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20/25

レベル20 奴隷とその主人の娘

「ねぇ、レン?」

「何?」

「今更なんだけど、レンの進路は決まっているの?」

「あれ? 言ってなかったかな?」

「うん。聞いてないよ?」

「俺は大学に行くよ」

「試験はしたの?」

「俺は試験なんてしなくても頭が良いから、その大学には入学できるんだ」


「何かレンが、ムカつく発言をしたわね」


 ユズがムッと怒った顔で言った。


 俺はもうすぐ高校を卒業する。

 ユズと過ごす高校生活も終わる。

 ユズがいない大学なんて楽しいはずがない。


「レン、そんな顔をしないで」

「えっ」

「私達はこのままよ。いつも笑って楽しく会話をして過ごすのよ。だからそんな悲しい顔をしないで」


 ユズの方が悲しい顔をしていると思う。

 だから俺はユズの頬を優しくつまんだ。

 ユズは何をするのよと、言いながら笑っていた。


「あら? 本当に仲良しの二人は兄妹なの? なんてね」


 無理して高い声を出している声が聞こえた。

 空耳だと思いたい。

 だってこれが本当だったら、この後の俺達は、、。


「モモさん、男に抱き付かれるのは嫌だって何回も言ってますよね?」


 俺は髪の毛が青色のモモさんに抱き付かれるのを阻止したが、ユズは髪の毛がピンク色のアオさんに抱き付かれていた。

 まあ、アオさんは女性だからいいか。


「ワタシがユズちゃんに抱き付いたら怒るくせに」

「当たり前です。あなたは男性なんですからね」

「だから、レン君に抱き付くのよ」

「それは抱き付かなければいい話ではないですか?」

「でも高校生なんて、可愛いじゃん。抱き付きたくなるのよ」

「それなら、コウにして下さい」

「それが、コウは逃げるのが上手なのよ」

「それほど嫌なんでしょうね」

「いいわよ。ワタシにはレン君がいるからね」


 俺は良くないんですけど?


「モモ、そんなことを言っていいの? マコちゃんに言うわよ?」

「アオ、マコトは特別なの。それにマコトをマコちゃんなんて本人の前で呼んだらマコトは怒るわよ?」

「でもマコちゃんの方が合ってるもの。とても可愛いじゃない?」


 マコトさんとは誰なんだろう?

 名前からすれば、男性でも女性でもありえるけれど、モモさんの特別な人ってどっちなんだ?


「ところで、双子モデルのお二人はどうしてここへ? また生徒が集まってきてますが?」

「レン君、それは大変ね。だから、レン君だけ車に押し込めて、ユズちゃんは学校を楽しんでね」

「えっ、モモさん。えっ、ちょっと、ユズ~」


 何が起きたんだ?

 凄く素早い行動に俺は、なす術はなかった。

 簡単に説明をすれば、モモさんは男の力を発揮して、俺を担いで近くの黒い車に押し込んだんだ。


 素早くその黒い車にモモさんとアオさんは乗って、ユズにお別れをモモさんが言って、車は発進した。

 ユズは目が点だった。


 ユズからすぐに、俺に連絡があった。

 俺が大丈夫だと言うと、すぐにモモさんはスマホを切った。


 ユズと一緒に、モデルの仕事をした日を思い出す。

 また何かあるのか?

 また、あのオネエサンのカメラマンなのか?


