レベル5 領主と正妻
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「ごめんね。夏休みは、ほとんどレンの部屋を使っちゃて」
ユズは申し訳なさそうにパジャマ姿で、エアコンのついた涼しい俺の部屋で言った。
ユズの部屋のエアコンは明日、修理するらしい。
エアコンの修理を知り合いに頼んだが、その人が忙しく、修理に来てくれるのに時間がかかった。
俺はユズの部屋のエアコンがなおるまでは、俺の部屋に泊まってもらうつもりだったのに、ユズは申し訳なさそうに俺に何度も、ちゃんとベッドで寝なくていいのか訊いてきた。
俺が大丈夫だと言っても、ユズは安心した顔はしなかった。
それが毎晩のように続いていた。
だから最後の今夜もユズは言うだろう。
「ねぇ、本当に今日もリビングで寝るの?」
「うん。ソファで寝るのにも慣れたよ。落ちないようにクッションを置けば、快適に寝れるんだよ」
俺は毎晩のようにソファから落ちている。
クッションなんて何の役にも立たない。
でも、ユズが心配をするから嘘をつく。
「嘘つき」
「えっ」
「今日が最後なんだから!保育園の時のお昼寝のように一緒に寝ようよ」
「何年前の話をしているんだよ?」
「いいじゃない。何度も転生しているレンからすれば、最近の話でしょう?」
「いいけど、どうするんだよ? 俺がユズに手を出したりしたら」
「レンはそんなことはしないわ」
「まぁ、そうだね」
そうなんだ。
俺はユズが嫌がるようなことはしない。
それは昔からそうだ。
俺は彼女のことを一番に考えていた。
彼女の幸せを一番に考えていた。
俺が彼女を傷つけるのは一度だってしたくはない。
あれが一度きりなんだ。
「どうしたの?」
「えっ」
「何か思い出したの? 悲しそうな顔をしてるわね」
「何でもないよ」
「教えてよ。私がレンをそんな顔にさせているみたいで嫌なのよ」
「ユズのせいじゃなくて、僕が前世のユズに悲しい顔をさせたんだよ」
「それでレンは、後悔をしているの?」
「うん」
「後悔をしているからって、そんな顔をしないで。レンは笑っていなきゃダメでしょう?」
「えっ」
「笑えば必ず幸せは訪れるのよ?」
「そうだね」
ユズの言葉に俺はホッとする。
ユズが俺を許してくれたみたいだ。
俺はあんなにヒドイ男だったのに。
そして俺とユズは一緒にベッドに入った。
二人で寝るには狭いベッドだ。
ユズが眠ったらリビングで寝ようと思った。
「聞かせて」
「何を?」
「レンの後悔のお話よ」
「でもこの話は、ユズに嫌な思いしかさせないと思うんだ」
「あれ? 全てを話してくれるんじゃないの?」
ユズは俺の方を向いて近距離で言った。
狭いベッドは肌が密着する。
それなのにドキドキよりも落ち着く。
もっとユズに触れたいと思う。
ただユズの温もりを感じたいと思った。
昔のように。
前の彼女にしたように。
ただ触れあうだけの関係。
「今回は俺が領主で、昔のユズは俺の正妻の話だよ」
「結婚をしているの?」
「そう。この話は、俺が一番嫌いな話なんだよ」
「結婚していて嫌いな話なんて、聞くのが怖いわ」
「でもユズには全てを知ってほしいんだ。だからユズも覚悟して聞いてほしい」
「分かったわ」
◆◆◆
ワタシがこの世で一番ほしいモノ。
それは彼女だ。
どんなに嫌われていても、ワタシは彼女を手に入れる。
「あの娘は結婚できる歳になったか?」
「はい。昨日、十六歳になったのを両親に確認してきました」
ワタシはこの村で一番の領主だ。
使用人に彼女の情報を探らせるのも簡単だ。
誰もワタシに逆らう者はいない。
逆らった者はこの村にはいられないからだ。
「それでは明日、あの娘を迎えに行こう。あの娘は明日からワタシの正妻だ」
「それはとても嬉しがるでしょうね。両親が」
「そうだろう。この村で一番のお金持ちの家に、愛娘が住めるのだからな」
次の日、朝からあの娘の家へ向かった。
早く会いたい。
ワタシの愛しい彼女。
「私は結婚など、まだしたくはありません」
彼女は嫌がりながら家から出てきた。
まだ幼い彼女からは、いつもの落ち着く香りがした。
やはり、彼女だ。
「君がワタシの正妻になることは決まっているんだよ」
「でも私はまだ子供ですよ? あなたのような大人の方なら、もっと魅力的なお方がいらっしゃると思いますよ?」
「いいや。ワタシは君がほしいんだよ。この日をどれだけ待っていたと思っているんだい?」
「でも、私はまだ結婚なんて考えたこともありません」
「君の両親は喜んでいたよ。ワタシが君を幸せにできると分かっているからね」
「そうですか」
「さあ、馬車に乗りなさい」
そしてワタシは馬車のドアを開けた。
彼女は逆らうこともせず乗った。
結婚なんてしたくないと言っていたのに、気持ちが変わったのだろうか?
