レベル14 暗闇と光
俺の誕生日に貰った、サラからの写真立てには、俺とユズとサラとコウの四人で撮った写真を入れた。
俺とユズが前で、俺の後ろにサラでユズの後ろにコウがいて、皆が驚いた顔で写っている。
何があったのかというと、五秒のセルフタイマーだと思っていたのに、五回の連写だったからだ。
これも思い出だと思い撮り直しはせず、この一枚の写真を選んだ。
それぞれみんな一枚ずつ選んで、部屋に飾ると言っていた。
俺はその写真の後ろに隠すように、ユズと俺の手が重なる写真を入れた。
これは俺の宝物だ。
今まで宝物というものを持った記憶はない。
俺は全てを覚えているから、形に残す必要はないと思っていた。
写真を見ていると思い出して笑ってしまう。
思い出を形にするのは良い考えだと思った。
教えてくれたサラに感謝をしなければいけないな。
「お兄ちゃん!」
サラがいきなり俺の部屋に入ってきた。
そしてまた仮装している。
「サラ。次は何の仮装だよ?」
「仮装? コスプレよ。女の子サンタだよ」
「うん。可愛い」
「お兄ちゃん。心が込もっていないよ!」
「だって、どうせ俺より、コウに言われたいんだろう?」
「そうだけど、コウちゃんに見せる前に、お兄ちゃんの反応がどうなのか、試したかったのよ」
「俺で試すなよな」
「でもお兄ちゃんも、お姉ちゃんがコスプレをしたら、反応してあげなきゃダメだよ? さっきの反応は、お姉ちゃんから嫌われるよ!」
サラは呆れた顔で言った。
「おいっ、ユズが女の子サンタになるのか?」
「それは知らないけど、お姉ちゃんが着たら似合うよね? お姉ちゃんとお揃いで着ようかなぁ?」
ユズの女の子サンタなんて、見れるのは俺だけだ。
俺だけのユズサンタだ。
「お兄ちゃん。ニヤニヤしないでよ。気持ち悪い」
「サラ。お前はまたお兄ちゃんに向かって、気持ち悪いなんて言うのか?」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんのことを考えると、周りが見えなくなるのよね。自分の世界に入っちゃうの」
「俺はユズの世界で生きているんだよ」
「何、言ってんの。お兄ちゃんは、お兄ちゃんの世界で生きているんだよ? お兄ちゃんが決めたことで、お兄ちゃんの世界が動くんだよ?」
「俺はユズの為に生きているんだ」
「お姉ちゃんが可哀想ね」
サラはまた呆れた顔で言った。
「ユズが可哀想?」
「だって、何でもお姉ちゃん任せだもん」
「えっ」
「お兄ちゃんは自分で決めず、お姉ちゃんに全部を決めてもらわなければ、生きていけないの?」
「そっ、それは、、、」
俺が答えに困っているとサラは、お兄ちゃんはお姉ちゃんの何を見てるの? と言って部屋を出ていった。
サラ。
俺に質問だけ残して出て行くなよな。
まあ、俺には答えられないけどな。
しかし、俺はユズ任せなのか?
ユズに迷惑をかけているのか?
ユズは嫌がっているのか?
俺はユズの何を見ているんだ?
俺はユズの心をちゃんと見ているのか?
俺はユズの気持ちを、ちゃんと考えているのか?
「レン?」
「あっ、うん?」
「聞いてたの?」
「あっ、ごめん。なんだったかな?」
俺はユズと下校中だ。
サラに言われたことが気になって、ユズの話を聞いていなかった。
「だから、今年のクリスマスイブは二人だから、何して遊ぶのかって話よ」
「今年は二人?」
「そうだよ。毎年、レンの家族と私の家族でパーティーしていたけど、今年は大人だけで旅館へ行くって言ってたでしょう?」
ユズは大人だけズルイと言って頬を膨らましている。
「そんなことを言っていたかもな」
「それにサラちゃんは、コウ君の所へ行くだろうし、今年は二人よ。どうする?」
「いつも通りでいいじゃん」
「いつも通り?」
「豪華なご飯食べて、ゲームで遊んで、テレビ見て夜更かしをして寝る」
「そうだね。二人でも何も変わらないわよね」
「でも二人ならいつもより豪華なご飯を食べようぜ」
「そうだね。なんか、楽しみ」
ユズはニコニコ笑っている。
ユズがニコニコ笑っていればそれでいい。
俺はユズサンタを見たいなんて思っていないぞ。
でも少しは期待していいよな?
