〜1章 前半〜
初めまして、中西。です。
個人で書かせて頂いている小説です。
気になる点もあると思いますが、
楽しんでいただけるとありがたいです。
「命を貪る。そして慈しむ。」
《プロローグ》
僕は何か間違っただろうか。彼女の手首を握った感覚がまだ沁みついている。
遠くから微かに雨の降る音が聞こえてくる。
アスファルトの湿った匂いが僕を一層苦しめた。
『私って何のために生きてるんだろうね。世界ってなんでこんなに不条理なんだろうね』
彼女が放ったその言葉が僕を現実に縛り付けて離さない。
真っ白く覆われたこの部屋に僕のような人がいていいのだろうか。
規則的な機械音は僕がまだ生きていることを無機質に証明している。
いつの間にか雨音はどんどん近づいてきていて、部屋の窓を濡らしていた。
体を起こそうとして力を入れると左手が酷く痛んだ。
「骨折…」
口から無意識に漏れたその言葉は僕の苦しみを増加させた。
もういいや。体を起こすのを諦めてベッドに横たわる。
ふと横を見る。
微かな機械音が響いていた。きっともうすぐ命の炎が消える。
僅かにこぼれた涙をぬぐい取って僕は静かに目を閉じた。
目が覚めた。
昨日の夜、窓を濡らしていた雨はいつの間にか上がっていて、僕は一人だった。
扉の外から嗚咽が聞こえてくる。
耳をつんざくような悲鳴に耐え切れず僕は布団を頭まで被る。
何も聞こえなければいいのに、まだ微かに声が聞こえる。
夜、横にいた女の子はきっと亡くなった。
あの嗚咽と悲鳴は遺族のものだろう。
よく泣けるよな、と思う。大切にされてたんだな、と思う。
僕のような価値のない人間なんかじゃなく、きっと価値ある人だったんだろう。
僕のところには家族もお見舞いも、看護師ですら来ない。
価値がない。そう、世界に言い切られてるような気がした。
「なに、うずくまってるの?」
驚いて布団から顔を出す。
いつ来たのかもわからない程、静かだった。
「な、なんでここに…?」
「なんでって、お見舞いに決まってるでしょう」
それがあたかも当たり前かのように彼女は笑った。
お土産、と言いながら彼女はフルーツを棚の上に置いた。
「よかったら剥いてあげよっか?食べさせてあげるよ」
「今、食欲無いから大丈夫…」
残念、と言いながら彼女はびわを剥き始めた。
僕を屋上から突き落とした彼女はびわを噛んだ。
《第一章春とキウイフルーツ》
入学式はいつも憂鬱だ。
そう心の中で僕は唱えながら高校へと向かう。
中学で良い思い出は一つもなく、友達は一人もいない。
「どれだけ陰キャだったらそうなるんだよ…!!」
自分で自分を否定した。頭がおかしいのか、僕は。
ため息をつきながら坂を上る。
通学路に坂って、運動不足を殺す気か。
「危ないッ!」
後ろから誰かにぶつかられた。痛い。
「誰?」
「ごめんなさい、怪我はない?」
「まあ」
とりあえず質問に答えてほしい。誰?
「私、香山五樹って言います。あなたは?」
「素生、劣」
「素生君、ごめんね」
そういうと香山さんは走り去っていった。
嵐の様な人だな、と僕は思った。
こつん、と何かが手にあたった感覚がして僕は目をむける。
それはキウイフルーツだった。
「キウイフルーツがなぜここに?」
自然のものとは思えない人工的なキウイフルーツだった。
もしかして…。と僕のなかに思い当たる節があった。
「香山さん?」
それしかないのだ。
僕は(当然のことだが)キウイフルーツなど入学式に持ってくるはずがなく、
さっきぶつかる前までなかったのだから香山さんしかいないのだ。
「あ」
「ん?あっ」
まさか隣の席だったなんて…。
「香山さん?このキウイフルーツ香山さんの?」
「あ、ほんとだ」
…。予想は当たっていたものの、そうだと言われると驚くな。
「なんで持ってきてるの?」
「生命力…」
どういう意味だろう。
生命力?
