レベル23 敵対する国の二人
俺は彼女を覚えてはいない。
彼女がどんな子なのかも分からない。
彼女の名前さえ覚えてはいない。
そんな彼女はいつも俺の元にやってきた。
俺に昔の話をしてくれた。
幼い頃は、コウと三人で遊んでいたことや、サラとは姉妹のように仲が良いこと。
彼女からそんな話を聞いても、俺の記憶は違う。
コウと二人で遊んでいたし、サラは幼い頃は人見知りで、仲の良い人はコウしかいなかった。
俺の記憶と彼女の記憶は全く違った。
どんな話を聞いても違和感しかなかった。
何にも思い出さない。
彼女のことだけは。
それでも彼女は諦めずに、俺に話をする。
彼女が可哀想に思えてくる。
どうしてそんなに、思い出させようとするのだろう?
俺はこのままでもいいのに、、、。
「お兄ちゃん、いつまで寝てるつもりなの?」
サラが俺の布団を剥ぎ取った。
「寒い」
「寒くないわよ。何時だと思ってんの?」
「何時って、まだ九時だろう?」
俺はスマホの画面を見ながら言った。
「もう、九時なのよ」
「ところでサラ、スポーツウェアなんか着て何処に行くんだよ?」
「お兄ちゃん、もしかして、、、明日が何の日か忘れたの?」
「明日? 十四日だよな?」
「ホワイトデーだよ」
「あっ、そうだったな」
「ホワイトデーの前の日に、兄妹で行く所があるでしょう?」
サラが目をキラキラさせて言う。
「ごめん、覚えてないよ」
「どうしてよ? お姉ちゃんはいないのよ? 私とお兄ちゃんの二人の日なのよ? 忘れる訳がないわ」
「彼女とは関係ないのに、どうして忘れているんだろう?」
「私も気になるけど、その話は後よ。お兄ちゃんも早く、汚れても良い服に着替えてよ」
「汚れても良い服? 俺はもう、高校を卒業したんだけど? 服が汚れるような遊びは、とっくの昔に卒業したよ」
「全部忘れているお兄ちゃんは黙って着替えなさい!」
サラに言われて渋々、着替えた。
「着替えたわね。それじゃあ、出発よ」
サラは俺の腕を引っ張り、家を出る。
「何処に行くんだよ?」
「黙ってついてきなさい!」
黙って歩くが、どんどん山奥へと入っていく。
「サラ、これ以上は迷子になるかもしれないから、山奥に入るのはやめた方がいいよ」
「大丈夫よ。毎年この道を歩いているんだからね」
「毎年? 何の為だよ?」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんの為だよ」
「彼女の為?」
「うん。お姉ちゃんと幸せになれますようにって願っているもの」
「願う?」
「そうよ。もうすぐ着くから、分かると思うわ」
サラがそう言って、道の先を指差していた。
その道の先には陽当たりが良いのだろう。
キラキラと花が輝いていた。
近付いてみると、花に付いた朝露がキラキラと輝いていた。
そんな綺麗な花を見ることもせず、サラは少し奥へと歩いていく。
「サラ? 綺麗な花はここだよ?」
「お花じゃないの。私とお兄ちゃんが探しているのはこの緑色のモノよ」
サラの足元には緑色のクローバーがたくさん咲いていた。
「クローバー?」
「そうだよ。四つ葉のクローバーを探すのよ」
「それって俺もだよな?」
「そうよ。私とお兄ちゃんの分が欲しいから、二つ探さなきゃいけないわね」
「見つけ出す自信はないんだけど、、」
「大丈夫よ。お兄ちゃんは毎年、ちゃんと見つけ出しているわ」
「それなら良かったよ」
「でも、お兄ちゃんはいつも、暗くなってから見つけるの」
それは良くないと思う。
まだ午前中なんだけど?
四つ葉のクローバーって、そんなに見つけるのに苦労するのか?
