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レベル4 人間と人魚

 最近、ユズは俺に笑いかけてくれることが多くなった。

 俺の言葉を信じてくれているのかもしれない。

 全てを話す前にユズは俺を好きになってくれるかもしれない。


 俺は嬉しくて元気にユズの部屋のドアを開けた。

 すると蒸し暑さに汗が出てきた。


「暑い。なんでエアコンがついてないんだよ?」

「壊れたのよ」

「はあ? この暑い夏にエアコン無しはキツイだろう?」

「大丈夫よ。私はこの暑さに慣れたわ」


 ユズはそう言いながら涼しい顔をしている。

 汗もかいていない。

 俺は汗だくなのに。


「俺には無理だ」

「それなら帰ればいいでしょう?」

「それは無理だ。ユズも一緒に俺の部屋へおいで」

「嫌よ。レンの部屋に行ってもどうせ私はこの部屋に戻らなくちゃいけないから、このままこの部屋にいた方がいいの」

「ユズは頑固者だね」

「それはレンもね」


 ユズはムッとしながら俺に言った。


「暑い夏と言えば、昔の話を思い出すよ」

「えっ、転生の話ね?」

「うん。聞く?」

「うん。聞きたいな」


 ユズが俺の話を楽しそうにしながら、話すのを待っている。

 可愛くて仕方ない。


「これは俺が人間で昔のユズが人魚の話だよ」

「人魚? すごいファンタジーね」

「本当に人魚はいたんだよ」

「うん。信じてるよ」


 そして二人でベッドの端に座り、俺は昔の話をする。



◆◆◆


 空は雲一つない青空で太陽の陽射しが身体に刺さるように痛い。

 暑くて汗が止まることなく出てくる。


 僕は本を片手に海へと歩く。

 海へ着くと大きな建物がある。

 そこに僕は入る。


 この大きな建物が僕の職場だ。

 僕の仕事は人魚のお世話だ。

 この世界では人魚は魚と同じ扱いをする。


 人魚のお世話をして、人魚をお金持ちに売る。

 そんなことを普通にする世界。

 人魚は言葉を話さないし、何をされても嫌がらないし、怒らないし、泣かない。


 人間と同じ顔を持ちながらも感情が読み取れない。

 笑いもしないし、泣きもしない。

 だからペット扱いだ。


 そんな人魚の研究をするのが僕の仕事。

 人魚には謎が多い。

 何故か人魚は女性しかいない。


 それなのに人魚はたくさん存在する。

 魚のようにはたくさんいないが、海に出れば人魚に出会う人は多い。


 そして人魚は人間を見ても逃げない。

 ペットとしては扱いやすい。

 人間を噛んだり、襲ったりしない。

 だからそんな人魚を国が管理し、勝手に人魚をペットにしないように法律を作った。


 人間が人魚をペットにするのは、危害を与えない優しい人魚だからだ。

 そしてもう一つ理由がある。

 それは人魚の顔にある。


「みんなおはよう。昨日はちゃんと眠れたかな?」


 僕が人魚に声を掛けると人魚達は集まってきた。

 その人魚の顔はとても美しい。

 キレイに顔のパーツが整い、誰が見ても見惚れてしまうほどだ。


 しかし、僕はそんな人魚を見ても見惚れることはない。

 人魚の研究が進まないのは、研究者が人魚の虜になるからだ。


 人魚を可哀想と思い、逃がしてしまうんだ。

 人魚はそんな不思議な力を持っている。

 だから人間が人魚を傷つけたりはしない。

 ただ可愛がるだけ。


「君達を見ても僕は虜になんてならないのは何故なんだろうね。君達みんな、とても美しいのは分かるのに」


 僕が人魚達に言っても人魚達は優雅に泳いでいる。

 今日は新入りが来る予定なんだ。

 急いで準備をしなければいけない。


 そして僕は人魚達にパンを一つずつ与える。

 人魚達は人間の食べ物を何でも食べる。

 無表情で美味しいと思っているのかも分からない。


 しかし、いつも食べているから美味しいのだろう。

 まだまだ人魚達のことは分からない。

 僕はそんな人魚達のことを調べて、自由に生きる方法を探す為にこの仕事を選んだ。


 ある意味、僕も以前の研究者と同じ想いなのかもしれない。

 でも僕は以前の研究者のように後先を考えずに行動はしない。


 全ての人魚を助けてあげたい。

 だから僕は人魚の虜にはならないのかもしれない。

 何故、人魚達は存在するのか?

