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レベル21 僕とお嬢様

「あなたは彼に守られる」

「ユズは俺に守られるだろう?」


「何を言ってんのよ。私は雑誌の見出しを読んだだけよ?」


 ユズは俺の部屋に遊びに来ている。

 そしてユズは、雑誌を俺に見せながら言った。

 そこには、後ろ姿の俺の写真が載っていた。


「この写真には、ちゃんとストーリーが隠れているのね」

「マコトさんがそうさせたんだよ」

「マコトさんって、あのカメラマンさんでしょう?」


 俺は、マコトさんはモモさんの特別な人だと、ユズに説明をした。


「本当に良い写真だね。でもこんなことは起きてほしくないわ」

「そうだな。命の危機なんてことは、この世界では起きないよ」

「そんなの分からないわよ? 交通事故や事件とか、あるのよ?」

「俺がいる。ユズには必ず俺がいるから」

「この写真を撮る時はいなかったわよね?」


 ユズは疑いの目で俺を見る。


「でも、ユズの命の危機はなかっただろう?」

「それは、合成で断崖絶壁にいるように見せてただけで、たまたま何もなかっただけよ」


 レンはすっかり騙されていたみたいだし、とユズは付け加えて、笑った。

 笑い事ではない。

 俺は本当に怖かった。


 ユズを失うかもしれないと、震えたんだ。


「でも、レンは私を助けてくれたわ。ありがとう、レン」


 ユズはそう言って、雑誌を抱き締めながら微笑んだ。

 ユズは俺に教えてくれた。

 ユズは俺がいるから大丈夫なんだと。


「ところで、知ってる? 学校の隣に建つ建物が大学だってことを」

「うん。知ってるよ」

「知ってるの? つまんない」

「だって、俺が通う大学だからね」

「えっ、ちょっと待ってよ。また私から離れないつもりなの?」

「当たり前じゃん」


「そんな当然のように言わないでよ」


 ユズは呆れたように言った。


「その大学にあの双子モデルのアオさんとモモさんも通うみたいだって、サラが言ってたよ」

「えっ、あの二人も? もしかして、コウ君もじゃないわよね?」

「コウも通うって言ってたよ。サラがこの高校に入学するから、サラをいつでも守れるようにって言っていたみたいだな」

「サラちゃんは私が守るから大丈夫よ。それにコウ君は心配し過ぎなのよ」

「そうか? 俺の代わりに守ってくれるなら俺はラッキーだけどな?」

「レンはシスコン卒業なのね?」


 ユズはニッコリと笑って言った。


「それは無い。ただ俺がユズを全力で守れるからラッキーなんだよ」

「もう! 何よそれ。私は助けなんていりません! 子供じゃないんだからね」

「ユズは子供じゃないよ。俺の婚約者だよ」

「誰がレンの婚約者になるって言ったのよ?」

「俺!」


「レンなんて知らない! あっ、アオさんとモモさんが載っているわ」


 ユズは怒っていたが、双子モデルを雑誌の中から見つけると、俺に雑誌を見せてきた。

 やはり本物のモデルの二人は凄い。

 初めて二人のモデル姿を見たかもしれない。


「モモさんはいつもこんな表情なのか?」