とりあえず質問には答えてくれてないな、これ。
「キウイフルーツは素生君だったか…」
謎めいた言葉を香山さんは放った。
「ん?キウイフルーツは僕ってどういう事?」
「説明は難しいんだけど、例えばあの人見て」
香山さんが指をさした先には一人の男子生徒がいた。
その生徒の視線はある女子生徒に釘付けになっていた。
「あの人はアセロラ」
「アセロラ?」
香山さんはうん、と頷く。
「僕、キウイフルーツそんなに好きじゃないんだけど」
「好き嫌い関係なく、素生君はキウイフルーツ」
「ええ…」
変な人だな。香山さんってなんだよ、意味わからない。
そしてさっきから質問には答えてくれないし。
「他にはいないの?フルーツ」
「全員」
「え?全員?」
「そう、私は全員フルーツに見えるの。まあ、被ることもあるよ」
全員フルーツに見えるってことは何かの病気なのか?
でもきっと違う。
感覚が教えてくれる。この人は違う。
「あの子はどう?」
適当にクラスの子を指さして聞いてみる。
「りんご」
「何で?僕はグレープフルーツに見えたんだけど」
スポーツできそうだから柑橘系っていう安直な理由から
元気そうだからグレープフルーツ。
「美人。このクラスで一番の美人」
確かに美人だが。それを言うなら相当香山さんも…。
…。一番美人だ、あの子が。
「あの子無邪気じゃないし」
「それとの関係性がよくわからないけど」
「………そう」
長い沈黙の後、香山さんは僕に尋ねる。
「私は?私は何に見える?自分のこと見れないから」
「えっと……」
優しくて、明るい?ちょっと暗い感じもあるけど。
笑顔は透明感があって…。
「………梨?」
「梨って…」
透明感があるからみずみずしくて、だから梨。
「愛情…」
ぼそっとつぶやいて悲しそうな顔で香山さんは僕に告げる。
「私はフルーツにはたとえられないよ、せいぜい…アネモネくらいかな」
「フルーツの次は花?」
香山さんは席を立って友達に会ってくる、とどこかへ行ってしまった。
フルーツと花に関するものって何だろう。
ネットで[フルーツと花の関連性]と調べてみる。
植物やイラストで描きやすいものなどが検索結果で出てくる中。
「花言葉…」
調べてみるとフルーツにも花言葉があるそうだ。
キウイフルーツはひょうきん、生命力、豊富。
アセロラは愛の芽生え。
りんごは選ばれた恋、最も美しい人へ、選択、評判、誘惑、名声。
グレープフルーツは乙女の無邪気。
梨は愛情。
そして、香山さんが自分だと例えたアネモネは…
「儚い恋、恋の苦しみ…」
最後のアネモネは置いておいて、僕は香山さんとの会話を思い出す。
キウイフルーツを届けた僕に生命力と呟いた。
女子生徒に視線が釘付けになっていた男子生徒は愛の芽生えであるアセロラ。
僕が適当に指さした女子はこのクラスで一番美人だからりんご。
僕がグレープフルーツに見えると言うとあの子無邪気じゃないし、と言った。
香山さんは梨、と僕が例えるとぼそっと愛情、と呟いた。
「やっぱり、花言葉か」
花言葉一覧のページをスライドさせると僕はふと手を止める。
「ピンクのシクラメン…」
花言葉は憧れ、内気、はにかみ。
「あれ?素生君」
「ん?」
聞き覚えのない声に自分の名前を呼ばれ、警戒しながらも振り向く。
「覚えてる?小6の時に隣の席だった赤坂」
「ああ、赤坂さん」
確かに小6の時隣の席だった。
クラスのマドンナ、赤坂花果。
「懐かしいな、全然小学校の頃の面影がなかったからびっくりしちゃった」
「小学校の頃の面影がないのは赤坂さんもだろ」
ショートだった髪は腰くらいまで伸びているし。
声も少し変わっているし。
やっぱり昔より可愛くなった気がする。
「えっ」
後ろから驚くような、怖がるような声が聞こえてくる。
その声には聞き覚えがあった。
「香山さん」
「あれ?花言葉さんも同じだったんだ」
赤坂さんは妖しい笑みを浮かべた。
「ん?花言葉さん?」
「そう。この子、中学の時に…」
「やめて!!!」
赤坂さんの言葉を遮るようにヒステリックに香山さんが叫ぶ。
「香山さん…?」
あまりの変わりように僕が驚いていると
「ああ、今度は素生君なんだ」
と赤坂さんは意味深なことを口にして、何かを香山さんに囁いてからどこかへ消えてしまった。
「今度は…?」
香山さんの方に顔を向けると、青白い顔をして香山さんは震えていた。
「何を言われた?」
「な、なんでも、ない」
「嘘だ」
少し香山さんにいらだっていたのかもしれない。
