レベル16 富裕層と貧困層
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「暇すぎる」
「レン、雪が降ってるよ。綺麗よ」
ユズは目の前の雪景色を見ながら言った。
雪は積もって地面なんて見えないし、木の幹だけが見えている木々も、葉っぱに雪が積もりほとんど見えない。
そんな景色をユズは綺麗だと言う。
俺はもう、見飽きたよ。
こんな日が五日も続けば、嫌になる。
「レン、卓球しようよ」
「嫌だ、飽きた」
「それならトランプしようよ」
「いつも俺が勝つから飽きた」
「それならこの宿の周りを少し散歩する?」
「寒いし一面、真っ白だから飽きた」
「レン、少しは我慢しなさいよ。電波がないんだからゲームができないのは仕方ないのよ」
「そんなの来る前に知りたかったよ」
「そう言うと思ったから、みんな内緒にしていたのよ?」
俺はユズと二人で、綺麗な星空を見ながら年を越したのに、その次の日に俺はそんな綺麗な星空も嫌になった。
携帯電話も、ゲームも、テレビも、マンガ本も何も無いんだ。
ただ寒いだけ。
それなのにユズはいつも楽しそうにしている。
何がそんなに楽しいのだろう?
「冬休みが、この旅館で過ごして終わるなんて最悪だ。ユズもそう思うだろう?」
「そんなことないわ。雪も星空も、可愛い野生の動物も、温泉だってあるこの旅館で過ごせるなんて、今年は素敵な一年になると思うわ」
「俺はここで一年過ごした気分だよ。一日が長いんだ。時計を何度みても、ほとんど動いていないんだ」
「レンはすぐに飽きるからね」
「だって俺は、こんな景色なんて何度も見ているし、珍しい訳じゃないからね」
そう。
俺は何度も転生して、こんな景色は珍しくもないほど見てきている。
世界一綺麗な滝。
世界一綺麗な夕陽。
世界一綺麗な星空。
でも一つだけ見飽きないモノがある。
それがどの世界にでもいる、前世のユズなんだ。
飽きることなく、いつでもユズに見惚れた。
「何度みていても、いつも同じ景色じゃないでしょう?」
「同じだよ。だっていつも飽きるからね」
「私が一緒にいても飽きるの?」
ユズは悲しそうな顔をして言った。
「景色にユズは関係ないと思うんだけどな?」
「関係あるわよ。その景色に私をちゃんと入れてよ。レンが一人で見る景色じゃなくて、私と一緒に見る景色は飽きるの?」
「意味が分からないんだけど?」
「それなら私が外に出るから、レンはそこから私を見ててよ」
ユズはそう言って雪が積もる庭へと出た。
外は寒く、ユズの吐く息が白くなっている。
ユズは白くて柔らかい、冷たい雪を手で優しく掴み上へ投げた。
雪はキラキラと舞った。
すごく綺麗でもう一度、見たいと思った。
ユズを見ると楽しそうにしていた。
「レン、どう? 私を景色に入れると飽きたりしないでしょう? レンも景色の中に入りたくなったでしょう?」
ユズはニコニコしながら言った。
鼻を赤くしていて可愛いユズ。
俺もユズと同じことをしたくなって、ユズの元へと向かう。
外は寒かった。
でもユズといると心は温かい。
ユズはまた俺に教えてくれた。
何度も転生していて、何でも知っている俺に、ユズは教えてくれた。
俺、一人では知ることはなかった、大切なこと。
一人よりも二人の方が楽しい。
一人よりも二人の方が美しく見える。
一人よりも二人の方が心に残るんだって。
「レン、風邪ひいちゃうから中に入るよ」
寒くなったのか、ユズはそう言って中へ入る。
俺も仕方なく中へ入る。
もっと遊びたかった。
「レンったら、まだ遊び足りない感じね?」
「ユズがいるからだよ」
「そうかなぁ? レンは子供だから、ただ楽しかったのよね?」
「それならユズも子供のように遊んでたじゃん?」
そんなことないもん、とユズは言った後、大きなくしゃみをした。
体が冷えたんだと思う。
「温泉に入ろうか?」
「そうだね。寒くなったから温かい温泉は天国だと思うわ」
ユズはそう言って温泉へと向かう。
