レベル7 村人と旅人
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ユズと一緒に歩いていた男の人が気になって、俺は放課後ユズを遠くから尾行していた。
体育祭までは話せないからユズに直接、訊くことはできない。
ユズは隣の男子高の前で誰かを待っている。
そして少しするとチャラい男がユズを呼んだ。
ユズはやっと来たと言いながら嬉しそうにしていた。
俺のユズだよな?
どうして、そんなチャラい男に笑いかけるんだよ?
髪の毛は金髪で、耳にピアスしてるし、制服のシャツのボタンはしていない数の方が多い。
俺のユズだって言いたいけど、二人はどこかへ行くようだ。
だから言いたいけれど我慢して、俺は二人を尾行した。
二人は大きな工場へ入っていった。
工場でデート?
どんなデートだよ。
もしかしてユズは脅されているのか?
人気のない工場でお金を渡すのか?
あれ?
二人の前に汗だくのおじさんが現れた。
そして二人はおじさんと一緒に奥へと入っていった。
俺が尾行できるのはここまでだ。
気になる。
二人は何の為にこの工場に?
俺は一人で家へ帰る。
ユズが俺の知らないところで何かをしている。
俺のユズが俺から離れていくように感じる。
「お兄ちゃん! お姉ちゃんは何て言ってたの?」
家へ帰るとサラが俺に興味津々に訊いてきた。
「ユズには訊いてないんだ」
「なんでなの?」
「ユズとは体育祭まで話さないって約束だからな」
「約束を守る為に訊かないなんて、お兄ちゃんってバカなの?」
「兄ちゃんにバカはないだろう?」
「だって、中学生の私でも約束を守るより、今がとても大切なことだって分かるわよ?」
「今?」
「そうよ。お姉ちゃんがどうして男の人と一緒にいるのかよ」
「ユズの恋人ではないと思うよ」
「今は恋人じゃないかもしれないけど、分からないわよ? いつ、恋に落ちるのか分からないんだからね」
「そうだな。いつもそうだ」
「お兄ちゃん?」
「ユズはいつ、俺に恋をするか分からない。だから俺はいつも困るんだ」
「お兄ちゃん。何を言ってんの? 意味が分からないんだけど?」
「ん? 中学生のサラには分からないさ」
「あっ、子供扱いしたわね?」
「サラがバカって言うからだろう?」
「お兄ちゃんなんて嫌いなんだから」
サラはプンプン怒りながら自分の部屋へ入っていった。
可愛い妹だ。
後でサラの好きなお菓子を部屋へ持っていこう。
サラありがとう。
サラが教えてくれたんだ。
今が大切なんだ。
ユズとの約束なんて守らなくていい。
そんな約束をしなくても、俺はユズがいれば何でも楽しめるんだ。
体育祭だって楽しんでやるよ。
今を楽しむんだ。
ユズの気持ちが決まるまで、待つだけじゃなくて、俺が自分で動くことも必要なんだ。
ユズだけに俺達二人の運命を決めさせるのは間違っているんだ。
どうすればハッピーエンドになるのか二人で見つけるんだ。
俺とユズ。
二人で必ず幸せになるんだ。
俺はユズの部屋へ急いだ。
ユズへ伝えたい。
二人で見つけようと。
ユズ一人に責任を押し付けない。
「ユズ」
「えっ」
俺はユズの部屋を勝手に開けた。
ユズは驚いて俺を見て、手にしていたドライヤーを俺に向けた。
お風呂上がりなのか頬は赤くなり、髪は濡れてショートヘアーの黒髪は雫を何滴かユズの肩に落としている。
ユズは驚いた顔はしておらず、今は怒った顔をしている。
「怒っているのは分かったからドライヤーは止めてくれるかな?」
「嫌よ。勝手に女の子の部屋に入るなんてデリカシーが無さすぎるわ」
「ごめん。でも、早くユズに伝えたくて、、、」
ユズはドライヤーを止めてくれた。
うるさくて、強い風のドライヤーが止まってくれて良かったよ。
「伝えるっていってもどうやって? 私達は話さない約束でしょう?」
「今、すでに話をしているから約束は守られていないよ」
