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レベル11 孤児と令嬢様

「だるい」


 俺は朝からこの言葉しか言っていない。

 何故かというと、今日は体育祭だからだ。


「朝の挨拶はおはようだって言ってるのに、レンはいつも自分の気持ちを言葉にするんだから」


 今日もユズは可愛い。

 今日は体育祭だからなのか、いつもは眉が見えないくらいの長さの前髪を横分けにして、可愛い顔がいつもよりよく見える。


「ユズ、だるい」

「分かったから。でも体育祭は楽しいわよ。みんなで力を合わせて戦うのよ」

「俺はみんなで力を合わせのんびりしたいよ」

「レンったら私に言ったでしょう? 体育祭を楽しむってね」

「そっ、それは言ったけど、、」

「今日はレンとは話さないからね」

「えっ、なんで?」

「話さないじゃなくて話せないの間違いね」

「話せない?」

「だって団も違うし、学年も違うし、テントも遠いわよ」

「でもユズがいないと、、、」

「私なしで楽しんで。そしたらご褒美あげるわ」

「ご褒美?」

「レンったらワンちゃんみたい」


 ご褒美に喜んだ俺をユズは、犬を撫でるように俺の頭を撫でた。

 そんなユズは天使だよ。


 ユズのご褒美って何だろう?

 楽しみだなあ。

 やるなら全部一位を取ってやるよ。



 体育祭は始まった。

 本当にユズとは話せない。

 話すどころか、顔も見ていない。


 なんだよ、この人の数は。

 俺のユズが見えないだろう。

 ユズの徒競走が始まった。


 ユズがいた。

 やっと見えた。

 一生懸命走るユズ。

 友達とハイタッチをするユズ。


 可愛い。

 ん?

 ユズに男が近寄ってきた。

 何だよ。

 何でそんなに楽しそうに話をしてんだよ。


「俺のユズが」


 ん?

 俺の心の声が後ろから聞こえた?

 そんな訳があるか。


 俺は後ろを向くとそこにはコウがいた。

 コウと一緒にいるだけで女子の視線が集まる。

 どんだけイケメンなんだよ。


「俺のユズだ」

「やっぱり当たってたんだな」

「うるせぇよ。お前はサラのパシリでもしてろよ」

「サラ嬢とはそんなんじゃないよ」

「それなら俺の妹に手なんかだすなよ」

「えっ」

「お前、何で顔を赤くしてんだよ。もしかして妄想でもしたのか? 俺のサラの妄想もするな!」

「つっ次はレンの徒競走だろう?」

「話を変えたな?」

「ほらっ、行けよ。ユズに足が速い所を見せつけてやれよ」


 そして俺は徒競走に出る為に入場門へ向かう。

 するとユズとすれ違った。

 ユズは口パクで頑張れって言ってくれた。


 俺は一位を取った。

 走った後にユズを探したがいなかった。

 ユズはちゃんと見てくれただろうか?



「あっ、お兄ちゃん見つけた!」

「サラ。どうしてここに?」

「お弁当を作ってきたの」

「えっ、俺の弁当はあるけど?」

「お兄ちゃんに作ってきたんじゃないわよ」

「じゃあ、誰だよ?」

「あっ、コウちゃん」


 サラはコウを見つけると俺のことなんか忘れて走って近寄っていく。

 コウに近寄ると女子の視線が痛いと思うんだが?


 サラは気にしていないようだ。

 視線に気付かないなんて、まだまだ子供だな。

 ん?


 でも何でコウに弁当なんか作ってくるんだ?