「えっ、モモさんの表情? そんなのいつも違うわよ。プロはどんな表情もできるんだからね」

「プロの顔をしていても、俺には分かるんだ。色んな人の表情を見てきているから、その人の本当の顔が、なんとなく分かるんだ」

「モモさんの表情に違和感があるの?」

「そう。モモさんは完璧に隠しているけど、俺には違和感が残るんだ」

「モモさんだってモデルの前に人間よ? やっぱり、色々と悩みはあるわよ」

「でもその悩みをモモさんは、いつまでも抱えているようだから、どうにかした方がいいと思うんだ」


 それはモモさんの問題よとユズは言って、雑誌を閉じた。

 そして俺を見る。

 可愛いユズに見られるのは嬉しいが、何だか恥ずかしくもなる。


「レンってば、照れてるの?」

「当たり前じゃん。可愛いユズに見られているんだからな」

「そんなのたくさん経験しているんでしょう?」


 ユズは俺を疑うような目で見てきた。

 ユズは嫉妬をしている。

 前世のユズに。


「ユズに見られるのは、何度経験しても慣れないよ。それほどユズは、いつも違う表情を俺に見せるんだよ」

「それは私に言っているの?」

「そう。今のユズだよ。俺の目の前にいるユズだよ」

「その答えは私にとっては、丸じゃなくて三角ね」

「何でだよ? 満点だろう?」

「違うわ。だって嬉しいけど、ドキドキはしなかったもの」

「ドキドキ?」


「そうよ。まだ足りないのよ」


 ユズは不安そうな顔で言った。


「何が足りないんだよ?」

「前世の私と今の私の違いよ」

「違い?」

「うん。違いが分からないから、レンの気持ちも分からないのよ」

「でも俺は、ユズが一番だって言っているだろう?」

「それは転生すると、毎回思うことでしょう?」


 ユズに言われて気付いた。

 そうかもしれない。

 俺がユズを一番だと言っても、ユズには何が一番なのか分からない。


 ユズは、何と比べられているのかさえ分からない。

 まだ足りないんだ。


「ユズ、この前の前世の話の続きをしてもいいか?」

「えっ、いきなりね?」

「ユズが前世の彼女達とは違うことを、知ってほしいからね」

「そうね。違いを教えてくれるの?」

「うん。ユズが納得するまで、何でも話すよ」

「それなら前世の彼女達の想いも、前世のレンの想いも、全てを教えてよ」

「それじゃあ、奴隷の俺と、その主人の娘のアンナが二人で逃げた所だったよね?」


 ユズはうんと言って、ベッドの横に座る俺の横に座った。

 ユズの香りが俺を落ち着かせてくれる。

 これから、二人の運命がバッドエンドへと向かう。

 そんな話をする勇気を、ユズがくれた感じがした。


◆◆◆


「これからどうするの?」


 アンナお嬢様が草むらに座って、僕に首をかしげて訊く。


「これから逃げ続けますよ」

「そうだけど、何処へ行くの?」

「アンナお嬢様は何処へ行きたいですか?」

「私は、海が見える街に住みたいわ」

「それだと、ここからは少し遠いのではないでしょうか?」

「いいの。遠くなくちゃ、逃げられないでしょう?」


 本当に逃げることはできるのだろうか?

