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レベル22 王子と姫 他人と幼馴染み

「レン、卒業おめでとう」


 ユズは、まだベッドで寝ている俺を、見下ろしながら言った。


「ユズ、まだ卒業式は始まってもいないんだけど?」

「でも、私が一番最初に言いたかったの!」


 ユズは嬉しいことを言ってくれる。

 だから俺はユズを抱き締めたくて、ユズの腕を引っ張る。


「きゃっ」


 ユズはバランスを崩して、俺の胸へ飛び込んでくる。


「やだぁ、離してよ。レンったら、まだ着替えていないのよ? 遅刻しちゃうわ」


 ユズは俺の腕の中で暴れる。


「少しだけ」


 俺がユズの耳元で言えば、ユズは大人しくなった。

 そして耳が真っ赤だ。


「ねえ、ユズ?」

「何?」

「時間は大丈夫かな?」

「えっ」


 ユズはスマホの画面を見て、俺の腕から抜け出す。


「レン、今日は主役なのよ? 早く着替えてよ」

「分かったよ」


 俺は制服へ着替える為にスウェットを脱ぐ。


「ちょっと、私がいるのよ?」

「ユズにはまだ刺激が強いのか?」


 ユズは俺に背中を見せている。

 俺を見ようとはしない。

 可愛いユズ。


「ユズはリビングで待っていればいいよ」

「ダメ! 最後のレンの制服のネクタイは、私がするの!」


 だから、俺を起こしにきたんだな。

 そんなユズが大好きだ。

 俺の喜ぶことを、分かっているユズが愛しいよ。


「ユズ、いいよ」

「うん」


 ユズにネクタイを着けてもらう為に、ユズに言うと、ユズは振り返る。

 ユズはネクタイを着けようとするが、苦戦しているようだ。


「あれ? 何でできないの? お父さんのネクタイで練習したのに」

「ユズ、こうするんだよ」

「あっ」


 ユズの手を包み込み、一緒にネクタイを着けようとすると、ユズが触れた手に驚いて手を止めた。

 手に触れることは何度もしている。


 それなのに、どうしてそんなに驚くんだよ?

 嫌だった訳じゃないよな?

 予想もしていなかったからなのか?


「もう一回」

「何が?」

「えっと、もう一度だけネクタイの着け方を教えてくれるかな?」

「いいよ」


 俺は、またユズの手を包み込み、一緒にネクタイを着ける。

 ユズは、もう驚いてはいない。

 俺と同じように手を動かす。


「レン、学校で待ってるね」


 ネクタイを着け終わると、ユズはそう言って、帰ろうとする。


「えっ、何で? 一緒に行かないのか? 最後なんだけど?」

「大学は隣なんだから、いつでも一緒に行けるわよ」

「嫌だ」

「ワガママを言わないの。察してちょうだいよ」


 もしかしてユズは、俺の為に花でもくれるのか?

 俺にバレないようにしているのか?

 それなら仕方ないな。


 ユズは俺が分かったと言うと、すぐに自分の家へ帰った。

 俺は支度をして、家を出る。


 今日が高校生としての最後の日。

 学校へ着いても落ち着かない。

 とても切なく、胸が苦しくなる。

 ユズとの思い出がそうさせる。


 何でだろう?

 ユズとは、まだまだこの先も一緒にいられるのに。

 この気持ちはまるで、この先がいつもの結末になる感覚、、、。


 ユズがいなくなる感覚だ。

 怖い。

 ユズ、俺を一人にしないでくれ!


「ユズ!」

「レン? どうしたの?」


 いつの間にか誰もいない教室で叫んでいた俺を、ユズが心配するように見ていた。

 あれ?

 どうして俺は一人でこの教室にいるのだろう?