 それが分かれば解決策は見つかるはずだ。


「お~い。新入りを連れて来たよ」


 いつも人魚を連れて来る優しそうな男性が水槽を台車に乗せてやって来た。


「彼女にはもう、買い手が決まっているんだよね?」

「そうなんだよ。彼女は俺が見た中で一番、美しいよ」

「そんな顔ならすぐに買い手が見つかるのも仕方ないね。でもいつもの様に僕は虜になんてならないんだろうね」


 僕はそう言って新入りの人魚を見て固まった。

 彼女だ。

 僕の運命の相手。

 僕は彼女に見惚れてしまった。


「お? もしかして虜になったのか?」

「いっ、いやっ、違うよ。美しくて驚いただけだよ」

「君が驚くほどなんて、彼女はやっぱり一番、美しいんだな」


 男性はそう言って、彼女の頭を撫でて帰っていった。

 僕は彼女をただ見つめた。

 彼女も僕を見つめている。


 優しい風が吹くと、彼女の髪の毛が揺れる。

 いつもの彼女の香りがした。

 やっぱり彼女だ。

 僕の愛しい彼女。


「あなたには私の声が聞こえますか?」

「えっ」


 目の前にいる彼女が喋った。

 話すことはできないはずの彼女が話をした。


「あなたには私の声が聞こえるのですね?」

「うん。でもどうして?」

「私達は声が聞こえた相手と結ばれると、人間になれるのです」

「人間になる? そんなことがあっていいの? でも僕はそんな話を聞いたことはないよ?」

「人魚が人間になると全てを忘れるのです。相手の人間もです」

「君達、人魚は人間になりたいの?」

「はい。人間のように笑ったり、泣いたり、怒ったりしたいのです」


 そう話す彼女の顔は無表情だ。

 美しい顔なのに無表情なのは少し怖くなる。


「でも、君達は人間のペットになってるのは何故?」

「人間が大好きだからです」

「好きなら対等に扱ってほしくはないの?」

「私達の声は人間には届かないので、、、」

「それなら僕が届けるよ。君達の想いを国に伝えるよ」


 それから僕は国に訴えた。

 人魚は運命の人を探す為に存在していることを。

 人魚の声が聞こえる人がいるってことを。


 僕が何度も国に訴えても、国は何の返事もしてくれなかった。

 それから彼女が買い手の家へ行く日が明日になった夜、僕は彼女に伝える。


「君には時間がないんだ。だから今から人間になってくれないかな?」

「でも私が人間になれば、全て忘れて人魚達が人間になれません」

「でもこのままだと君も人間にはなれないよ?」

「私は大丈夫です。あなたが探してくれますよね?」

「僕は君を買った相手が誰なのか分からないよ?」

「私は信じています。あなたは必ず私を探しだしてくれることを」

「君は本当にそれでいいんだね?」

「はい。最後に私の名前を、、、」

「マリア。必ず迎えにいくよ」

「待ってます」


 そして僕とマリアは別れた。

 マリアの為に僕は人魚の水族館を作った。

 色んな人が人魚に触れあえる場所を。


 そして一人でもいい。

 人魚が人間になれるようにたくさん人を集めた。

 僕のしていることを理解してくれる人に出会ったら、その人に水族館を任せてマリアを人間にしてあげるんだ。


 だから僕はマリアを探すよりも水族館の経営に力を入れた。

 それから何十年か経った頃、水槽の手入れをしてくれる若い男性が、人魚の声が聞こえると僕に言ってきた。


 やっと現れた。

 僕は彼に全てを話した。

 彼は信じてくれて、僕のように次の相手が見つかったら人魚を人間にすると約束をしてくれた。


 こうやって少しずつでいい。

 人魚達が幸せになっていけば国も気付くはず。

 人魚達はお金の為に存在しているのではなく、大好きな人間になる為に存在しているのだと。


 僕は水族館での仕事を辞めてマリアを探す。

 マリアと別れて五十年は経っていた。

 僕はいつの間にか白髪が増え、あの日の面影もほとんど残らないほど年老いていた。


 マリアを探すのも大変だった。

 マリアがどこへ行ったのかも分からない。

 マリアをどうやって探すのかも分からない。


 そんな毎日を過ごしているとマリアのことを忘れるようになった。

 マリアのことを忘れないように日記に残した。

 しかし、その日記のことも忘れるようになった。


 そんな僕を心配してくれる人がいた。

 それが僕との約束をちゃんと守ってくれた若い彼だ。

 若かった彼も今は中年の男性になっていた。


 彼は人魚と話ができることは、覚えていない。

 そして僕も、もう覚えていない。


「これは日記ですか?」

「日記? よく覚えていないよ」


 身体を悪くした僕は病院のベッドに寝ている。

 お見舞いに彼が来てくれた。

 僕には見覚えがない日記がサイドテーブルに置いてあった。


「読んでもいいですか?」

「いいよ」


 それから彼は口に出しながら読んだ。

 どこか懐かしく感じるのは僕が書いた日記だからなのだろう。

 何か忘れている気がする。


「マリアに会いたい」


 彼が最後の日記の一文を読んだ。

 マリアに会いたい。

 マリアとは誰のことなのだろう?

