レベル9 罪人と罪人
執事とお姫様の話の続きを話す前にユズの顔を見たくなり、ユズをチラッと見た。
ユズは恥ずかしそうな顔をしている。
俺はこんなに不安で緊張しているのに、ユズは違うようだ。
俺がユズを見ていることに気付いたユズは、見ないでと言って顔を背けた。
「何でそんなに顔を赤くしてんの?」
「だって手が、、、恋人繋ぎだからよ」
「だってこっちの方がユズと繋がっている感覚がするからね」
「恋人じゃないのに?」
「俺達は恋人という関係以上だよ」
「それってまさか、、、」
「婚約者だよ」
「もう!」
ユズは怒って言ったようには聞こえなかった。
嫌そうでもなく、呆れているようでもなく、照れているようだった。
「それじゃあ、話の続きをするよ」
「うん」
「執事とお姫様は二人で手を繋いで星空を見て終わったところからだね」
◆◆◆
「何してんの?」
私達は誰かの声に反応してパッと手を離します。
そして二人で後ろを振り向きます。
「王子!」
「お前はマーガレットと何してんの?」
「星空を見ていたんですよ」
「ふ~ん、そうなんだね。こんな真夜中に?」
「この時間帯が一番キレイに見えるのです」
私はマーガレット様への気持ちがバレないように顔色を変えないように嘘を言います。
王子に嘘を言うのは初めてかもしれません。
罪悪感が胸を苦しくします。
「それなら俺も呼んでくれよ」
「偶然マーガレット様に出会ったのですよ。だからここを教えて王子と一緒に見に来て下さいと伝えたところなんですよ」
「ふ~ん、そうなんだね。いつの間にマーガレットと仲良くなったんだよ?」
「さっきも言いましたが、偶然ここで出会ったのです。こんなに会話をしたのも初めてですよ」
「それならお前がこの城を出ていくまでマーガレットの執事になったらいいじゃん」
「どうしてそうなるのですか?」
「それがお前のこの城を出ていく条件だよ」
「でも、私は王子にお城を出ても幸せだという、証明をすればよかったのではないですか?」
「それはもう、いいよ」
「えっそれなら私はお城を離れてもよろしいのですか?」
「うん」
王子は笑って承諾してくれました。
私はマーガレット様とは結ばれないのですが、今日の日を忘れず生きていきます。
また生まれ変われば出会えるのですから。
やはり私は彼女にまた会いたいです。
会わなくてもいいと思っていましたが、やはり彼女を見るとその気持ちは止まらないのです。
王子とマーガレット様は手を繋ぎながら部屋へとお戻りになりました。
私も戻ろうとした時です。
物陰から人が現れました。
「あなたは罪人です」
「どうして君が?」
物陰から現れたのはマーガレット様のメイドでした。
メイドは私を睨んでいます。
「王妃になるお方に触れたのですよ? あなたは罪人です。王様が知ればあなたはこの城を出ることもできずに、この城で死ぬのです」
「私は悪いことをしたとは思っていないですよ。君が思うような感情はないからです。だから私は何も困りませんよ」
「そうですか。それならマーガレット様があなたを好きになったと王様に伝えます」
「なっ」
「どうします? あなたが罪人かマーガレット様が罪人かです」
このメイドはマーガレット様への妬みで心が汚れてしまっています。
このままではマーガレット様も王子も幸せになれないのです。
「私は罪人です。マーガレット様が好きで仕方ありません」
「分かりました。王様にそう伝えますね」
メイドは王様の元へ向かいました。
私はその場に座り込みました。
あんなに幸せだった日が一瞬で不幸な日になったのです。
私はどうなるのでしょう。
星空を見ても答えはありません。
でも少しだけ心が落ち着く気がします。
マーガレット様のキレイな横顔を思い出せるからです。
私は兵隊に牢屋へつれて来られて、入ります。
ここに入れば出ることはできません。
死ぬ日を待つだけです。
次の日の早朝に王子が私の所へ来ました。
王子は驚いていました。
「お前、本当にマーガレットを?」
私は何も言わず、小さく頷きました。
王子にはもう、嘘をつきたくないのです。
自分の気持ちに嘘をつきたくないのです。
「いつからだよ?」
「昔からです」
「昔?」
「いいえ、何でもありません。マーガレット様がこのお城に、結婚して初めて来た日です」
「いま思えばあの日、初めてお前が動揺していた気がするよ」
「本当に申し訳ございません」
「俺は怒っていないよ。ただお前が可哀想なだけだよ」
「えっ」
「お前は運が悪いんだ。俺に出会ったから、マーガレットに出会ったから、この城にいたから、おれの執事になったから、全てがお前にとって悪い方向へ向かったんだよ」
王子は私を憐れみの目で見ています。
王子は知っているのです。
私のこの先の運命が王様によって決められることを。
その王様は罪人を容赦なく切り捨てるお方です。
王子はそれを近くでいつも見ていました。
だから私を助けることも諦めています。
「王子。もう、お帰り下さい。あなたは罪人と話をしてはいけませんよ」
「お前はどこまでお人好しなんだよ。お前を助けようともしない俺を憎めよ」
「王子。あなたには関係のないことですよ」
「そうかよ。お前はそうやって俺を苦しめないようにするんだな」
「王子。私はあなたの恋敵ですよ?」
「そうだな。マーガレットは俺が幸せにするよ」
「その言葉を聞けて私は何も思い残すことはありません」
王子はまた来ると言って帰っていきました。
王子はもう、来ることはないでしょう。
帰っていく背中は震えていました。
王子が泣くのを我慢していたのは分かっていました。
王子は私の前では泣きたくないのです。
私達が出会った頃のような子供じゃないと。
王子は立派なお方になりましたよ。
牢屋の中ですることもなく、暇でウトウトしていると走る足音が聞こえてきました。
どんどん近づいてきて、その足音の持ち主は牢屋の警備をしている兵隊と言い合いになっています。
こんなに騒がしいお方がお城にいたでしょうか?
