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13/25

レベル13 老人と赤ちゃん

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「レン、今日も一緒に帰れないからね」

「ユズ、朝の挨拶はおはようだろう?」


 朝からユズは挨拶ではなく、一緒に帰れないことを口にした。


「レンだって、おはようなんて言わないじゃない?」

「俺は今のユズを見て、今日から言うように決めたんだよ」

「レンったらズルイわね」

「だからユズ、今までごめん」

「いいわよ。私もごめんね。レン、おはよう」

「ユズ、おはよう」


 俺達は朝の挨拶を仕切り直した。


「文化祭の準備で忙しくて、今日から文化祭まで一緒に帰れないからね」

「ユズのクラスはカフェだったよな?」

「うん、そうだよ。準備するものとか、カフェを出すのにも色々大変なのね」


 ユズはそう言いながらメモ帳を取り出し、今日は何をするのか確認をしている。


「俺は去年、経験したから何か手伝おうか?」

「そんなのいいよ。三年生は純粋に文化祭を楽しんでもらう為に、出し物はしないっていう学校の決まりがあるでしょう?」

「でもユズがいないと、つまらないからね」

「レンの助けはいらないの。レンは同じ三年生のコウ君と、将来のことでも話をしたらいいじゃない?」

「何でそこでコウが出てくるんだよ?」

「文化祭はコウ君の学校と合同よ。コウ君の学校の三年生も何もしないみたいだし」

「コウとは話すことはないよ」

「そう? いつか、レンの弟になるかもよ?」


 ユズはニコニコしながら言った。

 俺には笑えない冗談だよ。

 サラと結婚するなんて許さない。


「レン、眉間にシワ!」


 ユズはそう言って俺の眉間に人差し指を当てる。


「レン、誰かの幸せを願うことも必要なことよ」

「でもそれは、サラじゃないんだよ」

「レンは昔からサラちゃんが大好きなのよね」

「サラには悲しんでほしくないだけだよ」

「そうだね。私もそう思うわ。サラちゃんもレンにはそう思っているわよ」

「サラが?」

「二人ともお互いに気付いていないのね」


 ユズはクスッと笑って俺の左頬をつまんだ。


「何するんだよ?」

「サラちゃんとレンがお互いに想い合っていて、羨ましいなぁって思ってね」

「はあ? ユズと俺もだろう?」

「そんな必死に言わなくても分かっているわよ」

「それじゃあ、何で羨ましいなんて言うんだよ?」

「ん? 何となくかなぁ?」

「はあ? ユズ。俺はお前が世界で一番好きなんだよ」

「レン、恥ずかしいから大きな声で言わないで」


 ユズはそう言って、俺の声が聞こえないように、走って俺から離れる。

 逃げることはないだろう?