「ごめんね。この前の雑誌がとても評判が良くて、またレン君に手伝ってもらおうと思っているの」

「アオさん。それは俺に許可をとってから決めることだと思うんですが?」

「許可はとらなくても、レン君は協力してくれるわ」


 アオさんはそう言うと、俺に動画を見せる。

 その動画には、隠し撮りされているユズが映っていた。


「いつのユズだよ?」

「あら、怖いわね。レン君ったら怒っているの?」

「アオさん、分かってるよね? ユズに何かしたら誰であろうと、許さないことを」

「そんなに怒らないで。レン君が、ユズちゃんの側にいないから怖いのよね? ユズちゃんに何かがあった時に守れないからでしょう?」


 そう。

 アオさんの言うことは間違っていない。

 ユズが離れていると、心配で仕方ない。


 ユズは俺が守るんだ。

 前世のようにはならない。

 ユズがいなくなったら、俺は、、、。


「そのユズちゃんへの想いを、モデルとして生かしてよ」


 アオさんが俺に、本気の顔で言った。

 いつものニコニコ顔はない。


「生かす?」

「そうよ。本当にこれが最後だから。お願いよ」

「ユズは?」

「大丈夫よ。何もしないわ」

「じゃあ、何で動画なんか見せたんですか?」

「レン君の本気度を見たかったの」

「本気度?」

「今回のモデルのお題は、彼が彼女の為にできることなのよ」


 俺がユズの為にできること。

 そんなの何でもできる。

 ユズの為なら命だって、、、。


「それじゃあ、私はここまでね」

「アオさん? 何処へ行くんですか?」

「ん? 私はバトンタッチよ」


 アオさんが綺麗な笑顔を見せた。

 何かを隠している。

 あの日の、悲しそうなアオさんがそこにはいた。


「アオさん、逃げるんですか?」

「レン君、アオはまだ無理なのよ。許してあげて」


 俺がアオさんに言うと、モモさんがアオさんを心配しながら言った。

 でも、いつまでも逃げることはできないはず。

 それでもいいのかな?


「レン君が見せる、ユズちゃんへの想いが強ければ、私も逃げないと思うわ」

「分かりました。アオさんの為にも良い写真を撮ってもらいますよ」

「そうね。ありがとう」


 そしてアオさんが車から降りると、小さくて可愛らしい、女性が乗ってきた。

 バトンタッチって、この女性と交代みたいだ。


「マコト、今日は優しくね」

「うん。分かってるよ」


 マコトさんってモモさんの特別な人だったよな?

 モモさんは、やっぱり男の人だったんだ。

 マコトさんは可愛い女性で、モモさんと女の子が好きそうな話で盛り上がりそうだ。



 それから撮影現場へ着くと、着替えさせられた。

 また学ランだった。

 また高校生の役のようだ。


「それじゃあ、始めるよ。って、ヨシオ! 何でそこにいるのよ? あんたは今から火をつけるんだから、そっちでしょう?」

「あっ、はい」


 マコトさんの罵声が飛んだ。

 さっきのマコトさんは何処へ?

 それに眼鏡をかけた、気が弱そうなヨシオ君が可哀想だ。


「レンはまだなの?」


 マコトさんが俺を呼び捨てにした。

 そんなマコトさんを、目をキラキラさせてモモさんは見ていた。

 やっぱりモモさんは女性なのかな?


 俺はマコトさんに言われるまま、真ん中に立って背中をマコトさんに向ける。

 するとマコトさんの合図で、俺の周りに火がつく。


 熱い。

 火は俺のすぐ側にある。

 汗が背中を伝うのが分かる。


「レン、火の向こう側に彼女がいたらどうする?」

「向こう側にユズが?」

「レンならどうするの?」


 マコトさんに問いかけられて、俺はすぐに答える。


「俺ならユズの元へ跳ぶよ」

「それなら跳べ」


 俺は迷いなく跳んだ。

 俺が跳ぶ瞬間に、目の前の火が小さくなった。

 跳んだ後、マコトさんを見るとカメラを手に、満足した顔をしていた。


 次は水の入った、大きな水槽の前に立たされた。

 次はなんだよ?


「レン、次は彼女が、その水槽に閉じ込められたらどうする?」

「水槽を割るよ」

「また即答だな。それなら割れ」


 マコトさんは、男なのかと勘違いするくらいの勇ましさで俺に言う。

 俺は近くにあった石を持ち、力一杯に水槽へ叩きつけた。


 何度か叩けば、水槽にヒビが入り、そして割れて水が俺に向かって押し寄せる。


「水槽の端を持て」


 マコトさんの言葉に、俺は咄嗟に水槽の端を持った。

 すると、水の勢いに押し流されることもなく無事だった。


 マコトさんは、また満足そうに笑っていた。

 この写真撮影はどう考えても無茶し過ぎだ。


「次は屋上だよ。ヨシオ! 今日は助けてくれるアオはいないんだから、しっかりしてよ」

「はいっ」


 ヨシオ君。

 君はいつも、アオさんに助けられているんだね?

 今日は一人で頑張れ。


 屋上へ着くと、1メートルくらいの高さがある段差の所に立たされた。

 次はどんな状況なんだ?