「さぁ、始めようよ」
サラは座り込み、四つ葉のクローバーを探す。
俺も四つ葉のクローバーを探す。
しかし少しすると、俺は探すのに飽きてしまった。
「お兄ちゃん、早く見つけなきゃ暗くなっちゃうじゃん」
「暗くなったら帰るんだよな?」
「見つけるまでは帰れないからね」
「四つ葉のクローバーなんて見つけても、俺には願い事なんてないから、いらないんだよ」
「もう! 今のお兄ちゃんは大嫌いよ」
サラはいきなり怒りながら言った。
「その言い方だと、前の俺は好きだったのかよ?」
「今よりは好きよ。お姉ちゃんには優しいお兄ちゃんだったし、ちゃんと私のお手本だったもん」
サラは前の俺を思い出しながら言っている。
今と前の俺を比べられても困る。
何故かイラッとする。
「今はお手本にはならないってことなのか?」
「うん。お姉ちゃんのことを忘れてお兄ちゃんは、前の自分のことも忘れているのよ」
「そうかよ。前の俺のことを思い出さなかったら、今の俺を兄だと認めるしかないんだからな」
「お兄ちゃんは今の自分が好きみたいね」
「当たり前じゃん。だって前の俺のことは知らないんだからな」
「でも、前のお兄ちゃんは今のお兄ちゃんより、格好良かったよ」
サラは俺を見て言った。
でもサラは今の俺じゃなくて、前の俺を重ねて見ているんだ。
そんなサラの目を見たくなくて、サラの足元に目を向けた。
「あっ」
俺は、サラの足元にあるクローバーを見て声をあげた。
「なっ、何よ」
「サラの足元に四つ葉のクローバーがあるんだよ」
「本当?」
「動くなよ。そのままゆっくり屈んだら、左足の前にあるよ」
サラは屈み四つ葉のクローバーを見つけて、手に取った。
サラは嬉しそうにしている。
「お兄ちゃん、二人で見つけた四つ葉のクローバーだね」
「見つけたのは俺だよ」
「でも私が手に取ったんだから、二人で見つけたの」
「もう一つも見つけてやるよ」
「そうだね。でもその前に、お昼にしようよ」
それからサラが握ったおにぎりを食べた。
サラの手作りだからなのか、とても美味しかった。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「サラ、どうしたんだよ?」
「お兄ちゃんには忘れてほしくなかったの。今日の四つ葉のクローバー探しは、私とお兄ちゃんの二人だけの時間だから」
「忘れないよ」
「お兄ちゃんのウソつき」
「本当に忘れないから。こんなに可愛くて優しい妹との楽しい時間を」
「その言葉をお姉ちゃんにも言ってあげてよ」
「彼女に?」
「うん。でもお兄ちゃんが、本当にお姉ちゃんに伝えたくなった時に、言ってあげてね」
サラはウインクをして言った。
それから四つ葉のクローバーを探したが、もう一つは見つからない。
「お兄ちゃん、見つからないね」
「そうだな。もう、暗くて見えなくなってきたから、帰ろうか?」
「でも、、、」
「その四つ葉のクローバーは、サラにあげるから心配するなよな」
「ダメよ。お兄ちゃんはお姉ちゃんに、四つ葉のクローバーをあげなきゃいけないの」
「いいんだよ。彼女も分かってくれるよ」
「お兄ちゃん、、、」
「サラ、その四つ葉のクローバーに何を願うんだよ?」
「秘密」
サラは四つ葉のクローバーを、優しく両手で包み言った。
「どうせ、コウのことだろう?」
「違うよ。私のお願いは昔から変わらないの」
「そっか。昔からその願いは叶っていないんだな」
「えっ」
「昔から同じ願い事なんて、叶っていないから叶うように願っているんだろう?」
「そう、なるのかな? 叶っていないのかな?」
「自分でも分からないのかよ?」
「お兄ちゃんもいつも同じ願い事でしょう?」
「俺もなのか?」
「うん。お姉ちゃんの婚約者になれますようにって願って、お姉ちゃんに四つ葉のクローバーをあげるのよ」
前の俺って、そんな昔から彼女と結婚したかったのか?
