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レベル1 婚約者と幼馴染み

「なあ、ユズ。俺の婚約者になってくれよ?」

「無理よ」


 俺のプロポーズをユズは一瞬で断った。

 俺は断られても落ち込まないし、何で断るのか理由を訊くこともしない。


「ユズがいいよって言ってくれれば、俺はそれでいいんだよ」

「しつこいわよ。だから無理だって言ってるでしょう。それに私達は幼馴染みでしょう?」

「それは今の俺達で昔は違うんだよ」

「また昔の話なの? 昔は昔で、今は今なのよ」


 ユズがプロポーズを断る理由は、俺の言葉を信じようとしないからだ。

 それを知っているから、俺は落ち込むよりも、何度もプロポーズをする方を選ぶんだ。


「ユズって俺の昔の話を冗談だと思っているよね?」

「レンの昔の話を信じるのと、婚約者になるって話は別でしょう? それにレンが言っている昔の私は、今の私とは違うのよ?」

「それって、ユズは俺を好きになったりしないって言うつもりなのかよ?」

「レンは幼馴染みよ。それに私は高校一年生でレンは高校三年生の学生なんだから、結婚なんてまだまだ先のはなしよ」


 俺は、幼馴染みにプロポーズをしてフラれた。

 これで何回目か分からないくらいフラれている。

 しかし俺は諦めない。

 だってユズを必ず手に入れたいからだ。


 そんな俺の大切なユズはそれはもう、美しく可愛い女の子だ。

 ショートカットがとても似合って、顔は小さいのに目は大きいお人形さんのようだ。


 それに比べ俺は普通の顔で、レンという名前の凡人だ。

 そんな俺だが、この平和で幸せな世界に生まれたことを、とても嬉しく思っている。

 そう思えるのは、俺が何度も生まれ変わって、色んな世界を生きてきたからだと思う。


 俺は何度も何度もユズを好きになった。

 昔の記憶は残ったままで、色んな世界のユズを覚えている。


 しかし、ユズは違う。

 ユズは一度も俺のことを覚えていたことはない。

 そして、俺のことを思い出したこともない。


 それでもユズと俺は何度も惹かれた。

 好きになった。

 そして愛し合った。


 しかし、この世界のユズは、俺を好きになってはくれない。

 俺はこんなにユズを好きで、愛しているのに。



 どうすればユズに伝わるんだ?

 俺がどれだけユズを愛しているのかを。


 どうすればユズは、俺と同じ想いになってくれるんだ?

