エレノア姉さんの店
特に急ぎの用事なわけでもなかったから、俺たちはのんびり歩きながら街を眺めて歩いた。
突然、アシーナが華やいだ声を上げた。
「あのお店の店長さん、もしかしてエリノアさんのお姉さん?そっくり!」
見れば、エレノア姉さんの店。俺が家を買った時から全く変わらない店構え。その中で、にこにこしながら接客をしているのは確かに姉さんだ。
…そういえば、アシーナって制服以外を着ているイメージがない。他の服は持ってないのだろうか。
「行ってみる?」
俺はふと思い至り、アシーナの方を向いて聞いた。
「いいの?」
俺との身長差と彼女の顎が遠慮で少し引かれているせいで、自然と上目遣いが向けられた。
破壊力が半端ではない。俺の思考が数秒完全にストップした。
思わず顔をそむける。
全力で思考を引き戻してアシーナを見ると、俺はできるだけ自然ににっこり笑った。
「もちろん。せっかくだし、服も選んでもらいなよ」
顔を輝かせて俺を見ると、アシーナの足が店へ向かった。
軽やかな足取りの後ろを、俺はゆっくりとついて行った。
扉がカランカランと音をたてて開くと、姉さんがあながち営業でもなさそうな笑顔でこちらを見た。
「いらっしゃいませ…って、あら、ニーケ!久しぶりね!何年ぶりかしら?で、今日は誰を連れてきたの?」
どうやら入ってきたのが俺だとわかったらしい。先ほどよりもさらににこーっと笑った。
「俺って気が付いたのか。だいぶ変わった、って言われるんだけどな。あ、今日は彼女の服を買いに来た」
そういうと、俺はアシーナの肩に手を置き、軽く引き寄せた。
アシーナは心なしか赤い頬で、上品に笑った。
エレノア姉さんの笑いが、一気に人の悪いニヤニヤ笑いになった。
アシーナがいない右側の耳に口を寄せ、
「ほんっとに隅に置けないわねぇ、ニーケくん?さてさてそしたら、私はいない方が彼女のためってもんですよ。じゃ、ニーケが選んであげなさい!」
囁き声でこう言った。そして、言うが早いか姉さんは別の客の方へ歩いて行った。もちろんさっきの人の悪い笑顔を消して。
…参った。俺にそんなセンスはない。アシーナに似合う服なんて選べるだろうか。そもそも、全部の服をかわいいって言ってしまう気がする。
困り果てたまま、俺はアシーナを見た。
アシーナは不思議そうな顔でエレノア姉さんを見ていた。それに気が付いているだろうに、姉さんはこちらに一瞥もよこさなかった。
…うーん、姉さんが戻ってくる気配はない。これは完全に、俺に選べってことだよなあ…
俺はついに腹をくくり、笑顔を作ってアシーナを見た。
「アシーナ。姉さん忙しいみたいだし、せっかくだから俺が洋服選ぼうか?」
ぱっとアシーナの視線がこちらへ向いた。顔が先ほどよりも赤くなっている気がする。
「…ほんとに?」
視線を軽く俺から外し、後ろで手を組みながらアシーナは言った。
…俺を殺しにかかっているのだろうか。心臓が胸の中で暴れまわっているみたいだ。
必死で自分の心臓をなだめ、俺はアシーナの手をとった。
「姉さんほどうまくは選べないけど、がんばるよ。ほら、行こう」
アシーナが小さくうなずいたのを認識すると、俺は軽く腕を引いて奥へ進んだ。
結局、ずっと一緒にいるのも気恥ずかしく、俺たちは別々に服を選びに行った。
頭の中にアシーナの姿を思い浮かべ、服を見つける度に当てはめてみるのだが、やはり全部かわいいと思ってしまう俺は重傷だ。
あまりにも選べなさすぎるため、店内を無造作にふらふらと歩き回った。
「ニーケ!この服なんてどう思う?」
突然、アシーナが真後ろから俺を呼んだ。驚いて振り返ると、彼女は新しい服に身を包んでいた。
真っ白いタートルニット、その上から黒く染められたデニムジャケットを羽織っている。
襟についている銀色の小さなボタンと、銀色のファスナーがついたポケットが、程よく機械的な雰囲気を作り出している。
ボトムスは、足のラインを程よく出している黒いショートパンツ。彼女の細く、整った白い足が生える。
履いている黒いローファーと、白い靴下との相性が抜群だ。
彼女の整った、少しきついほどの目鼻立ちも、あまりにこの服と合っていた。
総じていえば、物凄く似合っている。
「…物凄く、似合ってるよ」
イメージとの乖離があまりにも小さく、俺はこれしか言うことができなかった。
しかし、アシーナはその一言だけでもとてもうれしそうな顔をした。
先ほどまでの冷静な表情を崩したその顔は、とてつもなく愛おしかった。
「ほんと?じゃあ私、この服一式買おうかな」
手を広げて服を眺めながら、彼女は言った。
「いいんじゃない?じゃあ、会計しようか」
もう言葉はさすがに戻ってきたため、俺はそう言った。
楽しそうな表情で頷くと、彼女は試着室の方へ歩いて行った。