「レン、卒業式は始まっているわよ? 何をしているの?」

「えっ、あれ? どうして俺はここにいるんだ?」

「レン、何かあったの?」


 ユズが俺を心配している。

 今日は、ユズの笑顔をたくさん見られる日なのに。

 俺の卒業を祝ってくれる日なのに。


「ユズ、大丈夫だから」


 俺はユズを落ち着かせる為に頭を撫でる。

 自分が何故一人で教室にいるのか、分からず不安になっている顔を、ユズに見られない為の、俺の精一杯の抵抗だ。


「嘘つき」


 ユズはそう言って、俺に抱き付く。

 ユズからは、落ち着く香りがする。


「卒業式が終わったら、レンにお話があるの」

「俺が好きだって言うなら、今すぐ聞きたいんだけど?」

「そんな簡単に言えることじゃないの!」


「えっ、その言い方って、、、」

「卒業式は始まっているのよ? 早く体育館へ向かうわよ」


 ユズは俺の言葉を遮って言った後、俺の手を取る。

 一瞬だけ俺の手を握る力が強くなったが、ユズは手を引っ張り、走り出した。


「ユズ、そんなに急がなくてもいいじゃん」

「ダメよ。レンの晴れ舞台なのよ? 私は最初から最後まで全てを覚えていたいの」


 ユズの気持ちが嬉しい。

 前世の記憶がないユズは、今現在の記憶の全てを覚えていたいと言ってくれた。




 それから俺は卒業式を無事に終わらせた。

 たくさんの前世で、今のような幸せを感じたことはない。

 ユズがいるからだ。


 ユズがいれば、ハッピーエンドになるんだ。

 このまま、ずっと幸せなんだ。

 そんな気がした。


「レン!」


 体育館から出ると、ユズが俺を呼んだ。

 ユズを見ると、笑っていた。

 俺の好きなユズの笑顔だった。


「ユ、、ズ」

「レン?」


 俺は一瞬、立ち眩みを起こした。

 目の前が一瞬だけ真っ暗になった。

 そんな俺を心配して、ユズは駆け寄ってきた。


「大丈夫だよ。今日は卒業式だから少し疲れたんだよ。心配しなくてもいいよ」

「でも、、、」

「それよりも俺は、ユズの話が気になるんだけどな?」

「ダメ。今日は疲れたのなら、明日にするわ」

「大丈夫だって言ったじゃん」

「でもこれから、おじさんとおばさんがお祝いをするって張り切っていたわ。これからもっと疲れるわよ?」

「嫌だ。俺はユズと一緒にいたいんだ」

「私は明日でいいわ。明日はレンと、ずっと一緒にいるわ」


 ユズが明日だと言うなら、仕方ない。

 今日は親に祝ってもらって、明日はユズに祝ってもらうよ。


 明日が楽しみで、早く今日が終わってほしいよ。

 ユズが俺に好きだと言ってくれる日だよな?

 そうだと、俺は信じているよ。


「レン! 卒業おめでとう」


 ユズはそう言って、俺に花をくれた。

 水色の小さな花だ。


「勿忘草のお花だよ。綺麗でしょう?」


 ユズは小さな花を指で撫でながら言った。

 小さな花でも、たくさん集まると存在感がある。

 この花の一つ一つに、ユズの想いが詰まっていると思うと、嬉しい。


 大事にしよう。

 この勿忘草を。

 家に花瓶はあったはず。

 俺の寂しい部屋に、またユズとの思い出が増えるんだな。



 家へ帰ると勿忘草を花瓶に入れ、俺の机の上に飾った。

 ユズが側にいるようで嬉しかった。


「お兄ちゃん、キモイよ」

「サラ、勝手に部屋に入ってくるなよな」

「だって、お兄ちゃんのお祝いをするからって、コウちゃんのお祝いパーティーが明日になったのよ?」

「俺のせいかよ。それにお前は、兄より男がいいのかよ?」

「当たり前じゃん。お兄ちゃんも男の人なのよ?」


 サラにバカにされた。

 俺の言い方が悪かったんだ。

 でも、コウをサラの恋人とは認めたくはないから、恋人ではなく男と言ったんだよ。


「あっ、そのお花はお姉ちゃんがくれたんでしょう?」

「そうだよ。何で分かるんだよ?」


「お兄ちゃんの部屋は、お姉ちゃんのモノしかないからね」


 サラは呆れ顔で言った。


「今日は、家族でお祝いをするんだから、お姉ちゃんはいないわよ?」

「俺もサラと同じで、明日にしたんだよ」


「そうなのね。それじゃあ、今日は家族で盛り上がろうよ。お兄ちゃん、卒業おめでとう」


 サラはそう言って、俺の部屋を出ていった。

 サラも、もうすぐ卒業式だ。

 サラの卒業式も楽しみになってきた。


 お祝いパーティーは盛大だった。

 俺の両親は子供なのかと思うほど、俺やサラよりもはしゃいでいた。


 そして、真夜中にベッドに入った。

 お祝いパーティーは、楽しかった。

 そんなことを思いながら目を閉じた。


◆◆◆


 真っ暗闇に一人でいた。

 寒いし、寂しいし、なによりも、、、。


 彼女の温もりが恋しい。


 彼女って誰?

