レベル8 執事とお姫様
「ユズ、まだ来ないのか?」
ユズが学校の正門の前で立っている。
俺はそのユズの隣で一緒に立っている。
「もうすぐ来ると思うわ」
「あっ、ユズ。目を閉じて」
「何でよ?」
「目の下に睫毛がついてるから取ってあげるよ」
「本当? ありがとう」
ユズは俺の言葉を簡単に信じた。
睫毛なんて本当はない。
ただユズが他の男を待っていると思うと、嫌な気分になったからイタズラをして紛らわした。
「ユズ、レンは嘘をついてるよ」
俺の後ろからユズを呼び捨てにする声がした。
ユズを呼び捨てにできるのは俺だけだよ。
そう思いながら振り向く。
「おいっ、チャラ男。ユズは俺のだ」
「もう! レン」
「まだそんなこと言ってんの?」
俺が言うとユズは呆れたように言い、それを見ていたチャラ男がバカにするように鼻で笑って言った。
「お前、誰だよ。俺はお前なんか知らないんだよ」
「レン、彼はコウ君だよ。昨日も言ったでしょう? 小さい頃によく三人で遊んでたコウ君よ」
「コウ? あいつは眼鏡をかけてて細いやつだっただろう?」
「あれから何年が経ったと思ってるの?」
「本当にコウなのか?」
俺はチャラ男を上から下へと見た。
コウの面影はない。
細かったコウがこんなに逞しい身体になったのか?
「レン、ユズはレンのモノだって俺は知ってるから心配するなよ」
「心配してる訳じゃない。ユズは俺の傍から離れたらいけないんだ」
「そんなのユズが可哀想だろう? ユズにもユズの自由な時間があってもいいと思うんだけど?」
「ユズは俺といれば幸せなんだよ」
「束縛してユズが手に入るとでも思っているのかよ?」
「これは束縛じゃない。ユズを守っているんだ!」
「レン! ついてきてもいいけど、今からは一言も喋らないでよ」
俺とコウが話をしていると、ユズは少し怒りながら会話に割り込んできて言った。
俺、ユズを怒らせるようなことを言ったのか?
「何でだよ?」
「ついてきてもいいけど、何も教えないって言ったでしょう?」
「そんな~。ユズ~。嫌だよ~」
「レン」
ユズが俺を呼ぶが、声のトーンが低い。
こんなユズは、何を言っても聞いてくれないのは分かっている。
だから俺は黙った。
ユズはコウに、行こうと言って歩き出した。
俺は黙って二人の後ろを歩く。
俺がお邪魔虫みたいだ。
二人は楽しそうに会話をしているのに、俺はその二人の会話に入ることもできない。
なんだよ。
俺のユズなのに。
それから工場について中に入る。
それからユズとコウは別々の場所へ行く。
俺はどちらについていけばいいのか分からず、ユズとコウを交互に見ていた。
「レン、こっちへおいで」
ユズが手招きをして俺を呼んだ。
ユズの元へ行くとユズは手袋をしている。
そしてユズの手元には薄い鉄板がある。
「鉄板?」
「そうだよ。これが体育祭で使う優勝した団の賞状になるの」
「賞状?」
「うん。今年は初めての合同体育祭になるから、いつもと違う物を用意することになったのよ」
「だから二人でここに来ていたのか」
「うん。この工場はコウ君の叔父さんの工場だからってことで賞状係になったの」
「それで何でユズも賞状係になった訳?」
「コウ君と私は体育委員で集まった時に再会したの。それで私がコウ君の知り合いだったから賞状係になったのよ」
ユズはコウを見ながら言った。
ユズのコウへの視線が気になった。
ユズはコウを優しく見守っているように見える。
そんな視線が俺は嫌でたまらない。
「ユズ!」
「何?」
「賞状はあと何日でできるんだよ?」
「今日にはできるわよ」
「それならコウと、ここに来るのは今日が最後だよな?」
「どうだろう?」
「今日が最後だ!」
そして賞状はできたようだ。
ユズは嬉しそうにしていたがコウは困った顔をしていた。
ユズは、そんなコウに何かを言っていたが俺には聞こえなかった。
それから俺達はそれぞれの家へ帰った。
「お兄ちゃん」
俺が部屋に入ってベッドにダイブするとサラがいきなり俺の部屋に入ってきた。
「サラ? どうしたんだよ?」
「私、恋をしちゃった」
「はあ? お前は中学生の子供だろう?」
「お兄ちゃん。私は来年には高校生よ」
「でも今はまだ、中学生だろう?」
「お兄ちゃんに言った私がバカだったわ」
サラはそう言って部屋を出ようとしている。
サラはそんなバカじゃない。
俺に知らせた理由があるはずだ。
「俺に言わなければいけない理由があるんだろう?」
「そうなの。お兄ちゃんを頼ろうと思ったけど、なにもしてくれなそうだから、もういいわ」
サラは俺の方を振り向いて言った。
その顔は凄く落ち込んでいるようだ。
「可愛い妹の為だ。俺にできることは何でもするよ」
「本当? それならお兄ちゃんの学校の制服を貸してよ」
