レベル2 王子と平民
ブックマーク登録や評価、感想など誠にありがとうございます。
「俺の話を聞いてくれ」
俺はユズを後ろから抱き締めながら言った。
早くユズに伝えたくて。
「私はレンを嫌いだって言ったでしょう? もう、レンとは関わらないわ」
「ごめん。本当にごめん。ユズの気持ちも考えずに、ヒドイことを言ったのは俺が悪いんだ」
「そうね」
「俺はユズに嫌われてもユズのことは好きなんだ。どんなにユズを忘れようとしても好きなんだ」
「それは、レンには昔の記憶があるからだよね?」
「違うよ。今の俺は、今のユズが好きなんだ。そして昔の俺は昔のユズが好きなんだよ」
「違うわ。レンは昔の私への気持ちを、今の私に重ねているのよ。レンには全ての記憶があるからね」
ユズの声のトーンで分かる。
ユズは悲しんでいる。
「ユズは分かっていないんだ。どの世界でも、ユズは俺を惹き付けることを」
「そんなことを言われても、私には何も分からないわ。だって私には記憶がないもの」
「それなら全てを話すよ。ユズと俺の出会いも別れも全てをね」
「全てを聞いても、レンの気持ちを信じられなかったらどうするの?」
「それも運命だと思うんだ」
「運命?」
「そう。だから俺の話を聞いてよ」
「うん」
そしてユズはベッドの端に座った。
俺はユズの隣に座って昔の記憶をユズに伝える。
◆◆◆
ワタシはこの国の王子。
この国は権力のある大きな国だ。
民達はワタシに逆らうことはしない。
それはワタシがいつか、この国の王になる存在だからだ。
ワタシは自由に好きなように生きてきた。
誰もワタシを否定はしない。
誰もワタシを傷つけたりはしない。
「王子よ。明日はワシが選んだ令嬢から、お前の妃となる相手を決めるパーティーを開く。だから、誰か一人を必ず決めてもらうよ」
「王様。ワタシは自分で妃は見つけますよ」
「ダメだ。王子の結婚は国の為にするものだと昔から決まっておる」
「ワタシの結婚が国の為になるのですか?」
「そうだ。ワシが選んだ令嬢達は結婚をすれば、この国の支配下になると言っておる」
「しかし、ワタシは、、、」
「王の言うことは絶対だ」
「はい」
「ワシも王子と同じように、国の為に結婚をしたのだ。今は嫌かもしれんが、いつか分かる時がくる。結婚をして良かったとな」
「はい、、、。それでは失礼します」
ワタシは王様に一礼して自室へ戻った。
王様の言うことは必ず守らなければならない。
しかし、ワタシは結婚だけは王様に従いたくはなかった。
だってワタシには、、、。
「オーロラに伝えなければ」
ワタシはそう呟いてローブを着て、自室を静かに出た。
そして街を歩き、少し山道を歩いた後、大きな草原に出た。
草がワタシの背よりも少し高く生い茂り、ワタシが足を踏み入れると、ワタシの姿はギリギリ見えなくなる。
ゆっくりと、いつもの歩幅で三十歩くらい歩くと、見えてきた。
「約束通り来てくれましたね?」
ワタシを見つけると、嬉しそうに笑いながら女性が言った。
「君の隣が一番、落ち着くからね」
「嬉しいです」
嬉しそうに笑う彼女の名はオーロラ、そして平民。
ワタシとは身分が違う。
しかし、そんな彼女はワタシの大切な人だ。
いつか彼女を、ワタシの妃にすると決めている。
「君に話さなければいけないことがあるんだよ」
「それはどんなお話なのでしょうか?」
「結婚相手を決めろと王様に言われてしまったんだよ」
「王子はこの国の王様になられるお方なので、早めに決めなくてはいけないのでしょうね」
「そうなんだか、王様が決めた人の中から選べと言われたんだよ」
「お国の為に結婚するのは当たり前なのでしょうね」
「君もそんなことを言うんだね」
「それが王子の役目だと私は分かっておりますので」
「王子の役目かもしれないが、結婚相手だけは譲れないんだ」
「王子」
彼女はワタシの手を控え目に握り、ワタシの目を見てワタシを呼ぶ。
「王子が結婚しても、私は誰とも結婚はしません。私はあなたと一緒にいると決めたのですからね」
「ワタシが結婚をすれば、この関係はどうなるんだい?」
「気持ちは変わりません。あの日、王子と出会った日から何も変わりませんよ」
「オーロラ。君はワタシを忘れないでくれるんだね?」
「心はいつもあなたのお側におります」
彼女の言葉に嘘はない。
だって彼女が嘘をついたことはないからだ。
彼女が嘘をつくなんてあり得ない話なんだ。
