報告
城に着いたのは、日が西の空に落ち始めたころだった。
城に行くということで、アシーナは着てきた制服を着ていた。俺はと言えば、別にこれといった正装をしているわけでもない。
無造作に門をくぐると、俺は早速執務室へ向かった。
三度軽く扉を叩くと、中から姉さんが返事をした声が僅かに聞こえた。俺は遠慮なく扉を開けた。
姉さんは、大量の資料に埋もれて見えなかった。
「だ、大丈夫ですか…?」
アシーナが恐る恐ると言った風情で話しかけると、姉さんは資料をはねのけて顔を出した。
「あー、アシーナちゃんにニーケだぁ。久しぶりぃ…」
おっそろしく疲れた顔をしているし、声に眠気が全面的に出ている。
俺は思わず声をかけた。
「おーい姉さん、一体全体何徹目だ」
答えはなかなか返ってこなかった。疲労で思考力も低下しているようだ。
「…確かぁ、4徹目…」
ようやく帰ってきた答えは、かなりショッキングなものだった。
「いや、もう寝てこい。俺がやっとくから。アシーナは王家に直接のかかわりがないから無理だけど、俺ならできるだろ?ほら、だから寝てこい」
俺は有無を言わせず椅子から姉さんを引きずりおろし、アシーナに渡した。
「アシーナ。これの部屋にこれ寝かせてきてくれないか?」
引きずり降ろされた姉さんを見て少し狼狽えた顔で頷くと、彼女は姉さんを背負った。さすがに引きずるわけにはいかなかったようだ。
姉さんはもう言葉も出てこないようだったが、弟にこれ、と呼ばれたのにはちょっと苛立ったらしい。無言でこちらを睨んだ。
俺はそれを無視して、横に置いてあったもう一つの椅子に座った。
扉が閉まる音がして、執務室は静まり返った。
姉さんが埋もれていた資料を軽く整頓すると、俺はペンを手に取った。
大半が軍事に関することだ。とくに、国民の避難に関する対策が多い。
今のところ魔王軍が攻め入れているのは人のいないところだけだ。軍がどうにか足止めしているらしい。
だが、もしもどこかで軍が敗北すると、一般の人に被害が及ぶ。だから、その被害を最小に抑えるための対策を練っているのだろう。
一番簡単なのは、王都への避難。国内だけで完結させることができるし、王都はこの国の中心に位置しているから、現在の戦線から最も遠いと言ってもいいだろう。
ただ、王都の人口は半端ない。そのため、場所的にも他の地区の人を匿うのはかなり厳しいのだ。
国外亡命は他の国との兼ね合いがあるし、軍を配置してそこにとどまってもらうにしても人数が足りない。
なるほど。八方ふさがりだな。
まあ、恐らく魔王ご本人がご丁寧に出陣することはないと思うし、15柱獣が戦線に出たという経験も今のところない。レアネさえ片付ければどうにか食い止められるだろう。
いくつか案を書き出しながら、俺はそんなことを考えていた。
「ニーケ。私も手伝えることあるかな?」
気が付けば、後ろからアシーナの声がした。
「うーん、あんまりないかもなぁ」
下手するとこの中には国家機密レベルのものもあるだろうから、迂闊に「手伝って」とは言えない。
俺がそういうと、アシーナは俺の顔を覗き込んだ。
「整頓くらいなら、できるかな?」
…それくらいなら。
「お願いしてもいい?」
俺は軽く首をかしげてそう言った。
頷くと、彼女は首を引っ込めた。そして、資料でごった返している棚に歩いて行った。
資料を黙々と片付けていって、何十分経っただろう。物凄く腕が疲れてきたころ、
「こんにちは、軍総司令官。久しぶりですね。今日は何の用事で?」
エクセレスがやってきた。
俺は疲れ切った右腕を無造作に振りながら、エクセレスを見上げた。
「こんにちは、というかこんばんはですね。明日の出陣の準備と、タスラ殲滅の報告に来ました」
「そうですか。殲滅ご苦労様でした。別に頼んでなかったと思うのですが…」
「あー、感覚を取り戻すっていうのと、軍が入りにくい場所だから殲滅すべきだ、っていう理由です」
「なるほど」
びっくりするほど表情を変化させず、エクセレスは一連の会話を済ませた。
そして、無言で俺の隣に座ると、俺が置いたペンを取って眼鏡をかけた。
「残りの作業は私がやります。司令官は帰って休んでください」
俺を見ることなくそういうと、彼は資料に何かを書きつけ始めた。
エクセレスの気遣いに感謝しながら、俺はアシーナに頷いて見せ、一緒に執務室を出た。