「レン、そこは断崖絶壁だと思え。彼女とそこまで逃げて来たが、行き止まりだ。レンならどうやってその状況を抜け出すんだ?」

「飛ぶしかない」


 俺はまた、マコトさんの問いかけにすぐに答えた。

 でもマコトさんは違う返しをしてきた。


「飛ぶとは、二人でなのか?」

「そうです。二人なら怖くないです」

「彼女もそうだと思うか?」

「ユズですか?」

「そうだ。死ぬことを、彼女は怖くないと思えるのか?」

「それは、、、」

「ちょっと休憩する。あいつも連れてこい」


 マコトさんの言葉に反応したのはヨシオ君だった。

 そしてヨシオ君は誰かを連れてきた。

 俺は、その相手を見て驚いた。


「コウ? 何でいるんだよ?」

「僕は撮影の手伝いだよ」

「お前も撮影なのか?」

「そうだよ。でも、僕の選択にマコトさんは、納得がいかないみたいなんだ」

「俺もそうなんだよ」


 俺達は二人とも、崖から飛び降りると言った。

 それにマコトさんは納得していないようだ。

 他に選択肢はあるのか?


「二人とも、これを見なさい」


 マコトさんはモニター画面を二つ見せてきた。

 そこに映っていたのは、、、。


「サラ嬢!」

「ユズ!」


 モニターには俺の妹のサラと、俺の愛しいユズがそれぞれのモニターに映っていた。

 二人とも、それぞれに何処か分からない崖の上にいた。


 俺とコウはマコトさんを睨み付けた。

 何もしないと言ったはずなのに。

 何もしないかもしれないが、あんな危ない所にユズを一人にするなんて。


「こっちは、撮影を手伝ってあげているんですよ? それなのに、こんなことをする理由は何ですか?」

「コウ君はどれだけ彼女を愛しているの?」

「僕の命よりも大切です」

「それを彼女が聞いたらどう思うかしら?」

「えっ」

「彼女はその言葉を、嬉しいと言ってくれると思うの?」


 マコトさんはコウだけではなく、俺に向けても言っている。


「サラ嬢は、、怒るはず。僕を殴ってバカって言うはず」


 コウが言うことは当たっているはず。

 サラはそんな奴だ。

 コウがどれだけサラを知っているのかが、よく分かった。


「レンは? 彼女に何て言うの?」

「俺もコウと同じで、俺の命よりも大切だと言うけれど、ユズもサラと同じでそんな言葉を喜ぶ訳がないはずです」

「それなら何て言うの?」

「言いません」


「はぁ? 教えないつもりなの?」


 マコトさんは驚きながら言った。


「いいえ。何も言わないんです」

「何も言わなくてどうするの?」

「来た道を戻ります」

「どういう意味なの?」

「二人で助かる道を探します」

「でも見つかれば殺されるならどうするの? それでも来た道を戻るの?」

「はい」

「どうして?」


 マコトさんには俺の気持ちが理解できないようだ。


「諦めたくないからです」

「何を諦めたくないの?」

「ユズです」

「彼女を?」

「俺は彼女と過ごす時間を少しでも長くしたいんです。それを長くできるのなら、崖から飛び降りるよりも、まだ助かる確率がある方を選びます」

「高校生なのに、まるでそんな経験をしたかのように言うのね?」

「俺じゃなくて、ユズがそうさせるはずですから」


 そう。

 ユズは諦めたりしない。

 どの前世のユズも諦めたりしてはいなかったから。


「彼女に会いたいわ」

「えっ、下のスタジオにいるので呼んで来ますよ」


 マコトさんの言葉に反応したのはヨシオ君だった。

 下にユズがいる?