ワタシは彼女を抱き締めた。
彼女は、遠慮気味に抱き締め返してくれた。
どんな彼女も愛おしい。
それは彼女と初めて会ったあの日から、ワタシも変わらない。
ワタシは昔から、ダンスのレッスンをするのが嫌だった。
「王子! 今日は必ずダンスを覚えていただきますよ」
「ワタシはダンスが苦手みたいなんだ。だからダンスを踊ることはしないよ」
「それは無理でございます。今はまだ幼い王子ですが、いずれは立派な王様になられるお方なのですから、パーティーで踊らないということはできませんよ」
「それなら少し、息抜きをさせてもらうよ」
「王子!」
執事が、困った顔をしてワタシを見ているが気にしない。
今はここから逃げたいんだ。
そしてワタシはローブを着て、身分の高い人間だと知られないようにし、城を出た。
街は賑やかだ。
その理由はワタシにあった。
ワタシの十二歳になる誕生日がくるからだ。
十二歳は大人と認められる年齢だ。
その祝いのパーティーが数日後にあるんだ。
そして、そのパーティーでワタシは初めて民の前に立つ。
「おいっ、このガキが。どこを見て歩いてんだ?」
「あっ、すみません」
ワタシは大きな声がした方を見た。
周りを歩いている民達も見ている。
そこには大きな男が、まだ幼い女の子を睨み付けて怒鳴っていた。
「彼女が何をしたというのだ?」
幼い女の子が可哀想になり、ワタシは大男に声をかけた。
「何だ? クソガキは黙って家へ帰れ!」
「ワタシはもうすぐ大人になる年齢になる。そんなワタシをガキ扱いするな!」
「うるせぇな。一発殴ってやろうか?」
大男はワタシに向かって拳を向ける。
ワタシはその拳を避ける。
ワタシは幼い頃から、剣術などの戦い方を習っている。
「手加減してやったが、それもいらないようだな」
大男はそう言うとナイフを取り出した。
卑怯な男だ。
ワタシはそんな大男に向かって体勢を整える。
受けて立とう。
「やめて下さい。私が悪いのです。どうか血を流すような戦いはおやめ下さい」
女の子が泣きそうな顔をして叫んだ。
仕方がない。
彼女が嫌がるのなら言うことをきこう。
ワタシは彼女の手を取り、大男から逃げた。
大男は逃げるなと叫んでいたが、追いかけては来なかった。
「もう、大丈夫だ」
ワタシは後ろを振り返り、誰も来ていないことを確認して、彼女に言った。
「もう、やめて下さいね」
「えっ」
彼女は怒ったように言ってきた。
ワタシは彼女を助けたはずなのだが?
怒られるなんてことがあるのかな?
「大人相手に勝てる訳がありません」
「ワタシは戦い方を習っていたから、あんな奴なんて相手にもならないよ」
「あなたはさっきの方を、どうするつもりだったのですか? 殺すのですか?」
「殺すことはしないよ。少し痛い目にあわせるだけだよ」
「それをあなたがされたらどう思いますか?」
「でも、あっちから仕掛けてきたんだよ?」
「やられたらやり返すのですか?」
「君は面倒な人だよ」
「私がですか?」
「素直に助けてくれてありがとうって言えばいいのにさ」
「あっ」
彼女はワタシにお礼を伝えていないことに気付き、顔を赤くしてワタシを見た。
「申し訳ございません。先程は助けていただき、誠にありがとうございます」
彼女は丁寧にお辞儀をして言った。
美しいお辞儀に見惚れてしまった。
彼女が顔を上げてワタシを見上げれば、天使のような可愛い笑顔がそこにはあった。
「君ってお嬢様なの?」
「昔はそうです」
「昔?」
「はい。私の父が母と私を捨て、他の女性の所へいってしまったので、今はただの平民です」
彼女は自分の生い立ちをニコッと笑って言った。
彼女はどんな想いでワタシに話をしてくれたのだろう。
「君は正直な人だね」
「えっ」
「君の父上の話は誤魔化して、嘘をついても良かったんじゃないのかな?」
「私は父を恨んだりしておりません。ただ今を楽しく生きたいのです」
「君は嘘がつけないようだね」
「私だって嘘はつけますよ」
「それなら言ってよ」
「私はあなたが嫌いです」
彼女はワタシを嫌いと言いながら、顔を真っ赤にして照れている。
「君は嘘がつけないよ」
ワタシはそう言って彼女に近づく。
「ワタシは君が好きだよ。今日、初めて会ったけれど、君をワタシの婚約者にするよ」
「婚約者?」
「ワタシはもうすぐ十二歳なんだ。結婚ができる歳になる」
「嬉しいです」
彼女は嬉しそうに笑った。