叶っていないって、前の俺はどんだけ頑丈な心の持ち主だよ。
「今回はその願いは無しだな」
「いいの?」
「いいよ。彼女のことを覚えていないのに、婚約者になってくれなんて言えないよ」
そうだよねとサラは言って帰る支度をする。
空には星が見える。
こんな綺麗な景色も俺は覚えていない。
サラと来た道を戻る。
最後にクローバーの方を見ると、月明かりに照らされていた。
また来年、必ず来るよ。
その時は、彼女の為に四つ葉のクローバーを見つけるよ。
次の日、俺は彼女にバレンタインのお返しとして、花を贈った。
彼女は嬉しそうにして受け取った。
バレンタインを貰った記憶は俺にはない。
でも周りが言うからお返しをした。
それだけ。
他に理由はない。
「レン、今日からは少し違ったお話をするわ」
「違った話?」
「うん。大昔のお話よ。私とレンの前世のお話なの」
「前世?」
「冗談じゃないからね。ちゃんと昔のレンになって聞いてよね」
「うん」
彼女は真剣な顔をして言うから、ウソじゃないんだと分かる。
「この前世のお話は、レンの手に触れると思い出すの」
「俺の手に触れると思い出す?」
「うん。私もレンと同じで忘れていたの。でも何故か分からないんだけど、レンと手が触れると、頭の中に記憶が戻ってくる感覚になるのよ」
「その記憶を俺にも教えてくれるんだね?」
「うん。それじゃあ、話すよ」
「楽しみだよ」
「このお話は、敵対する国の二人の物語よ」
そして彼女は思い出すように話をしてくれる。
その顔は本当に嬉しそうだ。
◆◆◆
「ちょっと、どうして私の分まで食べるの?」
私は隣の国との国境の近くにある森の、大きな木の幹に背を預けて座っている。
その幹の向こう側には私の愛しい彼が、同じように座っている。
そして彼は、私が持ってきた木の実を全部食べたのよ。
私の好きな木の実だから、一つくらいは残してくれていると思ったのに。
私は東の国の国民で、彼は西の国の国民。
東と西はとても仲の悪い国。
だから隣の国なのに、出入りがとても厳しい。
この森はどちらの国のモノでもなく、誰でも森に入れる。
だからこの大きな木の幹を挟んで、会話をしている。
誰かに見られても、隣にいない私達は知り合いなんて思われない。
本当の私達の関係は、、、。
「全部食べていいって言ったじゃん」
「そうだけど、一つくらいは残してくれてもいいじゃない」
「仕方ないな。これで許してくれるだろう?」
「えっ」
彼はいつの間にか私の隣に来て、私の掌に小さな白い花を乗せた。
「これでもダメなのか?」
「そんなことはないわ」
「それなら喜んでほしいよ」
「だって、久し振りにあなたを見たから驚きが先よ」
「俺は毎日、君を見ているよ。夢の中でね」
「もう。変な夢じゃないわよね?」
「ん? それはこれから君にするよ」
「えっ」
彼は私の長い茶色の髪を一束持ち、彼の鼻を近付ける。
その仕草に見惚れてしまう。
「君の香りは落ち着くよ」
「あなたもよ」
私は彼の頬に手を添える。
自然と視線がぶつかる。
見つめ合うだけで心が満たされる。
「君とずっと一緒にいたいよ」
「私もよ。でも今はダメよ。もう少しなんだから」
「そうだね」
「さぁ、向こうへ戻って」
「うん」
もう少しなの。
東と西の仲裁に、遠くの国の王様が来ているの。
その王様のお陰で国が少しずつ変わっているわ。
あと少しなの。
「明日は雨だから、会えないわね?」
「そうだね。雨でも俺はここに来たいのに、、」
「雨の日は座る場所がないし、ここを通る人達に怪しまれるわ」
「そうだよね。ごめん」
「どうして謝るの?」
「だって俺が西の国民だから、君とこんな所でしか話せないんだよ?」
「それなら、私が東の国民だかでもあるわ。あなたは悪くないわ。だから悪くないのに謝らないで」
