レベル1 婚約者と幼馴染み
「なあ、ユズ。俺の婚約者になってくれよ?」
「無理よ」
俺のプロポーズをユズは一瞬で断った。
俺は断られても落ち込まないし、何で断るのか理由を訊くこともしない。
「ユズがいいよって言ってくれれば、俺はそれでいいんだよ」
「しつこいわよ。だから無理だって言ってるでしょう。それに私達は幼馴染みでしょう?」
「それは今の俺達で昔は違うんだよ」
「また昔の話なの? 昔は昔で、今は今なのよ」
ユズがプロポーズを断る理由は、俺の言葉を信じようとしないからだ。
それを知っているから、俺は落ち込むよりも、何度もプロポーズをする方を選ぶんだ。
「ユズって俺の昔の話を冗談だと思っているよね?」
「レンの昔の話を信じるのと、婚約者になるって話は別でしょう? それにレンが言っている昔の私は、今の私とは違うのよ?」
「それって、ユズは俺を好きになったりしないって言うつもりなのかよ?」
「レンは幼馴染みよ。それに私は高校一年生でレンは高校三年生の学生なんだから、結婚なんてまだまだ先のはなしよ」
俺は、幼馴染みにプロポーズをしてフラれた。
これで何回目か分からないくらいフラれている。
しかし俺は諦めない。
だってユズを必ず手に入れたいからだ。
そんな俺の大切なユズはそれはもう、美しく可愛い女の子だ。
ショートカットがとても似合って、顔は小さいのに目は大きいお人形さんのようだ。
それに比べ俺は普通の顔で、レンという名前の凡人だ。
そんな俺だが、この平和で幸せな世界に生まれたことを、とても嬉しく思っている。
そう思えるのは、俺が何度も生まれ変わって、色んな世界を生きてきたからだと思う。
俺は何度も何度もユズを好きになった。
昔の記憶は残ったままで、色んな世界のユズを覚えている。
しかし、ユズは違う。
ユズは一度も俺のことを覚えていたことはない。
そして、俺のことを思い出したこともない。
それでもユズと俺は何度も惹かれた。
好きになった。
そして愛し合った。
しかし、この世界のユズは、俺を好きになってはくれない。
俺はこんなにユズを好きで、愛しているのに。
どうすればユズに伝わるんだ?
俺がどれだけユズを愛しているのかを。
どうすればユズは、俺と同じ想いになってくれるんだ?
これから先、ずっと一緒に生きていくという想いを。
◇
「好きだ」
俺は、学校へ行く為にユズが家から出てきたところで、ユズに向かって言った。
「なっ、何? 朝の挨拶はおはようでしょう?」
「なんだよ。私もって返してくれよ」
「ただの幼馴染みに言う訳がないでしょう」
ユズはそう言いながら、俺に背を向けて歩き出す。
だから俺はユズについていく。
「ただの幼馴染みじゃなくて婚約者なんだよ」
「婚約者は昔の私でしょう?」
「昔のユズだけど、今のユズも婚約者になるんだよ。俺はこんなにユズを好きなんだからさ」
「分かっているわよ、レンの想いは。でも私は、レンが好きって言ってくれるから、好きになるのは違うと思うの」
ユズは振り返り、困った顔をして俺に向かって言った。
ユズは俺が好きだと言うとたまに困った顔をする。
それは俺が諦めないからだと思う。
「ユズを好きだという気持ちは消えない。でもユズが嫌なら、俺が好きって言わなければいいのかよ?」
「そうじゃなくて、何て言えばいいのか分からないけど、、、ただ私はちゃんと自分で決めたいの」
ユズは俺を真剣に見つめて言った。
ユズだって戸惑っているのかもしれない。
昔は婚約者だったなんて言われても、覚えていないのだから。
この幸せな世界だからこそ、ユズは考える余裕があるのかもしれない。
今までの世界は考える余裕すら無いほど、生きることで精一杯だった。
この世界には、この世界のやり方があるんだ。
昔の世界には昔世界のやり方があるように。
この世界は幸せが溢れていて、危険もなく過ごしやすいが、俺にとっては、この幸せな世界が初めてで難しい世界だ。
だからなのか、ユズの気持ちがよく分からない。
もしかしたら、ユズと俺の運命は変わってしまったのかもしれない。
別々の道を歩くことになってしまうのかもしれない。
そう思うほど、この世界は今までと何か違っている。
俺の気持ちだけが前へ進むことを拒んでいる。
ユズだけが前へ進み、俺から離れていくようだ。
こんなに幸せな世界なのに。
俺達は幸せにはなれない、何故かそんな感覚がする。