 彼女って俺の何?

 何も思い出せない。

 忘れたらいけない気がするのに。


 真っ暗闇の中に、一筋の光が射し込んできた。

 あの先に彼女がいるのかもしれない。

 確かめたい。


 光の元へ走る。

 走っても、光は変わらなく遠くて近付かない。


「レン!」


 誰かが呼んだ?

 振り返れば、そこには美しい女性が立っていた。

 綺麗なドレスを着て、笑いかけている。


「王子!」


 そう呼ばれると、真っ暗闇の世界から、青空が広がる草原の中の、草が生えていない広場にいた。

 そよ風が吹いて、女性の香りが鼻をくすぐる。


 その香りが、自分が何故ここにいるのか思い出させてくれた。

 この目の前にいる女性のことも思い出した。


「オーロラ」

「王子。どうしたのですか? 明日は私達の婚約パーティーですよ?」

「婚約パーティー? でもオーロラとワタシは身分が違うのでは?」

「身分が違うというだけで、婚約ができないなんて、そんな国があるのですか?」

「えっ、でも」

「今日の王子は変ですね? 私の父上と母上を見たからですか?」


 オーロラの両親?

 オーロラの父上はいなかったはずだが?


「母上が父上より身分が上なので、父上は頭が上がらないのです。でも、母上は父上を見下している訳でもなく、ちゃんと愛する相手として接していますよ」

「オーロラの両親も身分が違うんだね?」

「そうですよ。父上が母上に一目惚れしたのですよ。父上はいつも母上の美しさを熱弁するのです」


 オーロラは困った顔をしながらも、幸せそうに見えた。

 オーロラの父上がいないと思ったのは、ワタシの勘違いのようだ。


「オーロラ」

「王子? どうしました?」

「君は幸せか?」

「はい。とても幸せです」


 オーロラは本当に幸せそうに笑った。

 その笑顔をいつまでも見せてほしい。

 ワタシはオーロラが幸せなら、何もいらない、、、。




 次の日、婚約パーティーが開催された。

 色んな人が集まっていた。

 身分なんて関係ない。


 みんながオシャレをして着飾り、ワタシとオーロラを祝ってくれる。

 みんなが祝福してくれる。


 この先、こんなに幸せなことがあるのだろうか?

 そんなことを思ってしまうほど、幸せだ。

 隣でオーロラが笑ってくれている。


 隣のオーロラを見れば、オーロラが笑いかけてくれた。

 それなのに、ワタシは笑い返せない。

 どうしてなんだ?


 オーロラは不安そうに、ワタシを見ている。

 オーロラにはずっと、笑っていてほしい。

 それは本物の想いだから、ワタシはオーロラに笑い返した。


 ワタシの本物の想い?

 ワタシはオーロラと幸せになりたいんだ。

 他に幸せになる方法はないはずなのに。


 何故だろう?


 心が

 体が

 記憶が


 幸せだと言わない。


 心が

 体が

 記憶が


 ワタシのモノではない感覚がする。



「レン!」


 また、誰かが呼んだ。

 君は誰?

 ワタシは誰なんだ?


◆◆◆


「お兄ちゃん」


 目を開けると、サラがいた。

 凄くリアルな夢だった。


「お兄ちゃん、私はコウちゃんの家に行くからね。お兄ちゃんはお姉ちゃんが来るんだから、ちゃんと準備をしなきゃダメだよ」

「お姉ちゃん?」

「忘れちゃったの? 今日、お姉ちゃんがお兄ちゃんの、卒業のお祝いをしてくれるんでしょう?」

「お祝い?」

「お兄ちゃんったら、寝惚けているの? 私はもう、行くからね」


 サラはバタバタと音を立てて出掛けていった。

 騒がしい妹だ。

 しかし、サラに姉なんかいないんだが?


 お姉ちゃんって誰なんだよ?

