温泉
久しぶりの更新です!
毎度毎度期間が空いてしまいごめんなさい!
「うーん、終わったな!」
大きく伸びをしながら、今までと打って変わった明るい声でソルドが言った。
その横で、ふわりと舞い降りてきたイシュハが頷く。
「あぁ。何度も見るが、見事なものだな。
…かつての主人とはいえ、今は敵だ。少しばかり心は痛むが、これも運命だろうな」
「かつての、ね。そうよね、イシュハは元々魔王軍所属なのよね」
2匹の骸に手を合わせていたアシーナがゆっくりと顔をあげ、ポツリと呟いた。
アシーナの隣に並んで、手を合わせていた俺の足元に、明るい光が差し込んだ。
その方を見れば、東の空に、赤く輝く太陽が昇っていた。
「あら、もう朝なの」
そう言うと、サクッ、という軽い音を立てて、アシーナがゆっくりと東へ歩いていく。
「夜通し戦ってたんだな、俺たち」
戦闘中の時の流れは曖昧だ。とても早く感じるときも、まるで時間が止まったかのように見えるときもある。
終わった後、時間経過を感じるのはこういうときだ。生き残ったからこその感覚、景色だ。
しばらく、俺たちは朝日に見入っていた。空が藍色からオレンジに、そして明るい青へと移り変わる頃、俺はようやく我に帰った。
「そろそろ帰ろう。あのおじいさんが心配してるだろうしね」
俺は振り返り、三人に声をかけた。
はっとした様子で彼らは俺を見、そしてゆっくりと頷いた。
「あぁ、よかった! ご無事だったのですね!」
村に着くや否や、おじいさんが俺たちに向かって早足で歩いてきた。
目の下のくまがひどい。まさか、夜通し待ってたとか言わないよな?
「狼は無事討伐しました。安心してください」
物問いたげなおじいさんに、ソルドはゆっくりとそう言った。おじいさんの顔に、安堵と疲労が浮かぶ。
そして、彼は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。これで、若い衆も報われますわい…」
「顔を上げてください。俺たちは当然のことをしたまでです。ウィーゼが平和になってよかったです」
俺は慌ててそう返した。頭を下げられると、どうもむず痒くてたまらない。
「いえいえ。あなたがたのお陰で儂たちは助かりました、こんなものでは足りませぬ。お礼と言っていいのかわかりませんが、ぜひとも村にてごゆるりとお過ごしください」
腰をかがめたまま、おじいさんは俺たちにそう言った。
疲れてるし、そうしたいのは山々ではあるけど…。
「…どうする?」
俺は囁き声で、他の三人に声をかけた。
「私は、お言葉に甘えてもいいと思うわ」
「このまま王都まで戻るのにも無理があるだろうしな。僕は泊まって行きたい」
「私も構わないぞ。それに、少しこの村に興味がある」
そういうことなら、俺にも異論はない。
「でしたら、お言葉に甘えて…」
俺がそう言うと、おじいさんは嬉しそうににこにこ笑った。
「村にお客様がいらっしゃるなど何年振りでしょうか。精一杯のお出迎えをさせていただきますわい。ごゆっくり、お過ごしくださいませ」
どうやらこの村には温泉があったらしく、客間に案内されたと思ったら温泉に招待された。少し特別な空間に用意された、いわゆる秘湯というやつだ。
俺らがそこに入っていいのかな…?
村から少し離れた場所にある、ポッカリと口を開けた洞窟の中に温泉はあるようだ。中は薄暗く、足元の松明がぼんやりと光る。
少し奥に引き戸が用意されている。ここは脱衣室だろうか?
とりあえず、用意されたカゴに入っていた薄いローブを羽織り、俺は引き戸を開けた。
途端に湯気が充満し、熱気が俺を包み込んだ。なんとも形容し難い、独特なにおいが鼻につく。硫黄かな?