 これから先、ずっと一緒に生きていくという想いを。



「好きだ」


 俺は、学校へ行く為にユズが家から出てきたところで、ユズに向かって言った。


「なっ、何? 朝の挨拶はおはようでしょう?」

「なんだよ。私もって返してくれよ」

「ただの幼馴染みに言う訳がないでしょう」


 ユズはそう言いながら、俺に背を向けて歩き出す。

 だから俺はユズについていく。


「ただの幼馴染みじゃなくて婚約者なんだよ」

「婚約者は昔の私でしょう?」

「昔のユズだけど、今のユズも婚約者になるんだよ。俺はこんなにユズを好きなんだからさ」

「分かっているわよ、レンの想いは。でも私は、レンが好きって言ってくれるから、好きになるのは違うと思うの」


 ユズは振り返り、困った顔をして俺に向かって言った。

 ユズは俺が好きだと言うとたまに困った顔をする。

 それは俺が諦めないからだと思う。


「ユズを好きだという気持ちは消えない。でもユズが嫌なら、俺が好きって言わなければいいのかよ?」

「そうじゃなくて、何て言えばいいのか分からないけど、、、ただ私はちゃんと自分で決めたいの」


 ユズは俺を真剣に見つめて言った。

 ユズだって戸惑っているのかもしれない。

 昔は婚約者だったなんて言われても、覚えていないのだから。


 この幸せな世界だからこそ、ユズは考える余裕があるのかもしれない。

 今までの世界は考える余裕すら無いほど、生きることで精一杯だった。


 この世界には、この世界のやり方があるんだ。

 昔の世界には昔世界のやり方があるように。

 この世界は幸せが溢れていて、危険もなく過ごしやすいが、俺にとっては、この幸せな世界が初めてで難しい世界だ。


 だからなのか、ユズの気持ちがよく分からない。

 もしかしたら、ユズと俺の運命は変わってしまったのかもしれない。


 別々の道を歩くことになってしまうのかもしれない。

 そう思うほど、この世界は今までと何か違っている。


 俺の気持ちだけが前へ進むことを拒んでいる。

 ユズだけが前へ進み、俺から離れていくようだ。

 こんなに幸せな世界なのに。

 俺達は幸せにはなれない、何故かそんな感覚がする。



「そういえば、今朝のニュースを見た?」


 ユズはいきなり話題を変えた。

 ユズはいつもそうだ。

 俺がユズへの想いを伝えると、ユズはプロポーズを断るくせに、俺を嫌いとは言わず、話を変えて誤魔化す。


「見ていないよ」

「それなら教えてあげるわ。この辺りで虐待された猫ちゃんが見つかったんだってよ」

「その猫は生きているのか?」

「生きているけど、一生歩けないんだって」

「そうなんだな。この幸せな世界にも、悲しいことは起きるんだな」

「幸せな世界?」

「そうだよ。俺は色んな世界を生きてきたけど、この世界が、一番幸せな気がするんだ」

「何処が幸せなの? 猫ちゃんみたいに弱い者を傷つける人がいるこの世界の」


 ユズは少し怒っているようだ。

 ユズは昔から動物が好きで、特に猫は大好きだった。

 そんなユズが猫の悲しい話を聞いて、怒らない訳がない。


「俺は身分の違いや、見た目の違い。それに強い者を頼らなければ生きていけない世界。色んな世界を知っているんだ」

「それを知っているレンは、この世界が幸せだと思うのは何故なの?」

「戦争や争いがないんだ。みんなが力を合わせて生きている」

「戦争や争いはこの世界でも起きているわ。レンが知らないだけよ」

「でも、ユズといるこの場所には争いはないよ。そして何よりユズと俺は、小さな頃からずっと一緒に生きてきたんだ」

「誤解がないように言うけど、幼馴染みとして一緒に生きてきただけだからね」

「そうだね」


 俺は彼女の言葉に苦笑いをした。


「レンって、自分の目線からでしか、色んな世界を見てきていないのね」

「えっ」

「レンから見たら、昔の世界は苦しい、悲しい、寂しいかもしれないけれど、他の人からしたらどうだと思っているの?」

「他の人?」

「そうよ。私だったらどうだと思っているの?」

「ユズも俺と同じだと思うよ? 何度も俺とユズは結ばれることもなく別れるばかりで、苦しかったと思うんだ」

「それはレンの目から見た昔の私でしょう?」

「でもユズは、本当に悔しそうに、悲しそうな顔をすることが多かったんだよ」

「レンの目にはそう見えたのかもしれないけれど、本当のところは分からないでしょう?」


 そうだ。

 本当のところは分からない。

 いつの世界でも、ユズの本当の気持ちを訊いたことはなかった。


「この世界は、まだ幸せな世界とは言えないわ。私はちゃんと周りを見てそう思うわ」


 ユズは俺を真っ直ぐ見て言った。

 初めてユズの意見を聞いた気がする。

 