愛らしい彼女の笑顔を、ワタシは一生忘れないだろう。
「ところで、君はダンスは踊れるかな?」
「ダンスですか?」
「ワタシの十二歳の誕生日に、お祝いパーティーをするみたいなんだが、ダンスは苦手で」
「ダンスパーティーなんて、あなたはやはり平民ではありませんね?」
「君と同じ身分ではないけれど、ワタシは君と一緒になりたいんだ。だから気にせずに側にいてほしいよ」
「分かりました。それでは幸せのダンスから教えますね」
「そうだね。幸せのダンスはテンポが早いから大変なんだ」
「テンポは早いですが同じことの繰り返しなんですよ?」
「あれ? そうだったかな?」
「あなたはダンスが嫌いと思っているので、何も覚えられないのですよ。まずは私の真似をして下さいね」
彼女はそう言ってスカートの裾を持ち、少しだけ広げ、ワタシに美しく一礼した。
彼女の所作は全てが美しい。
どこか華がある。
彼女の美しい所作はワタシの頭の中に残っていく。
あんなに難しいと思っていたダンスはとても楽しく、すぐに覚えた。
「お上手です。もう大丈夫ですね」
「君がいなければ本番はこんな風に踊れないよ」
「私は平民です。そんな私がパーティーなんて出れませんよ」
「たくさんの人がいるから、君が平民なんて誰も気づかないよ」
「でも、ドレスもありませんよ? メイクも髪の毛のセットもできません」
「ドレスはワタシが準備をするよ。メイクも髪の毛のセットも君には必要ないよ」
「えっ」
「こんなに白い肌と、薄いピンクの頬と、赤い薔薇のように美しい赤い唇に、そしてサラサラの長い金髪はそのままでも十分、綺麗だよ」
「そんなお世辞はおやめ下さい」
「お世辞なんかじゃないさ。触ってもいいかな?」
「どうぞ」
ワタシは彼女の頬に触れる。
そして唇に触れる。
最後に髪の毛を一束ほど持ち、鼻を近づける。
「君の髪はとても良い香りがするね」
「あなたも良い香りがしますよ。言葉では表すことが難しいのですが、とても落ち着く香りです」
「ワタシもそう思うよ。君の隣は落ち着くんだ」
ワタシが彼女の手を握ると、彼女も控えめに握ってくれた。
ワタシ達は出会う運命だったんだ。
そして結ばれる運命なんだと思う。
この先も絶対に離れてはいけないんだ。
何があっても。
◆◆◆
「平民の私はパーティーに出たの?」
俺が昔の話を教えると、ユズは気になったことを訊いてきた。
「出たよ。それはもう、どのお嬢様よりもユズが一番、美しかったよ」
「ユズ?」
ユズは俺を睨んで言った。
「あっ、ユズじゃなくて、オーロラだね」
「それで許してあげるわ」
「この話が俺達の始まりなんだ」
「王子がオーロラと結婚をせずに、二人の生涯は終わったの?」
「俺が結婚相手を決めなければいけないと報告した日が、オーロラを見た最後だったんだ」
「来世では一緒になろう、なんて言わなかったの?」
「言ったよ。次は必ず一緒になろうってね」
「悔しくて、寂しくて、悲しかったんだろうね」
「そうだね。オーロラは悔しくて、寂しくて、悲しそうで、そして最後に俺にごめんなさいと謝ったんだ」
「結婚をできなかったことを謝ったのかな?」
「オーロラは泣いていたよ。怪我をしても、悔しいことがあっても、身内が亡くなっても泣かなかったオーロラが、綺麗な涙を流していたんだ」
俺はそう言ってユズを見ると涙目になっていた。
あの日のオーロラと重なる。
でもすぐにオーロラとユズは違うと気づく。
「大丈夫! ユズはオーロラとは違うよ」
俺はユズを抱き締めようと思ったが、ユズに触れるのは違う気がして代わりに笑いかけた。
ユズはそんな俺を見てバカと言って顔を背けた。
「もっと聞かせて」
「うん。まだまだたくさんあるよ」
「全部聞くまでに、おばあちゃんになっちゃうかもね」
「それでもいいよ。ユズに俺の気持ちが伝わるまで、俺は話を続けるよ」
「レンはあの最初の日からずっと、結ばれることを願っているものね。今の人生より長くね」
この人生が俺達の最後にしたいと思った。
今のユズは今までの彼女達とは何かが違う。
この幼馴染みのユズと結ばれたい。
だから俺は全てを伝える。
ユズを愛しているから。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
レンとユズの昔のお話はまだまだたくさんあります。
次のお話もお読みいただけると嬉しいです。