 俺は二人をじっと見ていた。

 空気が違う。


 二人の周りの空気が違って見える。

 まるで二人だけの世界ができているようだ。

 もしかして二人は、、、。


「ねぇ、あの二人を見てよ。美男美女でお似合いね」


 周りの女子達がコウとサラを見て言った。

 お似合いなんかじゃない。

 あんなチャラい男にサラはもったいないんだ。


「レン!」


 俺は呼ばれて声がした方を見る。


「ユズ、どうしたんだ?」

「サラちゃんはコウ君に任せてご飯、一緒に食べようよ」

「でも今日はユズとは、、、」

「お昼ご飯は別よ。一人で食べるのは楽しくないでしょう?」

「俺は毎日、一人だから気にならないけどな」

「今日は体育祭よ。特別な日なんだから一緒に食べようよ」

「うん」


 そしてユズと屋上へ向かった。

 暑くて汗が流れるけれど、ユズと食べるご飯は美味しかった。


「レン。これをどうぞ」

「飴?」

「うん。私ね、飴を舐めていると嫌なことを忘れることができるの」

「嫌なこと?」

「そうだよ。暑い、寒い、痛い、苦しい、眠い、色んな嫌なことを忘れたい時に飴を舐めるの」

「俺、甘いの苦手なんだけど?」

「知ってるよ。だからユズ味の喉飴にしたわよ」

「それでも飴は甘いよ」

「そのくらい我慢して食べなさいよね」


 ユズはそう言ってユズ味の喉飴を口に入れる。

 俺も口に入れる。

 やっぱり甘いけれど、ユズの香りが鼻に抜ける。

 いい香りだ。


「こんな風にユズの香りは、俺の鼻をくすぐるんだ」 

「そうね。ユズって良い香りだよね」

「ユズ違いなんだけど?」

「えっ、私の話をしてたの?」

「どっちでもいいよ。でも良い香りは人の心を落ち着かせるってことだよな」

「そうだね。忘れられない香りね」


 ユズは目を閉じてユズの香りを楽しんでいるようだ。


「ユズがユズを食べてる」

「小学生が言うようなことを言わないでよね」

「でもユズって美味しそうだよね?」

「それって私のことを言ってるの?」

「そう。だって、ユズの頬っぺも、耳たぶも、腕も、足も、全部が柔らかそうだからな」

「それって私が太ってるって言ってるの?」


 ユズは怒っている。


「違うよ。ただ食べたいって思ったんだよ」

「私は食べても美味しくないわ」

「でもユズの香りは美味しそうだ」


 俺はユズに鼻を近付ける。

 ユズは汗をかいたからダメって言って離れた。


「午後は借り物競争で終わりね」

「何それ?」

「毎年、三年生がする競技だよ」

「それって俺も?」

「レンは三年生なんだから当たり前でしょう」

「だるい」

「一位になってよね」

「団が違うのに応援していいのかよ?」

「だって最後の体育祭だよ。レンは一位が一番似合うもの」

「分かった。一番になってやるよ」

「うん」


 ユズはニコニコ笑って口の中で飴を転がしている。

 そんな可愛いユズに俺も笑ってしまう。

 ユズは俺を笑わせる天才かもしれない。



 それから借り物競争が始まった。

 何故か俺はアンカーだった。

 そしてコウもアンカーだ。


 前のやつからのバトンがきた。

 俺はバトンを受け取りお題が書いてある紙を封筒から出して読む。


 そしてすぐにそのお題に合ったものへ近付く。


「ユズ、行くよ」

「えっ、何で私?」


 ユズは驚きすぎて椅子から立ち上がらない。

 急がないとコウに負ける。

 俺はユズを横抱きにしてゴールまで走る。


「えっ、何? お姫様抱っこ?」

「じっとしてろよ。こっちの方が速いんだよ」

「でも恥ずかしい」

「ユズが一番になれって言ったんだろう?」

「そうだけど、、、」


 ユズは諦めたのか大人しくなった。

 ゴールテープの前でユズを下ろし、先生にお題の紙を渡す。


 そして先生にお題は口に出さないでほしいと伝えて、先生のオッケーが出てユズとゴールテープをきった。


「レン! 一番じゃん。約束守ったわね」


 ユズは自分のことのように喜んでいる。

 このままお題が何だったのか聞かれなければいいんだが、そういう訳にはいかない。


「お題は何だったの?」

「幼馴染みだよ」

「幼馴染み? 私にピッタリのお題ね」

「そうだね」


 本当のお題は幼馴染みなんかじゃない。

 本当は大事にしてるものだったんだ。

 俺はユズを大事にしている。


 傷つけないように。

 壊れないように。

 優しく大事に扱っている。



 体育祭は無事に終わった。

 ユズと一緒に家へ帰る。


「レン。暑かったね」

