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ヴァンパイアお嬢様の凱旋  作者: みゅにえ〜る
優しいお嬢さん
4/12

5秒あげますわ♪

窓より摩天楼を見下ろしながら、一人の女がワイングラスを傾ける。

女の背には、大きな翼が一対。


「貴方達も感じるでしょう。この、お肌がピリつく感じ。」


女の背後は闇に沈んでおり、そこには3人の男性が、各々の姿勢で寛いでいた。


「珍しく、今回はお姉様と同意見だ。」


最初に口を開いたのは、両手を広げてソファにもたれかかる、短い白髪の若い男。

男の背にも翼が生えており、頭には短く尖った角が生えている。


「みんなの可愛い末っ子が漸く目覚めたんだ。今夜はきっと晩餐だな。」


次いで発言したのは、机に座り、女と同じワインをグラスの中で弄ぶ、茶色い長髪の男。


「奴はもう魔界を抜けた。俺達が奴に構ってやる道理も無い。」


壁にもたれかかり腕を組んでいる金髪の短髪の男が、ピシャリと言い放つ。


「奴のことだ。もう家なんて無くなっているとでも思い込んでるのだろう。」


男は続ける。


「あらぁ。じゃあ尚更、我が家に連れ帰って、また昔みたいにみんなで暖かいお肉を囲みましょうよ♪」


女は振り返り、翼をバタつかせながら提案する。


「あの子、大きくなったかしら。あの子にはまだまだ教えてあげたい事がたっくさんあるのよ?お酒の味とかぁ、男の楽しみ方とか♪」


女はバレエの要領で回転しながら、自らの願望を口にする。


「姉さん。気持ちは分かるが、あいつは腐っても造反者だ。無闇矢鱈に口にするのは良くない。」


そんな女を、壁にもたれかかっている金髪の男が制止する。

その言葉を聞いた女は、回転を止める。


「言ったでしょう。あの子にもきっと事情があったって。」


「結果は結果だ。奴のした事は決して許されはしないし、魔王省による追放処分が覆る事も無い。今は不干渉がお互いにとっての最善手だ。」


「でも、いつまでもそうは出来ない。そうだろ?兄さん。」


机についている長髪の男が、割り込む様に口を開く。

金髪の男は、組んでいる手を握り締める。


「いずれは必ず、兄としての責任を持ってキリエを殺す。だがそれは今でなくて良い。それだけの話だ。」



〜〜〜



「確かにわたくしは、歯ごたえのある敵を注文しましたが…」


岩の隙間より覗く金色の瞳が、キリエを睨む。

全身が岩で覆われているその様はまさしく、動く山だった。


「ちょーっと直球過ぎる気がしますわね。」


[ロックリザード]。

天然の岩石の鎧は千の砲撃にも耐え、魔法で召喚した岩を金槌型の尾で砕き射出する専用技リザードロックは、万の砲撃にも匹敵すると言われている、中級のモンスターである。

ロックリザードは、小さな岩山の如き四足で地を進む。


「ま、メインディッシュにはぴったりですわね。」


ロックリザードが、ハンマー型の尾を振り上げる。

尾の前の5つの黄色い魔法陣が現れ、そこから岩石が召喚される。

ロックドラゴンの野太い咆哮が響く。

尾についたハンマーが岩の一つを叩き砕き、その破砕片が弾丸の如き速度でキリエに飛来する。


「《魔速》。」


伸びたキリエの尾が亜光速で動き、当たる可能性のある岩を片端から弾く。

その尾は紅い稲妻を帯びていた。

一発目が終わったが、キリエの服には小石一つ付いていない。


「もう終わりですの?昔わたくしが戦ったのはもっとこう…まあいいですわ。」


キリエの右手に、紅色の剣が現れる。


「わたくし、ダンジョンの主人に会う度に聞いている事があるんですの。」


キリエの持つ剣の先から鮮血が滴り落ちる。

ロックリザードの尾が、地に転がり落ちる。


「ダンジョンって、一体何ですの?」


ダンジョンの主人は、地鳴りの様な咆哮を上げて転げる。


「5秒あげますわ。」


キリエは、剣をくるくると回しながら主人に近付いていく。


「ごーお♡」


ロックリザードの右前足が斬り飛ばされる。


「よぉん♡」


ロックリザードの左前脚が斬り飛ばされる。

