一時限目
リーンゴーンリーンゴーン
学園特有のチャイムが鳴り響き、授業が始まった。
目の前にいるのは、三年生の赤の生徒。その数約三百五十。要するに、七百もの目が俺たちに向いているのだ。
さっきより距離が近いし、視線が主に俺に集中しているから正直めちゃくちゃ怖い。
緊張を押さえつけるべく脳内で原子を順番に唱えながら、大量にいる生徒のすべてに声が届くよう、俺は声を張った。
「さて、授業を始めます! 用意はいいですか?」
「はい」
しっかりそろって、はっきりした返事が返ってきた。よし!
「起立! 礼!」
「お願いします!」
全員が一斉に頭を下げ、数秒後に一斉に上がった。
いろんな人とばっちり目が合う。目をそらしたくなるのをすんでのところで堪え、俺は両手を上げた。
「オーケー、座っていいよ」
ざわざわっと音が立ち、全員の目が俺を見上げた。
授業の内容を説明しないと、と思って、俺は口を開こうとして、止まった。
…やっべ、この先何も決めてないの忘れてた。ソルドかアシーナ助けてくれ。
首を思いっきりねじって、二人をじっと見る。
アシーナがそれに気が付いて、ソルドに何か耳打ちした。
うげぇ、と言わんばかりにソルドが顔をしかめ、頭をガリガリ掻いた。
長くため息をついて顔を上げ、彼は声を張った。
「さて! 今日は一日目だから、個々の能力チェックをしよう。
まず校外を一周してタイムを計る。
二時間貰っているからな、次はそれぞれ同じ武器を使うもの同士で手合わせして勝敗を報告。
今日の内容はこんなもんだ。五分後に校門前集合。それじゃあ、いったん解散!」
ソルドの声が響き、生徒が各々立ち上がって道場を出て行った。
次の瞬間、息を一つ吐いて、ソルドが俺にねちっこい視線を投げた。
ずかずかと近寄ってくると、ずいっと顔を近づける。
思わず俺は顔を引いた。
「おいニーケ。お前、ちゃんと考えてから発言しようぜ? 僕に丸投げて僕が答えられなかったらどうする気だったんだ?
というか僕が気づかなかったらそれこそどうしたんだ?」
「いやぁ、ソルドなら気づいてくれるだろうなぁと、思いまして、はい」
顔を引いたまま、俺は視線をずらした。
「その信頼はいいが、ちゃんとしてくれ。自分で仕切ってるのに途中で投げるとか、生徒に示しがつかないぞ」
返す言葉もない。
「その通りだわ…ごめん」
頭を下げて俺は言った。
顔を上げたら、ソルドがすごくバツの悪そうな顔で視線を斜めにずらしている。
「あー、別に謝れって言ったわけじゃないんだけど…」
あれ。
「まぁいいじゃん、俺が悪いのは事実だし。ところで、俺カリキュラムとか毎日組める気がしないからソルドに投げるわ」
「了解。僕がカリキュラム組んで渡すから、生徒に伝達してくれよ」
親指を豪快に立ててソルドが言う。
軽く頷いて、俺は薄く笑った。
「わかった。よろしく」
そんな俺たちの間に、アシーナがぐいっと割り込む。
少し怖い笑顔で、彼女は出口を指さした。
「はぁいお二方。決まったのはいいけど、あと二分で校門前に着かないといけないのよ? 遅れたら、それこそ示しがつかないでしょう?」
慌てて時計を見る。やば、確かにあと二分だ。
「うお、ほんとだ。ニーケ、急ぐぞ!」
ソルドが慌てて飛び出した。
「言われずとも!」
俺も続く。そのあとから、アシーナが軽く駆けだすのが見えた。
ギリギリセーフで五分前に到着。
そのころには既に生徒は大体いて、整列して俺たちを待っていた。ちょっと気まずい。
やがて五分と少し経った頃、列の空白がすべて埋まり切った。
それを確認して、俺は着席の合図を出した。
全員が座ると、ソルドが声を張る。