 俺はユズを追いかけた。


「きゃ~、レンが追いかけてくる」

「おいっ、逃げるなユズ」


 ユズは俺から逃げていく。

 俺が本気を出せばすぐに追い付くけど、この追いかけっこが楽しくて、ユズに合わせ追いかけた。


「あっ、レン?」

「何?」


 ユズはいきなり立ち止まり、振り向いて俺を呼んだ。


「私はレンのことを世界で一番、、、好きだよ」

「ユズ?」


 ユズは頬を赤くして言った。


「あのね。世界で一番、幼馴染みとして好きだよ」

「何だよそれ?」


 ユズはそう言って、また走って離れていく。

 ユズと結ばれるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。



 それから文化祭まで、ユズとはほとんど会えなかった。

 ユズが忙しそうにバタバタしているのを、何度か学校の廊下で見かけた。


 文化祭なんて早く終わればいいのに。

 俺はそう思わずにはいられなかった。

 今日も一人で家へ帰った。

 暇だから部屋で携帯ゲームで遊ぶ。


「レン、いるか?」

「いない」


 俺の部屋のドアの前から声がした。

 誰なのかは分かる。

 だから部屋にいるのにいないと答えた。


「いるんだな? 中に入るぞ」


 そして声の主は勝手にドアを開けて入ってきた。


「コウ、勝手に入ってくるなよな」

「話があるんだよ」

「俺にはない」

「サラ嬢のことなんだよ」

「サラがどうしたんだ?」


 コウは言いにくそうな顔をしている。


「サラ嬢が最近、ため息ばかりつくんだ」

「ため息? 疲れてるんだよ」

「疲れてため息がでるのか? 普通は悩んでいてため息が出るんだろう?」

「それなら悩みがあるんじゃないのか?」

「なんだよ、その適当な返しは?」

「だって気になるなら聞けばいいじゃん」

「だったらお前はユズに聞けるのか?」

「えっ」


 ユズには聞けないな。

 ユズなら悩みがあれば言ってくるはず。

 それを言わないのは、俺じゃ役に立たないからだと思う。


「聞けないだろう? 聞いて役に立たなかったら、サラ嬢にとって僕は、必要なのかって疑問がでてくるからな」

「そうだな。俺も、ユズの悩みを解決できなかったら落ち込むよ。消えたくなるよ」

「だろう? だからレンが、サラ嬢に何となく聞いてくれるか?」

「俺が?」

「他に頼める奴はいないだろう?」


 コウは俺に頭を下げながら言った。


「ユズは?」

「ユズに言ったらそのままサラ嬢に言いそうで、、、」

「そうだな。女子には男子の気持ちは分からないよな」

「いつでもいいから、時間がある時にでも、それとなく聞いてくれないか?」

「分かった」

「そのお礼と言えるか分からないが、レンにユズの情報を教えてやるよ」


 ユズの情報?

 俺がユズのことで知らないことはないはずだ。


「ユズのカフェの服装が、女子はメイド服で男子はスーツ姿で接客だそうだ」

「えっ、何それ? そんなのユズから聞いてないけどな?」

「ユズはレンに言う必要はないって言ってたそうだ。サラ嬢が言ってたよ」

「そうか、分かった。サラの話を聞けたら連絡するよ」

「よろしくな」


 コウは俺の部屋を出てサラの部屋へ入っていった。

 サラの悩みも気になるが、ユズのメイド服も気になる。


 接客なんて制服でいいだろう?

 エプロンをつけるだけでいいはずだ。

 誰が喜ぶんだよ?

 俺は嬉しいが、でもそれは俺だけが見ればそれでいいんだ。


 ユズとは会えないから暇だし、明日にでもサラに悩みがあるのか聞いてみよう。

 しかし、俺はサラが悩んでいるなんて気付かなかったけどな?

 コウの考え過ぎじゃないのかな?




「お兄ちゃん。おはよう」

「おはよう。しかしサラ、重い」


 朝からサラは俺が寝ているのに、布団の上から馬乗りになり、俺を起こす。


「お兄ちゃん。文化祭に私も行くからね」

「ん? コウと行くんだろう?」

「お兄ちゃんと行くの」

「コウは?」

「コウちゃんは、お兄ちゃんをお姉ちゃんに渡してからよ」

「ユズに渡す? 俺って一人にしたらいけない子供なのか?」

「お姉ちゃんがそうしてって言ったの。でも私は頼りになるお兄ちゃんだって思ってるからね」


 サラはニコニコしながら言う。

 何か悪いことでも考えていそうな顔だ。


「何か企みがあるのか?」

「ないよ。お兄ちゃんの為だよ」

「それならユズが何か企んでいるな?」

「お兄ちゃんは何も考えないで私達と楽しめばいいのよ」

「分かった。話は終わりか?」

「うん」

「それなら俺の上からどいてくれ」

「あっ、ごめん。お兄ちゃんの上にいるの忘れてた」


 サラは素早く俺の上から降り、それじゃぁ文化祭でねと言って、部屋から出ていった。

 何だったんだ?


 一つ分かったことは、悩みはないってことだな。

 あんな元気なのに、悩みなんてあるようには見えないな。


 コウには、悩みなんてなかったと伝えた。

 コウは納得いかないようだったが、諦めたのか分かったと言った。



 それから文化祭の日が来た。

 サラと一緒に学校へ向かう。

 サラは自分の行きたい場所へ俺を連れていく。


 どうせならコウと一緒に行ってほしいくらいだ。

 サラの隣が俺である必要があるのか?