俺も温泉へと向かう。
ユズと一緒には入れないが、貸し切り状態の温泉は露天風呂だとユズと話すこともできる。
「レン、いるの?」
ユズが露天風呂から大声で俺を呼んだ。
「ユズより先に入ってるよ」
「そうなの? ところで、そっちも三つの山は見えるの?」
「うん。見えるよ」
ユズが言う三つの山とは、露天風呂から見える三つ並んだ大きな山だ。
この三つの山はそれぞれ色が違う。
左の山は雪が積もって真っ白だ。
右の山は雪も積もらず、枯れ葉色の山だ。
そして真ん中の山は、左の山と同じで雪が積もって真っ白だ。
しかし、真ん中の山が白いのは今だけだ。
もうすぐ夕焼けになる。
すると真ん中の山はオレンジ色になる。
左の山は真ん中の山より手前にあるから、夕陽が届かなくて白いままだ。
不思議な山に俺が見惚れる、、、のは最初だけだった。
「ユズ、暗くなるから温泉から出ようか?」
「まだよ。こんなに綺麗な三色の山を忘れないように、焼き付けなきゃ」
「今は携帯電話っていうのがあるんだから、写真撮ればいいじゃん」
「お風呂に携帯を持ってきたら壊れるでしょう?」
「本当は、いつも忘れるって言えばいいじゃん」
「そっ、そんなことないわよ」
図星だったみたいだ。
ユズは忘れ物が多いからな。
そんなユズも可愛いんだけどな。
夕陽は沈み、辺りは暗くなった。
小さな灯りが一つあるだけだ。
この灯りが消えたら本当に真っ暗になる。
「ユズ、暗くなったから露天風呂はここまでにしようか?」
「そうね。少し、肩までつかってからあがるわ」
「それなら俺もそうするよ。一緒にあがろうか?」
「うん。ありがとう」
ユズはクスクス笑って言った。
俺がユズを一人にするのを心配しているってことに、ユズは気付いているんだろうな。
「あれ?」
いきなり灯りが点滅してユズが驚いて言った。
「ユズ、灯りが消えるかもしれないから、早くあがろうよ」
俺がそう言った時には遅かった。
灯りは消え、真っ暗闇になった。
ユズも真っ暗闇の中にいるはず。
「ユズ、大丈夫か?」
「……」
「ユズ?」
ユズの声が聞こえない。
ユズどうしたんだよ?
俺はこの暗闇から、どうユズを助ければいいのか考える。
ユズだけは失いたくない。
ただそれだけだ。
暗闇の中を、さっきまで見えていた景色を思い出しながら進む。
足を石にぶつけたり、壁にぶつかったりしたが、痛さなんてなく、ユズの元へ早くいかなければと思って前へ進む。
以前、男湯と女湯の間のドアは鍵が開いていると聞いたことを思い出し、そこに向かった。
手探りでドアを見つけて中に入る。
「ユズ!」
「えっ、レン? どうして?」
「ユズ、大丈夫か? どこにいるんだよ? 返事くらいしてくれないと心配になるだろう?」
「私は大丈夫よ。ただ露天風呂の外でカサカサ音がしたから、怖くて返事ができなかったの」
「まずは近くに行くから、俺を呼んでくれ」
「レン」
ユズの声の元へ歩く。
真っ暗闇なのに、ユズの元へ行けると思うと恐怖はなかった。
ユズが何度も俺を呼ぶ。
近くなるユズの声。
ユズは目の前にいる。
「音はどこから聞こえるんだ?」
「それがもう、聞こえないの。小さな動物が逃げるような音がしたから、ウサギさんだったのかもしれないわ」
「そうか。それなら良かったよ」
「うん。ところでレン? ここで灯りが点いたら私達は裸を見られちゃうわね」
「それなら背中を合わせて座ろうよ」
「そうね」
そして俺達は背中を合わせて座った。
「レンの背中が冷たいわ」
「ユズの背中は温かいよ」
「寒いのにごめんね」
「俺はユズを守れるなら、何でも我慢できるよっていうより、何も感じないって言う方が合っているかな?」
「私はレンに何かあったら、罪悪感で押し潰されちゃうかもしれないわ。だからレンは自分を大切にしてよ」
「うん」
ユズに言われて気付く。
さっきは何も感じなかった、ぶつけた足が痛い。
痣ができているかもしれない。
ユズには秘密にしておこう。
しかし、灯りはいつ点くのだろうか?