言葉の話せないロックリザードに、この状況を打開する術など無い。


「さぁん♡」


キリエの姿がコンマ数秒消え、紅い稲妻と共に再出現する。

ロックリザードの左後脚は、切断されていた。


「にーい♡」


ロックリザードの右後脚が斬り飛ばされる。

その頃にはもう、ダンジョンの主人はかつての威厳ある姿とは程遠い、大きな芋虫の如き姿になっていた。


「いーち♡」


ロックドラゴンの恨めしそうな咆哮が、戦場に虚しく響く。


「ぜろぉ♡」


ロックリザードの頭が、真二つに切断される。

その巨体は完全に地に伏し、後に残ったのは、いたずらに損壊された大きなトカゲの死骸だけだった。


「さてと。では早速、頂きますわ♪」


かぷり。

キリエの牙が、ロックリザードの鱗だけに覆われた首の皮を貫く。

ごくり、ごくり。

キリエの喉が、一切の遠慮も配慮も無い音を鳴らす。

ごくり、ごくり。

吸血は15分続く。

かぱり。

乾ききった死骸から、キリエの牙が外される。


「うっぷ…流石に少し気分が悪いですわね…」


キリエの腹は、服の上から胃の形が分かる程ぽっこりと膨れていた。

かつて魔界屈指の大食漢と呼ばれていたキリエでも、1万5000年の断食による体質変化には流石に叶わなかった。


(さて、そろそろ終わらせましょうか。)


死骸を蹴り飛ばして場外に捨てると、キリエは新たに出来た道を進む。

道は直ぐに終点を迎え、キリエは中心に小箱が置かれているだけの小さな浮島に辿り着く。


「あはぁ♪今日はどんなガラクタが貰えるんでしょうかぁ♪」


吸血鬼が何故血に酔うかは諸説ある。

原理としては、大量の血が送り込まれた脳が活性化し、快楽物質を際限無く分泌し続ける事に起因する。

ただ、何故そう言った機構が吸血鬼の体に備えられているかは分かっていない。

恐ろしくて誰も研究したがらないからである。


「はぁ?鍋ってちょっと、本当にただのガラクタじゃ無いですの!ふざけてるんですの!?」


キリエが攻略の対価として受け取ったのは、黒い陶器の鍋だった。

取っ手は両端に一つづつ付いており、内側にも外側にも、大きな角ばった渦巻き模様が彫り込まれていた。


「はぁ…ま、良いですわ。帰ったらあのお母さんにでもあげましょう。」


キリエが鍋を箱から持ち上げた瞬間、キリエは何の変哲も無い、薄暗いビルの廊下の突き当たりに立っていた。

あのダンジョンの存在を証明する物はもう、攻略報酬の鍋しか無い。

キリエはそのまま踵を返し、手前から二番目のドアを開ける。

かつて此処は高級マンションだったが、ある日を境にダンジョン化が頻発し、結局入居者が一人残らず出て行ってしまった。

そしてそのまま廃れていき、現在は事実上の空き家となっていた。


「さてと…」


キリエが踵を返すと同時に、尻尾が伸びて左手前から二番目のドアの取っ手に絡む。

キリエがそのドアの前に辿り着くと同時に。尾はそのドアを開けた。


「さあさあ人の子よ!もう安心なさい!悪しきダンジョンは、既に滅び去りましたわよ!」


壁も家具も取り払われた殺風景な部屋の中に、3人の少年が倒れている。

その部屋の隅には、ボロボロの格好の1人の少女が座っている。

その目は虚ろで、キリエが入ってきても一切の反応を示さなかった。


「可哀想に。ダンジョンの魔力にあてられてしまったんですわね。」


キリエの尻尾が伸びる。

尾はそのまま倒れている3人に巻きつくと、隅に座っている少女の方へと伸びていく。

すると少女は、キリエの尾が到着する前に立ち上がった。


「大丈夫です…自分で帰れます…」


白いショートボブの髪。

年は13歳。

その目は、空の様な青色をしている。


「そ…そうですの…」


キリエは、自身の脇を通り過ぎ、部屋から出て行く少女を見送る。

唯一魔力中毒に陥らなかったと言う事は、4人の中で唯一のスキル持ちであるという事である。


(不思議な子でしたわね。)


キリエは3人を尻尾で絡め取ると、同時に持ち上げた。


「さ、帰りますわよ。」

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