 可愛いサラを、すれ違う男子がチラチラ見ているのが分かる。


 これがコウだったら、サラはチラチラ見られないだろうな。

 コウがチラチラ見る男子を睨み付けたりしそうだ。


「お兄ちゃん。午後からはお姉ちゃんとバトンタッチだから、私からお兄ちゃんにプレゼントよ」

「プレゼント?」

「うん。はい、これ」


 サラは綺麗にラッピングされたプレゼントをくれた。

 俺はそのプレゼントの中身を見る。


「これって、写真立て?」

「うん。今度みんなで一緒に写真を撮って、これに飾ろうよ」

「そうだな」

「お兄ちゃんの部屋って、いつも寂しいって思ってたけど気付いたの。思い出がないなってね」

「思い出?」

「写真も思い出だけど、人の部屋にはぬいぐるみやフィギュアや本とか、何か残る物が絶対にあるのに、お兄ちゃんの部屋にはそれがないのよ」

「だって俺は思い出を覚えているから、物としては必要ないんだ」


 俺の話を聞いてサラは悲しそうな顔をしたけど、すぐにいつものニコニコ顔に戻った。


「思い出はいつでも思い出せるように、目に見える物として置いておこうよ。第一号は写真だよ」

「そうだな。サラがくれた写真立てと一緒に思い出すよ」

「うん」


 サラは嬉しそうに笑って、お姉ちゃんの教室へ行ってと言った後、コウが待っているからと走って待ち合わせ場所へと行った。


 俺はユズの教室へと向かう。

 ユズの教室へと向かうと、ユズはいなかった。

 だか、ユズのクラスメイトが、屋上でユズが待っていると教えてくれた。


 そして俺は屋上へ向かい、ドアを開けた。

 コーヒーの良い香りが俺を迎え入れた。


「レン、どうぞこちらへ」


 ユズはメイド服で椅子を引いて俺に座るように言う。

 メイド服だが、スカートが短い訳でもなく、露出が高い訳でもなく、とてもシンプルな黒のメイド服に白いエプロン、そして黒いタイツをはいている。


「ユズ。メイド服、似合ってるよ」

「ありがとう。今日のレンは私のご主人様よ」

「何で?」

「えっ、何でって誕生日だからだよ」

「誕生日?」

「今日はレンの誕生日でしょう?」

「あっ、そういえばそうだ」

「サラちゃんからプレゼントを貰っても、気付かないってサラちゃんが言ってたけど、本当に気付かないなんて、レンって本当に自分の人生に興味がないみたいね」


 ユズは呆れたように言った。


「自分の誕生日に興味がないだけだよ。そういえば、誕生日といえば一つだけ思い出すことがあるんだ」

「昔のお話ね?」

「そう。聞くだろう?」

「うん、でも待って。コーヒーを準備するわ。ご主人様」


 ユズは手際よくコーヒーを作ってくれた。

 コーヒーの良い香りの中、俺は話す。


「これは老人と赤ちゃんの話だよ」

「歳の差もすごいけど、二人が結ばれることはないような感じね?」

「そうだね。でも俺はこの転生は、できて良かったと思っているよ」

「そうなんだね。早く聞きたいわ」


◆◆◆


「じぃちゃん、今日はどんな話をしてくれるんだ?」

「そうだね。今日は狼少女の話でもしようかな?」


 ワシは彼女に会えないまま年老いた。

 彼女に会えなかったが、ワシを慕ってくれる青年に出会って、毎日が楽しかった。


 ワシの話を楽しみにしてくれる。

 彼女との前世の話を。


 そんなある日、青年が赤い顔をして恥ずかしそうにモジモジしている。


「じぃちゃん、好きな子ができたんだ」

「それなら彼女が誰かに取られる前に伝えなさい」

「そうだね。じぃちゃんありがとう」

「頑張るんだぞ」


 そして青年は、何日かワシの所に遊びには来なかった。

 どうしたのだろうかと心配になった。


「じぃちゃん、俺の彼女だよ」


 ある日、青年が恋人を連れてやってきた。

 青年の恋人は可愛らしく、大人しい女の子だった。

 ワシは自分のことのように喜んだ。


 それから青年は、恋人と一緒にワシの所へ来るようになった。

 賑やかになって毎日がもっと楽しくなった。


 