「うん」

「疲れたね」

「うん」

「楽しかったね」

「うん」

「本当に楽しかったの?」

「うん。まあまあかな?」

「良かった。私のせいで、また楽しくない学生生活を過ごしてほしくなかったからね」

「ユズ、ありがとう」

「私は何もしてないわ。レンが自分で変えたのよ」

「変えた?」

「そうよ。今までとは違うことをしたのよ? 一歩だけ違う道へ進んだのよ」


 一歩だけでもいい。

 ユズと結ばれるのなら、大きな一歩だ。

 ユズと一緒に一歩ずつ進めばいいんだ。


「レン」

「何?」

「今日は昔のお話は思い出さないのね」

「あっ、忘れてたよ」

「それでいいの。レンは今を生きてるんだからね」

「そうだね」

「あっ、コウ君とサラちゃんだ」


 ユズは二人を見つけて駆け寄る。


「サラちゃん。もらったの?」

「うん」

「似合うじゃん」


 ユズはサラと盛り上がっているが、何の話をしているのか分からない。

 俺はコウにこっそり聞くことにした。


「コウ。何をあげたんだよ?」

「ブレスレットだよ」

「サラの誕生日はまだ先だぞ?」

「僕は好きな人に告白する為に、あの工場でブレスレットを作ったんだ。ブレスレットを作ってから、僕の好きな人がサラ嬢だって知ったんだ」

「あの日の工場で作ってたやつがブレスレットだったのか。しかし、大きくなれば顔は変わるからな。サラだって気付かなかったんだろう?」

「そうだよ。サラ嬢があんなに綺麗になって、中学生に見えないくらい大人っぽくなっていて驚いたよ」

「でもサラには好きな人がいたよな?」

「それが僕だよ」

「なんだよそれ? どんな再会の仕方なんだよ」

「僕達も驚いたんだよ。不思議な運命だよ」


 不思議な運命か。

 そういえば、不思議と思える運命の出会いをしたことがあった。

 たった二度しか会わなかったのに、何故か心は近く感じた彼女との出会い。


 俺はコウに、サラを傷つけたら許さないと言ってユズを呼んで歩き出す。

 ユズは二人で仲良くねとサラに言って俺についてきた。


「ねぇ、さっきコウ君と話をしているとき、何を思い出していたの?」

「えっ、何で分かるんだよ?」

「前も言ったけど、レンは昔の私を思い出す時、フワッと笑うの。そして私に対する視線が一段と優しくなるのよ」

「ユズには隠せないね」

「そうね。それで次はどんなお話なの?」

「不思議な話だよ。俺は孤児で彼女は身分の高い令嬢様だと思う」

「えっ、その曖昧な表現は何なの?」

「分からないまま彼女はいなくなったからね」

「そんな浅い関係だったの?」

「彼女とは二度しか会っていないからね」

「そうなんだね。早く聞きたいわ」

「分かったよ」


 俺達は近くの公園のベンチに座った。

 そして俺は話す。


◆◆◆


 お腹空いた。


 僕は一人で路地裏を歩く。

 僕に親はいない。

 だから一人でどうにか生きている。


 優しい大人がたまに、僕に食べ物をくれる。

 今日も優しい大人を探して歩いている。


「ねぇ、君」


 後ろから声をかけられ、僕は振り向く。

 そこにはとても美しい香りの女の子がいた。

 僕はこの美しい香りを知っている。


 綺麗な服を着て、キラキラ光る宝石をつけて、そして美しい香りがいつまでも鼻に残る。

 美しい香りのせいで僕の鼻は一時、使えなくなる。


 でも彼女の美しい香りはいつもの香りと違う。

 何か他の香りが美しい香りをとても美しい香りに変えるんだ。


 このとても美しい香りは嫌いじゃない。

 僕は彼女にお腹空いたと言った。

 すると彼女は僕を置いてどこかへ行った。


 少し待っていると、彼女はパンを買ってきてくれた。

 僕はありがとうと言ってパンを食べた。


「君は一人なの?」


 僕は彼女を見て頷いた。


「私と一緒ね」


 彼女は寂しそうな顔をしている。

 僕は彼女の隣に寄り添うように座った。

 僕がいるよって伝わるように。


「帰らなきゃ。また来るね」


 彼女はそう言って帰っていった。

 僕は彼女が心配になった。

 寂しい気持ちは僕にも分かるから。


 それから彼女は全然、会いに来てくれなかった。

 また来ると言って来ない人はたくさん見てきたけど、彼女は必ず来てくれると僕は信じていた。


 だから僕は毎日、彼女を待った。

 雨の日も、強い風の日も、雪の日も、どんな日でも彼女が来るのを待った。


 そんな僕の姿を見ている大人達が心配して、タオルや毛布などをくれた。

 僕は何故かいつまでも彼女が来るのを待った。