クリスマスが近付くと、教室のあちこちでプレゼント交換の悩みが飛び交う。
俺もそのプレゼントに毎年、迷う。
去年はユズが中学生最後のクリスマスだったから、
ネコのぬいぐるみに、ユズの学校の制服を着せたものをあげた。
ユズは可愛いと言って抱き締めていた。
そのネコはユズの部屋に大事に飾られている。
それを見ると毎回、嬉しくなる。
ネコだけじゃなくて、俺のことも大事に思ってくれているようで。
しかし、今年は何にしよう。
ユズが喜ぶ物なんてこれまでにたくさん贈った。
残りは指輪や宝石くらいしか思いつかない。
俺のお小遣いでは買えない。
どうすればいい?
そうだ。
コウに聞いてみよう。
そして俺はコウに電話をして聞いた。
するとコウがあの工場なら仕事があると言った。
コウがサラの為にブレスレットを作った工場だ。
コウのおじさんの工場。
俺はすぐに働くと言った。
ユズの為にお金を貯めて、プレゼントを買うんだ。
その為に俺は、学校が終わるとすぐに工場へ向かった。
ユズには用事があると言って、一緒に帰ることはなかった。
休みなんていらない。
ユズの為に俺は働いた。
俺の仕事は簡単な仕事ばかりだが、力仕事だったり、温度管理だったり、掃除などなんでもした。
そんな俺を心配していた人がいた。
「お兄ちゃん!」
「サラ。重い」
サラはまた俺の寝ている上に、馬乗りになり全体重を乗せている。
「お兄ちゃんが悪いの」
「俺が何をしたっていうんだよ?」
「お兄ちゃんがバイトなんてするから、コウちゃんがお兄ちゃんを心配しているの」
「コウが?」
「そうよ。コウちゃんは、あんな大変なバイトを休み無しでするなんて、レンに紹介しなければよかったって言ってるの」
「でも、そのバイトも明日で終わりだよ」
「そうなの?」
「コウに、心配するのが遅いんだよって言っとけよ」
「お兄ちゃん! 私も心配してたんだからね。だからお姉ちゃんなんて、もっと心配していると思うよ」
「分かってる。ありがとうサラ」
そしてサラは、お兄ちゃんは周りが見えていないんだから困るのよねと言いながら、部屋を出ていった。
そうかもしれないが、それも明日までだ。
明日から周りも見るようにするよ。
明日はクリスマスイブだ。
明日はユズの可愛い笑顔が、たくさん見られる日だ。
楽しみで仕方がない。
俺はバイトを終わらせ、ユズのプレゼントを買い、家へ帰った。
まだ昼の三時だったから、少しだけ寝ようとベッドに寝転がった。
疲れていた俺はすぐに眠くなり寝てしまった。
「起きてレン」
俺の大好きな人の声を聞いて、一瞬で目が覚めた。
目を開けるとユズがいたが、何故かいつもと違う。
何が違うって、ヒラヒラのレースのエプロンをしている。
まるで可愛い奥さんが旦那を起こしているようだ。
俺達って結婚したのか?
「ユズ。俺達って結婚したのか?」
「えっ、何それ? 変な夢でも見たの?」
ユズは顔を赤くしながら言っている。
怒っているのか?
「ユズ。何でエプロン姿なんだ?」
「今日は私の手作りのご飯でパーティーよ」
「ユズの手料理? これはもう、俺達は結婚したと言っても間違いじゃないよな?」
「間違いよ。私達は幼馴染みなんだからね」
ユズはそう言いながら、俺に背を向けて部屋を出ようとしている。
ユズの後ろ姿に目を奪われた。
首の後ろと腰の後ろに蝶がいる。
正しく言えば、レースのヒラヒラの紐が蝶結びになっていて、まるで飛んでいるように見える。
美しい。
その一言だ。
ずっと見ていたいが、その蝶をほどきたくなった。
蝶がいなくなれば、ユズの白くて細い首と細いウエストが露になるんだ。
いつも見ているはずなのに、何故か今日はそれを考えると色っぽく感じた。
エプロン効果は絶大だな。
そう思っているとユズが振り返った。
「ちょっと、何をニヤニヤしてるの? 変態」
ユズはそう言ってキッチンへ向かった。
ユズがサラのようだ。
サラのやつめ、ユズのことを考えるとニヤニヤしていることを、ユズに言ってるな。
俺はユズの後を追ってキッチンへ向かった。
キッチンでは良い香りが充満している。
料理名はよく分からないが、見たことがあるものもある。