「約束を守らないほど大切なことがあるの?」
「あるよ。でも、伝える前に昔の話を聞いてくれないか?」
「うん。いいよ。」
それから俺は俺達が兄妹だった時の話をした。
彼女は俺の話を楽しそうに、たまに悲しそうに聞いていた。
「ウタちゃんは本当にお兄ちゃんが大好きだったんだね」
「最期もそう思っていてくれたらいいけど」
「思っているわ。ウタちゃんが手紙を書いたのは本当はお兄ちゃんと結婚したかったからよ。でもそれを選んだら二人はダメになるって分かっていたのよ」
「どうしてユズはウタの気持ちが分かるんだよ?」
「だって、本当の兄妹じゃないことは伝えなくてもいいことよ。それをわざわざ伝えるのは気付いてほしかったのよ」
「ウタはもういないのに?」
「そう。いないからこそ、伝えられたのよ。本当の気持ちをね」
もし、ユズのように考えていたら俺のあの後の人生はもっと良いものになっていたのかもしれない。
ウタのお墓にも顔を出さず、ウタの子供も見ることもなく、他人として俺は生きた。
もし、ユズが側にいたなら、何か変わったのかもしれない。
そんなことは有り得ない話だけど。
「それで? 私に伝えたいことって何?」
「俺もユズと一緒に見つけるよ」
「私と一緒に? 何を?」
「ハッピーエンドを」
「私達のハッピーエンドを?」
「そう。ユズの気持ちが決まるまで待とうと思ったけど、一緒に決めてもいいのかなって思うようになったんだ」
「レンは私が好きなんでしょう?」
「そうだよ」
「レンは決まってるじゃない?」
「ユズの気持ちで俺は変わるんだ。ユズがどうするのかによって俺の気持ちも変わるよ」
「私がレンを好きにならなくてもいいの?」
「それはその時に考えるよ。でも今はユズが好きなのは変わらない」
ユズは俺の言葉を聞いて、照れたように笑った。
その顔はまるで昔のあの日の彼女を思い出した。
「誰を思い出しているの?」
「えっ」
「レンって分かりやすいの。昔の私を思い出す時、フワッと笑うんだもん。私に対する視線が一段と優しくなるの」
「えっ、そうなんだ」
「それで? 次はどんなお話なの?」
「これは俺が村人で昔のユズは旅人だよ」
「それなら何もバッドエンドになりそうな要素はない気がするけどね」
「それは、話を聞けば分かるよ」
「うん」
◆◆◆
僕はこの村で一番の普通の村人。
何の取り柄もなく、ただ静かに暮らしている。
それでいい。
そのまま一人で死んでいく。
彼女に会うこともせずに、普通に生きて死んでいく。
それが僕の一番の幸せなのかもしれない。
人を愛することさえ知らない。
そうすれば失うこともない。
彼女と出会うこともない。
「お~い。誰か、旅人が森で倒れていたんだ。手を貸してくれ」
どこか遠くからこの村では一番の金持ちである男が村人を呼びにきた。
その男の声に村人は集まる。
僕には関係ないから集まることもせず、自分の仕事をする。
僕の仕事は村人が森から持ち帰った大木の皮を剥ぐ仕事だ。
誰もやりたがらない仕事だから僕の仕事はなくならない。
一人でずっと皮を剥いでいる。
僕の手はそのお陰なのか、頑丈になった。
熱さも冷たさも人より鈍感になっている。
柔らかいモノはすぐに潰して壊してしまうほど、感覚が鈍い。
僕は横目で旅人がどんな人なのか見た。
長いキレイな赤毛が見えた。
旅人は女性のようだった。
そしてあの香りがした。
彼女の香りだ。
忘れるはずかない。
彼女の落ち着く香り。
彼女はお金持ちの家へと運ばれた。
彼女が心配だ。
でも、僕は彼女には何もしてあげられない。
だって僕にはお金も地位もない、ただの村人だから。
「おいっ、お前ら。早く出ていけ。彼女はオレのモノなんだからな」
お金持ちの男はそう言って、彼女を運ぶ手伝いをした村人達を家から追い出した。
彼女が危険だ。
あの男は何をするか分からない。
しかし、僕に何ができる?