「よし、全員いるよな。それじゃあタイム測定と行こう。コースは学園の外一周。目標は…そうだな、十五分以内」
生徒が一斉にざわつく。多分、早すぎるとか言ってるんだろうなぁ。
そんな中、俺とアシーナは目を細めた。
懐かしい。俺たちは校外二周を三十分って言われたんだっけ。
構わずにソルドは言葉をつづけた。
「今から十分以内で準備運動を終わらせろ。スタートは僕たちが管理する。じゃあ、十分後に合図するからその辺で準備運動!」
彼の声が全体に届き、生徒たちが思い思い、わらわらと動き始めた。
それを見届けると、彼は俺のところまでゆっくり歩いてきた。
「ニーケ。時計、持ってたりしないか?」
一瞬、俺は絶句する。
「…まさかとは思うが、お前、タイム計るとか言っといて持ってないとか言わないよな」
恐る恐る聞くと、ソルドはすっと目をそらした。
ため息を一つついて、アシーナが近づいてくる。
「そのまさか何でしょ、ソルド?」
「…どうもすいません」
小さくなってソルドが言う。
もう一度ため息をつき、アシーナは空中で右手を広げた。
次の瞬間、じゃらりという音をたてて、彼女の手に懐中時計が乗った。
「おぉ、すげぇ!」
ソルドが驚嘆の声を上げる。
「錬成、早すぎない?」
俺は思わずそんなことを言った。
アシーナが俺を見て、ふっと軽く笑う。
「私はニーケと違って女子だから、あなたほど強くなれないの。だから、それを補うために錬成を早くしようと思って。結構訓練したのよ?」
「なるほど…」
俺は思わず感嘆のため息をついて頷いた。
彼女がいくら強かろうと、やっぱり男女の差は大きい。俺と彼女では、どうしても実力に大きな差が出てしまう。
俺とまともに斬り合って、彼女が勝てる見込みは、はっきりいってゼロだ。
なのにどうして彼女が俺と互角なレベルで敵と渡り合えるのか気になってたけど。
なるほど、それを錬金術で補ってるってことか。
やっぱりアシーナは賢い。というか、努力家なのだろう。
「っとそれはいいんだ。アシーナ、タイム計る担当になってもらっていいか?」
ソルドが我に返ったように言う。
アシーナは、はっきり頷いた。
「任せて。でも、私一人だとあの人数を見切れる気がしないから、ニーケにも頼んで良いかしら?」
「応、僕は構わないぜ」
そう言って、彼は人の悪い笑顔を浮かべたまま俺を突っついた。
「俺も」
ソルドを軽く受け流して俺は頷く。
そして左手を開き、脳内で時計のつくりを思い浮かべた。ついでに、現在時刻も。
じゃらりと音がして、手に重みが伝わる。
そこには、少々不格好な懐中時計が乗っていた。
蓋を開けると、カチカチと音をたてながら針が動いている。
見れば、ソルドが指示を出してから大体九分経過していた。
「ところでソルドは何するんだ?」
俺は顔を上げて彼に聞く。
「僕? コース管理でもしとくわ。じゃあ、先に行ってるからタイム計っといて」
手を軽く振ってソルドが言い、ふらふらと門の外へ出て行ってしまった。
それを見送って、俺とアシーナは顔を見合わせた。
「…そろそろ、いいかな」
「ええ。準備体操、そろそろいいでしょう」
ひそひそ声で打ち合わせ、俺は顔を上げた。
「さて、終わりにしてください!」
生徒の動きが一斉に止まり、すぐにこちらに集まってきた。
「タイムを計ります。十五分以内にゴールできなかった場合は、俺たちが回収に行きますので!」
生徒の一部から笑いが起きる。
それを無視して、俺は時計を見た。
カチカチと秒針が動き、やがて十二に近づいて行く。
俺は大きく手を挙げた。
「準備はいいか! よーい」
秒針が、かちりと12に重なった。
「始め!」
俺の声が響き、彼らは一斉に外へ走り出した。