「料理名とか言ってもレンは覚えそうにないから、言わないわよ。美味しく食べてもらえれば、私は満足だから」
「美味しくない訳がないよ。こんなに良い香りで、こんなに美味しそうに見えるんだからな」
俺達はリビングへ料理を持っていき、目の前に並んだ豪華なご飯を食べる。
「この肉うまい」
「そうね。それは、、、うん。お肉だね」
ユズは料理名を言おうとしていたが、俺の顔を見てやめた。
ユズはニコニコしている。
「これは俺でも分かる。サンドイッチだ」
「そうね。その中に入っているのは分かる?」
「中身? これは卵で、これはツナ。これは、、、野菜か?」
「これはエビとアボカドよ」
「そうなのか。これもうまい」
「美味しいなら、それでいいわ」
ユズはクスクス笑った後、俺の唇の端についたソースを人差し指で取ってくれた。
「なんか、俺って子供みたいだな?」
「そうね。なんか可愛いもの」
「俺って中身はユズよりもずっと年上なんだからな」
「そうかな? そんなに年上に感じないわ」
「俺って成長していないから、転生を繰り返しているのか?」
「それもあるかもしれないわね。もう少し、勉強しなさいって神様が言っているのよ」
「神様なんて会ったことはないけどな?」
「神様は見ているのよ。どこかでね」
ユズはそう言って立ち上がる。
そしてキッチンへ行く。
するといきなり灯りが消えた。
「ユズ。大丈夫か?」
「大丈夫よ」
ユズがそう言ってリビングへ戻ってきた。
ユズの手にはロウソクに火が灯った、クリスマスケーキがある。
「今年はクリスマスケーキじゃなくて、レンの誕生日ケーキだよ」
「毎年、クリスマスケーキが俺の誕生日ケーキだっただろう?」
「今年は二人だもん。私はレンの誕生日をお祝いしたいの」
「そっか。ありがとうユズ」
「レン、ロウソクを消してよ」
俺がロウソクの火を消すと真っ暗になった。
「暗いから灯りを点けるよ」
「待って」
俺は灯りを点けようとするユズを止めた。
「ユズ、この暗闇でこれを開けて」
少しだけ暗闇に慣れた目で、ユズに俺のプレゼントを渡した。
ユズも暗闇に慣れたようで、プレゼントを受け取ってくれた。
「それはクリスマスカード。開けて」
そしてユズがクリスマスカードを開けるとクリスマスソングが流れ、クリスマスカードがキラキラと光る。
「すごく綺麗ね」
「俺は暗闇でこんな綺麗な光を目指すんだ」
「暗闇? もしかして前世でレンが亡くなった後のお話?」
「そう。俺は毎回、暗闇に負けそうになるんだ」
「負ける?」
「うん。暗闇が俺の手や足を黒くしていくんだ。体が黒くなっていくのが嫌で俺は暴れるけど、黒くなるのは止められない」
「怖いわね」
「そうだよ。恐怖や悲しみ、寒さまで感じるんだ」
「それで、どうやって暗闇を抜け出すの?」
「光が見えるんだ。温かくて柔らかい光が」
俺はユズの手の中にあるクリスマスカードを見る。
ユズも見ている。
「その光は俺が諦めかけている時にいつも現れて、俺はその光に手を伸ばすんだ」
「レンが絶望した時に現れるのね?」
「そうみたいだ。そしてその光を掴むと俺は光に包まれて、安心して眠ってしまうんだ」
「それで目を覚ますと、転生しているっていうことなのね?」
「うん。あの光が何なのか分からないけど、とても懐かしい気持ちになるんだ」
「懐かしい。もしかしてその光が何なのか分かれば、転生なんてしなくなるのかもよ?」
「でもその光は、ただ光っていてそれが何なのか全然、見えないんだ」
俺の言葉にユズは考え込む。
「その光は、もう見ないかもしれないわね」
「どうして?」
「私とレンの転生はこれが最後になるからよ」
「最後になればいいけどね」
「最後にするわよ。もう、レンには暗闇で苦しい思いをしてほしくはないもの」
「ユズが言うと本当に最後になりそうだよ」
「そうだよ。私達の始まりよ」
「始まり?」
「私達が本当の幸せを手に入れて、始まるの。私とレンの物語がね」
「そうだね」
それから灯りを点けて次はユズがプレゼントを持ってくると言って、サラの部屋へ入っていった。
何でサラの部屋なんだ?