 大切な娘を、あの人が手離す訳がない。

 でも今は、アンナお嬢様に話を合わせよう。


「分かりました。それでは参りましょうか?」

「もう! 本当に分かっているの?」

「えっと、どういう意味でしょうか?」

「私はあなたとずっと一緒にいたいの。だからずっと逃げ続けるのよ?」

「はい。僕も同じ気持ちですよ」

「嬉しいわ」


 アンナお嬢様は嬉しそうに笑った。

 僕だって本当は一緒にいたい。

 それは嘘じゃない。


 でも、逃げ続けることはできないはず。

 必ず、アンナお嬢様には迎えが来るはず。

 その時、僕はアンナお嬢様を手離すだろう。


 それがアンナお嬢様の幸せなのだから。

 僕のようなお金も、地位も無い、奴隷という生き方しか知らない者が、アンナお嬢様に幸せなんて与えることはできないんだ。


 僕達は海の見える街へ向かった。

 その道のりは遠かった。

 色んな街で食糧を買い、僕が料理をしてアンナお嬢様と一緒に食べる。


 今まで一緒に住んでいたのに、一緒に食事をすることなんてなかった。

 アンナお嬢様が隣にいて、僕と同じ物を食べ、美味しいわと言って僕に笑いかける。


 こんなに幸せなことがあっていいのかと不安になるくらい、毎日が楽しかった。

 お嬢様と僕の心の距離はほとんどなくなった。


「ねぇ、もうすぐ海でしょう?」

「そうですね」

「潮の香りがするわ」

「あの丘を越えれば、海の見える街ですよ」

「早く行こうよ」

「アンナお嬢様。そんなに急がなくても、海は逃げませんよ?」


 アンナお嬢様には、僕の声なんて聞こえていないようだ。

 嬉しいのは分かるけれど、デコボコ道を歩く馬が可哀想だよ。


「うわっ」


 僕がアンナお嬢様を追いかけようと、馬を走らせた時、馬がバランスを崩し倒れた。

 当然、僕も一緒に倒れた。


「あれ? どうしたの?」


 アンナお嬢様の心配する声が聞こえた。

 僕はすぐに倒れた馬を見る。

 馬は立とうとしても立てない。

 馬の後ろ足に、矢が刺さっていた。


 アンナお嬢様が僕の所へ近付いてくる。

 アンナお嬢様を迎えに来たようだ。

 そして僕はここまでだ。


「アンナお嬢様、僕はここまでです」

「何? どうしたの? 海はすぐそこなのよ?」

「アンナお嬢様には、迎えが参りました。そして僕の役目はここまでです」

「ここまでって、あなたはどうなるの?」

「ここまでです」

「嫌よ。言ったじゃない。私はあなたとずっと一緒にいるのよ?」


 アンナお嬢様は馬から降りて、僕の元へ向かってくる。

 僕は殺される。

 そんなところをアンナお嬢様には見せられない。


「アンナお嬢様。来ないで下さい。お別れなのです」

「嫌よ。お別れなんてしないわ。私はあなたと一緒にいると決めたの。せっかく、あなたは奴隷じゃなくなったのに」


 アンナお嬢様は泣きながら、僕に向かって歩いてくる。


「アンナお嬢様。いけません。これ以上来ては、僕が困ります」

「困ればいいわ。私を手離そうとするあなたなんて、困ればいいのよ」


 そしてアンナお嬢様は僕の目の前に立った。

 僕は倒れたまま座っていたから、アンナお嬢様を見上げる。


「私はあなたが好きよ。だからあなたと逃げたの。あなたは、私についてきただけかもしれないけれど、それでも良かったわ。あなたが側にいてくれたからね」

「僕は、、、」

「言ってくれないの?」


 アンナお嬢様は悲しそうに僕を見た。

 本当は言いたい。

 でも僕はアンナお嬢様から離れてしまう。

 それなら言わない方がいい。


「アンナお嬢様。どうかお幸せに」


 僕はそう言って立ち上がり、アンナお嬢様を抱き締めた。

 それを見ていた、アンナお嬢様を迎えに来た、ハンターは矢を放つ。


 これでいい。

 このままアンナお嬢様を抱き締めながら、僕の人生を終わらせるのも悪くない。


「嫌よ!」


 アンナお嬢様はそう言って、クルッと僕と立ち位置を変えた。

 それによって、アンナお嬢様の背中に矢が刺さった。


 アンナお嬢様の体から力が抜けていく。

 僕は立ち位置を元に戻して、アンナお嬢様を抱き締める。


「嫌だ。僕は君の幸せの為に、ここでサヨナラをしようと思ったのに、どうして?」

「これでいいの。私はあなたがいなければ、生きていても幸せじゃないもの」

「いいはずがないよ。僕はよくないよ」

「教えて。あなたは私を好きなの?」

「大好きだよ。小さな頃から君が好きだよ」

「良かった。あなたは今まで我慢して生きてきたわ。これからは自由に生きてよ。私の分までね」


 僕が生きる?

 アンナお嬢様がいないのに?