ずっと温泉に入っていると熱くなってくる。
「ユズ、熱くないか?」
「熱いわ。気分が悪くなってきちゃった」
「それなら温泉から出るよ」
「う、、、ん」
「ユズ!」
ユズが気を失いかけそうになり、体から力が抜けそうになる所を振り向いて支えた。
ユズは小さな声でありがとうと言った。
こんな暗闇でどうすればいい?
まずは脱衣所まで行くことにした。
ユズを横抱きにして、暗闇を歩く。
ゆっくりと足元に何もないことを確認しながら歩く。
男湯と作りは同じようで良かった。
脱衣所には電池式の小さなロウソク型の照明があった。
小さな淡い光で、ほとんど役にはたたないがそれを持ち、バスタオルを見つけてユズにかける。
俺もバスタオルを腰に巻き、淡い光を放つロウソク型の照明を持ち、部屋へと向かう。
灯りはどこも消えている。
俺とユズの家族は毎晩、遅くまで飲みながら騒いでいるから、今は寝ているんだと思う。
だって誰も俺達を心配して、探しに来ないからな。
俺はゆっくりと進み、ユズの部屋へ着いた。
ユズの部屋へ入って、布団へ寝かせる。
ユズの頬は熱い。
俺は冷蔵庫から冷たいお茶を出し、ユズの頬に当てる。
「レン?」
「ユズ大丈夫か?」
「うん。喉が渇いちゃったよ」
俺はユズにお茶を渡す。
ユズのお茶を飲む音が俺の耳へ届く。
すごく良い音に目を閉じ、音を楽しんだ。
「レンは大丈夫なの?」
ユズはお茶を飲んだ後、俺を心配して訊いてきた。
「俺は逆上せてないから、大丈夫だよ」
「そうじゃなくて、私をここまで暗闇の中を運んでくれたでしょう?」
「うん」
「暗闇なんだから、どこかをぶつけたりしてないの?」
「どうだったかな? ユズが心配で覚えていないよ」
「レンのことも大切にしてよ。レンの大切な私の、大切なレン、なんだからね」
「ユズ、それを言って、自分でもよく分からなくならないのか?」
「分からないのはレンだけよ。簡単に言えば、無限なのよ」
「無限?」
「レンは私が大切だから守るけど、私だってレンが大切だから守る。私達は無限ループから抜け出せないのよ」
「俺が転生することと同じだな」
「そうね。無限ループから抜け出せない、、、のよね」
ユズの意味深な言い方が気になった。
でもユズは、服を着ていないことに気付いて俺に、部屋から出ていってと言った。
助けた俺に、その言い方はないだろう?
バスタオル一枚は恥ずかしいだろうが、暗闇で見えないんだから大丈夫だろう?