 思い出せない。


「最後に人魚達に会いたいなあ」

「そうですね。久し振りに俺も行きたいです」


 僕の言葉に彼も同じだと言った。

 そして次の日、水族館へ車椅子で向かった。

 歩く力さえ残っていない。

 彼が車椅子を押してくれる。


「懐かしいですね」

「ここは何処なんだ?」

「あなたが大切にしていた彼女達がいる場所です」


 そして僕は人魚達を見た。

 みんな美しく泳いでいる。


「美しい」

「そうですね。あれ? あの人魚は他の人魚よりも綺麗ですね」

「ん? どこだい?」


 なんだろう。

 眠くなってきたんだ。

 綺麗な彼女を見たいのに目が開かないよ。


「やっと会えましたね」

「えっ」

「私を人間にしてくれますか?」


 マリアの声に僕の失っていた記憶が戻ってくる。


「うん。長い間、待たせたね」

「いいえ、長い間ありがとうございました」

「僕は君の力になれたかな?」

「はい。とても力になりました。最後にもう一つだけお願いをしてもいいですか?」

「いいよ」

「私に愛を捧げてくれますか?」

「うん。愛しい君へ愛を捧げるよ」

「ありがとうございます」


◆◆◆



「それから俺は一度、目を開けて人魚の彼女を見たんだ」


 暑い部屋に優しい風が吹く。

 ユズの香りが俺の鼻をくすぐる。

 心が落ち着いていく。


「人魚の彼女はどんな姿だったの?」

「別れた日から変わらず美しくて綺麗で、そして足があって嬉しそうに笑って泣いていたよ」

「その姿は本物なの?」

「分からないけど、俺はそうあってほしいと思っているよ」

「私もよ」


 ユズは耳にかけていた髪の毛が、風で落ちたから耳にかけながら言った。

 そんな仕草も色っぽく感じるのはユズの首筋に汗が流れた所が見えたからなのだろうか。


「俺の話はバッドエンドばかりで嫌だよね?」

「そんなことはないわ。今回はバッドエンドとは言わないもの」

「えっ、でもユズとは結ばれなかったんだよ?」

「ユズ?」

「あっ、人魚のマリアだね」

「そうよ。間違えないで」

「うん」

「それじゃぁ何故、私がバッドエンドじゃないと思うのか説明するね」


 ユズはそう言うと俺の方に身体を向けて座りなおした。


「人魚の彼女は人間になれたのよ」

「でも、俺はいないんだ。あの日が最後だったんだ」

「彼女の本当の願いはレンと一緒に生きていくことだったと思うけど、レンの愛はずっと心にあったんだよ」

「俺の心はずっと側に?」

「そう。ハッピーエンドじゃないけれど、今回はバッドエンドでもないと思うわ」

「この話をユズにして良かったよ」

「どうして?」

「ユズは俺とは違った角度から感じてくれるから」

「お役に立てて光栄よ」


 ユズは照れながら言った。


「もう、我慢できない!」

「えっ」


 俺はユズの手を取り、離れないように手を繋ぐと立ち上がり部屋を出る。


「ねぇ、何処に行くの?」

「ユズの願いを叶えるんだよ」

「えっ」


 そして俺は隣の俺の家へ行き、ユズの手を思い切り引っ張り俺の部屋へ入れた。


「涼しい」

「俺は暑がりだからいつもエアコンはつけたままなんだよ」

「やっぱりエアコンは必要ね」

「今日は俺の部屋で過ごせよ」

「でも、ずっとはいられないわ」

「俺はユズの願いを叶えるって言っただろう?」

「うん」

「だからエアコンがなおるまで、この部屋を使っていいよ」

「でも、レンはどうするの?」


 ユズは心配そうに訊いてくる。


「俺はリビングで寝るよ」

「私は帰るよ」

「俺はユズの願いを叶えたよ? ユズは俺の願いを叶えてくれないの?」

「レンの願い?」

「そうだよ。本当は婚約者になってほしいって言いたいけど、今はユズの力になりたいんだ」

「何よそれ。バカ」


 ユズは俺にバカって言ったけど、どこか嬉しそうにしていた。

 そんなユズを見ていると俺も嬉しくなった。


 ユズに昔の話をすると気持ちが落ち込むかと思っていた。

 だっていつもバッドエンドだから。


 でもそれは違った。

 ユズはバッドエンドをハッピーエンドにしてくれるかもしれない。


 俺の今の人生もハッピーエンドにしてくれるかもしれない。

 今のユズは今までの彼女達とは違う。


 俺は今までの彼女達よりも、今のユズに対して強く思うよ。

 絶対にユズを手に入れる。

 絶対にユズを幸せにする。



 絶対にユズを、俺の愛する最後の人にしたいと。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しく読んでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても素敵なお話しでした。 人魚のお話しは、悲しいけれど、マリアは幸せだったと思います。 童話にしても素敵だと思いました。 ひとつのお話しの中にもうひとつお話しがある。二倍楽しめてます…
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