「そういえば、今朝のニュースを見た?」
ユズはいきなり話題を変えた。
ユズはいつもそうだ。
俺がユズへの想いを伝えると、ユズはプロポーズを断るくせに、俺を嫌いとは言わず、話を変えて誤魔化す。
「見ていないよ」
「それなら教えてあげるわ。この辺りで虐待された猫ちゃんが見つかったんだってよ」
「その猫は生きているのか?」
「生きているけど、一生歩けないんだって」
「そうなんだな。この幸せな世界にも、悲しいことは起きるんだな」
「幸せな世界?」
「そうだよ。俺は色んな世界を生きてきたけど、この世界が、一番幸せな気がするんだ」
「何処が幸せなの? 猫ちゃんみたいに弱い者を傷つける人がいるこの世界の」
ユズは少し怒っているようだ。
ユズは昔から動物が好きで、特に猫は大好きだった。
そんなユズが猫の悲しい話を聞いて、怒らない訳がない。
「俺は身分の違いや、見た目の違い。それに強い者を頼らなければ生きていけない世界。色んな世界を知っているんだ」
「それを知っているレンは、この世界が幸せだと思うのは何故なの?」
「戦争や争いがないんだ。みんなが力を合わせて生きている」
「戦争や争いはこの世界でも起きているわ。レンが知らないだけよ」
「でも、ユズといるこの場所には争いはないよ。そして何よりユズと俺は、小さな頃からずっと一緒に生きてきたんだ」
「誤解がないように言うけど、幼馴染みとして一緒に生きてきただけだからね」
「そうだね」
俺は彼女の言葉に苦笑いをした。
「レンって、自分の目線からでしか、色んな世界を見てきていないのね」
「えっ」
「レンから見たら、昔の世界は苦しい、悲しい、寂しいかもしれないけれど、他の人からしたらどうだと思っているの?」
「他の人?」
「そうよ。私だったらどうだと思っているの?」
「ユズも俺と同じだと思うよ? 何度も俺とユズは結ばれることもなく別れるばかりで、苦しかったと思うんだ」
「それはレンの目から見た昔の私でしょう?」
「でもユズは、本当に悔しそうに、悲しそうな顔をすることが多かったんだよ」
「レンの目にはそう見えたのかもしれないけれど、本当のところは分からないでしょう?」
そうだ。
本当のところは分からない。
いつの世界でも、ユズの本当の気持ちを訊いたことはなかった。
「この世界は、まだ幸せな世界とは言えないわ。私はちゃんと周りを見てそう思うわ」
ユズは俺を真っ直ぐ見て言った。
初めてユズの意見を聞いた気がする。
「俺だって最初は周りのことも考えていたよ。でも気付いたんだ」
「何に気付いたの?」
「俺達の幸せは、周りには関係ないんだ。俺とユズの世界が幸せならそれでいいんだ」
「自分さえ良ければいいの?」
「俺は何度も経験して学んだんだ」
「だから私をレンの婚約者にしたいの?」
「それが俺達の幸せだからね」
「どうして私に、レンの気持ちを押し付けるの?」
ユズは怒ってイライラしながら言った。
ユズが何故、怒るのか分からない。
イライラするのは俺の方だ。
いつになったらユズは、俺を好きになってくれるんだよ。
「押し付けてる訳じゃないよ。俺とユズは結ばれる運命なんだよ」
「そんなの誰が決めたの?」
「えっ」
「昔のレン? 昔の私? 神様?」
「昔の俺とユズだよ」
「今のレンは?」
「えっ」
「今のレンはそれでいいの?」
「俺はユズが好きだ。それはどの世界でも変わらないんだ」
「どうして分からないの? レンが変わらないから何度も私達は、結ばれない人生を繰り返しているのよ」
「変われって言われても、俺は全部を覚えているんだ。苦しみも、悲しみも、怒りも、寂しさも。ユズには分からないんだ」
俺の言葉にユズは傷ついた顔をしている。
「それを経験したのはレンだけだと思わないで。私は覚えていないけれど、レンと同じ数だけ傷ついているわ」
「覚えていないなら幸せじゃん」
「ヒドイ言い方ね。レンなんて大嫌いよ」
ユズはそう言って走って学校へ向かった。
ユズを追いかけようとは思ったが、追いかけなかった。
だって、俺の気持ちを分からないユズに、イライラしていたから。
◇◇
ユズとのケンカから一週間くらい経った。
ユズとはあれから一度も話をしていない。
こういうことは、この世界で生まれて初めてだ。
「もしかしたら、この世界でも俺達は結ばれないのかもしれないな。こんなに好きなのに」
俺は独り言を言いながら、学校からの帰り道を一人で歩いていた。