少しするとユズがサラの部屋から出てきた。
俺は出てきたユズを見て、言葉を失った。
それは何故か。
それはユズが、可愛い女の子サンタになっていたからだ。
「一度でいいからサンタになってみたかったの」
「俺は一度でいいから、ユズの可愛い女の子サンタ姿を見たかったんだ」
「サラちゃんが言う通りに、なっちゃったわね」
「サラ?」
「レンはニヤニヤするって言ってたの」
「ニヤニヤ? そんな顔はしていないよ」
「してるわよ。エプロン姿の時と同じよ」
「それほどユズが俺を惑わせるんだよ」
「私にはそんな色気はありません」
「あるよ。だからユズを手に入れたいって思うんだ」
俺がそう言うとユズはムッとした顔をする。
怒っているようだ。
「誰を思い出したの?」
「誰って?」
「今フワッと笑ったでしょう? それに私に対する視線が一段と優しくなったもの」
「そっか。ユズを思い出していないから怒っているんだね?」
「そうよ」
「でも、怒らないで。だって俺はユズを思い出していたからね」
「嘘よ」
「本当だよ」
「証拠は?」
「証拠なんてないよ。ユズが俺の言葉を信じるしかないよ」
ユズは不安で仕方ないという顔をしている。
ユズの不安を消せるなら全てを言葉にするよ。
「ユズの部屋のエアコンが壊れて、暑い部屋に風が吹いた後、髪の毛を耳にかける仕草のユズ」
「えっ」
「ユズがつけていたエプロンの、首の後ろの蝶結びをほどいて、細くて白い首を見たいと思った時の後ろ姿のユズ」
「そんなことを思っていたの?」
「うん。信じてくれる?」
「うん。信じるよ」
ユズの不安は消えたようだ。
「ユズは俺の光なんだ。あの暗闇で光っているのは、ユズの温かくて強い想いなのかなって思ったりもするけど、違う気もするんだ」
「その光はもしかしたら、レンの強い想いなのかもしれないわね」
「でも暗闇でたった一つの光は、希望と言ってもいいくらいだね」
「希望ね。レンの望みは? 私の望みは?」
「俺の本当の望みって、、、」
「なんか、暗い話はやめようよ。今日はクリスマスイブだよ。パーティーだよ?」
「そうだな。ユズにはもう一つプレゼントがあるんだよ」
ユズは楽しみと言いながら俺が渡すのを待っている。
俺はユズに小さな箱を渡した。
その中にはハート型の翡翠がついたネックレスが入っている。
ユズの誕生石である、ハート型の翡翠を使って俺が作った。
「緑色がすごく綺麗ね。つけてよ」
ユズはそう言ってショートヘアーの後ろ髪を上げて俺の前に立つ。
俺はユズにネックレスをつけてあげた。
「どう? 似合う?」
「うん。翡翠がユズの可愛さを引き立てるよ」
「翡翠に私が勝てる訳がないわ」
「ユズの笑顔も、ユズの色気も、ユズの可愛さも、翡翠には勝てないよ」
「レンったら褒めすぎよ。こんな高価な物を貰ったのに私はこんな物でごめんね」
ユズはそう言って俺にマフラーをくれた。
青色の毛糸でできたマフラー。
「もしかして手作り?」
「そうよ」
「どんな高価な物よりも、俺はこのマフラーを選ぶよ。だってユズが作った世界でたった一つのマフラーだからね」
「レン、ありがとう」
「ユズ、ありがとう」
俺達はお互いに貰った物を首につける。
偶然にも、二人とも首につける物だった。
その後、ユズとテレビを見たり、ゲームをしたりした。
そしてもうすぐ日付けが変わる。
「メリークリスマス!」
ユズはそう言って、眠りそうになっている俺に抱き付く。
それが嬉しくて一瞬で目が覚めた。
「夜はこれからよ。まだまだたくさんやりたいことがあるのよ。ビンゴもしたいし、トランプもしたいし、魚釣りゲームもしたいし、格闘ゲームでレンに勝ちたいの」
ユズはキラキラと目を輝かせて言った。
俺はまだまだ、寝かせてはもらえないようだな。
「ユズが俺に勝てるものはないゲームばかりだな」
「だから、今日は勝てるまでするわよ」
そう言っていたユズも、一時間もすれば眠そうに目を擦っている。
「ユズ、寝ようか?」
「うん」
ユズは返事をした後、リビングのソファですぐに寝てしまった。
俺はユズを横抱きにして俺のベッドに寝かせた。
可愛い寝顔を見た後、俺はリビングに戻り、ソファで寝る。
今日はソファで寝ても苦ではない。
楽しすぎたからなのか眠れない。
ユズサンタを見れて眠れない。
ユズがいると思うと眠れない。
夏休みの時は、ソファから何度も落ち眠れなかった。
でも今日は心が落ち着かない。
楽しかったクリスマスパーティーのせい?
それとも。
可愛いユズのせい?
もしかしたら、帰ってこないサラのせいなのかもしれない。
いつまでコウの家にいるつもりだよ?
次の日の朝、早くにサラは帰ってきた。
コウが言うには、コウのお姉さんがサラを気に入って一晩中、サラと一緒にいたみたいだ。
コウのガッカリした顔を見れば嘘をついていないことは分かる。
コウのお姉さんに感謝を伝えたいよ。
コウとサラを二人きりにさせないでくれて、ありがとうと。
俺にはユズサンタは刺激が強いみたいだ。
ユズへの想いが大きくなった。
早く俺のモノになってほしいと思ってしまった。
ユズの気持ちなんて考える余裕がなくなりそうになるほど。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら、幸いです。