何も答えてくれない香山さんに。
心配しているのに頼ってくれない香山さんに。
「絶対嘘だ。言うまで僕は香山さんから目をそらさない」
じっと香山さんの目を見る。
香山さんは目をそらし、口をつむぐ。
「言う、から」
香山さんは僕の目を見る。その目は青かった。
「花言葉の殺人っていう小説知ってる?」
香山さんは椅子に座って話し始めた。
花言葉の殺人。
僕は小説に興味はないが、テレビの特集でやっていた気がする。
なんかすごい賞を取ったベストセラー?らしい。
主人公は平凡な少年。
道ですれ違った見知らぬ人に手紙を渡される。
そこには花の名前が書かれていて、その花の花言葉に関連する人が死んでゆく。
家のポスト、学校の引き出し、主人公のポケット…。
あらゆる場所にその手紙は現れる。
最後は主人公の少年が殺されてしまう。
犯人が分かるような描写があり、犯人は正確には明かされないまま小説は終わる。
ネットではあらゆる説が飛び交っており、一番有効な説はその少年自身だという説。
そこだけで物語は終わらず。
なんとその小説家が急に亡くなった。
遺書らしきものには「ストケシア」と書かれていた。
ストケシアの花言葉は追想、清楚な娘。
その小説家には離婚した妻との間に娘がいて、その子が犯人だと世間が盛り上がった。
結局、自殺だったと判明。
一気に人気が無くなった幻の花言葉の殺人事件。
「それがどうしたの?」
「その小説家の娘が私」
「えっ…」
声が出なくなった。
「中学のころ、母さんが離婚した」
悲壮な顔を浮かべながら香山さんは話す。
「父さんは離婚してすぐ小説を書いた。それが花言葉の殺人」
離婚するような家族には見えなかったと思う、と香山さんは言う。
「もちろん警察に取り調べを受けた。毎日、毎日、毎日。父さんを恨んだ。関係ないのに私を巻き込まないでほしかった。母さんを恨んでよ、私じゃなくて。あの小説は私に向けて書いたって連絡が来た。昔から人を花言葉に例えられる私は当然疑われた。特技は殺人容疑のきっかけになった。なんで私なのかな。結局自殺だってわかって、学校に行けるようになった。けど…どうなったかは予想、つくよね。もちろんいじめられた。犯罪者、殺人鬼、人殺しって毎日家に電話がかかってきた。不登校になった。転校した。能力を、特技を隠すようになった。必要以上に人にかかわらないようにした。苗字を変えた。離婚する前は夕凪、離婚した後は川南、改名して香山。下の名前も変えた。唯から五樹。本当の私、夕凪唯はどこにもいない。夕凪唯が生きているのは父さんの記憶の中だけ。母さんは人が変わったように酒に溺れて、病気で死んだ。親戚に引き取られて今に至る」
香山さんは少し苦しそうな、悲しそうな笑みを浮かべて
「父さんの次は素生君だって、赤坂さんは言ってるんだよ」
と言った。
「僕、死んでもいいよ」
「え」
生きてる理由なんてわかんないし、と僕は言う。
「生きなきゃ」
しっかりと香山さんは僕を見据えて言った。
「素生君は、生きなきゃ」
何を根拠にしているのか分からないが、
「生きないとだめだよ」
繰り返し香山さんは言った。
あの日から5か月がたった。
香山さんはあの日の暗い顔は一度も見せなかった。
変わったことと言えば
あのアセロラの彼があの女子生徒に告白し、見事恋が成就したくらいだろう。
今では全校公認の一大カップルだ。
「素生君っ!あんな花言葉さんほっといて私とデートしない?」
「赤坂さん…そもそも僕は香山さんとそんな関係じゃないし…」
赤坂さんは僕に付きまとうようになった。
「素生君が困ってるからやめなよ、赤坂さん」
「花言葉さん、素生君は誰のものでもないんだから嫉妬しないでくれる?」
「嫉妬なんてしてないっ…!」
相変わらずこの二人は仲が良くない。
「私と付き合おうよー、ね?素生君っ」
「別にいいよ」
「えっ」
「赤坂さんは僕の初恋の人だし、赤坂さんのこと嫌いじゃないし」
僕は何を考えているんだろう。
香山さんが嫌いな人と付き合おうとしている。
香山さんは大きく目を見開き、静止した。
「素生君、それ…本当?」
いつもの赤坂さんとは思えない可愛らしい声で赤坂さんは言う。
こんな陰キャのどこがいいかは全く分からないが嬉しそうだ。
「ほんと…」
「素生君!!」
僕の肯定の言葉をかき消すように香山さんが叫ぶ。
「今の素生君はアジサイだよ!!」
「あのさ!!」
僕も堪忍袋の緒が切れる。
「花言葉とかくだらないんだよね!僕、香山さんのことなんて興味ないから!!