「きゃっ」
目の前を歩いていたお腹の大きな妊婦さんが、転びそうになっていた。
俺は咄嗟に転ばないように妊婦さんを支えた。
「ありがとう」
「いいえ」
「ごめんね。さっきの独り言が聞こえてきたんだけど恋の悩み?」
「えっ」
「それなら私のお腹を触ってみて」
「えっ、でも」
「ほらっ」
妊婦さんは俺の手首を持ち、お腹に当てた。
「ここに赤ちゃんがいるの。不思議だよね」
「はい」
「君はこの子と会えるかしら?」
「えっ」
「この子が生まれて、君とまたここで会う確率ってどのくらいだと思う?」
「あなたと会う約束をしなければ会わないでしょうね」
「そうね。私は道に迷ってこの道を通っただけだもの」
「えっ、迷子ですか?」
「迷子じゃないわよ。子供じゃないんだから」
「でも道に迷ったって言いましたよね?」
「迷ったけど自分でどうにかできるわよ。今はスマホっていう便利な物があるんだからね」
この妊婦さんは!どうしても迷子だと認めたくはないみたいだ。
「私のことはいいの。君のことよ。君と彼女が出会う確率ってどのくらいだと思う?」
「俺と彼女は必ず出会う運命です」
「すごい自信ね。でも、出会って恋に落ちる確率はどのくらいだと思う?」
「それは、、、」
「いきなり自信喪失ね」
「だって彼女が婚約者になってくれないからです」
「君は自分のことばかりね」
妊婦さんは呆れた顔をしながら言った。
「彼女の気持ちを考えているの?」
「考えています。彼女が戸惑っていることは知っています」
「その戸惑っている彼女に君は何をしてあげるの?」
「好きって言います」
「それなのに伝わらないのね?」
「そうですね。彼女には何度も好きだと伝えているのに、彼女は好きだと言ってはくれないんです」
「君は言葉にすれば伝わると思っているの?」
「言葉にしなければ伝わらないですよね?」
「そうね。言葉は大切よ。でも私のお腹の中にいる赤ちゃんには言葉じゃ伝わらないわ」
「そうですね。赤ちゃんはまだ言葉を理解していませんよね?」
「だから毎日、お腹を撫でて早く会いたいなって言った後に、心で言うの」
「心?」
「愛してるよってね」
妊婦さんはそう言ってお腹を撫でている。
その様子を見ている俺でも、妊婦さんが赤ちゃんを大事に思っていることは分かる。
赤ちゃんには伝わっていると思う。
「心が大事なんですね」
「そうね。あなたの想いの全てを彼女にぶつけなさい」
「そうですね。全てを彼女に伝えます」
そして妊婦さんは旦那さんに電話をして、迎えに来てもらっていた。
旦那さんは走って迎えにきた。
心配していたんだと思う。
「君はいつも迷子になるんだから、勝手に一人で出掛けるのはダメだって言ってるよね?」
「いつも迷子になんてなっていないわよ。それにあなたは仕事で忙しそうで、あなたの為に美味しいコーヒー屋さんでコーヒーを買いたかったの」
「そのコーヒー屋は家の隣の隣にあるよ」
「そんな近くにあったの?」
「そうだよ。それなら今から行こうか。一緒に」
「うん」
旦那さんはやっとホッとした顔をして、妊婦さんと手を繋いだ。
妊婦さんは嬉しそうに笑って、心配してくれてありがとうと言っていた。
二人を見ていると俺の心が温かくなった。
こんな二人になりたい。
お互いを想い合う二人に。
ユズに会いたくなった。
ユズに想いを伝えたくなった。
俺はユズに伝える為にユズの家へ向かう。
ユズに全ての想いを伝える為に。
ユズに早く会いたい。
そして今まで俺が経験した、ユズとの出会いと別れを伝えるんだ。
その時の俺の気持ちを知ってもらう為に。
全てを知ってもらう為に。
ユズの部屋へ勝手に入り、後ろからユズを抱き締めた。
ユズは少し驚いていたが、嫌がらない。
「ユズが好きだ」
「うん」
ユズはただ頷いて、後ろから抱き締めている俺の頭を撫でてくれた。
ユズは俺が落ち込んでいる時や、元気がない時はこうやって俺の頭を撫でてくれる。
何も聞かずに。
そんな優しいユズが好きなんだ。
それもユズに伝えたい。
全ての想いをユズに伝えたい。
そして俺が経験した、いくつもの世界での二人の話をユズに伝えるんだ。
俺がどれだけユズを愛しいと思っているのかを。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しく読んでいただけたら幸いです。
これから完結までの間、よろしくお願い致します。