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ヴァンパイアお嬢様の凱旋  作者: みゅにえ〜る
優しいお嬢さん
11/12

ご迷惑をお掛けしましたの!

「うわああああああ!」


「ひゃああああああ!」


「ぜぇ…ぜぇ…」


「はぁ…はぁ…」


夜。

キリエが家族と認めた者以外を全てを締め出して静かになった城の、食堂。

長テーブルの角にはキリエが座り、その前では先程叫び終えたシンとチシャが、それぞれ席に着いていた。


「申し訳ございませんわ。貴女に合う椅子が無くて。」


「問題ないよ。この3年間は寝る時もこの姿勢だし、それで体調を崩した事も無いよ。」


食卓の上には猪の丸焼きと、部位毎に様々な調理が施された熊肉料理が並んでいた。


「それで、ご主人様とチシャさんはいつ出掛けるんですか?」


「うーん…兎にも角にも、この国が安定してからになりそうですわね。」


「ちょっとでも森から出たら、皆私の事を魔物だ魔族だって攻撃して。お陰で今まで動けなかったよ。」


チシャの祖国はこの場所からかなり離れており、辿り着くには列強国を抜けなければならなかった。

森に辿り着いた頃にはチシャはまだ人の形を保っており襲われる事は無かったが、列強が軍拡を進め、チシャがこうも豹変した今では事情も違う。


「幸いこの国は、お城から全土を見渡せる程小さな国。一二か月もすれば、国民の皆様にも慣れて頂けるでしょう。」


キリエの尾が、熊肉料理の皿を自身の下まで引き寄せる。

一見行儀が悪そうに見えるが、事細かな作法はあれど普通の事だった。


「ま、里帰りにせよ戦争に備えるにせよ、先ずは腹ごしらえからですわね。慈母アセムの元、我幸いにしてこの潔き恵みを()す。頂きますわ。」


そう言うとキリエは、銀色の食器を使い熊肉を食べ始める。


「そういえばシンさんは、どうして席に着いた瞬間叫びだしたんですか?」


「本当はご主人様が貴女を連れてきた時にしようと思ったんですけど、料理もあったので後回しにしたんです。」


「成る程。」


チシャは切り分けられた焼き豚肉を、付け合わせの野菜と一緒に食べる。


「ん?この草ってもしかして…」


「あの森は野草の宝庫ですからね。1時間も歩けば3日先まで安泰です。」


「え、これ食べられるんですか!?これって確か毒草じゃ…」


「熱湯できちんと毒抜きさえすれば大丈夫なんです。栄養満点ですよ。」


シンはキリエの方を向く。


「ご主人様も、ちゃんとお野菜を…」


そこには異様な光景が広がっていた。

既に、用意した料理のほぼ全ては食い尽くされており、キリエの付近には骨や皿が散乱している。

当のキリエは猪の丸焼きを両手で鷲掴みにし、獣の様に貪っていた。


「ご…ご主人様?」

「キリエ?貴女大丈夫?」


二人の声など届かずに、キリエは食卓に身を乗り出し、猪に直接齧り付き顎で肉を引きちぎっている。

キリエの瞳は輝いており、動作する毎にその瞳は紅い軌跡を描いている。


「ご主人様!」


シンは叫ぶ。

キリエは獲物から顔を上げる。

その目は少なくとも、家族を見る目では無かった。



〜〜〜



女がソファに解ける様に寝転がり、晩酌に耽っている。

此処では、いついかなる時に酒を嗜んでも晩酌となる。


「ねえ、アレン。」


「何だい、姉さん。」


女の呼び掛けに、机にトランプタワーを建造していた茶色い長髪の吸血鬼が答える。


「あの子、どれだけ眠っていたと思う?」


「戦争の時からだから、ざっと一万年半くらいかな。」


「じゃあ、きっと今頃大変な事になってるでしょうね。」


「あいつの事だし、ダンジョンのモンスターでも漁ってるんじゃ無いのかな。」


「だったら良いんだけど…」



〜〜〜



猪を骨ごと喰らい尽くしたキリエは、机に登り、次なる獲物に狙いを定める。


「ご主人様!どうしちゃったんですか!ご主人様!」


「いけない、これは間違い無く欲望暴走!貴女のご主人様、一体どれだけの間何も食べていなかったんですか!?」


キリエの横にの空いた棺が現れ、そこから物が乱雑に散らかる。

理性の飛んだ今のキリエでは、スキルの制御など不可能だった。


「しゃあああああああ!」


キリエはシンに飛び掛かる。

チシャの翼がそれを弾き、キリエが地面に伏した隙に百足足でそれを取り押さえる。


「シンさん!何か使えそうな物はありますか!」


「え?」


「キリエは多分、自分をどうにかしようと何かを取り出そうとして失敗したんだと思います!なのでその中に、きっと何かあるんだと思います!」


「わ…判りました!」


シンは、キリエの撒き散らしたガラクタの確認を始める。

藁人形1対。

別々の言葉で書かれた本3冊。

同じ長さの、4本の金属の棒。

羽毛が抜かれ、呪術的な文様を刻まれたワシの剥製1個。

