ライ
今日分かったこと。
タイム測定係は、物凄く暇だ。
短距離走ならまだいいが、何しろ今回は距離が長い。
最速タイムの人でも、十一分とすこしかかっている。それまでは、何もすることがないのだ。
さて、そんなことはどうでもよくて。
「十一分三十六秒、ライ・ランドルフ・シグナル!」
息を切らせて門に駆け込んできたのは、身軽そうな少年、ライだった。
周りより一回りほど小さい体躯だが、ダントツで速い。
何しろ、彼の後ろを見ても誰も見えないのだ。
「お疲れ様ランドルフ君! 貴方、すごく速いのね…」
「ハァッ、ありがとうございます!」
まだ少年の面影が残る、高い声で彼は言った。
…うん? ランドルフ?
そういえば、声にも聞き覚えが…?
「あははっ!」
唐突に、彼は軽快に笑った。
驚いて彼を見る。彼は、俺に目配せした。
「ラドニクス先生、気づきましたか? 僕、ハルの兄です! あの時は弟がお世話になりました!」
やっぱり!
「ハルの! いやぁ、すごい偶然だな! ところで、ハルは学園にこないのか?」
「あいつは僕より、というか一般的な通信士より能力が高いので、そのまま軍で働き続けると思いますよ。軍にとっても貴重な逸材でしょうし」
「そうかぁ、学園来るのもいい経験になると思うんだけどなぁ?」
ライとワイワイ話している横で、アシーナがぽかんとした顔をしている。
そっか、アシーナは知らないのか!
「覚えてないかな? レアネ戦の小柄な男の子。あの子のお兄ちゃんだって」
きょとーんと首を暫くかしげていたが、やがて彼女は手をパンっと叩いた。
「ああ、あの子の! すごい偶然ね!」
楽しそうに笑う。俺も笑い返した。
「ほんとにな!」
その様子を一通り眺めていたライが、ニヤッと笑った。
「僕、せっかくですしタイム測定手伝いますよ。ほら、たくさん人数いますし。先生方は二人で記録、やっててください!」
俺とアシーナは顔を見合わせた。
「生徒に頼んでいいのかな?」
「わからないけど…ほら、もう来てる。確かに大変なのは事実だし、手伝ってもらいましょ」
言われて校門の方を見れば、確かにたくさんの生徒が校門傍まで来ていた。これは、大変そうだ。
「わかった、ライ! これ、頼むよ!」
俺はそういって、たった今作ったライに懐中時計を放り投げた。
彼はそれをしげしげと眺めていたが、やがて頷いて校門の方をまっすぐ見据えた。
あまり時間が経たないうちに、大量の生徒が校門からなだれ込んでくる。
俺とアシーナ、ライがタイムを告げる声が響き渡り、各々が息切れしながらも自分の脳にタイムを書き付けているようだった。
ライに応援頼んで正解だったわ…。てんてこまいとはこのことを言うのだろう。
目の前を通る生徒と時計の間で、視線がせわしなく行きかう。
騒動は、そんなときに起きた。
「おいニーケ、一人倒れた! 保健室連れていくか!?」
唐突に、校門からソルドが駆けこんできた。
その背に背負われているのは、一人の男子生徒だった。
かなりぐったりしていて、ソルドが支えないとすぐにも地面に叩きつけられそうだ。目は薄く開いており、汗で服が透け、張り付いている。
生徒たちの間でざわめきが広がる。ヤバい、どうにかしないと…。
だが、俺には医術の心得なんかない。
慌ててアシーナを見るが、彼女も困惑した表情で、対応できる感じではない。
「とりあえず保健室に…!」
俺がそう言おうとしたその時だった。
「少し診せてください!」
人込みの中から、ライがはっきりと言った。
一斉に彼に視線が集中する。彼は人込みをかき分け、こちらに歩いて来ようとしている。その道を開けるように、人が左右にするすると避けていく。
駆け付けた彼は、地面に降ろされた彼の頭の横に座り、彼をじっと見た。少したって、ライはソルドを呼んだ。
「ライオネル先生、彼、どういう症状が出ていましたか?」
「え、ああ。ふらふら歩いていて方向が上手くわかっていない感じだったな。あとは、四つん這いになって腹抑えてた」
急に聞かれて、ソルドはわずかに狼狽えた。
「わかりました、ありがとうございます」
あくまでてきぱきと動くライ。
そして、彼の顔を軽く叩きながら耳元でかなり大きな声で言った。
「アダム、おーい、わかるか? アダム!」
周りが息をのんでそれを見届ける。
すると、
「…ライ?」