どんなに考えても思いつきません。
もしかしたら、お客様かもしれません。
「執事様!」
私を呼ぶ声に、ウトウトしていたことも忘れて、私は鉄格子に近づきます。
「マーガレット様」
「執事様。どういうことですか?」
「マーガレット様、落ち着いて下さい」
「でも執事様。私は訳が分からないのです」
「私はあなたを愛しています。だから私は罪人です」
「そんなことを言うのはおやめ下さい」
「いいえ、やめません」
「執事様。どうしてご自分から罪人になるのですか?」
「私はあなたを愛しています」
「執事様。私はそんな言葉を聞きたくありません」
「それで良いのです」
「えっ」
「あなたは一方的に私に好かれていただけなのです」
「執事様どうして?」
「どうか王子と幸せになって下さい。そして王子を支えて下さい」
私の言葉にマーガレット様は泣きそうな顔をしています。
「泣いてはいけません。強くなって下さい。そして私を救おうとはしないで下さい」
「えっ」
「あなたはこう言うのです。執事に好かれて困っていたと」
「そんなこと言えないです」
「愛してなどいないと」
「どうしてそんな酷いことを言わせるのですか?」
「愛してないと言って下さい」
「無理です」
「言って!」
「えっ」
命令のように聞こえた私の言葉に、マーガレット様は戸惑っている様です。
「あなたはワガママ姫なのでしょう?」
「それは噂で、、、」
「その噂を利用して下さい。あなたのワガママが、私を勘違いさせたと言うのです」
「ワガママ姫になれと言うのですか?」
「私が生きている時までです」
マーガレット様は私の言葉に恐怖を感じ、怯えて私を見ます。
「私はこれでいいからここにいるのですよ。だから心配などしないで下さい」
「あなたは心配も助けもいらないと言うのですか?」
「はい」
「そうですか。分かりました。ワガママ姫になりましょう」
そしてマーガレット様の顔が変わりました。
何かを決心したような顔を私に見せて帰っていきました。
それから一週間が経った頃、マーガレット様の噂を聞きました。
兵隊達の何気ない会話が聞こえてきたのです。
「さあ、交代の時間だ」
「そうか。ところでマーガレット様はどうなったんだ?」
「それが、マーガレット様は寝ることも食べることもほとんどせず、弓の練習をさっきまでしていたよ」
「もう、一週間くらいだろう? 弓を習いたいとワガママを言って、すぐにやめると思っていたのにな」
「そうだよ。すぐまた他のワガママを言うと思っていたよ」
「でも、もうマーガレット様は弓の練習はできないだろうね」
「何でだよ?」
「さっき倒れて、王子が弓を持つことを禁止したんだ」
「掌はマメやタコがたくさんあったんだろう?」
「そうだよ。そこまでするマーガレット様って本当にワガママ姫なのかな?」
兵隊の二人はそんな会話をしていました。
マーガレット様が心配です。
大丈夫なのでしょうか?