 まあ、いいか。

 まだ眠いから寝よう。



「レン!」


 誰だよ。

 俺を起こすのは。

 俺はそう思いながら目を開けた。


 俺の目の前には、可愛い女の子が俺を覗き込んでいた。

 可愛い女の子に見つめられると、恥ずかしくなる。


「レン? どうして顔を赤くするの?」

「どうしてって言われても、可愛い女の子に見つめられたら、誰でも恥ずかしくなるよ」

「可愛い女の子? レン、どうしたの? 可愛いユズの間違いでしょう?」

「可愛いユズ?」


「レン、どうしたの? なんか、凄く怖いわ」


 彼女は本当に怖いのか、顔を恐怖で歪めて俺を見ている。

 彼女の恐怖を取り除いてあげたいと思った。


「大丈夫だから」


 俺は彼女の頭を撫でた。


「嘘つき」


 彼女はそう言って、俺を睨み付けた。

 嘘だけど、彼女を安心させたかった。


「嘘つきって言われても、俺は君が誰なのか分からないんだ。だから俺のせいでそんな顔をするなら、俺が安心させなければいけないだろう?」

「私が誰なのか分からないの?」

「うん。どうして君が俺の部屋に、勝手に入っているのかも分からないんだ」

「嘘よ」

「えっと、それが、本当なんだよ」

「嘘よ。だって、レンが私を忘れる訳がないわ。レンは全てを覚えているのよ?」


 彼女は今にも泣き出しそうだ。

 俺には、どうすればいいのか分からない。

 彼女を知らないのだから仕方がない。


 そういえばサラが、お姉ちゃんが来ると言っていたが、もしかして彼女のことなのか?

 それならサラに聞けば分かるかもしれない。


「サラに電話をして、君のことを聞いてみるよ」


 俺がそう言うと、彼女は目に涙を溜めて、うなずいた。

 本当は、俺自身で彼女を救ってあげたい。

 でも今の俺は、彼女を救う術を知らない。


「お兄ちゃん、どういうことよ?」


 サラは急いで来てくれた。

 お邪魔虫のコウと一緒に。


「サラちゃん、レンがヒドイの。私を忘れたとか嘘を言うのよ?」

「お兄ちゃん! そんなバレバレな嘘はやめてくれる? お兄ちゃんがお姉ちゃんを、忘れるなんてありえないんだからね」

「そのありえないことが俺に起きているんだよ」


 サラと彼女は俺の言うことを、信じようとはしない。


「サラ嬢、ユズと一緒に部屋に戻っててよ。僕はレンと二人で話をするからさ」


 コウが言うとサラは、お兄ちゃんなんて嫌いよと言って、彼女を連れて俺の部屋を出ていった。

 覚えていないのだから仕方がないのに。


「それで? どこを覚えていて、どこを忘れているんだよ?」


 コウは信じてくれているようだ。


「可愛い彼女のことは、何も覚えていないんだ」

「ユズだけを忘れたってことなのか?」

「彼女を忘れていると言っていいのか、、。だって俺は彼女を知らないんだからな」

「ユズを見ても、何とも思わないのか?」

「彼女を見ても、何も感じないよ」

「そっか」


 コウはいきなり立ち上がり、俺にも立ち上がれと言った。

 俺が立ち上がると、いきなり頬を殴ってきた。


「いってぇ、何をするんだよ?」

「殴れば記憶が戻るかなって思ったけど、無理みたいだな」


 コウは冗談のように言ったが、目は怒っているようだった。

 俺だって忘れたくて忘れた訳じゃないんだ。


「俺だって彼女のことを思い出したいよ。彼女にあんな顔をさせるなんて、俺は嫌なんだよ」

「ちゃんと感じているじゃん」

「はあ?」

「ユズを笑顔にしたいんだろう?」

「そうだよ。彼女には、笑顔が一番似合っているはずだからな」


 彼女の笑顔なんて俺は知らない。

 だけど、彼女を最初に見た時に思ったんだ。

 彼女の笑顔を見たいと。


「しかし、ユズだけを忘れるって、どういうことなんだよ?」

「俺も分からない。何が起きたのか」

「少しユズと離れる期間を作れってことなのかもな」

「そんなに彼女とは、ずっと一緒にいたのか?」

「そうだよ。お前達はお互いに想い合っていたのに、何故かお前達は一線を越えないんだ。ずっと同じ関係を続けていたんだよ」

「一線を越えない? それはお互いが同じ気持ちじゃないからじゃないのか?」

「そんなことはないよ。だって、サラ嬢といつも言っていたんだ。お前達のようにお互いを想い合いながら二人の時間を大切にしたいって」

「二人の時間、、、」

「お前達は毎日を大切に過ごしていたんだよ。二人で過ごす毎日をな」


 コウから話を聞くと、彼女をどれだけ大切に思っていたのかが分かる。

 今の俺は彼女を大切に思えるのか?

 彼女の記憶なんて無いのに。


 今の俺が、彼女を大切に思う以前の俺になんてなれるのか?

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら、幸いです。

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