アダムの目が開き、小さいながらも声が返ってきた。
おぉっと周りがどよめく。その中で、ライは真剣な顔で俺の方を向いた。
「ラドニクス先生、水を持ってきてください!」
「了解!」
地面を強く蹴って、水があるところまで走った。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、ランドルフ君のおかげでどうにかなったなぁ」
一時間目が終わった直後。ソルドが、結構気楽そうな口調でそう言った。
割と深刻だったっぽいけど、ライの対応が的確だったおかげでどうにかなった、と保健室の先生のお墨付きをもらったから問題ないだろう。
「ほんとに。ランドルフ君、なんであそこまで冷静な対応ができたの?」
アシーナが、少し前を歩くライに問いかけた。
ライが振り向き、少し照れくさそうに答える。
「親が医者なんです。だから、あまりに手が回らないとき時々親の仕事を手伝ったりするんです。
応急処置レベルですけど。なので、そういうのには詳しくて」
俺たち全員の間から、感嘆のため息が漏れた。
「へぇ、すごいなぁ。俺たちそういうのには疎いから。なぁ?」
俺がアシーナとソルドに同意を求めると、彼らは一斉に頷いた。
それを見たライが、あきれたような顔で俺らを見た。
「先生たち、戦ってるのにそれでいいんですか?」
ソルドが頭を掻く。
「いやぁ、これでどうにかなってるし。大丈夫じゃない? いざとなれば、ニーケとアシーナがすぐ傷塞いでくれるし」
「いやいや、傷口に菌とか入って化膿したらどうするんですか。結構対処面倒なんですよ?」
「そもそも傷負うことが少ないわね、私たち。
十五柱獣戦のとき、ニーケが巻き付かれたりギリギリで死ななかったりしたくらいかしら?」
アシーナが茶目っ気のある口調で言った。ライが目をまんまるくする。
「おいおい聞き捨てならないなアシーナ。確かに傷を負って死にかけてる回数が一番多いのは俺だけど、ケーリ戦で最初に大怪我負ったのはお前たちだけだろ?」
俺は思わず反論する。
「ああ、そうだったわね! あのときはほんとに死ぬかと思ったのよ。体中の血液が抜けて、体温が下がっていくのを肌で感じたわ」
軽く笑いながら、冗談にならないことを言うアシーナ。
ソルドもそれを受けて笑った。
「ほんとにあのときはヤバかったなぁ。アシーナが傷を塞いでくれず、ニーケが太刀打ちで来てなかったらどうなってたか!」
「…笑い事じゃないですよそれ…」
ライがボソッと呟く。ごもっともなご意見だ。
「あはは、慣れちゃうのよ。それに、強くなってるから、傷を負うことも減ってるし」
軽く手を振って、アシーナが言う。
「深手負ったら、ちゃんと診療所行ってくださいよ。最悪、僕のところでもいいので。先生たちがもし仮に亡くなったりでもしたら、この国の国民たちがパニックに陥りますから…気を付けてくださいね?」
ため息とともに、ライが諦め気味に忠告する。
割と怖いことを言っているが、しょうがない。
その危険が、常に俺たちには付きまとっているのだから。
「ご忠告、受け取っておくよ。ありがとう」
俺は彼に笑いかけ、言った。
道場に着き、俺たちは生徒全員に各々の得物を渡した。もちろん、模擬のものだ。
準備体操を行う彼らを眺めながら、俺は彼らの能力をそれとなく測っていた。
突出して強そうな人はいなさそう。だけど、全員の平均能力が恐らくかなり高い。
…すごいな。ここまで揃いも揃って強い生徒が集まるのか。
一人で勝手に感心しているうちに、生徒の準備が整ったようだ。
笛を錬成して掴み、息を鋭く吹き込む。
ざわついていた道場が一気に静まり、視線が俺たちに集中する。
俺はソルドに目配せし、彼の言葉を待った。
ソルドは大きく息を吸うと、声を張った。
「三人組を組んで、各々位置につけ! 一人は審判を行い、残り二人で模擬戦。指示は以上。開始!」
「はいっ!」
威勢のいい返事と共に、再び道場のざわめきが戻った。
それから五分もせず、全員が位置につき、臨戦態勢を取っていた。
「各々準備ができたら始めろ。三本勝負で、終わり次第俺たちのうちだれかに報告すること。では、はじめっ!」
左腕を勢いよく上げた彼と共に、生徒の気合の声が満ちた。
「さて。彼らの戦闘能力はいかほどか、見せてもらおうじゃないか」
俺の隣で、ソルドが楽しそうに笑った。