俺は仕方なくユズの部屋を出ようとドアへ向かう。
俺も着替えたかったから、ちょうど良かった。
「レン、着替えたらお話を聞かせてよ」
「話?」
「そうだよ。こんな風にお互いを守ろうとした前世のお話よ。あるでしょう?」
「そうだな。あるけどユズは聞いたら泣くだろうね」
「そんなに悲しいお話なの?」
「そうだよ。それでも聞くのか?」
「うん。レンの全てを知りたいからね」
ユズに後でまた来るよと言って部屋を出た。
今日はずっと暗闇なのかもしれない。
こんな暗闇を俺は知っている。
俺の命が尽きた後に行く場所以外にもう一つ。
俺は生まれ変わっても暗闇にいた時がある。
それを着替えた後、ユズの部屋へ戻り話す。
「これは俺が富裕層で前世のユズが貧困層の話だよ」
「お金があるか無いかで、身分が決まる世界だったりするの?」
「うん。お金があれば不自由なく生きていける世界だよ」
「そんな世界で生きるって辛いよね?」
「そうだね。でも前世のユズがいたからそれほど嫌でもなかったよ。ほらっ、話すよ」
「うん」
◆◆◆
僕は生まれつき目が見えない。
ずっと暗闇の中で過ごしている。
見えないからと、彼女を探すことを諦めることはしない。
僕には目が無くても、鼻がある。
彼女の落ち着く香りを覚えているから、見えなくても大丈夫なんだ。
そして僕には人よりもお金がある。
僕が生まれた血筋は、大昔からのお金持ちだ。
だから僕は目以外に不便なことは何もない。
僕は自由に生きていた。
誰もが僕の目の代わりをしてくれる。
誰もが僕に優しく接してくれる。
「きゃっ」
近くで聞こえた誰かの声に僕は驚き、動きを止めた。
見えない僕には動きを止めることしかできないから。
そして助けることができないけれど、音や匂いで状況を判断する為だ。
僕は目が見えないからなのか、嗅覚や聴覚が鋭くなった。
声がしたと思ったら、すぐに背中に何かが体当たりしてきて、僕は倒れた。
そして僕の背中に何か重い物が乗っている。
「おっ、重い」
「なっ、失礼ね」
その重い物の正体は女の子だった。
声を聞く限り、僕と歳は変わらないように感じる。
女の子は怒っているが、僕の上に乗ってきたのは彼女の方だ。
「僕は目が見えないんだ。だから正直に言っただけだよ」
「正直? 何よそれ? 私が重いってことなのね?」
「人が軽いなんてことはないと思うよ。だいたい、どのくらいの重さがあると思ってんの? ラリーとは比べ物にならないよ」
「ラリー?」
「僕の飼っているハリネズミだよ」
「ハリネズミと比べられても困るわよ」
「だって重さが分かるモノといえば、ラリーしか知らないからね」
「えっ」
彼女は何か悟ったのか、いきなり大人しくなった。
僕の目のことを気にしたんだろうと思う。
見えないから何も知らないと思ったんだ。
「せっかく、父上に買ってもらった高い杖を、君は傷つけたようだね」
僕は近くに落ちていた杖を握り、傷が入った部分を手探りで見つけて彼女に言った。
「えっ、嘘。わざとじゃないわ。小さな段差に引っかかったのよ」
「目が見えない僕でもちゃんと通れたのに、君の目は役に立ってないじゃん」
「そっ、それは、、、」
彼女の声を聞いて、反省しているのがよく分かる。
「僕には見えないけど、鼻も耳も口もある。使えるものを最大限に使いたいんだ」
「そうね。あなたは富裕層みたいだし、お金があれば何でも手に入るわね」
「そうだね」
「お金持ちってだけで不自由しないわね」
「でも僕には光がないんだ。いつも真っ暗で色も形も君の顔さえ分からないよ」
「分かるわよ」
「えっ」
彼女は驚く僕の手を持ち、彼女の顔に手を当てる。
「これは私の頬。あなたと同じでぷにぷにでしょう?」
彼女はそう言って笑いながら、僕の頬を優しくつまむ。
「これは私の目よ。あなたよりは大きいわ。瞳の色は黒色であなたと同じよ」
彼女は僕の手を彼女の瞼に当てた。
そして僕の瞳は黒色なんだと教えてくれた。
瞳の色を初めて知ったよ。
「次は私の手よ。あなたより小さくて白いわ。あなたの手は大きくて温かいわ」
彼女はそう言って、僕の左手を両手で持ち、彼女の頬に当てる。
彼女の頬の方が温かい気がする。
「君の見ている世界を教えてよ」
「私の見ている世界?」
「君となら僕も見える気がするんだ」
「えっ、でも、、、」
「君が僕の目になって教えてよ」
「私があなたの目になるの?」
「そうだよ。君の顔を僕に説明したように、君の見ている世界を教えてよ」
彼女の見ている世界を知りたい。
そう思った。
「それじゃあまずは、あなたの今の顔を教えてあげるわ」
「僕の顔?」
「そうよ。あなたの顔は子供みたいに無邪気な表情よ」
「子供?」
「そうだよ。子供は思ったことが顔に出るの。あなたも楽しみなのが表情に出ているわ」
彼女の言っていることは正解だ。
本当に楽しみなんだ。
彼女がどんな風に、彼女の世界を僕に教えるのかを。
「僕が一人になれる時間は、この僕の家の周りを散歩する間だけなんだ」
「あなたの自由な時間はそれだけなの?」
「そうだよ。みんなは目の見えない僕を、心配しているんだ」
「監視されているみたいね」
「これが僕の世界だからね。仕方ないよ」
「明日はこの場所から見える、私の世界を教えてあげるわ」
そして明日、この場所で彼女と会う約束をした。
彼女の香りは何か油のような匂いがした。
彼女はどんな生活をしているのだろう?