僕ができることを考え、僕はお金持ちの家のドアをノックした。
そしてお金持ちの男が迷惑そうな顔をして出てきた。
「お前、誰だよ」
「僕は大木の皮を剥ぐ仕事をしています」
「あ~、誰もしない仕事を毎日している奴だな」
「はい。あの、それが、仕事がなくなりまして」
「仕事がない? そんなことはないはずだ。今日の分は持って帰ったはずだ」
「いつもと同じ量の大木の皮を剥いだのですが、仕事が楽しくていつの間にか終わってしまったのです」
「まだ夕方まで時間があるが、今日の仕事は終わりだ」
「僕はまだやりたいのです。どうか僕に仕事をください」
「分かった。今から何本か、大木を持って帰らせるからそれまで待ってろ」
そしてお金持ちの男は大木を持ち帰る仕事の村人達を呼びに村人達がいる酒場へ向かった。
僕はその隙にお金持ちの家へ入り、彼女を探した。
彼女は高価そうな大きなベッドに寝かされていた。
僕は彼女の顔を覗き込んだ。
彼女はとても美しかった。
「ねえ、起きてくれないかな?」
僕は彼女の体を揺すった。
彼女はゆっくりと目を開けた。
「あなたは?」
「僕はあなたを助けに来たんだ」
「そういえば私、獣に襲われて。痛っ」
彼女が痛そうに頭を押さえた。
僕は彼女が痛がっている頭を見ると大きなたんこぶができていた。
「たんこぶができてるよ」
「たんこぶ? ふふっ」
「何で笑うの?」
「だってたんこぶだよ?」
「たんこぶの何が面白いの?」
僕はたんこぶから視線を彼女の顔に向けて驚いた。
だって彼女が泣いていたから。
さっきまで笑っていたよね?
「怖かった。私は死ぬんだって思ったの」
「君は生きてるよ。僕の目の前にいるよ」
「証明してよ。私が生きてるっていう証を」
僕は彼女の頬に触れる。
僕の掌に彼女の頬の感触はない。
それでも彼女を壊さないように触れた。
「あなたの手ってとても硬いのね。お仕事のせい?」
「そうだよ。僕の掌は君の頬の柔らかさは伝わらないんだ。君を壊しそうで怖いよ」
「怖いなんて私と同じなのね。私は壊れないわ」
彼女はそう言って僕の手の甲に彼女の手を重ねて、ゆっくり上下左右に彼女の頬の上を動かした。
掌には何の感触もないはずなのに、温かさを感じたのは、手の甲にある彼女の掌のせいだと思う。
「温かいよ」
「私も温かいよ」
「ありがとう」
「えっ、どうしてお礼なんて言うの?」
「だって、久し振りにこの手で温かさを感じたんだ」
「そういうことなら、どういたしまして」
彼女は照れながら笑った。
「そうだ。君はここにいたら危険なんだ」
「そういえば、ここは何処なの?」
「話は後でするから、まずはここから逃げよう」
「うん」
僕は彼女に手を差し出した。
彼女はギュッと握ってくれた。
でも僕は握り返すことはできなかった。
彼女の手を握り潰さないように。
僕は彼女を物置小屋に隠した。
僕しか入らない小屋だから誰にも見つからないと思った。
「少しだけ我慢してくれる?」
「ここが安全なら、ここにいるわ」
そして彼女がなぜ、旅をしているのか聞いた。
彼女は大切な人を助ける為に、旅に出たと教えてくれた。
「君はいつまで旅をするの?」
「分からないわ」
「分からない?」
「死ぬ思いをしてまで旅をして、何の意味があるのか分からなくなったの」
「大切な人を助ける為の旅なのに、君はそれでいいの?」
「私が命を落としたら大切な人は誰が助けるの?」
「君の選択はどちらも大切な人を助けることができないようだね」
「だから分からなくなったの。どうすればいいの?」
彼女の問いかけに僕は答えられなかった。
僕にも難しい問題だ。
そして、無責任な答えを言うのも間違っていることは分かっている。
彼女は物置小屋に何日か隠れた。
お金持ちの男は彼女のことを、また旅に出たと思いすぐに忘れた。
僕は彼女がいる物置小屋に毎日、何回も通った。
そんな僕を怪しく思った村人が彼女を物置小屋で見つけた。
そして彼女を隠していた僕に怒り、物置小屋に火を放った。
物置小屋には彼女がいた。
僕は急いで物置小屋へ向かって燃え盛る物置小屋の中へ入った。
「リリア、どこにいるんだ?」
「ここよ」
中は熱くて煙もあり、息をするのがやっとだった。
その中でリリアを見つけた。
リリアは焼けて倒れてきた棚に足が挟まっていた。
「大丈夫?」
「動けないの」
「分かったよ。棚を持ち上げるからその間に出てきて」
「うん」
僕は棚を持ち上げる。
すごく重い棚をなんとか持ち上げた。
リリアはすぐに出てきて二人で物置小屋から出る。
その後すぐに物置小屋の屋根が音を立てて落ちた。
俺達はいつの間にか手を握っていた。
僕の掌は何も感じていなかった。
「ふふっ」
リリアは笑いだした。
リリアがこんな状況なのに笑うのは怖いからだ。
僕は知っている。
僕はリリアを抱き締めた。
僕がいるから大丈夫だよと伝えるように。
リリアは震えていた。
「あなたの手がいいな」
リリアは不安な顔をしながら僕を見上げた。
「僕の手は危険だからやめた方がいいよ」
「あなたの手は硬くて安心できるの」
「仕方ないね」
僕はリリアから離れて手を差し出した。
リリアは僕の掌を見て固まった。
何? どうしたの?