 そしてやっと待ち望んだ日がやってきた。

 それは雨の強い少し寒い日だった。

 僕はいつものように彼女を待っていた。


 濡れる体が冷えていくのが分かる。

 でも僕はここから離れない。

 彼女がここに来た時に、僕がいなかったら寂しがるからね。


「えっ、何でいるの? こんなに濡れちゃって」


 彼女が濡れながら僕に近付いてきた。

 君も濡れてるじゃん。


「やっと抜け出せたのに」


 だから君はこんなに濡れているんだね。

 必死に走ってきたのが君の心臓の音で分かるよ。

 僕に会いに来てくれたんだね。


「会いに来るって言ったのに、遅くなっちゃってごめんね。次は約束しないから」


 約束してくれないの?

 もう、僕と会いたくないの?

 僕のこと嫌いになったの?


「今日が最後なの。私、違う所へ行くの」


 違う所?

 お引っ越しをするの?


「行きたくないよ。でもお父様の為なの」


 どうしてそんなに泣くの?

 雨が降っていて、気付かないと思った?

 僕には分かるよ。

 君の大きな瞳から大きな雫が落ちているのが。


「君にはどうしてもさよならを言いたかったの」


 彼女はそう言って僕を抱き締めてくれた。

 彼女と肌が触れ合うと暖かい。

 彼女のとても美しい香りがしないね。

 雨のせいだね。


 本当に暖かいよ。

 なんだろう?

 心が落ち着くんだ。

 眠くなってきちゃった。


 君の腕の中で少しだけ眠ってもいいかな?

 君の暖かい腕の中で。

 君の落ち着く香りの中で。

 君の優しい心臓の音の中で。


◆◆◆


「レンのバカ。泣かせないでよ」


 ユズはそう言って涙を指で拭っているが、拭いきれない涙は頬を伝っている。

 そんなユズの拭いきれない涙を俺は親指で拭う。


「そんなに泣かなくてもいいのに」

「どうしてレンは泣かないの?」

「どうしてって言われても、俺の代わりにユズが泣いてくれてる感じかな?」

「レンはこんなに悲しいお話ばかりで、泣きたくなったりしないの?」

「俺が泣いても何も変わらないから」

「それって私にも当てはまるわよね?」

「ユズは違うよ。ユズが泣いてくれるから俺の心は軽くなるんだ。俺だけじゃないんだって思えるんだ」

「レンだけじゃない?」

「うん。ユズは俺と一緒にその時の気持ちを感じてくれるんだ。簡単にいえば、共感してくれるんだよ」


 俺がそう言うとユズは俺の頭を撫でる。


「なんだよ?」

「共感してるならレンも悲しいでしょう? だから泣かないでって頭をヨシヨシしてるの」

「泣いてるのはユズだよ」

「レンには涙が見えないだけで、悲しんでいるのよ」

「もっと撫でて」

「うん。ところで、さっきのお話のレンはワンちゃんだったの?」

「俺も分からないんだ。自分の姿を鏡で見ることはなかったからね」

「でも、レンを心配してくれる人がいて良かったね」

「そうだね。ちゃんと周りは助けてくれてたんだよ」

「そうよ。だから自分の幸せだけを願っちゃダメなのよ。みんなが幸せになればレンも幸せになるの」


 ユズはそう言って頭を撫でることをやめた。

 そして俺の頭を見て笑った。


「レン。髪の毛がボサボサになっちゃった」

「それならお返しだ」


 俺はユズの頭を優しく撫でた。

 ユズは嫌がることはせずに、ニコニコしていた。

 ユズの顔に癒される。


 ユズが俺の落ち着く場所であるように、俺がユズの落ち着く場所になりたい。

 ユズがいつまでも笑っていられる場所になりたいんだ。


「ねぇ、レン」

「何?」

「今日は私の部屋に来てくれる?」

「いいけど、珍しいね」

「今日はご褒美をあげなきゃいけないからね」


 忘れてた。

 ユズからのご褒美があったんだ。

 嬉しい。

 ユズは俺に何をくれるのだろう?


 俺はユズの大切なモノがほしい。

 俺がほしくてたまらいもの。

 ユズのアレがほしいんだ。


 心がほしい、、、。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

季節がまだ夏の設定ですみません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 借り物競争の 「大事にしているもの」 ユズをお姫様抱っこして、ゴールするなんて、良いですね。 毎回楽しく読ませていただいてます。
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