「じぃちゃん」

「あれ? 今日は彼女はいないのかい?」

「それが彼女と喧嘩をしたんだ」

「どちらが悪いかは分からないが、早く仲直りをしなさい。一緒にいられる時間は案外、短いんだよ?」

「そうだね。じぃちゃんありがとう」


 そして青年は、彼女と仲直りをしたとワシに報告をしてくれた。

 それから一ヶ月後に、次は彼女が一人でワシの所へ来た。


「今日は、君が一人なのかい?」

「おじいさん、彼は行ってしまいました」

「何処へ?」

「遠くの国へ戦いへと」

「そうだったのか。君は寂しいだろうね?」

「私にはおじいさんがいます。彼の大切なおじいさんがいるので、私は大丈夫です」

「君は強いね。」

「だって私はママになるんです」


 彼女の言葉に驚いた。

 青年と彼女に赤ちゃんができていたなんて、本当に嬉しい。


「おめでとう。君達の赤ちゃんは良い子に育つだろうね」

「そうなってくれるような名前にしたいんです」

「名前も大切だからね」

「はい。だからその名前をおじいさんが決めて下さい」

「他人のワシが名前をつけるなんてできないよ」

「彼は、おじいさんはそう言うと言っていました」

「彼にはお見通しなんだね」

「そうですよ。だから彼は言っていました。彼も考えるから、彼が戻るまでにおじいさんも考えてほしいって」


 彼女は不安そうな顔をして言った。

 彼が危険な所へ行ったのは分かっている。

 彼女は彼が元気に帰ってくるのか、不安でたまらないのだろう。


「分かったよ。彼が帰るまでには考えておくよ」

「ありがとう。おじいさん」



 それからワシは赤ちゃんの名前を考えた。

 彼女は毎日、ワシの所へ遊びに来てくれた。

 彼女のお腹はどんどん大きくなる。


「彼はいつ帰ってくるのでしょうね?」

「もうすぐだよ。赤ちゃんが産まれる頃には帰ってくるよ」

「でも、、、」

「大丈夫。君達はハッピーエンドだから」

「ハッピーエンド?」

「バッドエンドはワシだけでいいんだ」

「おじいさんもハッピーエンドです。おじいさんには可愛いひ孫ができるんですよ?」

「ひ孫? そうだね。君達はワシの孫だからね」


 結ばれる運命の彼女には出会えなかったけれど、孫もひ孫もできたワシはハッピーエンドになるのかな?


 しかし、最近は身体が重い。

 動くのも一苦労だ。

 何故か目の前の景色が回っている。


「おじいさん!」


 彼女の声が遠くから聞こえた。



 手に温もりを感じて目を開けると、彼女がワシの手を握り、椅子に座って居眠りをしている。

 ワシは病院にいるようだ。


 彼女はスヤスヤ眠っているようだが、起きたことを知らせる為に腕を引っ張った。


「えっ」

「迷惑かけたね」

「迷惑じゃないですよ。心配です」


 彼女は嬉しいのかワシに抱き付いてきた。


「赤ちゃんは元気かい?」

「はい。お腹の中で暴れていますよ。痛っ」

「どうしたんだい?」

「産まれるかも」

「それなら看護師さんを呼ばなければ」


 ワシはナースコールを押す。

 それから彼女は他の場所へと連れていかれた。

 赤ちゃんが産まれるのに、彼は帰ってこない。


 彼女は大丈夫なのだろうか?