「でも、、、」
彼は不安そうに言う。
「私達は大丈夫よ。必ず幸せになるわ」
「どうしてそんなに自信満々なんだよ?」
「だってあなたと会話をしているだけで、私は嬉しいの。あなたと出会えたことが私の幸せだからよ。私はずっと幸せなの。今もこれからもね」
「君には敵わないよ」
そして私達はさよならを言って、それぞれの家へ帰るの。
明日は雨だから、明後日にまたここに来るわ。
私は雨が嫌い。
だって彼に会えないから。
昔は好きだったの。
雨音も、お花に雨粒が落ちて踊っているように見えるのも、雨の後に見える虹も、大好きだったわ。
それが彼と出会って全てが変わったの。
私は彼のことで頭の中はいっぱい。
だって彼は私を幸せにしてくれるから。
次の日は雨が降った。
だからその次の日に大きな木へ向かうと、木が焼けて辺りは焦げ臭かった。
昨日は雷の音が凄かった。
この大きな木に雷が落ちたみたいだった。
それでも私は木の幹に近付こうとした。
「お嬢さん、その木に近付いてはいけないよ」
私は声をかけられ、声の主の方へ振り向いた。
そこには高価そうな物を身につけ、品のある男性が立っていた。
「でも、私はこの木の幹を背に座りたいんです」
「うん。でもそれは今日はやめてくれるかな?」
「ダメです。私は、、、この木が好きなんです」
品のある男性は、私の言葉を聞いて困った顔をしている。
「お嬢さんに聞いてほしい話があるんだが、聞いてくれるかな?」
「私にですか? いいですよ」
「それじゃあ、ここは焦げ臭いから少し離れようか?」
「でも、、、」
「大丈夫。君は何も心配はしなくていいんだよ? 花のように笑っていれば大丈夫だからね」
「えっ」
品のある男性は彼の言葉を口にした。
そう。
彼が私に言ってくれる言葉を。
私は品のある男性を信じてみることにした。
大きな木から離れる。
「歩きながら話をしても良いかな?」
「はい」
「ごめんね、急ぎたいんだ。お嬢さんの為にもね」
「私の為にですか?」
「そうだよ。まずは昨日の雷の話をするよ?」
「はい」
品のある男性は、雷の話をしてくれた。
昨日の雷が大きな木に落ちる前に、品のある男性は大きな木を見る為に、大きな木の前にいた。
その様子を、雨でびしょ濡れになった青年が見ていて、雷が落ちるかもしれないと助言をくれた。
その青年は、品のある男性と大きな木から離れながら、大きな木の心配をしていたみたい。
その青年が言った通りに、雷が大きな木を直撃し、品のある男性が青年にお礼を言おうとした所で、青年は倒れた。
「その青年に雷が、、、」
「違うよ。それだったらワタシはここにいないよ」
「それならどうしてですか?」
「青年は高熱だったんだよ」
「高熱ですか?」
「そう。雨の中、ずっとあの大きな木を見ていたからだよ」
「その青年はどうして木を、、、」
「お嬢さんと同じで、大きな木が好きなんだよ」
「それって、、、」
「お嬢さん、もう少しワタシを信じてはくれないかい?」
「もう少しですか?」
「必ずお嬢さんを花のように笑わせるから」
品のある男性は、私の意思を尊重したいようだった。
どこか、私を試しているようにも感じた。
「もう少しだけ信じます」
「そうかい。それなら、あの馬車に乗ってくれるかな?」
近くに止まっている馬車は、とても豪華に見えた。
あの馬車に乗ってもいいのだろうか?
どこか遠い所へ、連れて行かれたりしないのだろうか?
私が品のある男性を見ると、男性はうなずいた。
怖いけれど私は馬車に乗った。
だって馬車の中に、私の好きな花が飾っていたから。
彼が毎日、私にくれる花。
彼のいる西の国にしか咲かない花。
馬車は西の国へと入っていく。
私は東の国の人間なのに、大丈夫なの?
