おまけSS
「陛下たちの婚約式、素敵だったね」
ここは王宮の応接室。いつもの二人の時間、咲いた薔薇が綺麗だからと庭園を案内されてから、部屋に戻ってカインとお茶をしている。
「そうですね」
目の前のカインは先日のことをうっとり思い出しているようだった。退位する女王の婚約式、列席者の人数は少なかったものの、それは美しく厳かな式だった。
「練習したいな……」
カインの言葉にクロエは眉を寄せた。なんのことだかすぐに分かった。口付けのことだ。
婚約式の最中、宰相補佐が女王に口付けたのだ。それは想いの溢れたことがよく分かるもので、乙女のクロエはそれを見て非常にときめいた。
しかし、その時ふと前方にいたカインを見ると、彼は祭壇の二人を凝視していた。
クロエは引いた。カインの様子はときめきというよりも観察・研究に近かったからだ。あの観察・研究対象の相手は自分なのだ。
「殿下が何を指しているのかは分かりますが、結婚前にそのようなことは……」
「じゃあなにか戦おう」
「ええ……」
「なにで戦うかクロエが指定していいよ」
少し考えたクロエは、ポーカーにしようと告げた。
♢
十五分後、クロエは負けた。
「うう」
「意外。クロエはこういうの強いのかと」
「ううう」
カインは部屋の入口に立つ騎士に目配せした。すると彼はそっと目を逸らす。黙認するつもりのようだ。
それから机の上でカードを持っていた手をカインに優しく握られ、クロエは身を固くした。カインが椅子から腰を浮かせて身を寄せる。
「クロエ、目を閉じて」
その声に信じられないくらい心臓が鳴り、顔に熱が集まってくる。言われるがままにぎゅっと目を閉じた。
カインの柔らかい髪がこめかみの辺りに触れ、クロエは息をするのを忘れた。
頬にカインの吐息を感じ──
左の耳たぶに、ほんの少しだけ温かいものが触れて、離れた。
カインが身を引いたのが分かったので恐る恐る目を開けると、カインはわずかに頬を赤らめて微笑んでいる。
「今はここまでで。ありがとうね、クロエ」
唇の触れられた耳たぶが燃えそうに熱い。クロエは真っ赤になってあるであろう耳を押さえ、大きく息をついて机に突っ伏した。
♢
次の日、カインはクロエの兄から剣の稽古を受けた。剣の得意なクロエの兄は騎士で、他の騎士だけでなく、カインや他の王族にも教えている。
カインとは年が近いので雑談を交わす友人に近い立場でもあった。
「妹は昨日も殿下のところにお邪魔したそうですね、いつもすみません」
稽古を終えたカインが汗を拭いていると、兄が話しかけてきた。騎士のわりに温和な兄は、きりりとした目元がクロエとよく似ている。
「いや、いつも僕が呼んでいるから。むしろハーパー家には悪いことを」
カインは苦笑して答えた。ハーパー伯爵が胃を痛めていることを知っている。
「頻繁に会って頂いているようですが、どんなことをしているんですか?」
「喋っていることが多いけど、昨日はポーカーを」
すると、クロエの兄は驚いたふうに笑い出した。
「ええ? それは殿下のお相手になりましたか?」
「え?」
「クロエはああいったカードがものすごく弱いんですよ」
その言葉を聞いたカインは大いに驚き、真っ赤に染まった顔を手で覆ってその場にしゃがみこんだ。
《おしまい》
5/23キスの日SS