 そんなことできない。

 僕もどうせ、殺される。

 それなら彼女と一緒に。


 そう思った時、僕に矢が飛んできた。

 しかし矢は僕に当たらず、足元の地面に刺さった。

 僕はアンナお嬢様を地面に寝かせた。

 そして矢を放った奴の方を向く。


「僕はここだよ。絶対に外すな。僕もアンナお嬢様と同じ所へ行くんだ」


 アンナお嬢様は、小さな声でダメよと言っていた。

 僕にはそんな言葉は聞こえない。

 僕はアンナお嬢様から離れないんだ。


 すぐに僕の元へ矢は放たれた。

 僕の胸に一本命中した。

 僕はアンナお嬢様の横に倒れる。


「アンナお嬢様。必ず離れはしません」

「私はそんなことは望んでいなかったのに、、、」


 そしてアンナお嬢様は目を閉じた。

 アンナお嬢様の、苦しそうな息遣いは聞こえなくなった。


 アンナお嬢様はもういないのに、僕はまだ生きていた。

 僕の体は生きようとしている。

 心と体が別の生き物のようだ。


「アンナお嬢様。僕もすぐに参ります」


 僕はアンナお嬢様を抱き締め、アンナお嬢様に刺さった矢を、アンナお嬢様の背中から押した。

 その矢はアンナお嬢様の胸を貫通し、僕の心臓に刺さる。


 心臓がゆっくりと動かなくなっていく。

 感覚がなくなっていく。

 意識もなくなっていく。

 でも最後に彼女に言いたい。


「愛して、、、」


◆◆◆


「もう、やだ。身分で苦労する世界なんて存在なんてしなければよかったのよ」

「泣くのか、怒るのか、どっちなんだよ?」


 ユズは泣きながら怒っていた。

 俺だって怒りが込み上げてくる。

 どうしてあんな世界ができるのか、不思議でたまらない。


「前世はそんな世界ばかりだよ? だからユズが覚えていないことに俺は救われているんだ」

「私は救われないわ。だってレンは覚えているのよ? 痛みも苦しみも、、、悲しみも」

「ユズが俺の為に、怒ったり泣いたりしてくれるだけで俺は救われているよ」

「本当に?」

「うん。本当だよ」

「でも、さっきのお話の二人は間違っていたわ」

「間違い?」

「そうよ。二人は逃げなきゃ」


 本当は、ユズは前世の二人へ言いたいのだろう。


「諦めないで、逃げるのよ。二人で一緒にいたいのなら逃げるべきなのよ」

「そう。俺もそう思うよ。逃げて、少しでも長く二人の時間を過ごすことが、二人のやるべきことだったんだよな?」

「そうよ。一緒にいたいのなら、逃げ道を探さなきゃいけなかったのよ。二人で力を合わせてね」


 二人で力を合わせる。

 そうか!

 二人で逃げ道を探せば逃げ切れたんだ。

 少しでも二人の時間が長くなったんだ。


 一人で決めようとするからダメなんだ。

 一人でユズを守ろうとするからいけないんだ。

 ユズが怒るのは、俺が一人で決めているからなんだ。

 だからユズは、俺の気持ちが分からないって言うんだ。



「お兄ちゃん。ハサミ貸してよ」


 妹のサラが、勝手に俺の部屋へ入ってきた。

 そして泣いているユズを見て、俺を睨んできた。


「お兄ちゃん! お姉ちゃんに変なことしたんでしょう?」

「はあ? 何でそうなるんだよ?」

「お姉ちゃんが泣いてるじゃん。お姉ちゃんがお兄ちゃんを好きだって言わないからって、先に手を出すのはダメよ。最低よ」

「サラ、勘違いにも程があるよ。俺は何もしていないって」

「お兄ちゃんがそうやって言うと、もっと疑っちゃうわよ」


 俺は助けてくれと言うようにユズを見ると、ユズはクスクスと笑っていた。

 楽しんでいるユズに、俺も笑ってしまった。


「お兄ちゃん、キモイよ。お姉ちゃんが可哀想よ」


「ユズはキモイなんて思わないよな?」


 俺がユズに向かって言うと、ユズはそうねと言って笑った。

 前世は切ない最後でも、今は楽しい。


 アンナお嬢様、、、じゃなくて、ユズがいるから。


「レン?」


 ユズが俺を心配そうに見ている。


「ユズ、忘れないから」

「えっ」

「ユズが、勘違いされている俺を助けてくれなかったことをな」

「助けたわよ。キモイなんて思わないって言ったじゃない?」

「そうだな」


 俺はそう言ってユズの頭を撫でた。

 俺の顔を見られないように、上を向かせない為に。



 俺はさっきユズをアンナお嬢様と間違えた?

 どうして?

 俺は動揺していた。


 そんな顔をユズに見られたら、気付かれる。

 隠さなければ。

 ユズに見つかれば、傷つくはずだから。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

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