不安になって品のある男性を見ると、黙ってうなずくだけ。
もう少し信じると決めたのだから、信じるよ。
すると、品のある男性は私の好きな花を、私の髪に髪飾りのように差した。
「白い花がお嬢さんにはお似合いだね」
「ありがとうございます。しかし、何処へ向かうのですか?」
「お嬢さんが花のように笑える場所だよ」
「それなら、あの大きな木の下ですよ?」
「そうなのかな?」
「あの場所でしか花のようには笑えません」
「それじゃあ、話の続きをしてもいいかな?」
「あのお話は、もう終わりじゃないんですか?」
品のある男性は、終わりじゃないよと言って、笑った。
「青年の高熱は、次の日になっても下がらなくてね、それなのに青年はベッドで寝らずに、何処かへ行こうとするんだよ」
「その青年は、ちゃんと寝なきゃ治らないのを知らないのですか?」
「知っているよ。でも青年は、自分よりも大切な何かの為に、必死に立ち上がるんだよ」
「どうしてそこまで、、、」
「だからワタシは青年に訊いたんだよ。どうしてそこまでするのかを」
品のある男性がそう言うと、馬車が止まった。
そしてドアが開く。
「どうして?」
私はそう言って、ドアの前に立っている相手を見て、動けなくなった。
「青年は答えたんだ。お嬢さんが待っていると」
品のある男性は、そっと私の背中を押してくれた。
私はゆっくりと馬車を降りる。
目の前にいる青年。
それは私の大好きな彼だった。
「もう、待たなくていいんだよ」
彼は嬉しそうに言った。
「俺はこれからずっと君の隣で、花のように笑う君を見続けるんだ」
「えっ、でも」
「ワタシはこの二つの国の仲裁に来た王なんだよ」
驚いて、全てを理解できていない私に、品のある男性は笑いながら言った。
「えっ、そんな、私ったら失礼なことを、、、」
「ワタシはそんなお嬢さんが素敵だと思うよ。それに、命の恩人の大切な方なのだから、お嬢さんはそのままでいいんだよ」
「王様、ありがとうございます」
「いいえ、ワタシの方こそありがとう。この二つの国が協力すれば、素敵な国になることが分かったのは、お嬢さん達のお陰なんだからね」
「私達は何もしておりませんよ?」
「彼の優しさ、お嬢さんの芯の強さ、そして共に信じ合うことの大切さは、この二つの国に足りなかったもの。それをこの二つの国の、お互いの王は知ろうともしていなかった。だから、、」
遠くの国の王様がお話の途中で慌てたように、倒れそうになる彼を支えた。
王様は、心配するような顔をしていたが、無理をするからだよと呆れているように言った。
王様の近くにいた側近の方が、彼を支えながら豪華なお城へ入っていく。
このお城は、西の国の身分の高い人が住む宿だと遠くの国の王様は言った。
「彼と同じ部屋でいいかな?」
「えっ」
「今日はここへ泊まりなさい。そして今後のことを二人で話し合って決めなさい」
「今後のことですか?」
「そうだよ。お嬢さん達にはもう、国境なんてないんだよ?」
「本当ですか?」
「うん。君達は自由だよ」
「ありがとうございます」
私は彼のいる部屋へ入る。
彼はベッドに座っていた。
「熱があるんだから、寝てなきゃいけないでしょう?」
「だって、君が来ないから心配でね」
「もう私はあなたから離れないわ」
「俺だって君から離れないよ」
私は本当に嬉しくて笑った。
彼も笑ってくれた。
◆◆◆
「二人はやっと幸せになったんだね?」
「違うわ。幸せがずっと続いたの」
「だからやっと幸せになったんだよね?」
「ううん。二人は前の関係のままでも幸せだったの。だからやっと幸せになったんじゃなくて、幸せが続いたの。幸せの延長よ」
「君の考え方は不思議だね?」
「そうかな? だってこのお話はハッピーエンドじゃなくてハッピーコンティニューよ。幸せは続くなのよ」
「君がそう言うなら、ハッピーコンティニューだね。幸せは続く。そんな物語があってもいいのかもしれないね」
彼女はうなずいて笑った。
彼女の今の笑顔が、花のように笑うってことなのかな?
彼女の笑顔に見惚れてしまう。
やっぱり彼女には笑顔が似合うよ。
ずっと笑っていてほしいよ。
このままずっと。
ハッピーコンティニューで。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら幸いです。