アジサイとかふざけてんのかよ!!!
こっちは香山さんと話が通じるように花言葉の勉強までしたんだからな!!
なにが冷淡、冷酷、無情だよ!!僕は香山さんのためだけに生きてるわけじゃ無いんだ!!
恋愛くらい好きにさせろよ!!今の香山さんは大っ嫌いだ!!
赤坂さんまで傷つけやがって!!いいか!?香山さん、いや、お前はスイセンだよ!!」
息を吐く。
香山さんは涙をこぼしながらぼそっとつぶやいた。
「素生君は私のことは守ってくれなかった…」
スイセン。
花言葉は「うぬぼれ」「自己愛」。
アジサイ。
花言葉は「移り気」「冷淡」「冷酷」「無情」「高慢」。
しかしアジサイは異なる花言葉を持つ花なのだ。
異なる花言葉は「辛抱強さ」。
香山さんは教室を出て行った。
辛いことを我慢する強さがある…。
そういいたかったのか?
僕が本当は赤坂さんを心から好きなわけじゃ無いと気付いたのか?
「なんか悪いことしちゃったかな…?」
赤坂さんは罰が悪そうな顔をする。
「いや、赤坂さんが悪いわけじゃ無いよ」
「花果」
「え?」
「赤坂さんじゃヤダ、私のこと花果って呼んでよ、彼氏でしょ」
「分かったよ…。ごめんね、花果」
「いいよ、許してあげる、えっと……劣?」
「「なんか照れるね」」
なんだろう、本気で好きなわけじゃ無かったのに、結構幸せなんだが…?
香山さんよりやっぱり赤坂さんの方が可愛い。
ところで、香山さんはどこに行ったのだろう。
「ねえ、劣。やっぱり、私、香山さんとも仲良くしたい…」
「え?」
「悪いことしたってわかってる、でも香山さんと仲直りしたいの」
「いいと思う、じゃあ香山さん探してこよっか?」
「お願い」
赤坂さんは優しい。
僕は席を立って、香山さんを探しに行く。
屋上に香山さんはいた。
「香山さん!!」
「素生君?なんの用?」
「さっきはごめん、花果も仲直りしたいって…」
「花果…ね、おめでとう、キンセンカ」
「キンセンカ…別れの悲しみ、寂しさ、悲嘆……失望か」
「よくわかったね……すごい勉強してくれたんだ」
「いや…まぁ」
沈黙が流れる。
この空気は好きじゃない。嫌なことを思い出す。
何か話そうとするが、
虚ろで焦点の定まっていない香山さんを見ると
何も言葉が出てこなくなる。
「ねぇ!!」
沈黙を破ったのは扉を勢い良く開けた花果だった。
「香山さん、劣!!逃げて!!」
「「え?」」
「いいから!!早く逃げて!!」
花果は僕らを引っ張って屋上の淵から落とした。
「なっ!?」
「いいから!!目を閉じて!頭を守って!!気圧に耐えて!!!」
的確に指示を飛ばす花果に僕は従う。
香山さんはまだパニック状態になっていた。
「香山さん!!手!繋いで!!」
香山さんと手を握って落ちる。
「ありがとう、素生君」と微かに香山さんの声が聞こえた。
「「いくぞーーーーーー!!!!!!せーの!!」」
下から声が聞こえて、僕らはトランポリンのように跳ねた。
柔らかい毛布の上に着地した僕らはふと上を見上げる。
横、校庭全体、全校生徒、全教師、そして……僕の口から
つんざくような悲鳴がほとばしった。
「花果っ!!!!!!」
屋上に花果と見知らぬ男がいた。
花果は両手を大きく広げ、叫ぶ。
「劣!最後に願いを叶えてくれてありがとう!!大好きよ!!
香山さん!!今までごめんなさい!!友達になりたかった!!
お父さん、お母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、親戚のみんな!!
育ててくれてありがとう!先立つ不孝を許してください!!
私に関わってくれた人達!ありがとう!!!さようなr」
目の前が真っ赤になった。
痛いほどの耳鳴り。頭痛。
校庭にこだまする叫び声。
必死に目を開けて僕の目に飛び込んできたのは
満足そうに微笑む四肢が曲がったナイフを持った男の下敷きになる
赤い、以前花果だったものだった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
僕の口から何とも表せない叫び声が溢れる。
教師が生徒を必死になって守っていた。
ゆっくり制作しております。
続きが遅くなる場合がございますので
ご了承くださいませ。