とりあえずそばにあった椅子に座り、ゆっくりと姿勢を崩す。疲れた体に熱が渡り、とても気持ちいい。
突然、ガラガラっと戸が開いた。反射的にそちらを見ると、ソルドが引き戸の前に立っていた。
「ソルドも来たんだな」
「当たり前だ! 僕だって温泉に入りたいからな!」
堂々とそう言うと、彼は俺の隣に座った。
ゆったりとした椅子は、くつろぐのには最高だ。
「熱が体に染みるな。気を抜いたら寝そうだ、寝てたら起こしてくれよ、ニーケ」
「俺も眠いさ。温泉入ったら寝て溺れそうだ」
「温泉から男二人の溺死体とか洒落にならないな…」
横から、げんなりしたソルドの声が聞こえる。俺だってそんなのはごめんだ。
どのくらいぼんやりしていただろう。ふと気づくと、ソルドが俺をガン見していた。
「どうしたのソルド、俺なんか見て面白い?」
「いや。なんというか、お前、体に傷多いよなって思って。そんなに怪我させられたか?」
首を少し傾げ、ソルドは俺の傷を一つ一つ指で指していった。
「ここはモースに噛まれた跡で、ここは恐らくラケにやられた打撲跡だ。でも、こことか…なんの傷だ?」
そう言って彼が指したのは、胸から腹に大きく走る傷だ。
「あぁ、小さい頃に城から抜け出して戦って無茶した時の傷だよ」
あの時は、がむしゃらに剣を振り回しているだけだったから、めちゃくちゃに弱かった。戦場にいたフェルムが、なんで俺の面倒を見てくれたのか不思議に思うくらいだ。
矢が刺さったり殴られたり吹っ飛ばされたりは日常茶飯事。
流石にこのレベルの怪我は、後にも先にもこの一度だけだが。
「ふぅん、運が良かったってことだな。見たところ、この傷をつけた武器には毒が塗ってあったんだろう。周りがどす黒く変色しているからな」
そう言って、彼はその傷の周りをなぞった。言われてみれば、確かに黒い。
「当たり前すぎて気にしてなかったよ。あとが残るほど強い毒だったのかな。きっと処置してくれた魔法使いがかなりのやり手だったんだろう」
「恐らくそうだろうな。ふぅん、ほんとにお前は悪運に強い。そうでもなきゃ生きてこれなかっただろう」
納得したように頷くと、彼はもう興味を無くしたようで、浴室の中をじっくり眺め回している。
それを視界の端で見ていると、突然ソルドが大声で俺を呼んだ。
「おいニーケ! 見ろよ! ここの温泉、解毒効果があるらしいぜ!」
洞窟内に音がぐわんぐわんと響き、俺は思わず耳を押さえた。
「ソルド! お前は十分声がでかいんだからせめてもう少し抑えてくれ!」
俺の声まで釣られてワントーン大きくなる。それに合わせて、ソルドも耳を塞いだ。数秒後、二人同時に手を外し、思わず苦笑いした。
「それで、解毒効果だって?」
「あぁ。それも、かなり強いらしい。もしかしたら、そのどす黒いのが治ったりしてな」
…まさか、なぁ。
「…試す価値はあるかもな、入ってみよう」
その後。なんだかんだかなり長時間温泉に浸かり、案の定寝落ちした俺たちは、のぼせ上がった状態で脱衣所に上がった。湯気がなくなり、熱気がスッと消えた。ふぅ、助かった…。
いつの間にやら用意されていたタオルで髪をガシガシ拭いていると、ソルドが突然俺を指差した。
「おい、ニーケ。見ろよ、その傷」
その指の先を見ると、胸から腹にかけてのあの大きな傷があった。そして、周りを縁取るようにあったどす黒い跡が。
「え? マジで治ってる?」
思わず素っ頓狂な声が飛び出した。それもそのはず、あの黒い跡が綺麗さっぱり消えていたのだから。
「ここの温泉すげえな! なぁ、少し貰っていこうぜ。これから遭遇する敵に、毒を使わない補償なんかないだろ?」
興奮気味にソルドがまくしたてる。温泉のせいかこの驚異的な効果のせいか、頬が紅潮している。
「…一理あるな。もらっていいかおじいさんに聞いてこよう」
俺がそう言った次の瞬間。
「かまいませんぞい。どうぞ、お気の済むまで汲んでいってください」
「うわぁ!」
思わず声に出して叫んでしまった。それを見て、おじいさんは楽しそうに笑った。意外とお茶目なところもあるらしい。
「瓶はこちらにございます、何本でもお使いください。それでは」
カゴに入った大量のガラス瓶を差し出すと、おじいさんはあっという間にいなくなってしまった。
しばらく、俺とソルドはびっくりして動けなかった。まさか、俺たちがここまで気配に気づかないとは思わなかったからだ。
「…えっと、貰っていいんだよね?」
「あぁ。瓶ももらったし、袋に入れて持って帰ろうぜ」
ようやく出した小さな声でやりとりを交わすと、俺とソルドは瓶の入ったカゴを持って、そそくさと浴室に戻った。
風呂から戻った俺たちが、大量の瓶を抱えていたことでアシーナとイシュハに呆れられたのはそのすぐ後のことだ。