 心配で夜も眠れない。

 朝、看護師さんが検温をしに来た時に、無事に赤ちゃんが産まれたことを教えてくれた。


 母子ともに、元気だそうだ。

 すぐにでも赤ちゃんを見たかったが、身体が動かなかった。

 身体が重く、疲れているようだ。


 ワシは一晩中、起きていたからいつの間にか眠っていた。

 それからどこか遠くから、赤ちゃんの泣き声が聞こえて目を覚ました。


「おじいさん、産まれましたよ。女の子です」

「小さくて可愛い子だね。君もこの子もよく頑張ったね」

「はい。でも、彼は帰って来ないんです」

「もうすぐ帰って来るよ。君達はハッピーエンドなんだからね。一緒に待とうよ」

「はい! おじいさん、抱っこします?」

「赤ん坊なんて初めて抱くよ。できるかな?」


 重かった身体はいつの間にか軽くなって、赤ん坊を初めて抱いた。

 フワッと風が吹いて桜の花びらが舞い、一緒にあの香りがした。

 落ち着く香りが。


「やっと君に会えたよ」

「おじいさん?」

「会いたかったんだよ。この子に」

「私もです」

「桜子」

「桜子ですか。可愛い名前ですね」


 桜子が泣き出してワシは彼女に渡す。

 母親の抱っこですぐに泣き止んだ。


 次の日、桜子の父親が帰ってきた。

 父親は桜子を抱っこしてワシの病室へと来た。


「じぃちゃん、俺の娘に名前を付けてくれてありがとう。桜子は大事に育てるから」


 ワシは彼の言葉に小さく頷くことしかできない。

 結ばれる運命の彼女にやっと出会えたのに、さよならなんて悔しいよ。


「じぃちゃん、絶対に忘れないから。桜子にもじぃちゃんのこと、ちゃんと伝えるから」

「桜子、、、愛、、して、、る」


◆◆◆


「素敵な話ね」


 ユズは右手で頬杖ついて、俺を見ながら言った。

 優しく少し冷たい風がコーヒーの香りとユズの香りを運んで俺を包んだ。


「俺の孫達は、ハッピーエンドで生涯を終わらせたのかなあ?」

「それは分からないけど、二人はどっちでもいいんだって思うよ」

「でも誰でもハッピーエンドで終わりたいだろう?」

「そうね。でもね最期の時にハッピーエンドがいいなんて思わないでしょう? 最期は走馬灯のように思い出が頭の中で流れていくんだと思うの」

「ユズは死ぬ時の感覚は知らないからね」

「レンは?」

「俺はいつも、今までの色んな彼女達を思い出して暗闇へと落ちて行くんだ」

「暗闇へ、、、寂しいわね」


 ユズはそう言って、俺の手を握ってくれる。

 ただ俺の手の上に重ねるくらいだけど、ユズの温もりが全身へと広がる。


「あの時が一番、嫌な瞬間かもしれない」

「天国から地獄へと突き落とされるみたいね」


 ユズは俺の気持ちを分け合うように、一緒に悲しんでくれる。

 そして俺の心を軽くしてくれる。


「なあ、ユズ」

「何?」

「写真を撮ってもいいかな?」

「写真? いいよ」


 そして俺は携帯電話を取り出す。

 携帯電話で、ユズが俺の手の上に手を乗せているところを、写真で撮った。


「どうして手なの?」

「このユズの温もりを忘れたくないからだよ」

「私はいつでもレンを温めるよ。だから私も忘れたくないよ」


 ユズの気持ちが痛いほど分かる。

 前世のことを何も覚えていないユズが、どれだけ悔しくて、自分を責めているのか。


 俺はユズの心の痛みを分けてほしくて、ユズの下にある俺の手の掌を上に向け、ユズの手を包むように握った。


 ユズ。

 君は何も悪くないんだよ。

 だって俺にとって、ユズが俺の目の前にいてくれるだけで嬉しいんだから。


「レンの手は温かいね」

「ユズの指先は冷たいね」

「だからちょうどいいでしょう?」


 ユズはクスッと笑って言った。


「無いものを補える俺達は、結ばれる運命なんだ」

「そうね。結ばれる運命ならね」

「ユズ?」

「だってそうでしょう? 何度、繰り返しても結ばれないのは運命じゃないのよ」

「運命だよ」

「どうしてそこまで自信を持って言えるの?」

「俺は全てを覚えていて経験しているからだよ」

「私にもその自信がほしいわ」

「だからユズに前世を教えているんだよ」

「そうね。もっと教えて。もっと自信を持たせて」

「ユズが自信を持てるまで、たくさん教えるよ。たくさん話すよ」


 俺の言葉にユズはゆっくりと頷いた。


 ユズなら大丈夫。

 ユズとなら大丈夫。

 俺達は必ず結ばれる。



 大丈夫なんだ!

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しんでお読みいただけたら幸いです。

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