次の日、彼女はまた油の匂いを纏って、現れた。
「ここから見える私の世界を教えるわね。ここから見える景色は、たくさんの人が歩いているわ。急いでいる人や、面倒そうに歩く人、恋人と楽しそうにお話をしながら歩いている人。本当に色んな人が見えるわ」
足音や人の話し声で、彼女が言っていることが嘘ではないことは分かる。
香水のキツイ人や、イライラしながら早く歩く人。
恋人の歩幅に合わせてゆっくり歩く人。
僕の鼻と耳は、彼女が教えてくれる言葉で答え合わせをしている感覚になる。
彼女の世界と僕の世界が同じだと錯覚しそうだ。
彼女の色のある世界と、僕の色のない世界は全く違うはずなのに。
彼女と同じ物を見ているようで嬉しくなる。
彼女から他にも道端に咲いている小さなピンクの花や、近くに住んでいる黒色の野良猫の尻尾は先端が曲がっていることを教えてくれた。
目が見えている人には当たり前の風景でも、僕には新鮮だった。
それは、彼女の色の伝え方が上手だったからかもしれない。
ピンク色の時は、僕の手を取り彼女の頬に手を当て、ピンク色を見ると心が温かくなるんだと教えてくれた。
黒色の時は、僕の手を取り冷たい金属でできた僕の家の扉に手を当てた。
僕が知っていることを分かっていて、彼女は教えてくれる。
冷たくて、寂しいけど、色を求めて諦めない、強い色だと教えてくれた。
僕自身の事を言っているように感じた。
他にも白は他の色に染まることができて、寄り添える色。
赤は何にでも一生懸命で強い意思を持つ色。
彼女の色の説明が僕は大好きになった。
彼女の世界では、色は本当に美しいものなんだと思う。
「ねぇ、今度はあなたの世界を教えてよ」
彼女がある日、いきなり言ってきた。
「僕の世界は暗闇だよ」
「あなたの世界は音や匂い、いろんな感覚で感じる世界でしょう?」
「そうだけど、僕は暗闇の世界にずっといるから感覚が鋭くなったけど、君にはそれが出来ないよね?」
「私は目を閉じるから教えてよ。あなたと同じ世界を感じたいの」
「いいよ。僕の手を握って、絶対に離さないでよ」
「うん」
◆◆◆
「どうしたの?」
俺は話すのをやめた。
それに気付いたユズは俺の顔を覗き込む。
「この後の話を本当に聞くつもりか?」
「覚悟はできてるわ」
「俺が覚悟できているのか不安だよ」
「少し、深呼吸をしようよ」
そして俺達は深呼吸をする。
ゆっくりと、二人同じ速度で。
ユズなら大丈夫。
ユズとなら大丈夫。
ユズがいれば怖くない。
あの出来事も、あの感触も、あの匂いも、あの感情も、ユズなら一緒に分けあってくれる。
読んでいただき、誠にありがとうございます。