 俺はすぐにその場から走り出す。


「ユズ!」


 下のスタジオのドアを開けると、ユズが真っ白なスクリーンに囲まれて俺を見ていた。


「レン?」


 不思議そうに俺を見ているユズに、俺は近付いて抱き締めた。

 ユズからは落ち着く香りがしていた。


「レン、どうしたの?」


 ユズは俺の背中を撫でながら優しく訊いてくる。


「前世のユズを思い出したんだ」

「そうなの? でも心配しないで。私はここにいるわ。いなくなったりしないわ」

「うん。分かってるよ。ユズは彼女とは違うよ」

「聞かせてよ。その彼女のお話を」

「うん。今回の俺は奴隷で前世のユズはその主人の娘だよ」

「奴隷なんて、ヒドイ扱いを受けたんでしょうね?」

「彼女だけは優しかったよ」

「だから恋に落ちたのね?」

「それだけじゃないよ」

「それなら話を聞かなきゃ分からないわね?」


 そして俺は前世の話をする。


◆◆◆


 僕が初めてアンナお嬢様に出会ったのは、まだ幼い頃。

 僕は幼い頃に両親を亡くした。

 身寄りのない僕は、近所のお金持ちの家で奴隷として迎え入れられた。


 奴隷というものを知らない僕は、大人の僕への扱いが冷たい気がしながらも、一生懸命に生きていた。

 そんなある日、アンナお嬢様がこの家にやってきた。


 アンナお嬢様はこの家の娘さんで、やっと両親とアンナお嬢様の家族三人で住めるようになったらしい。

 僕は奴隷だから当たり前だが、その家族の中には入っていない。


 僕は家の掃除をしていた。

 料理も、料理人の真似をしながら手伝っていた。

 僕は覚えも良く、頭の回転が良い青年になった。


 アンナお嬢様も少女とは言えないが、大人とも言えないくらいの年齢になった。

 美しいアンナお嬢様に僕は惚れた。


 アンナお嬢様からはあの香りがする。

 僕の大好きな香り。

 落ち着く香りだ。


「ねぇ、後で私の部屋を掃除してくれる?」

「はい。お嬢様」


 アンナお嬢様から部屋の掃除を頼まれた。

 これはアンナお嬢様が僕に話がある合図だ。

 アンナお嬢様の部屋の前へ着くと、ドアがいきなり開き、腕を引っ張られ中へ入る。


「ねぇ、聞いてよ」

「アンナお嬢様、どうしました?」

「この前の問題を解けたのは私だけだったのよ? あなたが解き方を教えてくれたから、できたのよ」

「それは良かったです。ですが僕の力ではなく、アンナお嬢様の力で解けたのですよ?」

「そうだけど、教えてくれたのはあなたなのよ?」

「ですが、僕が教えたとは誰にも、、、」


「もう! 分かってるわ。誰にも言わないわ」


 アンナお嬢様は僕が全てを言う前に、呆れた顔で言う。


 それから僕はアンナお嬢様の勉強の手伝いをして、部屋の掃除をして自室へ戻った。

 僕の部屋は馬小屋だ。


 僕は馬が好きだから嬉しかった。

 馬達に話しかけながら眠りにつく。


「人はみんな平等だ!」


 人の叫ぶ声で目が覚めた。

 なぜこんなことを叫んでいるのか。

 それは、人は平等なのだから、奴隷なんてものを廃止しろという、民の声だ。


 ここ最近は、この声が大きくなり、奴隷になっている人達が、普通の人として暮らせるようになるまで、あと一歩まできていた。


 僕も自由になれる。

 そしてアンナお嬢様と、できなかったことをたくさんできる。

 そう思っていた。




「おいっ、ガキ。起きろ!」


 ある日の夜中。

 僕はアンナお嬢様の父親である、主人に起こされた。


「はいっ、起きております」

「今から荷物を纏めろ!」

「どういうことでしょうか?」

「お前を奴隷としてこの家には置いておけないんだ」

「えっ」

「お前を他の家に売ったから、そこへ行け」

「でも、私はこの家で一生懸命やってきました。これからも何でもやりますので」

「この国は変わるんだ。奴隷はいなくなる。お前を養うなんてことはしたくはない。だからお前はお荷物だ」


 主人の簡単な説明で僕は全てを理解した。

 この国の奴隷と呼ばれる人達は、人として扱われるようになる。

 しかし、それはほんの一部だけ。


 今現在の奴隷の殆どは、僕のように捨てられる。

 そう、奴隷は一人の人間となり、主人がその元奴隷を養うことになったんだ。


 新しく奴隷は増えないから、奴隷は減る。

 その減り方が問題なんだ。

 国の知らない所で奴隷は生き続けるか、生きる術を知らない奴隷は、孤独に死んでいくか。


 国は何も考えていない。

 今の僕達の未来を。

 奴隷達の命を。


「さっさと準備をしろ! 朝方にはここに戻ってきたいんだ。アンナに心配をさせたくないからな」


 僕のことを人として見ていないこの男を、人として呼んでいいのか?

 自分のことしか頭にないこの男を、このまま生かしておいていいのか?