「ねぇ、痛くないの?」
「何が?」
「あなたの掌に木の欠片がたくさん刺さっているわよ?」
「僕は痛くないから大丈夫だよ。今から抜くから少し待ってくれるかな?」
「私がするわ」
リリアが一つ一つ木の欠片を抜いてくれる。
「ごめんね。痛いよね?」
「痛くないよ」
「痛いわよ。あなたの掌は痛いって言ってるわ」
リリアは一生懸命、木の欠片を抜いている。
そんな僕の掌を見ると何か雫がついている。
雫の正体に気付いてリリアの顔を覗き込んだ。
「リリア? どうして泣いてるの?」
「ごめんね。私のせいだよね?」
「違うよ。リリアは何も悪くないよ」
「いいえ。私があなたに甘えていたから悪いのよ」
「リリア?」
「ごめんね。私、あなたとは一緒にいられないよ」
リリアは木の欠片を全て抜き終わり、リリアが自分の頬に僕の手を添えた。
僕の手は、やはり何も感じない。
「僕はリリアに甘えてほしいよ」
「私には大切な人が待ってるの。だから帰るわ」
「でも、助ける為に旅に出たんだよね?」
「私は私にできることをするわ。一緒にいられる時間を大切にしたいの」
「そんなに大切な人なんだね。僕よりも、、」
「ごめんなさい」
◆◆◆
「それから彼女は次の日の朝、姿を消したんだ。傷に効く薬草と小さな花を添えてね。俺には別れも言わずに」
「小さなお花って名前は分かる? 色とか何か特徴は?」
「小さくて水色の花だったけど、そんなのたくさんあるから、花の名前なんて分からないよな?」
「それだけじゃ色んなお花が当てはまるけど、もしそれが勿忘草のお花だったら、彼女はちゃんと別れの言葉を言ってるよ」
「えっ」
「真実の愛。花言葉よ」
「花言葉がその世界に存在するのかも分からないけど、そうだとしたら俺は彼女のことを想いながら生きていけたのかな?」
「レンはどんな最期でも、彼女のことを想っていたでしょう? だからレンは、また私の目の前にいるのよ」
ユズが俺を見つめて言った。
またユズの言葉に救われた。
「ところで、ユズと一緒に工場に入っていった男は誰なんだよ?」
「何で知ってるの?」
「尾行したんだ」
「尾行なんてやめてよね。そんなことをしてもレンには教えないよ」
「明日、俺もユズと一緒に工場に行くよ」
「ダメって言ってもレンは来るものね。だから、来てもいいけど何も教えないからね。そして行くのは明日だけにしてよ」
「分かった。隣の男子校の男に、ユズは俺のだって言わないといけないな」
「えっ、彼は知ってるわよ」
「ユズが言ったのか?」
「彼は昔から知ってるの」
「はあ?」
「コウ君だからね」
「コウ君?」
「幼馴染みのコウ君よ」
俺は幼馴染みのコウ君と言われても思い出せない。
そんな俺の反応が面白いのかユズはクスクスと笑った。
俺は何も面白くない。
しかし、明日が楽しみだ。
チャラ男に俺のユズだと言ってやるんだからな。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
お話の中ではまだまだ夏の季節が続きますが、気にせずお読みいただけたら幸いです。