「何でだよ?」
「私の好きな人は、お兄ちゃんの学校の隣にある男子校の人なの」
「隣の男子校と俺の学校の制服と、何が関係あるんだよ?」
「中学生の制服だと子供だと思われちゃうからよ」
「もしかして、声をかけようとしてるのか?」
「当たり前じゃん。好きになったらまずは仲良くならなきゃね」
俺の妹の行動力には驚きだ。
「ユズに制服を借りるよ」
「違うよ。お兄ちゃんの制服を借りるの」
「はあ?」
「男子校なんだよ? 女子の制服は目立つでしょう?」
「学校の中に入るつもりなのか?」
「そうよ」
「男子の制服でも他の学校の奴がいるのは、おかしいだろう?」
「それならどうすればいいの?」
「分かった。俺がなんとかするよ」
サラは、お願いねと言って部屋を出ていった。
そして俺も部屋を出た。
そして隣の家のユズの家へ向かう。
「どうしたの? さっき別れたのに、もう私に会いたくなったの?」
ユズは俺を部屋に入れて、クスクス笑いながら言った。
「そうだよ」
「たまには違うことを言えないの?」
俺のマジな表情にユズは笑っていた顔を呆れた顔にして言った。
「ユズだってたまには私も、とか言えないのかよ」
「そうね。考えておくわ。ところで、どうして来たの?」
「話を変えたな」
「もう! 私も。これでいいの?」
「なんだよ、その心の込もっていない言い方は?」
「レンはそんな言葉がほしい訳じゃないでしょう? 私の気持ちはまだ決まっていないのよ」
「ごめん。ユズ」
「どうしてそんな顔をするの?」
「顔?」
「傷ついた顔よ」
傷ついた顔?
俺が?
傷ついているのはユズだろう?
「自分で気付いていないのね」
「うん」
「私がそんな顔にさせてるの? それとも昔の私?」
「ユズじゃない。ユズの言葉は俺を救ってくれるからな」
「それなら昔の私が、あなたを傷つけたことがあるの?」
「ユズには関係ないから」
「また私に隠そうとするの? 全てを話してくれるって言ったじゃない?」
ユズは悲しそうに言った。
「うん。でもユズは知らなくていいんだ」
「私は知りたいの」
「でも、、、」
「私は知らなきゃいけないの!」
「分かった。この話の二人の関係は今は言わないよ」
「うん。話を聞いていれば分かるわよね?」
「そうだね。それじゃあ話すよ」
◆◆◆
私は、まだ彼女を見つけることができずにいました。
でも今の生活は悪くないのです。
それは私の仕事に理由があります。
「あっ、ここにいたの?」
「王子がご自分で探さなくてもメイドにでも言っていただければ、メイドが私を探しますよ」
私はこの国の王子様の執事になりました。
王子はとても良い方で私はこの居場所を気に入っています。
「だって、お前に早く言いたかったんだよ」
「何かニュースでも、あるのですか?」
「俺が婚約するみたいなんだよ」
「それは良いお話ですね」
「よくないよ」
「どうしてでしょうか?」
「知ってるくせに」
王子はキレイに整った顔を歪めて嫌そうな顔をしています。
王子の気持ちは痛いほど分かります。
だって婚約相手が、あのお方だからです。
「王子。婚約者の方の前では、そのようなお顔は控えてくださいね」
「お前が、ずっと隣にいてくれれば考えてもいいよ」
「私が隣にいては、お二人の大切な時間を奪ってしまいますよ」
「俺は、お前だけでいいの」
「子供のようなことを仰らないでください。お話でもすれば印象は変わりますよ」
「でも彼女はワガママ姫だよ?」
「それはただの噂です」
「でも噂が出る原因は、あるってことだよね?」
「まずは会ってから決めましょう」
それから三日後、ワガママ姫と呼ばれる王子の婚約者である、マーガレット嬢が王子に会いに来ました。
私は王子とマーガレット嬢を二人にしたくて街に出掛け、マーガレット嬢が帰る頃まで戻りませんでした。
「おいっ、どこにいたんだよ?」
私がお城へ戻ると王子が不機嫌な顔ではなく、嬉しそうな顔で近寄ってきました。
「少し買い物に街へと行っておりました」
「マーガレット嬢は、とても美しくて聡明な姫だったよ」
「噂とは違った、お方なのですね?」
「うん。俺はマーガレット嬢と結婚するよ」
「それは良かったですね」
王子が幸せそうに笑っている。
それでいいのです。
王子が幸せなら、私は結ばれる運命の彼女と出会えない人生でも、良いのかもしれません。
それから王子とマーガレット様は結婚をし、お城へマーガレット様は移ってきました。
マーガレット様を遠くからしか見ることができていなかった私は、初めて近くで見ました。
とても美しいお方で、ワガママ姫という噂は誰かの妬みからきた嘘だと、すぐに気付きました。
髪の毛はフワフワで毛先が巻き毛になっており、白い肌にピンクの頬と唇。
そして、あの落ち着く香り。
香り?