しかし私はマーガレット様の無事を確認することもなく、王様が決めた刑が執行されます。
私は火で焼かれます。
王様は私に、王子の信頼を利用したのだから、苦しみながら自分の罪を後悔しろと言いました。
そうですね。
でも私の罪は王様が言ったことではなく、今の現状に満足して、マーガレット様を見つけようとしなかったことです。
「マーガレット様は大丈夫なのでしょうか?」
私はどうしてもマーガレット様の様子を知りたくて兵隊に聞きました。
「最後だから教えてやるよ。マーガレット様はほとんど眠ってなかったのだから、今はぐっすりと部屋で眠ってるよ」
良かったです。
疲れて眠ってるだけなら大丈夫ですね。
それに、私の刑の執行を見ることもないのですから良かったです。
マーガレット様が私を見に来ることはないですね。
マーガレット様。
ゆっくりおやすみ下さい。
薪がたくさんあり、その真ん中に小さな台と長い棒があります。
その台の上に私は立たされ、棒に身体をくくりつけられます。
そして兵隊がその薪に火をつけます。
私の回りは炎で熱く、私は顔を歪めて我慢をします。
助けてと叫びたくなります。
そんな中、何か光るものが遠くから見えました。
私は目を細めてその光るものを見ます。
その正体は矢が太陽の日差しを浴びてキラキラと光っていました。
そしてその矢は私の方に向いています。
その矢を持っているのは、、、
マーガレット様です。
マーガレット様は私に向けて矢を構えています。
何故、私に向けるのでしょう?
私はマーガレット様に気付いていると伝えるように、マーガレット様と口を動かしました。
マーガレット様はそれに気付いて少し驚いていましたが、矢は私に向いたままです。
マーガレット様は何をしたいのでしょう?
考えたいのですが、炎が迫っていて炎のことで頭がいっぱいです。
そして次の瞬間、私の心臓に矢が刺さりました。
その瞬間はスローモーションのようでした。
◆◆◆
「お姫様が矢を放ったの?」
ユズは信じられないという顔で俺を見ながら言った。
「うん」
「その時のお姫様の顔は見えたの?」
「目に涙を溜めていたよ」
「お姫様も本当は嫌だったんだろうね」
「嫌なら矢なんて放たなければよかったのに」
「もしかして、レンったらお姫様の気持ちを分かっていないの?」
「えっ、気持ち?」
「お姫様はレンの苦しみを短くしたのよ」
「えっ、何でそんなことが分かるんだよ?」
「マメやタコができるまで練習して、寝ることも食べることもしないなんて、レンの為じゃん」
ユズは自分が経験したことのように話す。
それほど俺に気付いてほしいのだろう。
「そうなのかな?」
「それならレンは二人が執事とお姫様から何になったと思ったの?」
「罪人と罪人だよ」
「そうだね。レンは自分を殺して、お姫様も自分を殺したものね」
「自分を殺す?」
「自分の気持ちを隠す為に二人とも自分を殺したの。何も感じないようにね」
「ユズって人の考えを読み取るのが得意なんだな」
「それに比べてあなたは私が転生の話を聞いて、何を考えているかも分からないのよね」
ユズは小さな声で言った。
ユズの考えは分かっている。
「分かっているよ。ユズは運命を変えようと思っているんだろう?」
「……」
ユズは何も言わず困った顔をしている。
「ユズ?」
「そんなに簡単なことじゃないわよ」
ユズはそう言って繋いでいた手を離す。
心の距離まで離れた気分になった。
「昔のお話は終わりなんだから、手を繋ぐことはしなくていいわよね」
ユズは最もな理由をつけて言った。
それなのに、俺は納得できなかった。
ユズが離れていきそうに感じた。
「ユズ」
「レン? どうしてここに来たの?」
俺がユズを呼ぶとユズは首を傾げて思い出すように言った。
俺はサラに頼まれたことを話す。
隣の男子校の制服をコウから借りたいと言った。
「サラちゃんらしいわね。コウ君には聞いてみるわ」
「サラが男に化けるなんてできるのか?」
「最近は女の子のような可愛い顔の男の子が多いから案外、大丈夫かもよ。サラちゃん可愛いからね」
「サラを男だらけの学校に入れるのは嫌なんだけどな」
「それなら私が行こうか?」
「なんでユズなんだよ?」
「だって、楽しそうじゃない?」
「ユズも行けば俺の不安は倍増だ」
「それならコウ君と一緒にいれば安心でしょう?」
俺が承諾をする前にユズは髪型を考えていた。
ショートカットだから男になるにはちょうど良い。
楽しそうにしているユズを見るとダメだとは言えなかった。
それから三日後には、サラとユズは隣の男子校の制服を着て可愛い男の子になっていた。
大きい制服の袖からは、細くて白い腕が出ていて二人を小さく、か弱く見せた。
これは男子達が自分の感情に戸惑うかもしれない。
罪な二人だ。
サラはコウを見て驚いていた。
サラもコウとは小さな頃に遊んだことはあるから、俺と同じでコウの変貌に驚いていたんだと思う。
コウは俺には制服を貸してはくれなかった。
ユズを好きなようにさせたいと言っていた。
俺はお邪魔虫かよ。
俺はお留守番だ。
ユズとサラに何かあったら許さないからな。
コウ。
目を離すなよ。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら、幸いです。