「俺だって最初は周りのことも考えていたよ。でも気付いたんだ」

「何に気付いたの?」

「俺達の幸せは、周りには関係ないんだ。俺とユズの世界が幸せならそれでいいんだ」

「自分さえ良ければいいの?」

「俺は何度も経験して学んだんだ」

「だから私をレンの婚約者にしたいの?」

「それが俺達の幸せだからね」

「どうして私に、レンの気持ちを押し付けるの?」


 ユズは怒ってイライラしながら言った。

 ユズが何故、怒るのか分からない。

 イライラするのは俺の方だ。

 いつになったらユズは、俺を好きになってくれるんだよ。


「押し付けてる訳じゃないよ。俺とユズは結ばれる運命なんだよ」

「そんなの誰が決めたの?」

「えっ」

「昔のレン? 昔の私? 神様?」

「昔の俺とユズだよ」

「今のレンは?」

「えっ」

「今のレンはそれでいいの?」

「俺はユズが好きだ。それはどの世界でも変わらないんだ」

「どうして分からないの? レンが変わらないから何度も私達は、結ばれない人生を繰り返しているのよ」

「変われって言われても、俺は全部を覚えているんだ。苦しみも、悲しみも、怒りも、寂しさも。ユズには分からないんだ」


 俺の言葉にユズは傷ついた顔をしている。


「それを経験したのはレンだけだと思わないで。私は覚えていないけれど、レンと同じ数だけ傷ついているわ」

「覚えていないなら幸せじゃん」

「ヒドイ言い方ね。レンなんて大嫌いよ」


 ユズはそう言って走って学校へ向かった。

 ユズを追いかけようとは思ったが、追いかけなかった。

 だって、俺の気持ちを分からないユズに、イライラしていたから。


◇◇


 ユズとのケンカから一週間くらい経った。

 ユズとはあれから一度も話をしていない。

 こういうことは、この世界で生まれて初めてだ。


「もしかしたら、この世界でも俺達は結ばれないのかもしれないな。こんなに好きなのに」


 俺は独り言を言いながら、学校からの帰り道を一人で歩いていた。


「きゃっ」


 目の前を歩いていたお腹の大きな妊婦さんが、転びそうになっていた。

 俺は咄嗟に転ばないように妊婦さんを支えた。


「ありがとう」

「いいえ」

「ごめんね。さっきの独り言が聞こえてきたんだけど恋の悩み?」

「えっ」

「それなら私のお腹を触ってみて」

「えっ、でも」

「ほらっ」


 妊婦さんは俺の手首を持ち、お腹に当てた。


「ここに赤ちゃんがいるの。不思議だよね」

「はい」

「君はこの子と会えるかしら?」

「えっ」

「この子が生まれて、君とまたここで会う確率ってどのくらいだと思う?」

「あなたと会う約束をしなければ会わないでしょうね」

「そうね。私は道に迷ってこの道を通っただけだもの」

「えっ、迷子ですか?」

「迷子じゃないわよ。子供じゃないんだから」

「でも道に迷ったって言いましたよね?」

「迷ったけど自分でどうにかできるわよ。今はスマホっていう便利な物があるんだからね」


 この妊婦さんは!どうしても迷子だと認めたくはないみたいだ。


「私のことはいいの。君のことよ。君と彼女が出会う確率ってどのくらいだと思う?」

「俺と彼女は必ず出会う運命です」

「すごい自信ね。でも、出会って恋に落ちる確率はどのくらいだと思う?」

「それは、、、」

「いきなり自信喪失ね」

「だって彼女が婚約者になってくれないからです」

「君は自分のことばかりね」


 妊婦さんは呆れた顔をしながら言った。


「彼女の気持ちを考えているの?」

「考えています。彼女が戸惑っていることは知っています」

「その戸惑っている彼女に君は何をしてあげるの?」

「好きって言います」

「それなのに伝わらないのね?」

「そうですね。彼女には何度も好きだと伝えているのに、彼女は好きだと言ってはくれないんです」

「君は言葉にすれば伝わると思っているの?」

「言葉にしなければ伝わらないですよね?」

「そうね。言葉は大切よ。でも私のお腹の中にいる赤ちゃんには言葉じゃ伝わらないわ」

「そうですね。赤ちゃんはまだ言葉を理解していませんよね?」

「だから毎日、お腹を撫でて早く会いたいなって言った後に、心で言うの」

「心?」

「愛してるよってね」


 妊婦さんはそう言ってお腹を撫でている。

 その様子を見ている俺でも、妊婦さんが赤ちゃんを大事に思っていることは分かる。

 赤ちゃんには伝わっていると思う。


「心が大事なんですね」

「そうね。あなたの想いの全てを彼女にぶつけなさい」

「そうですね。全てを彼女に伝えます」


 そして妊婦さんは旦那さんに電話をして、迎えに来てもらっていた。

 旦那さんは走って迎えにきた。

 心配していたんだと思う。


「君はいつも迷子になるんだから、勝手に一人で出掛けるのはダメだって言ってるよね?」

「いつも迷子になんてなっていないわよ。それにあなたは仕事で忙しそうで、あなたの為に美味しいコーヒー屋さんでコーヒーを買いたかったの」

「そのコーヒー屋は家の隣の隣にあるよ」

「そんな近くにあったの?」

「そうだよ。それなら今から行こうか。一緒に」

「うん」


 旦那さんはやっとホッとした顔をして、妊婦さんと手を繋いだ。

 妊婦さんは嬉しそうに笑って、心配してくれてありがとうと言っていた。


 二人を見ていると俺の心が温かくなった。

 こんな二人になりたい。

 お互いを想い合う二人に。


 ユズに会いたくなった。

 ユズに想いを伝えたくなった。

 


 俺はユズに伝える為にユズの家へ向かう。

 ユズに全ての想いを伝える為に。

 ユズに早く会いたい。


 そして今まで俺が経験した、ユズとの出会いと別れを伝えるんだ。

 その時の俺の気持ちを知ってもらう為に。

 全てを知ってもらう為に。


 ユズの部屋へ勝手に入り、後ろからユズを抱き締めた。

 ユズは少し驚いていたが、嫌がらない。


「ユズが好きだ」

「うん」


 ユズはただ頷いて、後ろから抱き締めている俺の頭を撫でてくれた。

 ユズは俺が落ち込んでいる時や、元気がない時はこうやって俺の頭を撫でてくれる。

 何も聞かずに。

 

 そんな優しいユズが好きなんだ。

 それもユズに伝えたい。

 全ての想いをユズに伝えたい。



 そして俺が経験した、いくつもの世界での二人の話をユズに伝えるんだ。

 俺がどれだけユズを愛しいと思っているのかを。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しく読んでいただけたら幸いです。

これから完結までの間、よろしくお願い致します。

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