マーガレット様に優しい風が吹き、髪の毛がフワフワと踊っているようです。
風はマーガレット様から私の所へと届きます。
この香りは正しく彼女の香りです。
私は気付いてしまいました。
マーガレット様は私がずっと欲しくてたまらなかった彼女だと。
「あっ、あなたが王子様の大切な執事様でしょうか?」
マーガレット様は私にニッコリ笑いかけて言います。
「あっ、あの、、、」
私はマーガレット様に見つかる前に、この場を離れようと背中を見せて逃げようとしていると、マーガレット様に見つかり声をかけられました。
「そうだよ」
いきなり声を掛けられて焦って何も言えない私に、怪訝な顔をして王子が変わりに言ってくれました。
「これからよろしくお願いしますね」
「はい。私は王子の執事ですので、マーガレット様とお会いすることは、ほとんどないと思いますが、こちらこそよろしくお願い致します」
私はマーガレット様に深々と礼をして顔を見ることなくその場をあとにしました。
何故なら、マーガレット様を見てしまったら私の心は、、、。
「今日のマーガレットに対しての対応はなんなの?」
明日のスケジュールを王子に伝える為に部屋へ行くと、王子は少し怒って言いました。
私もあの態度は悪かったと思います。
でも、これからのことを考えると、あの対応が正しいと私は思っています。
「申し訳ございません。マーガレット様にそうお伝え下さい」
「そんなの自分で伝えてよ。今からマーガレットがこの部屋に来るんだからね」
「えっ。そっ、それなら私はここにいては、、、」
「マーガレットと二人は緊張をするから、お前もいてよ」
「王子。あなたはマーガレット様と生涯を一緒に過ごすと約束をしたのでしょう? そのような子供のようなことを言うのは今日で最後にしてください」
私には王子のようにマーガレット様との約束ができる地位はないのですから。
だから私はマーガレット様と関わることは避けたいのです。
「それなら今度、自分で言ってよ」
「何をですか?」
「マーガレットに失礼な態度をとったことを謝ることだよ」
「そうですね」
そして私はマーガレット様に会わないように、急いで王子の部屋を出ました。
その後すぐにマーガレット様が、王子の部屋を訪れていたのが見えました。
マーガレット様の後ろ姿を見るだけで、私の心拍数は上がりました。
このままではいけません。
私はこのお城を出ていく決意をしました。
王子からマーガレット様を奪うことなんてできません。
今ならまだ間に合います。
マーガレット様は気持ちに気付いていないのですから。
私は王様にお城を出ていくことを伝えました。
王様は王子が承諾すればよいと言ってくださいました。
「王子、お話があります」
「何?」
私は王子が夕食を食べ、部屋でのんびりしている時に言いました。
機嫌が良い時に話をすれば、承諾をいただけそうだからです。
「私がこのお城から離れることを、承諾していただけませんか?」
「離れる? 休みをとるの?」
「いいえ。このお城を出て他の場所で生きていきます」
「それならダメ」
「えっ」
「俺はお前がいなかったら、このお城で生きていけなかったんだよ? お前だけが俺を心配して居場所を作ってくれたんだ。だからダメ」
王子がとても可愛く見えました。
ワガママを言う子供のようです。
でもそのワガママを嬉しく思えるのは、王子が私を大切に思ってくれているからです。
「王子。私を必要だと思っていただき光栄です。しかし私は王子の幸せの為に、このお城を離れるのです。私も王子が大切でとても大事なのです」
「だったら俺もお前が幸せなら承諾するけど、お前は幸せそうには見えないよ」
「えっ」
「お前がこのお城を離れて、幸せだということを証明してくれれば承諾するよ」
「分かりました。少しだけお時間をいただけますか?」
そして私は王子へ証明する為に、お城を離れてからの住む場所や、働く場所などを探しました。
ちゃんとその場所で生きていけることを証明しようとしました。
「あのっ、執事様?」
ある日、私は女性に呼ばれ振り向くと、そこにはマーガレット様が立っていて、手招きをしていました。