「何故、ワタシが君をほしいか分かるかい?」
「いいえ」
馬車に揺られながら、彼女と話すことが嬉しくてたまらない。
「君はどんな世界でもワタシの癒しなんだよ」
「……」
「君を初めて見たのは君がまだ幼い時なんだ。その時の君は幼いけれど、ワタシの心を温めてくれたんだ」
「……」
「どうしたんだい? 具合いでも悪いのかい?」
「いいえ」
「それならどうして何も話さないんだい?」
「話す必要がありますか?」
「あるよ。君と、やっと話すことができるんだからね」
「私はあなたのモノになったのでは? 他に何をほしがるのですか?」
彼女は冷たい眼差しでワタシを見ている。
どうしてそんな目をするんだ?
ワタシと君はやっと結ばれるんだよ?
「ワタシは君だけでいいんだ。他には何もいらないんだよ」
「そうですよね? 私はあなたの側にいれば良いのですよね?」
「そうだ。ワタシの傍にいてくれれば君も幸せなんだよ?」
「はい」
彼女はそう言って窓の外を眺めた。
どうしてワタシを見てくれないんだ?
やっとワタシと一緒に幸せになれるのに。
「君の好きな食べ物は何だい?」
「私は何でも食べます」
「嫌いな食べ物はないんだね?」
「無理すれば何でも食べられます」
「君は偉いんだね」
「食べ物を粗末に扱うのは、人として恥ずかしいので」
彼女はワタシに心を開こうとはしない。
ワタシは今の彼女のことを知りたいのに。
彼女は無表情でワタシのことなんて、チラッとも見ずに答える。
ワタシは彼女が好きなんだよな?
ワタシに冷たい彼女を好きなのか疑問に思うよ。
ワタシが彼女に何をした?
嫌われるようなことをした覚えはない。
「今日は君と散歩にでも行こうと思うんだが、来てくれるかい?」
「ワタシに嫌だという権利はありませんよね?」
「君が嫌なら明日でもいいんだよ?」
「明日も、明後日も、来年も、ずっと嫌です」
彼女は本当に嫌そうに言った。
そんな言い方はないと思う。
昔はあんなにワタシを愛してくれていたのに。
どうして彼女は、ワタシを愛してはくれないんだ?
「ワタシが彼女に甘いのかな?」
「どうなさいました?」
ワタシは側室の女性に彼女の愚痴をこぼした。
ワタシは側室が三人いる。
側室というより、ワタシの話し相手だ。
ワタシは正妻の彼女だけでいいと思っていたが、この世界では側室を三人以上は作らなければならない。
側室達とは触れあうこともない。
ただ隣で話をして一日が終わる。
ワタシには彼女だけでいい。
側室達は美しい。
顔も容姿も身分も完璧だ。
そんな側室達を見ても、ワタシには彼女だけなんだ。
「、、様が逃げたぞ」
そんな声が聞こえて、ワタシは目を開けた。
ベッドから起き上がり、部屋の外へと出る。
使用人達がバタバタと走り回っている。
「何があったんだ?」
「あっ、旦那様。それが、その、、、」
「早く言え!」
「奥様が逃げました」
「えっ、彼女が?」
「屋敷に姿はありません」
「それなら早く見つけろ。彼女はワタシのモノだ」
使用人は急いで彼女を探しに外へ走っていった。
ワタシは落ち着いてなんていられない。
彼女が逃げた?
そんなにワタシが嫌だったのか?
本当に彼女は逃げたのか?
もしかして拐われたのか?
心配で仕方がない。
ワタシの大切な彼女。
どこにいるんだ?
大丈夫なのか?
悲しい思いはしていないのか?
それからずっと彼女を探し続けたが、見つからない。
正妻がいなくなったワタシに、正妻を側室から決めろと側室達の両親に言われた。
それでもワタシは、彼女が見つかることを信じて、正妻は彼女のままにしていた。
でも、そんなことは許されず、ワタシの第一の側室が正妻となった。
ワタシは承諾などしていない。
勝手に決まったこと。
それでも正妻になった女性には、指一本も触れたりはしない。
ワタシは彼女にだけ触れたいんだ。
正妻になった女性は子供を欲しがった。
ワタシはそれでも正妻になった女性には触れない。
そんなワタシに正妻になった女性は秘密を言った。
この屋敷でワタシ以外の人間はみんな知っていた。
それを聞いて苛立ちより、早く確認をしたかった。
その秘密が本当なのか。
「ラン。君はずっとここにいたのかい?」
ワタシは牢屋の前に立ち、中に閉じ込められている相手に声をかけた。
その相手は振り向いて頷いた。
「どうして逃げたんだい?」
ワタシが問いかけると、ランは大きく首を横に振った。
「何故、喋らないんだい?」
ランは首を横に振るだけだ。
ランの口から聞かなくても分かる。
ランはここで一人で過ごしていた。
逃げようとすれば手枷がランに傷をつける。
逃げることも叫ぶことも諦めたランは毎日、何を想って生きていたのだろう?
