手の回っていない場所を見つけては、そこに突っ込んで地獄に変えている。

キリエは、地面と水平方向になる様に体を倒し、高速飛行の姿勢をとる。


「《魔速》!」


電音と共に、キリエは火の海の上空に現れる。

人々は逃げ場を求め、ひたすらに国外を目指していた。

炎の龍はそんな人々を見つけては、消し炭に変えんと急降下する。


「[獄炎龍]にしては随分と小さい様ですが、貴方、召喚獣ですの?」


【紅剣シャルロテ】にて、キリエは龍を尾から頭まで縦に両断する。

紅色の剣は龍に外傷を与える代わりに、炎、つまり龍の体そのものを急速な勢いで吸収していった。

剣は龍を完全に吸い取ると、少しだけ光を帯びる。

キリエはその刀身にかぶりつき、剣から赤いオーラを吸い取る。

このオーラの名前は、【赤い魔力】。

赤い魔力は生物が産まれながらにして持っている魔力で、生命の根元であり、吸血鬼が血を求める理由でもあった。


「っぺ。無味な上に質も悪い。最悪ですわ。ですが、妙に懐かしい気配もしますわね…」


キリエは町の上空を飛びながら、下界を観察する。

大通りの真ん中、壊れた車が積み上がった山の上に、術者らしき者が居た。


「来たか。」


黒いトレンチコート。

浅黒の肌。

大きく分厚い龍型の翼。

コートの間から堂々と晒された、筋骨隆々の体。

一見すると龍人に見えるが、だとすれば本来あるべき尾が無い。

手は体の比率に比べて大きく、分厚い鱗で覆われている。


「シン!」


キリエは、男が右手で持っている者の名前を叫ぶ。

男に握り締められたシンは、目をバツにして意識を失っていた。


「この時を待っていたぞ…キリエええええええええええ!!!」


「どちら様ですの!?と言うかまず、わたくしの召使いを離しなさい!」


キリエがそう言うと、男はシンをキリエに向けて投げつけた。

キリエは翼をクッション代わりにシンを受け止め、そのまま抱き抱える。

長い間強い力で締め上げられ意識を失ってはいたが、シンの命に別状は無かった。


「キリエぇ…ダーリの丘の借りを返しに来たぞ!」


「ダーリの丘!?ダーリ…ダーリ…ああ!アスモディウス隊四番隊隊長、ゴーク・ブリードリッヒさん!」


「思い出したか!」


「あの時は迂回路で正解だったじゃ無いですの!」


「俺様の力を持ってすれば、あんな伏兵なんぞ一瞬で片付けられた!それに今はその話は関係無い!」


男の黒翼と黒腕が、炎を纏う。


「あの日俺は、貴様に決闘で負けた。生まれて初めて、そして唯一の負け試合だった!」


ゴークは浮上し、その背後に二体の炎龍がやってくる。


「貴様がのうのうと眠っている間に、俺は修行を続けて来た。今日は貴様に、その全てをぶつけさせて貰う!」


「全く…わたくしに用があるのなら、わたくしの屋敷で待っていれば良かったのに。」


キリエはシャルロテを解くと、シンを翼の付け根に足を掛けさせる形で背負い、量拳を握り前に突き出す。

炎龍が周囲を取り囲み、空中に炎の円を形成する。


「翼闘神ザザラスドの名において。」


「正々堂々公正公平な闘いを誓いますわ。」


「翼人組手!」


「開戦ですわ!」


お決まりのセリフと共に、試合は始まる。

ルールは三つ。

一つ、互いの翼に触れてはいけない事。

二つ、場外に出たら即失格、ただし上下にならいくら移動しても良い。

三つ、相手を墜落か降参させたら勝ち。


「てやぁ!」


先手を打ったのはゴーク。

巨大な拳を生かした右ストレート。

キリエはすかさずそれを右腕で受けると、若干浮上し、ゴークに右足での蹴りを繰り出す。

ゴークはそれを躱し、少し沈下し、キリエの股下目掛けてアッパーを繰り出そうとする。


「ひい!?」


キリエは淑女の直感で身の危険を察知すると、左足でゴークを蹴り、彼を間合いから弾き出す。

華奢な体からは想像もつかない程の威力に、ゴークは後退しながら若干たじろぐ。


「ぐ…どんな筋肉付けたらそんな威力になるんだ!」