私はマーガレット様の元へ向かうと中庭へと連れてこられました。
人気のない中庭の隅へと来ると、マーガレット様は悲しそうな顔をして私を見ています。
「マーガレット様?」
「あのっ、執事様。どうかこのお城を離れることは、おやめください」
「マーガレット様。私は、もう決めているのです」
「しかし、王子様がとても落ち込んでいたのですよ? 執事様がいなければ、王子様は可愛い笑顔を私に見せてはくれません」
マーガレット様は、不安そうに私に言います。
「王子は好きな食べ物を食べると可愛い笑顔を見せてくれますよ」
「いいえ。今回は何をしても笑ってくれません」
「そんなことは一度もなかったのですが」
「私のせいですか?」
「えっ」
「私がこのお城に来たことが、いけなかったのでしょうか?」
「そんなことは絶対に違います」
私はそう言って、落ち込んで下を向いていたマーガレット様を下から覗き込みます。
大きな瞳にたくさんの涙を溜めて今にも泣きそうです。
そんなマーガレット様を見た私は、マーガレット様の頬を優しく両手で包み見つめます。
マーガレット様は涙を流さないように耐えながら、私の両手に両手を重ねて私を見つめます。
時間がどのくらい経ったのかは分かりません。
私はこの時、確信しました。
マーガレット様も私と同じ気持ちなんだと。
「マーガレット様。今日は、もう遅いのでお部屋へお戻り下さい」
「でも、まだお話は終わっておりません」
「それでは、また明日の今の時間に、ここでお待ちしております」
「分かりました。必ず明日また、ここでお会いしましょうね」
そしてマーガレット様は、自室へお戻りになりました。
そして私も戻りました。
次の日の夜中に私は中庭へ向かいます。
心がウキウキとして、足も軽いです。
マーガレット様に会えることが、こんなにも嬉しいなんて私は悪い執事です。
「マーガレット様」
「執事様」
マーガレット様が嬉しそうに笑っているのがとても嬉しいのです。
私まで笑ってしまいます。
「執事様はそんなに優しく笑うのですね?」
「えっ」
「王子様は執事様のお話を毎日するのですよ。楽しそうに笑う王子様を私は好きになりました」
「そうですね。王子は子供のように笑って、とても可愛いのです」
「王子様を大切に思っているのですね?」
「はい。マーガレット様と同じです」
「それなら私は執事様がお城を離れることを反対はしません」
「本当ですか? 王子を説得してくれますか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
「あっ、執事様。流れ星ですよ」
マーガレット様はそう言って空を指差しました。
夜空には星空が広がっており、とてもキレイです。
その星空を見ているマーガレット様はもっとキレイです。
「マーガレット様」
「はい。何でしょうか?」
「初めてお会いした日の無礼をお許し下さい」
「執事様は大好きな王子様を取られて拗ねていたのでしょう?」
「そうですね。申し訳ございませんでした」
「許してあげます。これで」
マーガレット様はそう言って、星空を見ながら私の手を握りました。
私も星空を見ながら、マーガレット様の手を握りました。
触れ合うのはこれが最初で最後です。
◆◆◆
「ここまでだったら二人の関係は分かるだろう?」
俺は区切りの良い所でユズに問いかけた。
「執事とお姫様ね」
「そう。ここで話が終われば良かったんだ」
「終わりじゃないのね?」
「そうだよ。この後の話を本当に聞くのか?」
「うん。私は大丈夫よ」
ユズはそう言って俺の頭を撫でる。
俺の不安を取り除くように優しく。
そんなユズの手を握る。
「全てを話すまでこのままで」
「私は何処にも行かないわよ」
「違うんだ。俺が怖いんだ」
「そうね。大丈夫よ」
ユズはそう言って手を握り返してくれた。
大丈夫。
ユズなら大丈夫。
そして俺は深呼吸をして続きを話す。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけたら幸いです。