ワタシには、ランの悲しみを理解することは一生できないだろう。
「ラン。君を綺麗にしてご両親の元へ返すよ」
ワタシの言っている意味が分からないのか、ランは首を傾げて見てくる。
「出ておいで」
ランを牢屋から出す。
ランの前に手を差し出すと、ランは手を乗せた。
ワタシはランの手を握り、浴室へと向かう。
ランの服を脱がすことはせず、シャワーで汚れを落とす。
排水口に黒い水が流れていく。
ワタシは優しくランの腕を洗う。
ランはくすぐったいのか、じっとしてくれない。
ランの首を洗う。
ランの頬に手を当てる。
するとランが上から手を重ねてきた。
ランと視線がぶつかる。
ランのワタシへの対応が変わっている。
あんなにワタシのことを嫌っていたのにどうして?
ワタシを見る目が、結ばれることができなかった昔の彼女を思い出させる。
「ワタシが嫌いじゃないのかい?」
ランは大きく首を横に振った。
「でも、ワタシの正妻になったから、こんなことになったんだよ?」
それでもランは大きく首を横に振った。
そしてワタシに抱き付いた。
落ち着く。
温かいランに包まれているようだ。
ワタシがランを見つけなければ。
ワタシがランを好きにならなければ。
ワタシがランをワタシのモノにしなければ。
ランはこんな苦しい思いはしなかった。
ランは幸せに暮らせた。
ランはワタシなんかに会わなかった。
どうしよう?
ワタシには後悔しか残らない。
そしてランには傷跡しか残らない。
ワタシはこれからランに、何をしてあげればいい?
違う。
何もしなくていいんだ。
ランに関わらないことが一番なんだ。
「本当にごめん」
ワタシがランに謝ると、ランが心配そうにワタシを見上げる。
まるで泣かないでと言うように、ワタシの頬に流れた涙を指で拭った。
「さあ、ご両親が待っているよ。帰ろうか」
◆◆◆
「そして彼女は大きく頷いて初めて笑ったんだ」
俺の後悔しかない思い出。
彼女を苦しめた思い出。
もしかしたら、今のユズにも嫌われるかもしれない。
「どうしてこの話は嫌いなの?」
俺は予想もしていなかったユズの質問に、戸惑ってしまった。
ユズに罵声くらい言われると思っていた。
「全ては俺から始まったんだ。俺の一方的な彼女への想いのせいで、彼女を傷つけたんだよ」
「でも彼女は最後に笑ったんでしょう?」
「それは両親に会えるからだよ」
「それで嬉しくて笑ったのかもしれないけれど、レンの前で笑ったのよ?」
「俺の前で笑ったから何だって言うんだよ?」
「彼女の笑顔はどんな感じだったの?」
「花が咲いたようにキラキラ輝いていたよ」
「私だったら嫌いな相手に、そんな顔は見せないわ」
「彼女は俺を好きだったのか?」
「それは分からないけど、もしかしたら彼女は、レンをちゃんと知っていたのよ。レンが彼女を忘れないで想い続けていることを」
ユズはまた俺の心を落ち着かせてくれる。
あんなに後悔しかなかったこの話を、ユズは言葉一つで俺を救うんだ。
ユズが愛おしい。
ユズがほしい。
ユズに触れたい。
近距離にいるユズの頬に触れる。
ユズと視線がぶつかる。
ユズから目が離せない。
「もし、ここで私達がキスをしてしまったら、バッドエンドになって、レンはまた転生するでしょうね」
「何で?」
「そんな気がするの。レンは何度も転生しているから分かるんじゃないの?」
「分からないから何度も転生するんだよ。もしかすると、ユズが覚えていないってことにも、理由があるのかもな」
「そうね。覚えてはいないけど、何かを感じることはできるわ。レンは覚えているから、感じとれないのかもね」
「俺達は二人で一つなのかな?」
「そうだとしたら、もっと昔の物語を聞かなきゃね」
「そうだな」
「バッドエンドなんて私は嫌よ」
「俺もだよ」
俺はそう言ってユズの髪をぐしゃぐしゃにした。
彼女はもう止めてよと怒りながら、俺に背を向けた。
「ねえ、いつか俺とキスしてくれる?」
「バカ」
「それまでこれで我慢するよ」
そして俺はユズを後ろから抱き締めた。
「何もしないって言ったくせに」
「何もしていないよ。お昼寝の時はこうやって寝てたじゃん」
「そうね」
ユズはそう言って俺の手の上に手を重ねた。
ユズの手は、エアコンの部屋で冷え、ひんやりしていて気持ちいい。
しかし、ユズの手を温めたくてユズの手を握った。
ユズは嫌がることもせず、おやすみと言って、少しすると寝息が聞こえてきた。
ユズが眠ったらリビングへ行こうと思ったが、ユズの温かい体温に心地よくなり、俺も眠ってしまった。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しく読んでいただけたら幸いです。