全員で行くぞ!
唐突に、耳鳴りがするほどの静寂が場を支配した。
まるで、全ての生物が動きを一斉に止めたような。
そして数秒後。人間の歓声が響き渡った。
同時に、残り少ない魔物の残党が大慌てで撤退する足音が聞こえた。
流石に逃がすわけにもいかない。
いつの間にか隣に立っていたアシーナとソルドと共に、逃げ出した奴らを薙ぎ払う。
鈍い音をたてて全部が崩れ落ちたのを確認すると、負傷したという精鋭部隊と、ハルとイシュハのところへ急いで向かった。
幸い、アシーナが全員の傷を防いでくれていたおかげか、死者はいなかった。
ただ、腕を大きく抉られていたり、食いちぎられたりして錬成が間に合っていない人もいた。
…死者がいないことに感謝すべきか、怪我を治しきれず、部下を守れなかった自分を責めるべきか。
労いの言葉をかけ、できる限りのさらなる治療を行いながら、俺は曖昧に笑った。
できる限りの手当てをし、イシュハとハルの無事を確認すると、俺たちは先刻まで最前線だった場所へと向かった。
変色した魔物の死体も、今まで戦ってきた人間の腐りかけた痛々しい死体も、土に埋めて3人で手を合わせた。
中途半端に散る灰色の雲が太陽を隠し、生ぬるい風が弱々しく吹く。
十数秒経った。俺は顔を上げ、どこへともなく言った。
「さて、帰るか」
「そうしましょ」
手についた土を軽く払い、俺たちは振り返って砦に向かって歩き出した。
そのあとを、ハルとイシュハが歩いてくるのを感じた。
『副司令官率いる右軍、砦に帰還。死者、脱走者ともに過去最少』
『参謀率いる左軍、砦に帰還。右軍と同じく、死者、脱走者ともに過去最少』
頭の中に、味方の声が響く。見れば、砦の門は開け放たれ、中にはたくさんの味方がいる。
どの顔も勝利の喜びを浮かべてはいるが、根強い疲労と、仲間を失った悲しみの影が見て取れた。
全員が立ち並ぶ砦へ入ると、彼らは、空気が震えるほどの歓声を上げた。
先ほどまで太陽を隠していた雲が風で流され、まっすぐな光が場を照らす。
俺は歓声に応え、大きく手を振った。
ふと思い至り、俺は腰の刀に手をかける。
そして、すらりと抜きはらった。
一瞬にして場が静まり返る。兵の顔が強張るのが良く見えた。
静まり返った彼らに見えるよう、俺は刀を大きく天に向けて掲げた。
日の光を浴び、銀色の眩い光が飛ぶ。
それに応えるように、後ろで金属がぶつかり合う甲高い音がした。ハルだ。
ワンテンポ遅れて、副司令官と参謀が各々の武器を掲げる。
一斉に、兵の顔が輝いた。
各々の武器を天に掲げ、俺たちは一斉に声を上げた。
勝利の喜びを噛みしめる、朗々と響く声だった。
戦場で諸々の作業を済ませ、馬車に乗って城まで帰り、また諸々の作業を終わらせ、家に帰ってきたのは結局夜遅くだった。
城での作業中、なぜか姉さんとイシュハがいなかった。
まあ、帰るときには一緒だったからいいが。
「さて。凱旋的な帰還も終わったことだが、これから何をするのだ?」
空に浮きながら、イシュハは言った。
俺は肩をすくめた。
「少なくとも、しばらく戦場に行く気はないなぁ。これといってやることもないけど」
「そうね。何しようかしら」
「まあ、とりあえず寝よう!」
よく通る声でそう言ったソルドの意見で満場一致。風呂に入って寝ることにした。
翌朝。いつもより遅れて起き出すと、珍しくソルドが俺より先にリビングに立っていた。
そして、彼が今まで着てるのを見たことがない服を着ていた。
表面に起伏がなく、鈍い光沢をもつ生地でできた、黒いジャケット。
軽く腕まくりをしているため、彼の鍛えられた腕が程よく見える。
下には、チャコールのTシャツ。ズボンも、黒。少し緩めのシルエットだ。
学生のころから変わらず顔が良い彼は、その服を恐ろしいほど着こなしていた。
…でも、いつもと雰囲気が違うなぁ…
どうやら、俺が起きてきたことに気が付いたらしい。少し気取った、しかしこなれた仕草で俺に目配せした。
「ニーケ、おはよう。似合ってるかな?」
言葉遣いまで変わってる。心なしか学生の方に寄ってる気が。
「驚いたか? 今日はせっかくだし、俺も街に遊びに行こうと思ってな! この間、ニーケはデートしただろう? なら遊びに行ったって罰は当たらないだろう!」
あ、口調が戻った。
「なんでわざわざ言葉遣いまで変えてるの」
「当然だ、普段の暑苦しい口調では女子にモテない!」
それが目的か。なんちゅう奴だ。
「…学生時代のあれは、もしかして素じゃなかったのかしら?」
突然、氷点下に近い声が聞こえた。アシーナだ。
一気に部屋の気温が下がったような気がする。鳥肌がたつ。
恐る恐るそちらを見れば、仁王立ちでこちらを睨む彼女の姿が見えた。
口元だけが笑っているのも恐ろしい。
ソルドが引きつった笑いを浮かべながら、首を横に振った。
「い、いや。あの時はあれが素だった。ただ、討伐隊に入ってから、周りが暑苦しい奴らばっかりだったから、必然的に素が変わったんだ」
「へぇ、そうなの。じゃあ仕方ないかしら?」
眼光が弱まった。大きく息をつく。
蛇に睨まれるカエルの気分だった。…俺は別に悪くなかったんだけどなぁ…。
アシーナの後ろから、イシュハが首を出した。
心なしか、いつもより髪の毛がきれいに梳かれている気がする。
彼女はソルドを見て、声を上げた。
「ソルド。いつもと雰囲気が変わったな。目の色を変えたかいがあったか?」
…目の色を変えた?
驚いてソルドの目を凝視する。…確かに、青くない。黒くなっている。
隣を見れば、アシーナも不思議そうな顔で彼の目を眺めている。
「イシュハ、おはよう! この服は黒目で着たかったからな! 助かった!」
「感謝はニーケの姉上に言え。私は教わっただけだ」
…なるほど。俺が城に行ったときイシュハがいなかったのは、姉さんに魔法を教わっていたからか。
「というわけで、今日は全員で出かけるぞ!」
もうすでに決定事項なのだろう。拒否権は無いぞ、とでも言いたげな様子で俺たちを見ながらソルドが叫んだ。
隣のアシーナを見れば、顔を輝かせている。
…確かに、全員で出かけたことがない。
「わかった。じゃあ、着替えたら行こうか」