紅い液体が入った注射器7本。

化粧用具。

シンから貰ったラーメンが入っていた計量カップ。

何かのパーティの際に撮ったと思しき記念写真が入った写真立て。


「これかな?」


シンは注射器を取り出す。

持病を抱える者は、暫し自己処置を施す為の薬剤を持ち歩いているもの。

キリエの今の状態が彼女の想定の範囲内だとすると、予め対応策も用意している筈である。


「何でも良いので試してみて下さ…」


キリエが獣の様な唸り声をあげながら、チシャの百足足を一本引き千切る。


「ふぎゅ…!」


四肢を捥がれるに等しい苦痛を受けたチシャが、言葉にならない叫び声をあげる。


「チシャさん!」


「早くして下さい!」


「は…はい!」


シンはすぐ様駆け出し、キリエの首筋に注射器を指す。

注射器は自身が使用された時に自動的に動作する仕組みになっており、キリエの体内に中の液体が入って行った。


「う…う…」


キリエの白眼が一瞬血走り、やがて治る。

キリエの瞳に宿っていた紅い光は収まり、キリエの表情は柔らかくなる。


「大丈夫?キリエ。」


「へ…い…一体何が…」


キリエは少し前までの記憶と首筋に突き刺さる小さな針を元に、直ぐに真相に辿り着く。


「ああ…ご迷惑を…お掛けしましたわ…」


キリエはそれだけ言うと、毒が効いて眠ってしまった。


「はあ…はあ…はあ…」


シンは、どさりと座り込む。


「チシャさんは、ご主人様が何者なのかご存知なんですか?」


「この姿は間違い無く[ヴァンパイア・アンフィス]です。最高種である魔王種の魔族です。」


「魔族?地上には居ない筈…」


「大抵の方はそう信じていますが、少しでも学を齧ればそれが嘘だと言う事も直ぐに解ります。」


チシャはキリエを抱き上げる。


「キリエには後で、この注射が何なのかも聞いておいた方がいいですね。シン、すみませんが片付けをお願いできますか?」


「あ、はい。」


チシャはキリエを運び出し、シンは散らかったその場を片付け始める。


「う…」


千切られたチシャの足とそこから漏れ出る薄黄色の液体が、鼻の奥を殴られる様な独特な異臭を放ち始める。

よく見ると、その液体がチシャの通った道の通りに床やカーペットにも付いていた。


(先ずは油性か水性かを確認しなくちゃ…)



〜〜〜



「ふん!ふん!ふうん!」


魔界の片隅に、ひっそりと空いた洞穴の中。

ゴークは岩に棒を突き刺して作った巨大なダンベルを、上げたり下げたりした。


「なーアニキー。ありゃもう筋力の問題じゃねーと思うぜー。」


そんなゴークを尻目に、少女は壁にもたれかかり、スマホを弄りながら言う。

分厚い皮のジャケット。

脚のラインを惜しげもなく強調したジーンズ。

黒く長い髪。

ゴークと同じ茶色い肌をしており翼もあったが、手は普通の人間のそれと変わらなかった。


「何を言うかラクド!筋力は全ての基本!筋肉さえあれば全てが解決する!良い筋肉無くして良い明日は無い!」


「きっちゃんは相変わらず細かったけど、相変わらず強かったじゃん。」


「それはきっと、奴の筋肉は内に隠れるタイプの物なんだ。あの黒い服の下は、きっと凄い事に…」


「そんな事ない。て言うか台詞がキモい。気付いてないと思うけど、アニキ、筋力では完全にきっちゃんに勝ってたんだよ。」


「何?そんな筈は無い。だったら俺様が負ける訳…」


「どんなに力を強くしても、磨かれた技には歯が立たないって言ってるの。」


ラクドはスマホをしまい、ゴークの前まで移動する。


「ほらアニキ、全力で掛かってきてみな。」


「いきなり何を言う。そんな事をすれば、お前が死んじまうだろう。」


「そんな事にはならないって。ほら。それとも、アタシに負けるのが怖い訳?」


「あ…?誰がチキンだと…?」


ゴークはダンベルを放り出し、腰を落とし、突進の姿勢を整える。

対するラクドは、ポケットに左手を突っ込んでいる。

どう見ても隙だらけだ。


「泣いても知らねえぞ!うおらああぁ!」


ゴークは突進する。

ラクドは、ゴークが自分に当たる寸前に軽く身を躱し、丸腰の背中をポンと手で押す。


「おわ、っとっとっと…うわあ!?」


ゴークは自身の勢いを止められず、盛大に転倒した。


「ほら、こう言う事。アニキの筋肉は確かに武器だけど、それは相手にとっても同じって訳。悔しく無いの?せっかく鍛えた体を相手に利用されて負けるなんて。」


「ぐ、じゃあどうすれば良い!」


「ほら、立って。きっちゃんに勝てる様にアタシが鍛えてあげる。」


ラクドは、スマホ入りの革ジャンを付近の壁の凸部に掛け、サラシ一枚の姿になる。


「これでもアタシ、かつてはきっちゃんと一緒に戦場を駆けた身だからさ。あいつの動きなら良く知ってるよ。」

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