 そう思っても、アンナお嬢様の父親だ。

 どうしても逆らうことはできない。

 アンナお嬢様に迷惑はかけたくない。


 僕は仕方なく準備をした。

 準備をする物なんて無い。

 僕には荷物は無い。


 ただアンナお嬢様に、手紙だけは残しておこうと思った。

 もう会えないであろうアンナお嬢様へ、僕の気持ちを綴ろう。


「ねぇ、こっちよ」


 アンナお嬢様の声が聞こえた。

 僕は声のする方を見ると、馬に隠れてアンナお嬢様が手招きをしていた。


「アンナお嬢様。どうしてここへ?」

「私と逃げようよ」

「それはいけません」

「どうして? お金も持ったから、働く場所を見つけるまでは心配はないわ」

「アンナお嬢様には苦労はさせられません。それに逃げたら僕は、一生逃げ続けなければなりません」

「でも私が側にいるわ。あなたはこれから、何処に連れていかれるか分かっているの?」


 アンナお嬢様の不安そうな顔でよく分かる。

 僕は人として、生きてはいけない生活を送るのかもしれない。


「それでもアンナお嬢様には、幸せに生きていて欲しいのです」

「私が幸せだと思うの? あなたがいないこの家にいても?」

「僕といるよりは幸せですよ」

「あなたはそう言うと思ったわ。だから私は、、、」


 アンナお嬢様は話を途中でやめ、立ち上がる。

 そしてアンナお嬢様のお気に入りの馬に乗った。


「私は自分からここを出るわ」


 アンナお嬢様は馬を走らせた。

 父親にさようならと言っていた。

 僕は近くの馬に乗り、アンナお嬢様を追いかけた。


「アンナお嬢様。お戻り下さい」

「嫌よ。もっと先まで逃げるわよ」

「アンナお嬢様。分かりました。一緒に逃げますので止まって下さい」

「本当?」

「はい。そんな速さで馬を走らせると危険なんですよ」

「分かったわ」


 アンナお嬢様は止まってくれた。

 馬から降りて、近くの草むらで二人で話す。


◆◆◆


「ヨシオ! バレちゃったじゃない。これで良い写真が撮れないわね」


 俺がユズに前世の話をしていると、マコトさんがヨシオ君を怒りながら入ってきた。

 その後ろではヨシオ君が、頭を何度も下げながら謝っていた。


「誰が良い写真が撮れないって言っているんですか? 俺のユズへの愛を甘くみないで下さい」


「その言葉は、良い写真が撮れたら言ってくれるかしら?」


 マコトさんはそう言った後、生意気ねと付け足した。


 屋上へ戻る。

 ユズが1メートル下から見てくれている。

 大丈夫。


 俺は1メートルの段差の端に立ち、背中をユズ達の方へ向ける。

 少しでも後ろに体重をかければ、踏み外す場所に立つ。


 そのまま真っ直ぐを見つめた。

 後ろにも前にも逃げ場はない。

 それでも俺は諦めない。


 そんな気持ちで足に力を入れて踏ん張る。

 後ろなんて振り向かない。

 だって後ろに逃げ場なんてないから。


 前だけを見る。

 逃げ道を探すんだ。

 そして、前に向かって走った。


「終わりよ」


 マコトさんの言葉で俺は足を止めた。

 そして下にいるマコトさんを見下ろした。

 マコトさんは俺にありがとうと口パクで言った。


「ユズ!」


 撮影が終わったことが嬉しくてユズを呼んだ。


「レン! おいで」


 ユズが両手を広げて俺を呼んだ。

 俺は迷わず、ユズの元へ跳んだ。

 今度こそユズに向かって跳んだんだ。


 しっかり着地して、ユズの腕の中におさまらない俺は、逆にユズが俺の腕の中におさまった。


「レン、あの前世のお話が、二人で逃げた所で終わったから、ハッピーエンドみたいよね?」

「あのまま終わればそうだよ。でもあの後が、、、」


 俺は言葉を詰まらせた。

 それに気付いたユズが俺をギュッと抱き締めた。


「良かったわ。この撮影が終わる前に最後まで聞かなくて」

「どうして?」

「だって、バッドエンドを聞いていたら、こんな気持ちで喜べないと思うわ」

「ユズはそんなことはないと思うよ?」

「そんなことはあるわ。前世のレンと彼女のバッドエンドがあるから今があるのよ? 二人の悲しみがあったから、今の私達の幸せがあるのよ?」

「ユズ、それは違うよ。俺達は俺達。前世の二人は前世の二人。別物なんだよ」

「どうしてレンは、そんな風に思えるの?」


 ユズが俺を見上げて言った。


「俺は覚えているから。毎回、前世の二人には二人の世界ができるんだ。今の俺はユズだけだよ?」

「そんなワンちゃんみたいな顔で見ないでよ」


 ユズは恥ずかしそうに顔を下に向けた。


「お兄ちゃん、帰るよ」


 サラもこの撮影場所にいたみたいだ。


「ユズ、家に帰ろうか?」

「うん」


 ユズは顔を上げて嬉しそうに笑った。

 そんなユズを見て俺も嬉しくて笑った。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

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