「貴方ねぇ…少しはデリカシーと言う物を弁えて下さいましっ!」


“下対上カウンターアッパー”は不利な位置関係を一発で逆転できると言う事もあり、翼人組手では人気のある技だった。

ただ、異性に繰り出せる代物でも無かった。

ゴークは急加速し、再びキリエに殴り掛かる。

キリエは相手の右拳を左掌で受け、左拳による追撃を腕で受け止め、格闘戦に持ち込む。

バシ、バシ、と肉体が激しくぶつかり合う音を響かせながら、二人は互いに拳を飛ばし、それを受け、受け流した手で掌底を繰り出し、それをまた躱しを繰り返した。


「そこですわ!」


キリエは、ゴークの見せた一瞬の隙を突き、脇腹に掌底を飛ばす。


「させるかよ!」


ゴークはそれを、肘を使って腕をおらんばかりにキリエの手を下げさせる。


「二万年前と同じ手が通じるとでも…」


次の瞬間、ゴークはその顎に強烈なアッパーを食らった。

意識を失ったゴークは、綺麗な放物線を描きながら墜落していく。


「はぁ…はぁ…右上段二撃目から三撃目に移る時に動作を急ぐ癖は治ったようですわね…ですが、最上段に対して防御が薄いのは相変わらずの様ですわね…」


キリエは瞬間的な亜光速化スキル《魔速》を得意技とする関係上、瞬間的な筋力が優れていた。

しかしその反面、継続的に負荷にはめっぽう弱かった。

例えば、子供一人を背負い続ける様な。


「…お母さんの背中…あったかい…むにゃむにゃ…」


キリエの耳元で、シンは寝言を囁く。

炎龍のサークルは消え、街も鎮火し始めていた。



〜〜〜



死者3594人。

重軽傷者は合わせて20万人超。

下層部は全焼したが、幸いにもインフラや防御の硬い地下施設は生きている。

エウロは部下からの報告を見つめながら、一人ため息を吐いた。

インフェルノデーモンの襲来。

それが、会合の夜に起きた災害の名である。


「メシェドレウス殿。と言いましたかな。」


エウロは玉座に腰掛けながら、正面で跪く。


「はい…」


「我が国を守ってくれて、ありがとう。」


「え…?ですが先程も申し上げた通り、あいつはわたくしを狙って…」


「貴方が謝る事では無いですよ。例え奴の狙いが貴女だったとしても、貴女が戦ってくれた事には変わりありません。」


エウロは少し勘違いをしていた、

キリエはゴークと、本気での命のやり取りを行ったと思い込んでいた。

実際キリエとゴークが行ったのは戦いでは無く、試合だった。

しかし、キリエがエウロの勘違いを知る術は無い。


「メシェドレウス殿。一つ、頼みがあるのです。」


「頼み…ですの?」


「貴女は我が国の地下で行われていた違法オークションの出品物から目覚め、そのまま此処に定住する事を選ばれた。これはきっと、何かの縁だと思うのです。」


王室の窓から、朝日が差し込む。


「その力を、我が国の為に振るっては頂けないでしょうか。」


「へ?」


「近い将来、我が国と国境を接する四つの国が戦争を始めようとしています。そうなれば、4つの列強国をつなぎとめていた我が国は、役目を失い直ぐに滅び去ってしまうでしょう。それに…」


もし少しでも責任を感じているのであれば、と言う言葉を、エウロは慌てて喉の奥にしまい込だ。


「幸い、他国からやってきた方々はまだこの災害の事を知りません。インフェルノデーモンを単身で撃退する、貴女のそのお力も。」


エウロは目を閉じ、決意を固めた後口を開く。


「貴女様がドゥーンハイド国軍に正式に入隊して頂けるのであれば、我が国は、侵略国家としての面を得る事が出来ます。」


強大な力を持つ魔族は、暫し軍一つ分の戦力として数えられる。

資源は根こそぎ搾取され、王城の最上階より見渡せる範囲しか国土の無いこの国が生き残るには、武による領地拡大しか無いと考えた。


「判りました。ただ、一つだけ条件がありますわ。」


「何でも仰ってください。」


「わたくしを、この国の君主に置きなさい。」

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